当て猫娘の初デート
「……ねえ、チェス。ちょっと、派手過ぎない? 何だか服が浮かれすぎている気がするのだけど」
「服が浮かれてるとは、斬新な表現ですね。ですが、大丈夫です。とてもよくお似合いです」
チェスと一緒に選んだピンクのドレスを纏いながら、オリビアは少しだけしかめっ面をしながら、鏡とにらめっこをしていた。
(選んだ時は春らしくてこれでいいと思ったけれど、何だか派手過ぎる気がするわ。あまり目立つような服装だと、あまり目立ちたくないアーリャは困るのではないかしら?)
「うー。ただ遊びに行くだけなのに、チェスが気合を入れて服を選ぶから、何だか緊張してきたわ」
朝からずっとそわそわしていたオリビアは、胸元に飾ったネックレスをいじりながら、鏡の前で百面相をする。それを見ながら、チェレスリーナは目を細めにんまりと笑った。
「いい傾向じゃないですか。お嬢様ってば、来る者拒まず、去る者追わずの傾向でしたもの。恋愛云々は置いておいても、アリスタリフ様に好かれたいという意識が働いているという事でしょう?」
「……私、そんなに極端だった? お見合いの時は必ず嫌われないように取り繕ってはいたと思うけど」
「ええ。表面的にはちゃんと取り繕えてましたよ。でも必要以上に嫌われないように当たり障りなくという形でしたでしょう? 今はアリスタリフ様に良くみせたがっていますよね? 大丈夫ですよ。お嬢様はとても可愛らしくて、皆から愛される猫なのですから」
そう話ながら、チェスはオリビアの髪をいじっていた道具をしまう。
「私はそんなに愛され上手じゃないわ」
「少なくとも、私はお嬢様が大好きですよ」
「……ありがとう。あー、なんだか照れるわね」
「お嬢様、折角綺麗に髪を整えたのですから、毛づくろいは止めて下さい!」
真正面から愛の告白を受けて、オリビアは髪の毛を触ってしまうが、慌ててチェレスリーナに止められた。それでも体がムズムズしてしまうらしく、再びネックレスをいじった。
「もう。チェスがそういう事を言うからじゃない」
「本当のことですから。私はこの世界の誰よりも、お嬢様の幸せを願っていると胸を張って宣言できます」
えっへんとわざとらしく胸を張るチェレスリーナを見て、オリビアは噴出した。
「ありがとう。少し緊張が解けたわ」
「それは良かったです」
(チェスにはお世話になりっぱなしだなぁ)
オリビアは、幼いころから仕えてくれているチェレスリーナにとても助けられてきた。どんな時でもチェレスリーナは味方で、今もなお、故郷から遠く離れた地まで付き合ってくれている。
「チェス、いつもありがとう。ここにチェスがいてくれて本当に嬉しいわ。でも、だからこそ、もしも、もしもね。チェスに好きな人ができたなら、ちゃんと言ってね? 応援するし、私にずっと付き合ってなんて無茶な事は言わないから」
オリビアが近くにいる限り、チェレスリーナに好きな人ができて結婚する可能性は一般的な職場よりも高い。実際、オリビアの身の回りの世話をする者達は短い期間で変わっており、長期にわたって仕えてくれているのはチェレスリーナだけだった。
オリビアの近くにいればいるほど、オリビアの能力は強く発揮される。その結果、皆情熱的な恋をして、寿退社してしまうのだ。
「お嬢様。お嬢様の近くにいられて嬉しいのは、私もなんです。だから、ちゃんとお嬢様が結婚なさるまでは、辞めろと言われても辞めませんから」
「辞めろなんて口が裂けても言わないわよ。でもチェスは凄く昔から一緒にいるから、ついつい甘えてしまって、その所為で言い出せないだけかもと思ったのよ」
(チェスとはいつから一緒にいるんだっけ?)
オリビアはいつからチェスと一緒だったのかは思い出せなかったが、彼女との思い出は誰よりも多かった。それぐらい長く一緒にいるのだ。
「もちろん、私だって一つや二つ内緒ごとはありますよ。でも今一緒に居たいのはお嬢様なのは嘘ではありませんし、お嬢様以上に一緒に居たいと思う殿方もおりませんから、安心して下さい。なんと言っても、お嬢様は私の命の恩人ですから」
「命の恩人? 私、チェスを何かから守った事なんてあったかしら?」
「私が一方的にそう思っているだけですけれど。ほら、お嬢様と最初に出会った時、お嬢様から小魚を頂いたでしょう? あの時、私は本当に飢えていて……嬉しかったんです」
「そうだったかしら? うーん」
(そんな感じの出会いだったかしら? 微妙に記憶が曖昧なのよね)
オリビアはその頃の事を思い出そうとしたが、特に問題もない日常の一コマだった為に上手く引っ張り出せなかった。そもそも飢えていたというが、チェレスリーナがガリガリだったという事実はない。もしもそんな見るも可哀想な痩せ猫だったらオリビアの記憶にだって残っていたはずだ。
「そういえばチェスってば、昔から小魚好きだったわね」
「そうなんですよ。小魚だけは止められません」
(好きな小魚を分けてくれたから命の恩人って事? まさか、冗談よね?)
とはいえ、命の恩人になるような重大な事があったならオリビアだって覚えているはずだ。しかしオリビアの記憶にはない。ついでに言えば、記憶喪失になるような重大な怪我等を負ったことも大病を患ったこともなく、オリビアは無病息災を地で行く生き方をしている。なので忘れているのはオリビアにとっては普通の日常の一コマだったからだ。そのため余計に首をかしげてしまう。
「まあ、まあ。私の事はいいですから、そろそろアリスタリフ様の所に行かないと、待ちくたびれてしまいますわ。殿方が女性の身支度を待つのは当たり前ですが、それでも待ち続ければくたびれてしまうものですから」
「そうね」
チェスが指摘した通り、そろそろ移動しなければいけない時間だ。舞台を見るならば、どうしても開演時間など決まった時間があるので余裕をもって移動したい。
そう考えたオリビアは足早に離宮の外へと出た。
「かなり待たせてしまったかしら?」
「大丈夫ですわ。まだ時間に余裕はありますし――あら?」
足早に移動をしていると、向こうから大きな人影が見え、チェレスリーナはハッとした顔をして口を閉じる。隣にいるオリビアも同じく人影に気が付き、目を大きく見開いた。
「アーリャ?!」
オリビアは名を呼ぶと大慌てで駆け寄る。
フードをかぶっているので顔が隠れてしまっていたが、それでもアリスタリフは呪いの所為なのか縦にも横にも一回り大きいため、一度でも彼を見たことがあるものならすぐに分かる。
「すみません。お待たせしてしまって」
「いや。大丈夫だ。その、いい天気だったから散歩がしたくなってな」
「そうなのですね。確かににここの庭は、花が見事ですし、外に出るとつい散歩したくなるもの分かります」
オリビアが笑えば、アリスタリフはフードを外した。押さえつけられた鬣が気になるようで、ブンブンと顔をふる。
「その服、暑くないですか?」
アリスタリフは呪いの為、毛深く、毛皮を一枚纏ったような状態だ。そのため外套を着る姿は少し暑そうに彼女には見えた。
「まあ、それなりには。だが、我慢はできなくない暑さだ」
(とはいえ、フードなしだと日頃から外出をしていないぶん、余計に周りの視線が気になるだろうし。うーん。これは要課題ね。北国だから今はいいけれど、今後暑くなってきたら体調を崩されてしまうわ)
いっそ半裸でも毛皮なので問題なさそうだとオリビアは思ったが、それをアリスタリフが受け入れられるかどうかは別問題である。
「お、オリビアは、その……綺麗だな」
「はい。アーリャに用意していただいたドレスはどれもこれも綺麗で、選ぶだけで楽しかったです」
「いや、ドレスももちろん綺麗だが、その……」
「あ、このペンダントもとても美しくて私が選んだんです。ほら、このキャッツアイの色味、アーリャの瞳にそっくりじゃないですか?」
ふふふと胸に飾られたペンダントを持ち上げ、オリビアは笑った。アリスタリフは一瞬目を丸くしたものの、柔らかくその瞳を細めた。
「確かにそうだな」
「ですよね。アーリャの瞳孔は人種のように丸いのでちょっと惜しいですけど、この金のような黄色はまさしくアーリャの色です。まるで、太陽のようで本当に綺麗ですよね」
「実は私もラペルピンに、オリビアの瞳と同じ色だと思った、キャッツアイのものを付けてきたんだ」
そう言ってアリスタリフが指さし見せた胸元には、緑色のキャッツアイがはめ込まれたラペルピンが飾られていた。
「わぁ。本当ですね。私の目にそっくり」
「だろう? この優しい色が、まさに同じじゃないかと思ってな。折角だから見比べてみたくなったんだ」
「奇遇ですね。私も選んでる時にアーリャの事を思い出して見比べてみたくなったんです」
アーリャとオリビアは顔を見合わせると笑い合った。そして使用人が出発の準備を促すまで、周りの目が生温かいものになっていることに気づく事もなく、楽し気に会話したののだった。