当て猫娘の勉強
「ああ。俺は白玉公と名乗っている……。といっても、パーティーに出席したり光帝の招集は父が代理としてやってくれているので、とても中途半端な存在でしかないが」
しょんぼりと、悲し気に話すアリスタリフに対して、オリビアもまた焦った顔をした。
「えっと。つまり、もしかして……いや、もしかしなくても、アーリャは光帝になるような立場的な感じなのでしょうか?」
ビクビクと震えながら尋ねるオリビアに、悲し気に目を伏せていたアリスタリフは不思議そうに首を傾げた。
「勿論、地位的にはそうだな。ただ、私は半人前でしかないから――」
「にゃんですって?! うわわわわわ。ない。それは、確かにないですね」
「……分かってはいるが、そんなはっきり言わなくても」
「いや。すみません。でも私が結婚相手とか、絶対ないと思って、ついポロっと。噂だけでも不味いのかしら? とにかく早く、お相手を探さないといけませんね」
「ん?」
オリビアが一人あたふたしていると、逆にアリスタリフは困惑気な顔をした。
「いや。別にそこは不味くはないと思うが」
「だって、私、ただの異国の一貴族ですよ? 次期王様の嫁とかあり得ませんし、婚約者としても汚点ですよ。汚点」
「それはないだろ。そもそも、さっきも話したが、私は仕事ができない中途半端な存在でしかないわけで、そんな私が光帝に選ばれるとは思えな――」
「それは呪いさえ解ければ問題解決じゃないですか。私との婚約もどきの話があったことは、たとえ呪いが解けても消えないですし。呪いが解けたアーリャは完璧かもしれませんが、呪いがなくなった私って……うわっ。更に価値がにゃい感じ?! いや、別に私は自分の呪いを解きに来たわけではないんですけれど、うわわわわわ」
オリビアは自分の置かれている状況を改めて再確認して、顔を青くした。
(私を呼んだのはこの国の王というか、光帝だから、一応は問題なしとされるでしょうけど、私自身が問題大ありよ。王族と話すマナーまで学んでないんだから、もちろん次期光帝候補と並べるようなマナー習ってきているわけないじゃないの。結婚はしないけど、代わりにアーリャの結婚相手を見つけなきゃということは、この国の貴族とお会いしなければならないわけで。うわぁぁぁ。後ろ指差されながらパーティーに赴くとか嫌すぎる。血尿でそう……)
オリビアは当て猫なんて呼ばれているのもストレスに感じる隠れ繊細タイプだ。ただ引きこもるのもまたストレスに感じるので、私は一人で生きていくのだと思い込むようにして誤魔化して出歩いてはいたけれど。
そんなわけで、嫌な事があったらすぐにでも自国に戻ってしまおうと思っていた。しかしアリスタリフと話してそれなりに好感が持てたのと、数少ない呪われ仲間として、ただ放置するのも良心の呵責を感じてしまう。かといって、いろんな場所で分不相応だと噂され続けるのはストレスが大きすぎて病気になりそうだ。
「落ち着いてくれ。大丈夫だから。そんな心配はしなくていい。既に私の価値など地に落ちているんだ。それよりも、先ほど【ない】と言ったのは、私が白玉公と呼ばれている事に対してではないのか?」
ひぃぃぃぃぃと恐慌状態に陥って、ガチャガチャと紅茶がこぼれるぐらい震えるオリビアを見て、アリスタリフは椅子を倒すように立ち上がり、彼女の手を握った。
「へ? いえ。だって、アーリャはここの使用人の方々に愛されるぐらいいい仕事をされていますし、休憩時間も惜しんで仕事をしていらっしゃるんですよね? だとしたら、まったく問題ないかと」
「そうか。……いや。本当にオリビアは気にしなくていいんだ。そもそもこの役職は、できる限り身内びいきにならないよう家名も名乗らせなくなるようなものなのだ。だからたとえ結婚したとしても、オリビアには何の権力も与えられないというか……。いや、そうなると、オリビアには利点がないな」
「い、いえ。そもそも結婚はしないと思いますから別にそこはいいのですが。その……異国の一貴族ごときが婚約者っぽい立場に居座っても大丈夫なのですか?」
「ああ。奥方を平民から娶ったものもいたはずだ。そもそも貴族かどうかは、先祖がどういう仕事をしていたかによるだけで、この国に住む者は皆、異国から渡って来た者達。つまり誰もがそんなに変わらない。ただ仕事をする上での教育を幼少期から集中的に受けられるかどうかの差だけだな。そして奥方が仕事をするわけではないのだから問題ない」
アリスタリフはオリビアの目をジッと見て、穏やかな口調で話しかけた。
オリビアは最初こそ恐慌状態だったが、徐々に落ち着いたような顔をする。
「……すみません。取り乱してしまって」
「いや。……猫種なまりは可愛いと知れたから問題ない」
「にゃっ?!」
再び猫種なまりが出てしまい慌ててオリビアは自分の口を押えた。
猫種は幼児期『にゃーにゃー』と言っているのだ。大人になるにつれ、そのなまりは出なくなるが、時折驚くと出たりする。
流石に『困ったにゃん』なんてなまり方はしないのでこれに関してはわざとだが、猫種なまりとはようは幼児語のようなものなので、オリビアとしては少々恥ずかしいのだ。
(うううう。最近は出てなかったのに)
「すまない。オリビアを決して馬鹿にしているわけではないのだ。ただ、その……君が本当に可愛くて」
オリビアが無言になっていると、アリスタリフは困ったように尻尾をしょんぼりとたれ下げた。
「いえ……。大丈夫です。分かってますから」
(アーリャはきっと猫種なまり女子が好きなタイプなのね。恥ずかしい奴と思われなかっただけ良かったと思う事にしよう)
オリビアは握られた手を見つめながら、大きく息を吐く。
「えっと。話を戻しますが、つまり王にもなれる立場でも、この国では結婚相手の身分を問わないということでしょうか?」
「ああ。そう言う事だ。それと、三光家と名乗れる家はそれなりにある。だから次代を産むために、側室を娶るというような制度もなく、一夫一妻制だ。愛人を持つのも、基本、眉をひそめられる」
「そういえば、この国は龍種も大勢みえますものね」
龍種は一途だ。番という独自の言い方をし、とにかく相手を盲目的に愛す。なので龍種が多い国は一夫一妻制が多い。
猫種の多いオリビアの国は、基本一夫一妻制だが、王族のみ第二夫人、第三夫人を持つこともあるし、財力がある者は愛人を持ったりもする。ただし女性もそれなりに働ける国になっているので、愛人を作るぐらいなら離婚する方が多い。恋愛主義な猫種にもそれなりにルールというのがあるので、本妻に内緒で愛人を作ったりすると、周りから冷たい目で見られる。
「だとすると、結婚相手は慎重にみきわめないといけませんね」
「そうだな。すまない、迷惑をかける」
「いえいえ。大丈夫ですよ。きっとすぐにアーリャも素敵な恋愛ができると思います。でもそのためには、とにかく、出会いを増やした上で、私ができるだけ近くに待機する必要がありますけど。そうだったわ。あの、アーリャが仕事をしている時に傍で本を読んだりしてもいいですか?」
「は?」
アリスタリフは金色の瞳を瞬かせた。
「いや。私の仕事に付き合ってもつまらないと思うが」
「ああ。楽しさは求めていないので大丈夫です。ただ、少しでもアーリャの周りに来た人がアーリャを素敵に思ったり、逆にアーリャが恋をしやすくするには、どうしても私が物理的に近くにいる必要があるんです。絶対仕事の邪魔はしないので、駄目でしょうか?」
(監視されているようで落ち着かないかもしれないけれど、できるだけ早期に恋をする為には、必要なことなのよね。……アーリャって、猫種なまりが好きみたいだし、言っちゃう? 伝家の宝刀抜いちゃう?)
オリビアがじぃっとアリスタリフの目を見つめると、アリスタリフの方が先に顔をそらした。
「それはいいが。その……オリビアは、本当に自由にしてくれて構わないんだからな。お金も出すから買い物へ行ってもいいし……」
「はい。自由に仕事部屋の隣で本を読ませてもらいますね。さっきも、三冊ほど借りさせてもらったんです」
「本?」
「読んだら、お茶の時に感想を聞いて下さいね」
オリビアは戸惑っているアリスタリフに対して、言質を取ったと言わんばかりに尻尾をピンと上げ、にっこりと笑うのだった。