私の幼馴染のブラコン妹が百合に目覚めてしまった件について
『どうしてこんな事になってしまったんだろう?』
私は心の中で呟いた。
目の前には、頬を赤く染め上げた幼馴染の妹ちゃん。真剣な眼差しを私に向けて、私の答えを待っている。
私は何も言えず、ただ状況を確認するべく必死に考え思い出す。
だけど、私に分かる事は、ほんの一握りの小さな事実。
同じ女である幼馴染の妹に、何故か告白をされてしまったという事実だけだった……。
それでも私は思いだす。こんな事になった原因を……。
四月。桜が舞い散り、暖かな日差しが私達を包み込む春の真っただ中。
私、川島藍は、今日入学したばかりの、幼馴染の妹の秋森黄金ちゃんと一緒に下校している最中だ。
二人で花びらが舞い散る桜並木を歩きながら、お話をしていた時の事だった。
「えんじってば酷いわね。可愛い妹の黄金ちゃんが、せっかく一緒の高校に入学してくれたのに、先に二人で帰ってくれだなんて」
「仕方が無いよ。お兄ちゃんは部活で忙しいんだもん。それより、藍ちゃんは私と一緒に帰ってよかったの?」
黄金ちゃんが心配そうに私を見つめるので、私は笑顔で「勿論」と答えた。
すると、黄金ちゃんは急にソワソワとしだして、周囲に目を配らせる。そして、黄金ちゃんは大きく息を吸って、意を決したかの様な表情で話し出す。
「あのね。えっと、実は、藍ちゃんに恋の相談をしたいの」
「え!? 恋の相談!?」
私は驚いた。何故なら、黄金ちゃんは、お兄ちゃん大好きの極度のブラコンだからだ。
黄金ちゃんは中学時代に何度も告白される位に可愛い。だけど、その全部を断ってきている。理由は勿論お兄ちゃんが大好きすぎて、他の男が霞んで見えるからだ。
そんな黄金ちゃんが恋の相談と言いだせば、誰だって驚くに決まってる。
私は黄金ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。とても真剣な眼差しで、冗談を言っているとは思えない。
本当なんだ。だったら。
「良いよ。黄金ちゃんは、私にとって妹も同然だもの」
私が微笑んで答えると、黄金ちゃんは目を輝かせて、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。藍ちゃん。凄く嬉しい」
「うん。それで、好きな人って、どんな人なの?」
私が訊ねると、黄金ちゃんは頬を少し赤く染めて、恥ずかしそうに話し出す。
「私が好きな人は、藍ちゃんと同じ三年生なんだ。だから、やっと同じ高校に入って来れたのに、たった一年で直ぐにお別れしちゃうの。それに、来年は多分就職だから、きっとお話もそんなに出来なくなると思う」
「黄金ちゃん……」
「今までずっと黙っていたけど、進展がなくて、だから、だからこのままじゃ駄目なんじゃって思ったの。それで、藍ちゃんに相談しようって思ったんだよ」
「うん。相談してくれてありがとう。私嬉しいよ。絶対力になる」
私は心の底からそう思い、立ち止まって黄金ちゃんの手を握った。
「藍ちゃん。うん。ありがとう」
この日を境に、私は黄金ちゃんの恋の相談を聞く事になる。
ただ、この事は「お兄ちゃんには内緒にして」と言われたので、幼馴染のえんじには黙っておく事になった。
そして、この日の夜、私は食後にアイスが食べたくなり、近くのコンビニに出かける。そうして、アイスを買った帰り道、私は黄金ちゃんの兄であり、私の幼馴染であるえんじとバッタリ遭遇する。
「えんじ、今帰り?」
「おう。藍は……コンビニ帰りかよ。何買ったんだ?」
「え? アイスだよ」
「アイスか。一つくれ」
「嫌に決まってるでしょ」
私はわざとらしくえんじからコンビニ袋を遠ざける。えんじは、それを見て愉快そうに笑った。
「ありがとな」
「え?」
不意にお礼を言われて、私はえんじの目を見て視線が合う。
えんじは優しく微笑んで、私を見つめていた。私は少し頬が熱くなるのを感じて、えんじから視線を逸らした。
「お礼を言われるような事、した覚えないんだけど?」
「黄金と一緒に帰ってくれたんだろ? 俺は部活で一緒にいてあげられなかったからさ。そのお礼」
「別に、それはお礼を言われるような事じゃないし……」
私は視線を逸らしたまま呟いて、ふと、黄金ちゃんから受けた恋の相談の事を思い出す。
お兄ちゃんには内緒にして、かぁ。やっぱり、大好きなお兄ちゃんには知られたくないのかな?
「どうかしたのか?」
「え? ううん。何でもない」
「ふーん。何かあったら俺に言えよ。いつでも頼ってくれて構わないからな」
「えんじ……」
胸の鼓動がドキドキと速くなるのを感じる。
えんじは私に優しく微笑んで、その微笑みに私は胸がときめくのを感じて、ギュッと胸を押さえながら頷いた。
「うん」
季節は変わり、六月の梅雨の雨のせいで、ジメジメと嫌な暑さが続く時期。雨の降る日曜日の朝の事だ。
黄金ちゃんが私の家に、雨でずぶ濡れになって泣きながらやって来た。
「ど、どうしたの!?」
「藍ちゃーん」
玄関の扉を開けると、黄金ちゃんが泣きながら私に飛びつく。私は泣き続ける黄金ちゃんを優しく抱き寄せて、落ち着くまで頭を撫でてあげた。
黄金ちゃんにお風呂を貸してあげて、お風呂から上がって体が温まった黄金ちゃんを私の部屋に招き入れる。それから、黄金ちゃんを座らせると、温かいお茶とお菓子をテーブルに置く。
黄金ちゃんは今は落ち着いてはいるけれど、それでも、目を真っ赤にして凄く落ち込んだ様子で、私が出したお茶をボーっと見つめていた。
私は何があったのか聞き出したい気持ちをぐっと堪えて、黄金ちゃんの目の前に座って静かに待つ。
そうして暫らく待っていると、黄金ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「好きな人にも、好きな人がいたの。ずっと、ずっと好きだった人がいたの。私、ずっと見てたのに、全然気がつかなかった……」
私は、その言葉を聞いて言葉を失った。何も言えない。言える筈も無い。なんて言葉をかけてあげるのが正解なのかわからなくて、私は何も言えずに黙り込む。
相談に乗るなんて偉そうな事を言っておいて、なんて情けないのだろうと、自分の無力に苛立ちすら覚えた。
「私、どうしたら良いのかな? 好きな人を諦めるなんて出来ない。でも、ずっと好きな人がいる好きな人の気持ちを、蔑ろになんて出来ないよ。だって、私のこの気持ちだって一緒だもん。誰かに、諦めて別の誰かとつきあえだなんて言えない」
黄金ちゃんが再び涙を流す。
その涙を見て、私は思わず黄金ちゃんを抱きしめた。
何て健気なんだろう。何て優しい子なんだろう。もし私だったら、相手の事を考えずに、きっと自分の事だけを考えてしまう。
だけど、黄金ちゃんはそんな事は考えない。
何よりも好きな人の事を考えて、それでも応援は出来なくて、自分の気持ちに素直になる事も出来なくて、きっと私が考えているよりも、ずっと苦しい思いをしている。
私には本当に何も出来なくて、ただ、涙を流し続ける黄金ちゃんを抱きしめる事しか出来なかった。
どれ位時間が経ったのだろうか?
気が付くと、とっくにお昼が過ぎていて、雨も止んでいた。ただ、お日様は出ていなくて、空は相変わらず曇っていた。
私は、黄金ちゃんに何の力にもなれなくて「ごめん」と謝ると、「ううん。そんな事ない。話を聞いてくれてありがとう」と笑顔で言ってくれた。
黄金ちゃんは家に帰って、私は一人、部屋の中で考える。
黄金ちゃんの力になりたい。
夏休み。アスファルトが陽の光に照らされて、熱気を帯びてゆらゆらと陽炎が目に映る。
そんな誰もが外出を避けたくなる様な暑い夏の日中に、私は黄金ちゃんに呼び出され、近くの公園まで足を運んでいた。
呼び出された内容は、勿論恋の相談だ。
結局、私は黄金ちゃんの力にはなれていない。毎日ただ話を聞いてあげる事だけしか出来ないでいた。我ながら情けないと思いながらも、それ以上どうしてあげればいいのか分からない私には、それが限界だった。
黄金ちゃんの兄であるえんじに、相談しようと考えた事が何度かあった。
だけど、それだけは出来ない。何故かと言うと、黄金ちゃんが内緒にしてほしいと私に頼んだからだ。何も出来ない私に出来るのは、頼まれた通り、えんじに相談しない事だけだった。
この日、黄金ちゃんの様子が少しおかしかった。何処かスッキリしている様な、それでいて、何か吹っ切れた様な表情をしていた。
私はいつもの様に、黄金ちゃんから話し出すまで、黙って公園のベンチに腰掛ける。
「フラれちゃった」
不意に出たその言葉に、私は一瞬頭が理解出来なくて、反応に遅れてしまう。
「私ね。告白したの。だけど、恋愛対象として見れないって断られちゃった」
何も言えない。何も言えるはずがない。私は必死に何か言ってあげられる事が無いかと言葉を探すが、何も見つからない。
「でも、おかげで一つ分かったんだよ。本当の自分の気持ち」
「え?」
黄金ちゃんが私の目の前に立ち、頬を染めながら、私から視線を逸らせて話し出す。
「あの時、かな? きっかけは……うん。藍ちゃん、私がいっぱい泣いてた時に、ずっと黙って私を抱きしめてくれてたでしょ? きっと、あの時から私の気持ちは、少しずつ変わっていたんだと思うの」
「何を、言っているの?」
私は思わず聞き返す。本当に何の話をされているのか分からなかった。
告白してフラれた。そこまでは分かる。とても悲しくて、きっと凄く辛い事だったと、私まで胸が張り裂けそうな気持になる。何も言ってあげられない自分が不甲斐無くて情けない。
だけど、その直後に出た本当の気持ちとやらは、本当にわからない。
困惑する私に、黄金ちゃんが柔らかな微笑みを見せる。
「告白してフラれたけど、私の中にあった気持ちがハッキリと形になったんだよ。それで解ったの。今、本当に好きな人が誰なのか」
益々私の思考は混乱する。
つい先日まで、私は恋の相談を受けていた。誰に? なんて言うまでもない。その本人から、実は別の人が好きでしたと言われたのだ。
しかも、それは……。
嫌な予感がした。額から汗が流れ、頬を伝って、顎から地面に落ちる。この汗は、猛暑から生まれた汗では無い。焦りや緊張、嫌な予感からくる汗だ。
私は直感に従って、この場から逃げようと立ち上がる。
そして……。
「私は藍ちゃんが好き。好き、大好き。これが、これが本当の私の気持ちです」
私の思考は停止する。
「藍ちゃん、私とつきあって下さい!」
どうしてこんな事になってしまったんだろう?
私は心の中で呟いた。
目の前には、頬を赤く染め上げた黄金ちゃん。真剣な眼差しを私に向けて、私の答えを待っている。
私は何も言えず、ただ状況を確認するべく必死に考え思い出す。だけど、私に分かる事は、ほんの一握りの小さな事実。
黄金ちゃんに、何故か告白をされてしまったという事実だけだ。いいや。何故かなんて、分かりきってる事だった。
黄金ちゃんは言っていたのだ。
きっかけは、黄金ちゃんが泣いている時に、黙って抱きしめてあげた事だと。
私にとってそれは、何も出来ない無力な私が出来る唯一の事で、大した事では無かった。
だけど、あの時の黄金ちゃんには、それは私が想像するよりも遥かに力になる出来事だったのだろう。
私が告白を受けて何も言えずに硬直していると、黄金ちゃんが頬を染めたまま、モジモジと視線を逸らして話し出す。
「へ、返事は直ぐじゃなくて良いの。だって、私も自分の気持ちにまだ驚いてるんだよ。だって、同じ女の子の事が好きになるなんて思わなかったんだもん。でもね、この気持ちは本当だよ。さっきとは、自分の気持ちを確かめる為に、前好きだった人に告白した時とは全然違うの。藍ちゃんに告白した時の方が、凄く恥ずかしいって言うか、凄くドキドキするって言うか……」
黄金ちゃんは止まる事なく話し続ける。
私は何も言えず、何も考えられずに、黙ったまま聞き続けた。
そうして少しの間聞き続けていると、黄金ちゃんは話すのを一度やめて、大きく息を吸って吐き出した。
「藍ちゃん、私は藍ちゃんが大好き。今日はそれが伝えたかったの。聞いてくれてありがとう」
黄金ちゃんは、とても、本当にとても可愛らしい笑顔を私に向けて言い、私の返事を聞かずに手を振って帰って行った。
私はその場に一人取り残され、暫らくの間ボーっと立ち続けて、そしてベンチに腰掛けた。
それから暫らく経ち、私はスマホを取り出して電話する。
誰にかって?
勿論、黄金ちゃんの兄、えんじにだ。
場所は変わって私の部屋。
ここでは今、物凄く肩を落として虚ろ目な私と、事情を知らずにケラケラと笑いながら少女漫画を読む馬鹿野郎えんじが向かい合って座っている。
「ねえ、えんじ。アンタさ。今がどういう状況だかわかってんの? 勝手に私の部屋の漫画をあさって読んでる場合じゃないんだよ?」
「んな事言われても、その状況ってのが何なのかわからないし、それに俺は今、非常に気晴らしがしたい。そうなると、お前の部屋にある、まだ読んでいない漫画をあさる事しか出来ないだろ?」
「はあ?」
何言ってんだこいつ? ちょっとばかりかっこいいからって、調子に乗ってない?
って言うか、何かあったら頼れって言ったのはアンタでしょうが!
だいたい、幼馴染とは言え女の子の部屋に招待されて、少女漫画あさるって普通にありえないでしょ? 少しは緊張とかしなさいよ! こっちの気も知らないで!
などと思いながら、私はえんじを睨む。えんじは睨まれると冷や汗をかきながら、読んでいた少女漫画を床に置いた。
「で? 話って何だよ?」
えんじが、めんどくさそうに私に訊ねる。
私はそれを見て、少しムッとしたけど、とりあえず今は我慢をする事にした。
「アンタの妹の……黄金ちゃんの話」
「っ。……黄金か~」
あれ? えんじ、今一瞬だけビクッてなった? もしかして喧嘩でもしたのかな?
って、今はそれよりだ。
「お、落ち着いて聞きなさいよ。実は私、黄金ちゃんに――」
「告られたんだろ?」
「――っ!?」
私は驚きのあまり立ち上がる。
「ななななななーっ!? 何でえんじが知ってるのよ!?」
「いやだって、今日黄金から告白されてよ~。そんで、兄妹だから無理だって断ったら、藍に告白するとか言い出したんだよ」
「はあ!?」
「いやまさか、俺もマジだったとは思わなかったけどな。フラれたから苦し紛れに嘘言って、俺に気遣ってくれたんだなって俺は思ったわけよ。いや~驚いた」
「驚いたのはこっちよ!」
好きな相手って、えんじだったの!? そりゃ、恋の相談をえんじに言わないでってなるわ!
って言うか、何で私も気がつかなかったかな!? 前々からそんな事わかりきってた事じゃない! お兄ちゃんお兄ちゃんでブラコン一直線だったのよ黄金ちゃんは!
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょう!」
「お、おう」
私は頭を抱えてベッドに転がり、ゴロゴロと回りだす。と言うか、そうでもしていないと気が狂いそうな位に、色んな感情でどうにかなりそうだった。
そんな私を、えんじは冷や汗をかきながら見つめて、そして、床に置いていた少女漫画を拾って、続きを読み始める。
どうぞ読んで下さい。と言うか、むしろ暫らく読んでろって感じだ。
私は今、自分の馬鹿さ加減と、気持ちの整理に大変なのだ。馬鹿えんじに構ってあげている暇はない。
それから暫らくして落ち着きを取り戻し、私はベッドの上に座ってクッションを抱いた。これは、クッションを抱く事で、安心感から平常心を保つ戦法だ。こうでもしないと、正直な話、いつまた複雑な感情がこみ上げるか分かったもんじゃない。
「落ち着いたみたいだな」
「うん」
「おかげで藍の部屋にある漫画を読み終わる事が出来た」
「凄くどうでも良い」
「それで? 結局話ってのは、黄金が告白してきたから、どうすればいいかって事で良いのか?」
「うん」
流石は私の幼馴染。何も言わなくても、私の事を理解してくれてる。
えんじは昔からそうだ。いつも適当な態度を取って私の事を全然わかって無い感じなのに、気がついたら私の事をわかってくれている。だから、私は――
その時、突然バンッと大きな音が鳴り、私の部屋のドアが勢いよく開かれる。
私もえんじも驚いて、開いたドアに視線を向けると、そこには黄金ちゃんが仁王立ちするかのように足を広げて立っていた。
「こ、黄金ちゃん!?」
「おい黄金。人の部屋にはいる時は、まずノックしろといつも言っているだろ」
黄金ちゃんの突然の訪問に私は驚いたが、えんじは呆れた表情を浮かべて、いつもの様な感覚で黄金ちゃんを注意した。
「そんなのどうでも良い!」
黄金ちゃんが怒鳴ってえんじに近づく。
「お兄ちゃん! 私言ったよね? 私は藍ちゃんが大好き。だから、絶対に邪魔しないでって!」
「聞いた聞いた。冗談だと思ってたけどな」
「冗談なわけないでしょう!?」
黄金ちゃんは怒鳴ると、溜め息を吐き出して、落ち着いた口調で言葉を続ける。
「もういい。私が藍ちゃんの事好きだって知ってて、嫌がらせで藍ちゃんの部屋に上がりこんだわけじゃないんだね」
「嫌がらせって……あのな~」
えんじが呆れて黄金ちゃんを見る。
そして、二人の会話を聞いていた私は驚いていた。何に驚いていたかなんて、言うまでもない。勿論、黄金ちゃんの兄に対する態度にだ。
あんなにお兄ちゃん大好きだった黄金ちゃんが、あんなにも兄に対して怒鳴り散らすなど、今まで見た事が無かったのだ。
私が二人の会話を聞いて見ていると、不意に、黄金ちゃんと目がかち合う。
すると、黄金ちゃんは私を見た瞬間に頬を染めて、とてもうっとりした表情になった。
「藍ちゃん。可愛い」
「え?」
「今だけじゃない。お兄ちゃんの前では、いつも可愛い女の子になるもんね」
「……黄金ちゃん?」
「私知ってたよ。藍ちゃんの気持ち」
顔から血の気が引いていき、私は顔を青ざめさせる。
まさか、まさか言うわけじゃないよね? と、私は次第に焦りだす。
チラリとえんじを見ると顔を顰めていた。
「藍ちゃんは、ずっとお兄ちゃんの事が好きだったんでしょう?」
「わあああああああああああああぁぁぁぁぁぁーっっ!」
「え? マジ?」
最悪だ。本当に最悪すぎて死んでしまいたい。
「何で言うの!? ねえ! 気付いていても、普通本人を目の前にして言う事じゃないでしょ!?」
「そんな事ない」
「そんな事しかないでしょ!」
「な、なあ、藍。マジなのか?」
「えんじは黙ってて!」
「あ、はい」
もう、私の気持ちはぐちゃぐちゃだ。誰にも言った事が無いこの気持ちを、絶対に言えないこの気持ちを、よりにもよって、本人のえんじの目の前で暴露されてしまうなんて、夢にも思わなかった。
次第に私の目からは涙が流れ出す。
「あ、あれ?」
私は必死に涙を止めようと手で拭っても、全く止まってくれない。どんだけ拭っても、涙に流れるなと言い聞かせても止まらない。
もうやだ。何でこんな事になっちゃったの? 私が何か悪い事した? こんなのあんまりだよ。
「藍ちゃん泣かないで? 聞いてほしいの」
黄金ちゃんが私に近づき、優しく微笑んだ。
「いや、泣かないでって、そもそも黄金が変な事言いだしたのが悪いんだろ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「えー……」
黄金ちゃんが私の瞳から出る涙を指で拭ってから、私の横に座る。
私は横に座った黄金ちゃんに視線を向けて、クッションを抱いている腕にギュッと力を込める。
「お兄ちゃんもね、藍ちゃんが好きなの」
「へ?」
「なっ! 黄金! おっ前ふざけんな! 何言いだすんだ!」
えんじが怒鳴り、私は驚いてえんじに視線を向ける。すると、えんじは顔だけじゃなく、耳まで真っ赤にさせていた。
その様子を見てそれが本当だと理解して、私は私自身の顔が赤く染まり上がっていくのを感じて、抱いているクッションに顔を埋める。
最早私の頭の中はパニックで爆発寸前だ。こんな嘘みたいなムードも何も無い形で、えんじと両思いだったと知るなんて思わなかったからだ。
今の気持ちを上手く表現する術を恋愛に未熟な私が知る筈も無く、私は自分のこの気持ちを抑える為に、ひたすらクッションに顔を埋める事しか出来ない。
しかし、そんな私を黄金ちゃんは更に引っ掻き回す。
「藍ちゃん、お兄ちゃんと結婚して」
「え!?」
「黄金! お前、いい加減に――」
「好きな女の子の部屋まで来て、何も出来ないような意気地なしは黙ってて!」
「……はい」
結婚? え? 何で? いや、別に嫌とか結婚したくないとかじゃないんだよ? 私が言いたいのは、話が飛躍しすぎとか、つまりそう言う――
「私、女の子同士で結婚できないって知ってるんだよ。だから、藍ちゃんとお兄ちゃんが結婚すれば、義理とは言え家族になれるでしょう?」
「え? う、うん。そうだね」
「つまり、それは遠回しに、私と藍ちゃんが結婚したのと同じ事になるんだよ!」
「……?」
どうしよう? 言ってる意味が本気で解らない。
「安心して藍ちゃん。お兄ちゃんとの間に出来た子は、私と藍ちゃんの子だと思って一緒に育てるから!」
「ま、待て。落ち着け。黄金、お前の考えはよく解った。しかしだな、言ってる事がめちゃくちゃだぞ? それに、俺と、その……藍が結婚して子供が出来たとして、お前も一緒に暮らすのか?」
「何言ってるのお兄ちゃん? お兄ちゃんは別居。私と藍ちゃんの愛の巣に、お兄ちゃんが一緒に住めるわけないでしょう?」
「ええぇぇぇ……」
えんじが絶句する。
私も黄金ちゃんの発言に、驚きのあまり何も言えないでいた。
「大丈夫。私達なら、絶対上手くやっていける。ほら、どうせ男なんて、女の子の体が目当てだもん」
「そ、それだけじゃないと思うけど? それにね、お兄ちゃんの事を、そんな風に言っちゃ駄目だよ。黄金ちゃんは、お兄ちゃんが大好きなんでしょ?」
「今は、お兄ちゃんなんかより、藍ちゃんの方が好き。ううん。もしかしたら、今まで女の子同士って言うのが弊害で、自分の気持ちに気がついてなかっただけかもしれない。だって、藍ちゃんへの大好きの気持ちに気が付いた時、とっても納得したような気持ちになれたんだもん。お兄ちゃんへの気持ちは、きっとその気持ちを隠す為のカモフラージュだったんだよ」
私に、とても爽やかな笑顔を向けて黄金ちゃんが喋り、えんじに視線を向ける。
「そう言うわけだからお兄ちゃん、藍ちゃんと仲良くはこれからもさせてあげるけど、私達の恋愛の邪魔はしないでね?」
「……よし。任せろ」
えんじが頷き、回れ右をする。そして、私の部屋のドアの前に立ち、私に振り向いて手を上げた。
「お幸せにな」
「え?」
私は驚き、そして、気がついた。
「ちょっとえんじ! アンタ、逃げる気でしょ!」
「これは戦略的撤退だ! 逃げるわけじゃない! 妹の事、後の事は頼んだぞ!」
「逃げるなーっ!」
「藍ちゃーん!」
「ちょっ! 黄金ちゃん!? やだ! 離してーっ!?」
考える事を止めて逃げるえんじと、私に抱き付いてキスしようと襲いくる黄金ちゃん。こうして、私の長い長い恋の戦いが始まった。
どうやら、私の恋は前途多難になってしまったらしい。
こんな形ではあったけど、折角えんじと両思いだと分かったのに、本当に世の中は上手くいかないらしい。
これから先の私は、黄金ちゃんに振り回されて大変な目に沢山合うのだけど、仕方が無いと諦める。
そもそも、出来もしない恋の相談に乗ってしまった私が悪いのだし、何よりも私にも嬉しい出来事があるからだ。
黄金ちゃんに振り回される度に、えんじとの距離も近づいていく。
何だかんだ言って、黄金ちゃんは、私とえんじの恋のキューピットだ。
黄金ちゃんは、時には無理矢理キスをしようとしたり、とんでもない行動に出る事はあるけれど、それでも楽しい日々が続いていった。
そして……。
天気の良い昼下がり、私は綺麗なドレスを身に纏い、十字架が似合う建物の前を最愛の人達と笑顔で歩く。
幸せを噛みしめながら、そして、これからの生活に夢を馳せて。