始まり
変化というものはこちらに心構えができていようがいまいが関係なく、唐突に訪れる。しがない一兵卒の身として堅実に生きてきたクロア・カルダスは、そのことを実体験として認識することになる。
それはいつもよりほんの少し日の当たりが強い昼間のことだった。クロアは日ごろと変わらずに職場へと赴いた。クロアの仕事はこの街を守る警備兵のようなものだ。具体的な役職はウルグアン王国第四大隊『治安課』と呼ばれている。主な仕事は、国内で行われた犯罪行為の取り締まりである。ここウルグアン王国における治安を担う職種ではあるが、王族の護衛を担当したり他国の侵略行為に備える他の大隊と異なり相手にするのはほとんど一般人だ。そのため兵士の中で最も危険度が低いと見なされる傾向にあるが、クロアは自らの仕事を誇りに思っていた。
この仕事について2年目に突入するクロアは、職場に着いてすぐ日課のデスクワークを片付けにかかる。目の前には担当地区に住む市民達からの苦情が山積みにされている。始めは面食らったこの書類の多さにもようやく慣れてきた。近隣住民への文句や信憑性皆無の噂話など、大半は処理に値しないものであるからだ。いつものように取捨選択をしていると、突然クロアの肩が叩かれる。
「おい、クロア。今ちょっといいか?」
そう気さくに話しかけてきたのは、クロアの先輩であるライアンだ。歳は8つほど上だがクロアが入隊してすぐのころにバディを組み、それ以降先輩後輩の枠を超えた親交を続けている。クロアが職場で最も慕っている先輩である。
「もちろん構いませんよ。どうしたんですか?」
振り返りクロアと目が合うと、ライアンの顔がわずかに曇る。それについて尋ねる前に、ライアンからゆっくりと要件が語られた。
「できれば驚かずに聞いてほしいんだが実は・・・、お前に新たにバディが組まされることになった」
「えっ?」
バディ。それは『治安課』独自の制度であり、まだ地域に馴染めていない新兵とベテランを二人一組で行動させることで新人を教育するというものだ。原則バディが組まれるのは入隊して一年目のみであり、事実クロアはライアンと一年間行動してからは主にひとりで仕事を行ってきた。
「それは僕が未熟だから、ということですか」
まだひとりで仕事ができるレベルではないと、判断されてしまったのだろうか。確かにライアンを始めとする先輩たちと比べれば未熟だが、そのように低い評価をされているのならばバディを組んでくれたライアンにも申し訳がない。そう考え落ち込み始めたクロアに、ライアンは大きく首を振る。
「いや、それは違うぞクロア。お前はよく仕事をやってくれているし市民の皆さんからも良い声をもらっている。今回はあまりにも異例で俺も何度も確認したんだが、クロアが新兵の指導役に抜擢されたんだ」
その言葉にクロアは大きく目を見開く。
「僕が・・・、指導役にですか?」
「ああ。知っての通り、本来指導役は入隊して5年以上経ってからでないと任されない。5年未満の者が就くことを禁止されてはいないが、そんな若手が指導しても仕方がないからだ。しかし今回のようにまだ2年しか経っていない者が選ばれるのは前例がない。支部長も大いに困惑していたよ」
困惑しているのはクロアも同じだ。ライアンが嘘をつくとは思えないが状況が不可解すぎる。
「悪いが、俺も詳しいことは聞かされてないんだ。朝いきなり支部長に呼び出されたと思ったら、いきなりこれを渡されてな。クロアに渡すよう言われたんだ」
そう言ってライアンは漆黒の封筒を差し出す。封には真っ白な蝋で花のようなものがあしらってある。
「これってまさか・・・」
その続きは言葉にならなかった。しかしライアンが頷いたことで疑念は確信へと変わる。クロアも噂にしか聞いたことのない、王家が勅命を下すときのみ使うとされる封書。震える手で封を破り、中に仕舞われていた書類に目を通す。そこには、
「ウルグアン王国第四大隊『治安課』所属クロナ・カストル銅級二等兵へ。貴公の日々の精進ぶりを賞賛するとともに新たな任務を授ける。『治安課』のしきたりに則り新兵の監督を行うこと。なおその新兵は<巨栄>ユゼル・エンリング・銀級一等兵とする」
そう記してあった。