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当て猫娘のお茶会

 アリスタリフがお茶をする予定の場所は、色とりどりの花に囲まれた庭だった。日当たりも良く、日光浴には最適だ。

(お茶じゃなくてもこの場所でまったりしたい場所ね)

「いつもここでお茶をしているの?」

「曜日ごとにお茶をする場所は移動するようにしています。若様は外出をしませんし、毎日ただ仕事をこなすだけなので、曜日や時間感覚がなくならないよう工夫させていただいているんです」

 大きな壺のような茶器の準備しながらガリーナは、オリビアの質問に答えた。茶器の中に枝と火だねを入れ、湯を沸かし始めたのをオリビアはそわそわしながら見る。木の燃える煙と音と匂いが、既にオリビアの知っているお茶とは違った。


「ねえ。それでお茶を入れるの?」

「はい。これはサモワールと言って、これでお湯を沸かして、いつでも温かいお茶が飲めるようにするんです」

 興味深げにオリビアが見ているのが面白かったのか、ガリーナはクスリと笑った。

「オリビア様の国ではどのように飲まれるのですか?」

「うーん。私の国は紅茶よりコーヒーを飲む方が多いの。お婆様の国は紅茶を飲まれるけれど、サモワール? だったかしら? そういった茶器はなかったわ」

 朝から晩まで紅茶を飲む習慣がある国だったので、オリビアの祖母は良く紅茶を飲んでいた。なので彼女も紅茶に不慣れというわけではないが、サモワールは初めて見る茶器だった。

「そうなのですね。この茶器はゆっくりとお茶ができるように保温しておくことができるものなんですよ」

「へぇ。なら、アーリャはゆっくりとお茶をするのね?」

「いえ。私どもとしましては、できるだけゆっくりとお茶をして頂きたいのですが、若様はとにかく手早く飲み干して仕事に戻ろうとされてしまいます。なので、いかに休憩をとらせるか頭を悩ませています」

「そんなにアーリャは忙しいの?」

 折角の休憩をわざわざ減らそうなんて考え方は、オリビアには驚きしかない。オリビアはできることなら少しでも休みたいと常々思っているタイプだったからだ。

 

(外出しないだけでも信じられないぐらい息苦しいでしょうに、まさか休憩を削るほど仕事が忙しいなんて……。やっぱり、国の色々な事を教えてもらうのはガリーナにお願いした方がいいかしら)

「いえ。若様はただの仕事中毒ワーカホリックですね」

「えっ。そうなの?」

「はい。忙しくはあるでしょうが、あえて仕事を増やしている部分もありますし。これは私の考えですが、たぶん若様は見目が変わってしまって以降認められる場所が仕事だった為、そこに依存してしまっているのだと思います」

 ガリーナはそう言って少しだけ目を伏せた。

 突然周りから手のひらを返されてたかのように恐れられたアリスタリフ。そんな彼が唯一認められたのは顔の造作の関係ない仕事の事。当時まだ未成年だった彼が、それに執着したのも致し方がないことだった。

 きっとこの屋敷の使用人は、だからこそお茶の時間を大切にしたいと思い、色々工夫を凝らしていたのだろう。


「なら、少しぐらい私が彼の仕事を止めてしまっても大丈夫ね。安心して。私は、サボり――いえ、遊びのプロよ!」

「お嬢様、それは全然自慢になりません」

「何を言っているの? チェスだって私と同類じゃない」

「にゃんと?!」

 オリビアとチェレスリーナの会話にガリーナは口元に手をやりぷるぷると震えた。それを見て、オリビアはにんまりと笑う。


「ガリーナ。我慢は良くないわ。面白い時はしっかり笑ってちょうだい」

「んんっ。……そう言うわけにはいきませんので」

「真面目ねぇ。あっ、そう言えば、チェスが貴方は純粋な人種じゃないかもと言っていたけれど、種を聞いてもいいかしら?」

「構いません。私は人種ですが祖父が龍種だったので、クオーターです」

 混血に関してはセンシティブな部類なので、混ざっていることを内緒にしている者もいる。そのためオリビアも一応は気を遣ったが、ガリーナは気にしていないようで特に躊躇う事なく答えた。


「龍種と人種が結婚するって珍しいわね。どちらも恋愛に慎重な種なのに」

 龍種の場合は慎重というよりも、番となれば一生愛し続ける相手となるので、選ぶのに厳選に厳選を重ねるのだ。対して人種の場合は龍種や猫種のフェロモンを一切感じないので、フェロモンにより浮気をされるかもしれないと考え、異種との結婚を忌避する。その結果、この二種が結婚する確率は猫種との結婚よりも低くかった。

 ちなみに猫種は好きになったら一緒にいればいいし、嫌になれば別れればいいんじゃないという軽い感覚なので、異種との結婚へのハードルが一番低い。ただしそんな猫種なので、恋愛観が真反対の龍種相手だと色々もめることも多かったりする。

 なのでオリビアとしては、わざわざ違う種を結婚相手にとはこれまで全く考えていなかった。


「祖父と祖母は幼馴染で姉弟のような関係だったので、元々は結婚する意志はなかったそうです。しかし祖母が家の関係でかなりの年上の方の後妻にという結婚話が持ち上がった時、祖父は祖母を取られるのを嫌がり、求婚し口説き落としたと聞いています」

「へぇ。幼馴染カップルかぁ。素敵ね。こういうのは人種と龍種と猫種が共に住む国ならではよね」

「オリビア様の国は違うのですか?」

「私の国は猫種が一番多いわ。人種と龍種はいなくはないけれど、数としてはとても少数よ」

 オリビアが結婚相手を想像する時に猫種をと思ってしまうのも、結局のところ身近に居るのが猫種ばかりだというのもある。異種婚に憧れる猫種もいるにはいるが、オリビアはそういった憧れはない。

(そもそも、龍種のあの執着も怖いし、人種のフェロモンのない恋愛も良く分からないし。まあ、猫種とのお見合いは全滅なんだけどね)

 

「オリビア?」

 サモワールを近くでゆらゆら尻尾を揺らしながら眺めていると、オリビアは名前を呼ばれ顔を上げた。振り向けば、驚いた顔の獅子と目が合う。

「ごきげんよう。アーリャ。今日はお願いがあってきたのだけど、いいかしら?」

「何か不自由なものがあっただろうか?」

「ううん。不自由はないですわ。むしろ、よくされすぎて、ちょっと怖いぐらい……。お願いというのは、一緒にお茶をして、この国の事を教えて欲しいんです」

 オリビアはお願いを口にするが、アリスタリフはきょとんと固まったままだった。

 何を言われたか全く理解していないような顔に、オリビアは逆に困惑する。


(うーん。もしかして、アーリャは一人のお茶が好きなのかしら。望まない婚約でプライベートな時間が削られるのは嫌よね。うんうん。猫種あるあるだわ)

 猫種は個人差はあるが、個の時間を大切にするため、一人大好きタイプもいる。オリビア自身はそういうのはないが、そういう性格もある事は理解している。

「国の事?」

「はい。先ほどお会いした、赤玉公という地位も良く分からないですし、三光家という考え方が、そもそも私の国にはなかったものなのです。しかも先ほどの話からすると、赤玉公は現光帝のご両親ということですよね? 私、粗相をしてしまったのではないかと気が気ではなくて」

 光帝が王と同等と考えると、その両親は退位した王と考えるべきなのか。それとも、十年ごとにに種が持ちまわりで光帝をするとなれば、両親は全く関係がないものとされるのか。


「赤玉公に関しては大丈夫だと思うが」

「よかったぁ。こんな感じで、大丈夫かどうかも判断しにくいんです。なので最低限のことを教えてもらえたらなと思い、アーリャの休憩時間に来たのですが、アーリャも今まで一人を楽しんでいたなら、その時間を取られるのは嫌ですよね? ガリーナが教えてくれると言っていたので、嫌なら気にしないで下さい」

「いや、待て。気にするっ!……いや、そうではなく、一緒にお茶をしてくれないか? その……私が相手でいいならだが……」

「アーリャがいいから、私はお願いしているのですけど?」

 オリビアは首を傾げ、アリスタリフを見上げる。

 すると彼は嬉しそうに目を細め、尻尾も若干上げた。

(あら、可愛い。本当に獅子の顔でも感情って読み取れるものなのね)


「私がいいのか……そうか。そうなのか。ならば一緒にお茶をしよう。そして何でも聞いてくれ」

「ありがとうございます」

(よかった。場合によっては、ここでも伝家の宝刀を抜かなくてはいけないかと……。すべったら辛し。しばらくは一緒に生活しなければいけないのに、冷めた目で見られるのは流石にこたえるしね)

 失敗した時、色々跳ね返りが大きい伝家の宝刀を使わずにアリスタリフにお願いできたオリビアは、ホッと胸をなでおろしたのだった。 

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