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当て猫娘のお節介

「メイド長の元彼、おおよそ絞れましたよ」

「頼んで何だけど、昨日の今日で判明とか、すごく有名だったのか、メイドの噂の恐ろしさを感じればいいのか微妙だわ」

 朝食後にチェレスリーナに報告されたオリビアは苦笑いする。ガリーナは公私をわけるので、職場では彼氏の存在を言いふらしたりはしないと思っていた。そのため時間がかかると思っていたのだ。


「恐ろしさを感じてください。メイドはほんの些細なことからも妄想を膨らませ――いえ、推理し、多数の目が常に情報を拾い共有しているのです」

「上手く探偵風に言ったけど、ゴシップ大好き野次馬根性よね」

「そこは、まあ外部には漏らしませんから、大目に見てくださいな」

 そのメイドたちの探求心に恩恵を受けている身なので、もちろんオリビアは見なかったことにする。主に迷惑をかけない程度の娯楽なら、禁止した所で隠れてやるようになるだけだ。

「それでどなただったの?」

「明確にガリーナの口から付き合っているという言葉を聞いたことのある者はいないのですが、ガリーナが職場でよく話す男性は三名。執事長のイヴァン、菓子職人のイリヤ、庭師のヨシフです。うち、ヨシフは年がいっている上に妻子持ちで最近孫が生まれたぐらいなので除外します」

 孫がいるほどの年齢だと離れすぎだし、妻子持ちだったら、なおさら別れようなんて不倫話を大声でするはずがない。この国は一夫一妻制だとアリスタリフからも聞いていたので、オリビアは素直に頷いた。


「後の情報だと、ガリーナの元彼は人種と言っていたわね。となれば猫種のイヴァンは除外。なら、菓子職人のイリヤという事ね」

「その通りです、お嬢様。探偵の才能がありますよ」

「そうかしら? って、探偵だったら、こういうゴシップ推理をするんじゃなくて、怪盗を追いかけたり、暗号を解いたり、殺人事件の謎を解明したりするんでしょうが」

「それこそ、探偵に夢を見過ぎです。大抵の探偵は、迷いネコ探しか浮気調査でご飯を食べています」

 シレっと現実の探偵を語られて、オリビアはガクッと肩を落とした。

「分かってはいるけど、探偵小説の夢を壊したくないのよ……。まあいいわ。でも言われてみればガリーナはお茶の時間の打ち合わせを進んでやっていたし、彼が作る菓子にも詳しそうだったわね」

 確かにアリスタリフを休ませるためにお茶を大切にするのは分かるが、何もメイド長が毎回準備をする必要はない。

 それにオリビアはガリーナが菓子について語った時、彼女はアリスタリフの屋敷のケーキは美味しいと紹介するのではなく、ここの菓子職人は焼き菓子も得意なのだとさりげなく特定の職員の腕を褒めていた。

 それぐらい菓子職人の腕はこの屋敷で有名なのかもしれないが、普通ならばオリビアが菓子を作った職人について聞かない限り、アリスタリフのお屋敷ではこうだという説明となる。つまりガリーナにとってその菓子職人に対して思入れが強いという事だ。


「どうされます?」

「勿論、直接話に行くわ。私が一使用人に、お茶菓子がおいしかったと感謝の言葉をかけたり、次はこんなお菓子も食べてみたいと要望を出すのはおかしくないでしょう?」

 えっへんと胸を張ってオリビアが言うと、チェレスリーナが少しだけ半眼になった。

「要望も出されるのですね」

「ええ。当たり前じゃない」

「まあ、それでこそお嬢様ですね」

「褒め言葉として受け取っておくわ。どんな時でも、食べる楽しみは大切よ」

 にっと笑うオリビアに、チェレスリーナも笑った。


 そうと決まれば思い立ったが吉日と、オリビアは早速調理場へ向かった。

「アリスタリフ様には本日は仕事場に伺わないとご連絡入れておきますか?」

「別にいらなくないかしら? 約束しているわけではないし、私が仕事をしているわけでもないし」

 向かう途中チェレスリーナが声をかければ、オリビアはきょとんとした顔をして首を傾げた。

 確かにオリビアの言う通り、彼女は約束をしてそこで過ごしているわけではない。彼女は自由気ままな猫のように、部屋の片隅でくつろいでいるだけだ。おしゃべりも基本はせず、アリスタリフの仕事の邪魔にならないように本を読んだりしていた。

「それとも今日は特別に可愛いお嬢さんが訪ねてくる予定とか聞いている?」

「そういう予定は聞いておりませんね」

「だったら一日ぐらい行かなくてもいいんじゃないかしら? 屋敷から出ていくわけでもないし」

「それを言われるとその通りなのですが」


 この国での身元保証人はアリスタリフなので、外に出ていくとなれば、何かあった時の為にアリスタリフに一言連絡はする。しかし日中の行動をいつもとちょっと変える程度の事をわざわざ報告するのは悪い気がするのだ。

(アーリャ忙しそうだし。そもそも、一人の方が気が散らなくて仕事もはかどるだろうし)

 例え喋っていなくても、視界に入れば気が散るものだ。

 オリビアはそう考え、気にせず調理場へと向かうのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



「お嬢様が菓子職人とお話したいと言われていますが、お時間貰えるでしょうか?」

 調理場に行くと、まずはチェレスリーナに交渉をして貰うこととなった。

 丁度調理場では昼食の下ごしらえとお茶菓子の準備中だったので、手が空いた時で構わないという形での交渉だったが、すぐに一人の青年が出てきた。

 茶色の髪に、灰色の瞳の青年は、人の好さそうな顔をしている。ガリーナを一方的に振った男にしては、いい人臭が強く、何処か気弱そうな感じもした。

「私が菓子職人のイリヤです。何か、問題がございましたでしょうか?」

「いいえ。問題なんてとんでもない。貴方の作るお菓子はいつもとても美味しいわ。イチゴのヴァレニエは貴方が作ったのでしょう? はじめて食べたけれどとても美味しかったわ、ありがとう」

「そ、そんな滅相もございません。こちらこそ、わざわざありがとうございます」

 オリビアが余所行きの顔でニコリと微笑み、感謝と称賛を送れば、イリアはぶんぶんと頭を振り、顔を赤くした。


「もしも我が儘を言っていいなら、フルーツを使ったタルトを食べてみたいわ。焼き菓子も上手だとガリーナから伺っているの」

「が、ガリーナから……。はい。タルトも作れますので、明日のお茶菓子はタルトにしましょうか?」

「もしも可能なら、お願いね」

 ガリーナという言葉に反応し、イリヤの表情が少しだけ表情が暗くなった。それを見てオリビアは彼が元彼で間違いないと確信する。

「今から少しだけお時間大丈夫かしら? 他にもこういったものは作れないか相談したいものがあるの。場所を移してお話したいのだけど」

「はい。では部下に今日のお茶の指示だけ出してきますので、少々お待ちいただけますか?」

「構わないわ」

 イリアは厨房へ戻り、しばらくするとまた出てきた。ただし今度はコック帽を脱いでいる。


「お待たせしました」

「では行きましょうか」

 部屋の中でもお茶ができるように用意されたサロンにはいると、チェレスリーナがオリビアの為に椅子を引いた。それに腰かけると、オリビアはどこか戸惑った顔をしているイリヤに椅子をすすめた。

「座ってもらえるかしら?」

「し……失礼します」

 座ったイリヤの顔をオリビアがじっと見つめると、イリヤは少しだけ怯えたような顔で目をそらした。

 それを見てニコリとオリビアは笑う。


「猫種は苦手かしら?」

「い、いえ。とんでもございません。あ、あの。女性と話すのがなれていませんもので。その……ジッと見られると落ち着かないといいますか」

「あら、恋人はいないの?」

「……いません」

 即答ではなかったが、恋人の存在は否定した。

(確かに、一応別れたことになってるものね。一方的だけれど)


「なら、好きなお相手は?」

 イリヤは驚いた顔でオリビアを見たが、再び目をそらした。

「それ……仕事に関係ないですよね」

「ええ。そうね。ごめんなさい。猫種は、恋愛話が好きなの。貴方は人種で良かったかしら? 人種はあまりそういう話をしないのかしら?」

 あくまで世間話の形で尋ねれば、イリヤも幾分か緊張が取れたようだ。

「人種は……好きな奴は好きですが、俺はそれほど……。たぶん人種でも、女性の方がそういう話が好きなのだと思います」

「そうなのね。私の国は猫種が多いから、こちらの普通が分からない事が多いの。ガリーナなら、恋愛の話とかしてくれるかしら? 彼女、好きな相手とかいるのかしらね」

「えっ。が、がりッ?! ……いや、その。すみません」

 しれっと、ガリーナの名前を出せば、イリヤは目に見えて動揺した。目がものすごく泳いでいる。


「ええ。彼女、メイド長だから、お話をする機会も多いの。背がすらっとしていてとても美しいし、誰か恋人がいるに違いないわ。そう思わない?」

「えっと……恋人はどうでしょう……。彼女は真面目だし……」

「あら? 真面目だから恋をしないなんておかしいわ。美人であるのは間違いないでしょう?」

「……そうですね。彼女はとても美しいです」

 イリヤはそうつぶやくように言った。その言葉は嘘偽りのない言葉で、思わず同意した感じだった。

(あら? 人を悪く言わないタイプの人種なのかもしれないけれど、ガリーナへの好意もまだあるんじゃないの?)


「もしかして、あなたガリーナが好きなの?」

「……はい。好きです。愛しています。でも……俺では彼女に相応しくないので」

(やっぱり! でも相応しくないとはどういう事かしら? そういえば、別れ話の時もそんな事を言っていたわね)

 オリビアは立ち聞きしてしまった時の状況を思い出す。

 たしかあの時も、自分が相応しくないから別れて欲しいと言っていた。


「相応しくないというのはどういう意味かしら? 私は——」

 何をもって相応しくないと言っているのか分からないが、少なくとも身分差は彼らの中にはないはずだ。そのためオリビアはもう少し詳しく聞き出そうとした矢先だった。

 ガチャガチャとすごい勢いでドアノブが回され、サロンの扉が開いた。


「私の婚約者に何をしているっ?!」


 グルグルと獣のような唸り声をあげながら、突然アリスタリフが中に飛び込んできたのを見て、オリビアはどうしたのだろうと首をかしげた。


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