当て猫娘のお見合い
通心で連絡を取ると、しばらくしてから迎えの馬車がやって来た。
オリビアとチェレスリ―ナは、辻馬車とは違う、明らかに煌びやかな造りの馬車に乗り込むと、婚約予定者の住む屋敷へと向かった。
列車での移動時間があったため、屋敷に着いた時には、すでに日が落ち始め辺りは薄暗くなってきていた。
(良く見えないけど……大きいわね)
オリビアが三光家というのがどういうものかを調べたところ、この国は人種と猫種と龍種がそれぞれ代表を出し、十年毎に頂点に立つ光帝を回すという方法で国を運営していることを知った。今は龍種が光帝を担っているそうで、残りの任期は三年らしい。
そして今回の婚約予定者もその代表家の一つだそうだ。
「お待ちしておりました、オリビア様」
馬車から降りると、猫種の執事と人種のメイドが出迎えてくれた。猫種の執事は灰色の毛並みで、まさに寒い地域出身っぽいふさふさした尻尾をしている。メイドは黒に近い茶色の髪に灰色の瞳をしており、姿勢がいい為か、高めの身長をしていた。
「お出迎え感謝します」
「私はこちらの屋敷の家令をしております、イヴァンと申します。彼女はこの屋敷のメイドのまとめ役をしておりますガリーナと申します」
「よろしくね。彼女は私の身の回りの世話をしてくれる、チェレスリーナよ。幼少の頃から仕えてもらっているの。私の噂は既に知ってみえると思うから、あえて隠さず言うけれど、万が一婚約が成功した時はしばらくしたら彼女には国へ帰ってもらう予定よ。でも上手くいかない場合は、彼女は私と同じタイミングで国に帰ってもらうので、それまでよろしくね」
(高確率で後者になるだろうけど)
オリビアの言葉にイヴァンはピクリと耳を少しだけ動かしたが、特に表情はかえずかしこまりましたと答えた。ガリーナも表情を変えないので、オリビアには二人が何を思っているのか推測すらできなかった。
屋敷の中に入れば、エントランスに使用人がずらりと並んでいた。
オリビアは使用人総出のような歓迎にビクッと尻尾を膨らませる。広い屋敷なので、そこそこ使用人を雇わなければ成り立たないだろうと思っていたが、休みのものも全て出てきたかのような人数だ。
(……歓迎されているのよね?)
ニコリと笑うことなく立っているので、正直オリビアには、彼らの気持ちがよく分からなかった。使用人は猫種と人種が多いようで、龍種は数名混ざっているぐらいだ。龍種は長命だがそのぶん数が少ないので、比率からいくとこの国の縮図のような人数割りなのかもしれない。
「ようこそおいで下さいました、オリビア様」
「……これからよろしくね」
どうせいつも通りの結末だろうと思うと、オリビアはどう反応するのが正解か分からないが、短くても数日は確実にお世話になる。使用人も異国の花嫁(仮)なため戸惑っているのかもしれないと思い、オリビアは少しでも気安い態度になってもらおうと愛想笑いを浮かべた。
「こちらの中履きにお履き替え下さい。主のいる部屋へご案内します」
オリビアは言われるままに、用意された靴に履き替える。
靴を履き替えれば、挨拶もそこそこに、イヴァンはオリビアたちを主の元へ案内し始めた。
中と外で靴を履き分けているからか、廊下はとても綺麗だった。いや、床が綺麗というだけではなく、全体的に綺麗に磨かれている。建物の雰囲気も自分の家とは違うため、はしたないと思いつつもオリビアはキョロキョロとみてしまう。
「私たちはどこに滞在することになるのかしら? できればチェスとはあまり部屋を離さないでほしいけれど」
「離宮をご用意しておりますので、お好きなお部屋をご利用ください。ベッドメイキング等雑務はこちらのメイドを向かわせます」
「は? 離宮?」
「はい。こちらの屋敷には、普段は利用しない離宮が何個かございますので、その一つをご用意させていただきました。もしも不便なようでしたら、明るい時間に別の離宮もご覧になり、好きな離宮をご利用ください」
何個も離宮があるという言葉に、オリビアはくらりと眩暈がしそうになる。どうやら仮の婚約者は相当なお金持ちのようだ。オリビアの国より大きいのは知っていたが、そこそこ財力があると思っていたオリビアの家でも別荘を一つ持っているぐらいだ。
(そりゃ、警戒されるわ。釣り合わないもの)
小国の一貴族と大国の王族に連なるもの。
この婚約を良く思わないものも多いだろう。オリビアの体質を見込んでのそちらからのお願いではあったが、オリビアが欲を出さないか心配なのだろう。彼女はめんどうな事になったと思い肩を落とした。
(呪いを解いてさっさと国に戻るのが一番ね。離宮を用意されているということは、私との婚約申し込みは確実に呪いを解くのが目的で、本気というわけではないだろうし。でも好きな離宮を使っていいとか、至れり尽くせり過ぎて怖いわ)
どんな種だって、施しを行えば、それなりの見返りを求めてくる。オリビアは想像するだけで憂鬱になった。気に入らなければ帰ってきていいと言われたが、呪いを解いてから帰らないと、彼らに呪われそうだ。
そんな事を考えながら歩いていると、執事が重厚な扉の前で足を止めた。そしてオリビアの方をくるりと振り返る。
「我が主は少々見目が変わっております。入る前に御心の準備をお願いします」
「見目が変わっているというのは、呪いの所為かしら?」
オリビアは呪われているという情報は聞いていたが、実際にはどんな様子なのかは聞いていなかった。どうやら婚約予定者の呪いは外見に出るものらしい。
「そうです。これまで婚約を打診したものは、主を見た瞬間に悲鳴を上げ怯えてしまい、とてもではないですが婚約は無理だと判断しました。恐れるのは仕方がないと思います。しかしできるなら我が主の味方になって下さい」
深々と頭を下げられ、オリビアは頬を掻いた。耳もあっちこっち動いている。
(たぶん私を好きになる事はないから、私は彼が彼と相性の良い女性に出会えるよう協力する話になるだろうけど……)
本当に主人のことを大切に思っているらしく、イヴァンはそのままの体勢から動かない。
「分かったわ。これまでの経験上、私のフェロモンは貴方の主の好みにはならないと思う。でも私がいれば私の周りの女性のフェロモンはいつも以上に好ましく思えるし、逆に婚約者のフェロモンを周りはより素敵だと思うはずだから、誠心誠意頑張るわね。少なくとも叫ぶ事だけはしないわ。心の準備は十分できたので、開けてもらえる」
とりあえずどんな外見であろうと、悲鳴だけは上げないように頑張ろうとオリビアは手をぐっと握る。
イヴァンがドアをノックすると、返事があった。彼は私に目で合図してから扉を開ける。そこまで怖がられる見目とはどんなものだろう。
前ぶりが長くて、逆にオリビアの心臓はドキドキと早鐘を打つ。彼女はごくりと唾を飲みこんだ。
気合を入れて見た先にあるソファーの前には、鬣が豊かな獅子が立っていた。
……いや、獅子の顔をした人だ。獅子の顔をしているが二足歩行をし、ちゃんと服も着ている。手袋までしていて肌の露出がないので、体まで毛深いのか分からない。それでも顔はしっかりと毛が生え、多少前に突き出ている。
「初めまして、レディ。私はアリスタリフという。アーリャと呼んでくれ」
その場で固まったままついマジマジとオリビアが顔を見ていると、獅子が自己紹介をした。
獅子の顔をしているが、声帯は人と同じらしく、竜種語を話した。オリビアは生まれてこのかた、同じ猫種でも獅子の顔をした者は見たことがなかった。まぎれもなく呪いの所為なのだろう。
耳はオリビアのものより少し丸みを帯びているが、この辺りは猫種同士でもそれぞれ違うので、そこまで気になるほどでもない。
何よりその金色の目が理性あるものだったので、驚きはしたが言われたほど恐怖はわかなかった。明らかに獲物を狙うような目だったら、オリビアも恐れただろうが、襲われないなら大型の猫のようだと彼女は思う。
「初めまして。私はオリビアと言います。よろしくお願いします」
その場でオリビアがカーテシーで挨拶を返せば、獅子の目が丸くなった。思った以上に獅子というのは、表情豊かな生き物らしい。
「えっと、中に入ってもよろしいでしょうか?」
獅子とイヴァンがぽかんとしていた為、一向に廊下から動けなかったオリビアは、とりあえず尋ねてみる。オリビアはツヴェート国の文化を知らないので、もしかしたら中に入る前に色々とやり取りをする文化があるのかもしれないと考えた。
「あ、ああ。入ってくれ。どうぞ、ソファーに座ってくれないだろうか。イヴァン、お茶を」
「はい。かしこまりました」
(入っていいのね。異国の文化って分からないから難しいわ。この国は中で靴も履き替えるようだし)
ガット国ではわざわざ室内に入ったからと言って靴を履き替えたりしないので、些細な部分でも文化の違いを感じた。
オリビアは中に入ると、ソファーに腰かける。ふかふかのソファーは大変座り心地が良い。その後ろにチェレスリーナは立った。
「私の事が……恐ろしくないのか?」
「いえ。別に? 先祖返りしたかのようですねという感じ程度にしか思いませんが」
「ほ、本当か?」
アリスタリフは信じられないというような様子をしていたので、逆にオリビアの方が首をかしげたくなる。よほど深窓の令嬢とお見合いでもしたのかと。
(見目は確かに珍しいけれど、理性的で紳士的だし、悲鳴を上げるほどかしら?)
「ええ。そもそも私達は、猫種も龍種も人種もみんな姿が違うのだから、こういう種もあると思えばその程度の違いだと思います。ではしばらくは行動を一緒にさせていただきますね。一緒に貴方の運命を探しましょう」
食いつくように顔を近づけられれば、流石のオリビアもドキリとはしたが、それでも直になれるかなと楽観視できる程度のものだった。
「探す?」
「はい。私の能力は聞いてますよね? きっとすぐに見つかりますよ。大船に乗った気持ちでいて下さい」
「オリビアが私の婚約者なのではないのか?」
アリスタリフに言われてオリビアは目を瞬かせた。
(そっか。一応、婚約者として扱ってくれるのね)
全く釣り合いが取れていなかったので、そういう反応を返されるとは思っていなかったオリビアはびっくりすると同時に、彼の優しさに感謝した。どうやらただ道具のように人を扱おうとするようなタイプではないらしい。
(いい人みたいだし、彼の呪いが早く解けるといいな)
「私はアーリャのフェロモンを感じませんでしたので、私の運命ではないと思います。でも逆にそういうことなら、私と一緒にいれば、すぐにアーリャのことをいいなと思う子が現れるはずですし、アーリャも気になる子ができるはずです。一緒に呪いを解く為に頑張りましょう。私も誠心誠意お手伝いしますね」
不安気に彷徨う手袋をはめた手を握れば、アリスタリフは目を伏せた。
顔色は毛並みの所為で分からないが、よろこんではいそうかなとオリビアは考える。耳が前向きになり今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな様子だった。
こうしてオリビアとアリスタリフの初めての顔合わせは無事に終わった。