当て猫娘の呪い
プレゼントが一つ、二つ、三つ、四つ……増えても増えても、満たされない。
「綺麗な宝石、綺麗な洋服、山のようなお金に、お菓子……はぁ」
目の前にある沢山の贈り物をオリビアは憂鬱に見つめた。
これらの贈り物は、あまりいい意味の贈り物ではない。オリビアに対するお詫びの品だ。
もしくは、もう少し肯定的にとれば、お礼の品ともいえるかもしれない。
自分の幸せを優先させ、そして残された私への罪悪感を誤魔化すためのプレゼントだと、オリビアはこれらを認識していた。多少ひねくれた考え方だが、間違ってはいない。
このプレゼントを持ってきたものは、必ず謝罪とお礼をするのだ。
「やっぱり、私って可哀想なのかなぁ……」
オリビアがたくさんのプレゼントを貰うことになっている理由を話すには、まずはこの世界の在り方が関わっていた。
彼女が住む世界は、猫種と龍種と人種が住んでいる。猫種は猫の耳と尻尾を持ち、龍種は龍の姿と人種の姿を持ち、人種は猫種のような耳と尻尾を持たず、龍種のようにもう一つの姿を持たない者達の事だ。
姿は違えど長い間同じ世界で過ごしてきたこの三種は、争ったりもしたこともあったが、今はそれなりに共存している。単一の種族だけが住む国もあるが、割合はどうであれ、三種が共存する国の方が多い。
そんなわけで戦争がないとは言わないが、世界はそれなりに平和だ。
でもオリビアの周りだけは、別の理由で平和ではなかった。というのも猫種と龍種は、少しだけ人種とは違い、フェロモンで恋愛する。フェロモンと聞くと人種は感じないが為に、催淫効果があるとか変な妄想を交えた創作物を作り、差別を生み出したりしたが、もちろんそんなものではない。猫種と龍種はフェロモンを匂いという形で感知し、この匂いの好みで恋を始めるのだ。
猫種であるオリビアも同じようにフェロモンで恋をしたいと考えていたが、残念なことに彼女は同種のフェロモンを上手く感じることができなかった。それどころか彼女のフェロモンは、どういうわけか近くにいる別の者のフェロモンが素敵に感じるという相乗効果をもたらすタイプだった。
そのおかげで、彼女の周りではカップルが乱立する。彼女自身を除いて。
「まるで呪いだものねぇ」
オリビアがこの変な体質を持ったのは魔女の祝福のせいだと言われていた。魔女とはこの世の理を変質させる力を持つ者の総称だ。そんな魔女に、オリビアは産まれたばかりの頃に『運命の相手と結婚できますように』と祝福をプレゼントされたそうだ。
その結果、運命以外のフェロモンが分からず、周りもオリビアに恋しないようになった。
幼少の頃はオリビアも恋に恋する普通の女の子だった。魔女から運命の相手と結婚できるなんて言われていた為に、余計に期待してしまっていたのもある。
茶色と白、それに黒が混じった三毛猫髪に、可愛らしい三角の耳。瞳はガラス玉のような透き通った緑。それなりに容姿も整っている上に、伯爵家の令嬢だったので、普通にしていたら良縁に恵まれる立場だ。誰もが早々に幸せな結婚をすると思っていた。
祝福が呪いのようになってしまっていると初めて気がついたのは、オリビアのために連れてこられた婚約者が、彼女の妹と恋をしてしまった時だ。
誰もがオリビアに同情的だったが、猫種は恋愛結婚が多い。それにフェロモンの好みと全く違う相手と無理に結婚するとすぐに離婚してしまうことが多いので、彼女の父親は最終的に妹との婚約を許した。猫種からすると、結婚を強制させることはろくなことにならないという考え方がある為でもある。
ただし父親はこの時、家督はオリビアが継ぐと宣言し、妹達は自分達で生活をするよう言い渡した。
その場では言わなかったが、すでに父親はオリビアの状況にいち早く気が付き、今後もなかなか結婚ができないだろうと見通していたのだろう。彼はオリビアの将来を案じたのだ。
オリビアやその周りの者がおかしいと気が付いたのはそれからもう少し後になってからだ。
彼女は決して、容姿に問題はなかった。もちろん性格もだ。しかしその後も、婚約者候補は全て別の女性と結ばれていく。さらにオリビアはどの婚約者候補を前にしても、フェロモンを一切感じなかった。
運命の人との結婚にあこがれていた少女は、断られる数が増えていく度に自分への自信を失った。もしかしたら見た目が悪いのかと化粧を覚え、教養も大事だと勉学も頑張り、それでも上手くいかないために、性格が問題なのかと落ち込んだ。
そうして少女が四苦八苦しているうちに、ある結論が出た。
それは祝福が原因で結婚相手が見つからないのではないかというものだ。
祝福の内容は運命の人と結ばれるというもの。つまりは運命ではない人と結ばれては困るのだ。だからオリビアは運命以外のフェロモンは感じないし、運命以外の人はオリビア以外を好きになる。
その結論が出て以来、オリビアを利用する者まで出てきて、ついた名は【当て猫娘】。人種の言葉にある当て馬をもじり、必ず別の雌と比べられ恋愛に負ける猫種と影で言われるようになった。
家督は継げるし、プレゼントも有り余るほど送られるのである意味安定している。でもずっと独り身のオリビアを皆は可哀想だと憐れんだ。
(そうかもしれない。でも恋をできない私は、恋する幸福も分からない。だから自分では不幸なのかどうかも判別できないわ)
度重なる結婚のお断りを前にして、オリビアは早々に結婚へのあこがれをなくし、恋に夢見る少女から一転、自分の恋愛に対してはドライな性格となった。夢見た所で叶わないのなら、初めから夢など見ない。
正直もう結婚しなくてもいいかなと思い始めていた。
「姉様、新しい婚約申し込みが来たわよ!」
「えええ。もう面倒なんだけど。このままでよくない?」
猫種は気まぐれ、飽きっぽい。オリビアもそんな種族の性を継ぎ、呪いの実態が明らかになる頃にはこの問題に早々に飽きていて、運命を積極的に探す事もなかった。広いこの世界で、たった一人の運命を探すなど砂漠の中の一粒の砂金を探すようなものだ。
しかしオリビアの婚約者と結婚してしまった妹は、そうではなかった。
「何のんびりしているのよ。運命とはとりにいくものよ」
「とかいって、私が伯爵以上の爵位持ちと結婚してそっちの籍に入ることになれば、家督を貴女が継げるからでしょ」
オリビアの元婚約者は、公爵家の三男だったから、婿養子予定だったのだ。それが一転、妹と恋に落ち、今は爵位もなく外で働いている。安定した生活が欲しいなら、伯爵位を継ぐのが一番。でもオリビアが爵位持ちに嫁がない限り、次期伯爵は彼女だ。妹夫婦が伯爵になる事はあり得ない。
「えへへ。まあね。下心はあるよ。でも姉様、この先もずっと独り身なんて寂しいわ。私は心配してるの。私が婚約者を奪ってしまったし」
「気まぐれな猫種なら、よくあることじゃない。そもそも婚約を交わす前の話だし、気にする必要はないわ。それに独り身でも十分生きていけるもの」
オリビアの人生は恋がないだけで、他は全部ある。生きていくには問題ないと割り切っていた。
恋多きと言われる猫種からしたら、少々変わってはいるけれど、それで死ぬわけでもないと。
「生きていけても心が死んだら意味ないわ。ねえ、この婚約の申し込みをされた方も呪い持ちなんですって。一度だけでいいから会ってみない?」
「呪い持ちねぇ」
(私以外にもいたんだ)
魔女は珍しいが、世界に百人程度はいると言われているので、そういうこともあるだろう。オリビアはへぇと相槌を打ちながら、申し込みにかかれた相手の釣書を見て、眉をひそめた。
「……というか、これ、外国じゃないの」
渡された釣書に書かれた相手が住んでいる場所は同国ですらなかった。
(本気で私を追い出したいのかしら?)
そう思い妹の方を見れば、彼女もまた苦笑いしている。野心まみれの顔ではなく、本当に困ったといった表情だ。
長年一緒に生活してきた妹なのだから、裏があるかないかぐらいは、オリビアも読み取れた。
「ええ。変わった制度だからよく分からないけど、一応こちらでいう王族? の血に連なる方らしいから、身分は特に問題はないそうよ」
三光家と書かれているが、オリビアの住む国にはない名前だ。
「へぇ。言葉は統一言語でいけるだろうけど……」
三つの種は元々は三つの言葉を使っていた。でも言葉の壁で争いも起こるし、色々な国もある。最終的にどの国も言語だけは、龍種の言葉を統一言語として使うようになったのだ。その国特有の言語も生き残ってはいるけれど、今はそれが第二言語となっている。
その為、言葉だけは困らない。しかしオリビアは、ツヴェート国を知らないので三光家というのが何なのかもよく分からないし、異国にいる相手の情報もこの釣書に書かれたもの以外知ることはできない。正直面倒だ。そもそも貴族とはいえ、国を跨いでの結婚は珍しい。それでもここに釣書があるということは、それだけされる理由があるということだとオリビアは検討を付けため息をついた。
「分かった。隣国って事は国王を通しているし、断れないんでしょ? 一つ聞いておくけど血なまぐさい、物騒な案件ではないのよね?」
「うん。それだけは大丈夫だって。相手に特定の人ができたり、姉様が気にいらなければ帰っていいって言われてるから。何でも呪いを解くには誰かと両想いで結ばれないといけないとかいう条件なんだって。だからね。お願い」
パンと両手を合わせ拝むようなポーズをする妹に、オリビアは肩を落とした。
(やっぱり呪いが原因か)
呪いを解く方法が誰かと両想いになる事ならば【当て猫娘】は役に立つ。例えオリビアと結ばれなくても、相手は別の女性と結ばれればいいのだ。
(異国の事は良く分からないけれど、たぶん結婚はしないだろうし、それほど気にしなくてもいいか。どうせすぐに、この婚約予定の人にも好きな人ができるだろうし)
最初から帰ってきていいという前提の話なのも、オリビアの気を楽にした。そういう話なら、少しぐらいボランティアをしてもいいかと思う程度に。
「仕方がないから、海外旅行だと思って、当て猫娘のお仕事してくるわ」
(国王が外交で私の話を出したのか、海外にまで私の噂が流れているのか分からないけれど。でも何とかなるでしょ)
行った先で冷遇されたら、速攻で帰ろうとオリビアは思う。同じ呪われた者同士、若干の憐れみはあるけれど、若干なので自分の身の安全を優先させる。
「もしも困ったことがあったら、姉様可愛いから、困ったにゃんって言って上目遣いすれば大丈夫!だから、周りに助けを求めてね」
「……何、その人種の喜びそうな媚び方。そもそも可愛いって言われても、私告白する以前にお断りされ続けてるんだから、軽く嫌味よ?」
「それはフェロモンの話でしょ? 皆ね、姉様が嫌いだから断るんじゃないんだよ? あのプレゼントだって――」
「はいはい。分かった、分かった」
一生懸命説明しようとする妹の言葉を遮り、オリビアは手を振った。
(知ってるわ。嫌われてなんかはいない。たぶん一定以上の好意は持たれてる。でも、誰の一番にもなれないことに、何の価値があるのかしら)
断られる度に自分には価値がないと言われている様な気分になるオリビアは、妹に対してやせ我慢的な笑みを浮かべたものの、尻尾をだらりとたれ下げたのだった。