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当て猫娘の出発

 オリビアが住むガット国は南にある半島だ。対して、婚約予定者が住むツヴェート国は、ずっと北の方にある大国で、そこへ向かうには海路しかなかった。

「ううう。お婆様だって、これほどの長旅はされていなかったはず……」

 布団に丸まるオリビアは故郷というか、温かい陸地が恋しくて仕方がなかった。この苦行が帰りもあると思うと、尻尾も力なく垂れ下がるというものだ。


 オリビアが乗っている船は豪華客船で、小型の船よりも揺れは少ない。少ないはずだが、ずっと揺られていると平衡感覚がおかしくなり、オリビアはベッドの人となっていた。更に猫種は多かれ少なかれ、皆、寒さに弱い。オリビアも同じで温暖な自分の国からドンドン北上する度に寒くなる状況に、毎日ブルブル震えていた。

「お嬢様のお婆様もガット国よりも寒い国から嫁いで来られたのですから、その血を引いているお嬢様なら大丈夫です。気を確かに」

「チェス……小魚もぐもぐしながら慰められても……」

「小魚食べていると気分が悪いのも少しは優れますよ」

 もぐもぐと小魚を食べながら話すのは、チェレスリーナという名の猫種の女性だ。オリビアが幼い頃から仕えてくれていて、今回の婚約にも身の回りの世話役としてついて来てくれていた。

 一応結婚したらチェレスリーナは一人で帰国してもらう予定となっているが、多分そうはならないだろうとオリビアは考えている。


「今はいいわ。口にしたら、大変なことになりそう」

「そうですか。気分転換に外に出てみます?」

「無理。絶対無理。海風が寒すぎるわ。……もう引き返したい」

「もうすぐ着くのですから。ここまで我慢したのに、これで引き返したら、また船の上ですよ。いっそ頑張ったご褒美に、観光してから帰るべきです」

 オリビアが見合いをしてはふられるを繰り返し、その度に落ち込んできたのを知っているチェレスリーナは、あえて別の話題でオリビアを励ました。


 そのかいあって、10日もかけた長旅をオリビアは我慢しきり、何とかツヴェート国に降り立つ事ができた。既に疲労困憊ではあったが、揺れない地面に立った瞬間、オリビアのたれさっがり続けた尻尾がピンと空をむいた。

「チェス、まだ地面が揺れている気がするけれど、揺れてないのよね!」

「揺れてませんね」

 嬉しそうに笑うオリビアにチェレスティーナもほほ笑んだ。

「それにしても、思った通り寒いわね。他の人は寒くないのかしら」

 季節は春だったが、冬服を着ておいて正解だったと思うオリビアだったが、街を歩く人は明らかにオリビアよりも薄着だった。これが人種や龍種だけなら納得も出来るが、猫種も同様なので、彼女は首を傾げた。

「きっと慣れですよ。さあ、次は、鉄道に乗りますよ」

「分かっているわ」

 

 オリビアの婚約予定者がいるのは、更にここから離れた場所だった。

 ここまで迎えに来るという打診もあったが、オリビアは折角だから街中の観光もしたかったので、鉄道で向かい、そこから馬車をお願いすることにいていた。

(何日滞在することになるかわからないもの。観光出来る時にしておかないと)

 妹の時のように、すぐさま好きな相手が見つかってしまう場合だって考えられる。喜ばしいことだが、その場合婚約予定者のオリビアは邪魔者なので、すぐに追い払われてしまう可能性もあった。せっかくここまで船酔いを我慢したのに、観光一つできず再び船などオリビアは御免だった。


 ツヴェート国の道行く人は、猫種と人種が同じぐらい居て、龍種がやや少ない。龍種は人種と全く同じ外見にも出来るそうだが、基本角をあえて残し、自分達の種が何なのかをアピールする。猫種もそうだが、同じ国に住んでいても、自分の種を誇りに思うものが多い。

(でも……この国はけっこう混血も進んでいそうな感じね)

 時折混じる、どの種なのか分かりにくい外見の人は、大抵が混血だ。

 猫種は恋愛主義なので他種と結婚することも多い。自分の種の誇りと恋愛を天秤にかけると、猫種は大抵恋愛を取るのだ。ただし猫種は気まぐれなので、離婚率も高かったりする。

 だからオリビアにとって混血はそれほど珍しくはない。しかし人種と龍種の混血らしき人はオリビアも初めて見た。龍種は一度結婚したらほぼ離婚はあり得ないので相手選びは慎重になるし、人種は保守的な者が多い。特にフェロモンという彼らにとっては未知の存在により、人種は人種と結婚したがるのだ。というわけで、人種と龍種のカップル成立はかなり低い。


「お嬢様! あちらの店から何やらいい香りが」

「あら、本当ね。折角だから食べていきましょ。少し位遅れても、船が遅れたとか、鉄道に乗るのに手間取ったとか言っておけば問題ないわよね」

「そんな。もう、お嬢様は仕方のない猫ですね」

 自分が先においしそうな店があると言い出したにもかかわらず、チェレスリーナはさもオリビアが言ったから仕方がなく付き合うだけの姿勢だ。オリビアも付き合いが長いので、別にそんな事で目くじらは立てないし、チェレスリーナの美味しいものをあてる嗅覚が優れていることも知っていた。

(チェスってばグルメ旅行にでもきたつもりよね。まったくもう。仕方がないない猫なんだから)

 でもオリビアにとっては、チェレスリーナが婚約の事を全く気にせず、ゆるく付き合ってくれるのがありがたかった。

 婚約が上手くいかない度に、はれ物にでも触るような態度を取られる方がオリビアには堪えたからだ。

 彼女はもう結婚に夢など持っていない。それでもやっぱり婚約が上手くいかなければ、オリビアは自分を否定されているかのようで傷ついてしまう。最初から駄目だと諦めていてもだ。

 その後贈られるわびの品など、傷口に塩をまぶされている気分だ。自分だって相手を好きになってはいないと思ったところで、否定されたことには変わりない。


「へぇ。これ中にお肉が入ったパンなのね」

「暖かくて美味しいですねぇ」

 もぐもぐ食べながら、オリビアはこれは旅行兼、婚約予定者の呪いを解くためのボランティアなのだと自分に言い聞かせる。少しでも婚約が上手くいかなかった時の落胆が小さくなるように。

「このスープ赤いのにトマトの味がしませんよ?!」

「あら、本当ね。この白いの、どうしたらいいのかしら?」

「そのまま食べるんですかね?」

 オリビアはチェレスティーナと異国の食べ物を楽しみ、今だけ婚約の事は忘れるようにした。



◇◆◇◆◇◆



 腹ごしらえをして、街中をのんびり散策しながら鉄道に乗った彼女達は、婚約予定者が住む町へと向かった。女二人旅だと何かと物騒でもあるが、彼女達は婚約予定者のご厚意で指定席である特別車に乗る事ができたので、変な人に絡まれる事もなかった。

 そもそも猫種である事がしっかり分かるよう、帽子は飾りのようなミニハットにして、耳を出して自衛はしている。猫種は身体能力が高く、並の男より強いのは有名なので、猫種であることを全面に出すと下手な男に絡まれる事は少ないのだ。


「寒いのはいただけないけど、これから夏になればもう少し暑くなるし、ご飯も美味しいし、観光には丁度良かったわね」

「そうですね。この国、冬になると雪が、わが国の北部よりも多く降るそうですよ。それも全土に」

「げっ。……早急に婚約者候補の方の呪いを解いて差し上げないといけないわね。雪は嫌だわ」

 冬までには脱出しよう。そうオリビアは心の中でつぶやく。自国でも雪の時期は、オリビアは暖炉の前から動くのが嫌いだった。


 優雅な列車の旅を終えたオリビア達は、その足で駅に隣接する通心所つうしんじょへ向かった。

 通心つうしんというのは、龍種が開発した遠くの人に簡単なメッセージを送る道具のことだ。

 龍種は魔法を使うのに長けているので通心など使う必要はない。それでも彼らが自分達が使わない魔道具を作ったのには理由がある。それは龍種とは違い猫種は、魔法をほぼ使えないからだ。昔龍種と猫種で結婚した者がいたそうだが、猫種の妻が病気で危篤になった時、出張をしていた龍種の旦那に手紙を送るも、あまりに時間がかかりすぎて、旦那が知り急いで帰った時には既に妻は骨壺の中だったそうだ。

 妻の死に目に間に合わなかった男は、その後誰でもすぐさま連絡を取れる通心を開発したらしい。龍種ならばこんなものを使わずとも声を相手に届けられるが、それができない妻のような悲劇を繰り返さないようにと。

(すごく便利だけど、龍種の怨念がこもってそうなのよね)

 感動的な話っぽいが、ようは龍種が相手を束縛する道具としても使うのでオリビアは手放しでほめるのを躊躇う。

 猫種が気まぐれなら、龍種は一途だ。ものすごく一途で、結婚相手を【番】と特別な呼び名で呼び、とにかく愛す。これが開発される前なら、連絡手段がないで終わった話が、わざわざ毎日連絡しろと相手に迫る龍種もいるそうだ。

 更に現在は簡単なメッセージだけでなく、誰でも声を届けることができる道具も開発中と言われている。猫種からすると、逐一相手に干渉されるというのは、恐ろしい話のように思えた。


 話はそれたが、オリビアたちはここで、婚約予定者の所に着いたとメッセージを送る手はずになっていた。

「どんな人なのかしら」

 とうとう会う相手にオリビアは少しだけ緊張する。相手から愛されるかもしれないという期待だけはしないように心がけているけれど、それでも初対面の人と会うのはそれなりに気を遣うのだ。


「さあ。でも出てくる茶菓子は美味しいといいですね。何でもこの国のお茶受けは、柔らかいジャムだそうですよ。種類も一杯あるという話です」

「ジャムを食べるの? へえ。それは気になるわね」

 緊張をほぐそうとしてくれるチェレスリーナらしい言葉にオリビアはクスリと笑った。

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