遭遇
人間の内臓を食す。それが俺の癖だ。
癖であり、趣味であり、生き甲斐でもある。正に、無くてはならない存在だ。
ただ、食すまでに鬱陶しいのは、皮を剥ぐところから始めなければならないことだ。
脂肪によって形成された分厚い皮は、高揚していた気持ちを一気に萎えさせる。
それでも目の前にある好物を見逃すわけにはいかず、今日も内容物を傷付けないよう、丁寧に剥ぐ。
もちろん、素手では到底剥ぐことはできないため、コロンと名付けたナイフを用いる。
コロンとは結腸を意味する英語表現であり、俺がいちばんの好物とする部位の名称だ。
盲腸と直腸を除いた大腸の部分が絶妙なのだ。
そこで俺は敬意を表するために、感謝の意を込めてナイフに名を付けた。
これから口に入れ、柔らかくコリコリしたなんとも言えない逸品を、誰の目にも憚らず、淡々と食す。
至福のひとときとはこういうことなのだ、と身に染みる想いで妄想する。
牛や豚などの内臓では駄目だ。不味い。不味いなんてもんじゃない。今では他の動物の内臓は食べようとも思わない。人間でなければ受け付けない。それも見ず知らずのモノであれば、尚更。
俺は、人を殺すことを人殺しとは思わない。
ああ、ただ殺すならそれは人殺しだ。残忍極まりない、人間のする所業ではない。
だが、食べようと、感謝して頂こうとする気で殺すなら、それはこの世における自然の摂理だ。
牛や豚などの肉を食卓に並べて、形だけの感謝をして食べる他人どもは、動物殺しとは言わないだろう。
人間を食べてはいけないと決めたのは誰だ。そのような決まりごとはないが、それは非人道的な行為として倫理に反しているから、してはいけないこととされているのだろう。
馬鹿らしい。とても不愉快だ。腸が煮えくり返る。
自然界に存在し、殺された動物や殺した動物を平気で食べる人間が、何を今更ほざくのか。
人間は皆、人間と動物を同じように考えてはならないという思想を持っている。
俺もそれには同意する。何故なら、動物よりも人間の方がよっぽど美味しいのだから。
ただ、人間の内臓以外を食べる。もっと言えば、結腸以外を食べる奴の気が知れない。
何がそんなに旨いと思って食べているのか、気が気でならない。
駄目だ。考えているだけで身が震える。結腸は直ぐ目の前にあるが、コロンを置き、思わず合掌した。普段無信仰の己が、この時だけは仏に祈りを捧げる。こうすると、何故か気持ちが良い。
コロンを手に戻し、結腸に刃をあてる。そして、二センチメートル台の大きさに切り、卓に並べる。
正座をしていた姿勢をさらに正し、目を瞑り、再び合掌した。
雨音だけが響き渡るこの空間。鉄筋に当たる雨粒が、晴れやかな舞台の演出のように煌めいている。
そしてそれは、より一層、食材の旨味を引き立たせる。
高揚感が頂点に達した瞬間、思わず喉から零れた。
「頂きます」
卓に並べた結腸を一口食す。幸福感に包まれ、このひとときのために今日を過ごしたのだ、と心から実感する。
コロンにも感謝の言葉を掛け、もう一口、食した。
しかし、幸福な時間は束の間だった。何やら怪しい音が聞こえる。
この場所は人の寄り付かない、独りになれる唯一の廃屋であるはずなのに。少し憤慨した。
俺は手を止め、食事をお預けにした。そして、音のする暗闇へ凝視する。
黒く汚れたスニーカーがぬちゃぬちゃと音を立てながらこちらに向かってくる。
不可解な音はこれのことか、と納得したことで冷静さを取り戻した。
くちゃくちゃと口から鳴らす人らしき男が、目の前で立ち止まる。少し臭う。
夏にも拘わらず、長袖の黒いシャツを着て、黒いジーンズを履いている。さらに斑点模様に色落ちしている。
だがそれ以上に驚いたのは、その男が左手の人差し指と親指で、何かの目玉らしきものを摘まんでいることだ。
男はただ一点を見つめ、くちゃくちゃと音を立て続ける。
俺はその男を無意識に観察していた。何やら楽しげだ。そして、厄介そうな奴だ。
「相席、よろし」
語尾を高く上げた男は、そう聞いてきた。
何も言わないのも失礼なので、ああ、と空返事した。
男の喉からごきゅんと音が鳴る。男は笑顔になり、俺の横に並んだ途端、再び声を出した。
「それ、何の肉」
「他人の肉」
「犯罪者のじゃないの」
意味が分からない。返答はしたが、した後の質問内容の意図が掴めない。
俺の表情を読み取ったのか、男は補足した。
「犯罪者の肉は、美味しいよ」
馬鹿らしい。食事の邪魔をするなら殺してやる。そう思ったが、何か好奇心のような高ぶりを覚えた。こんな気持ちは初めてだ。
「詳しく教えろ」
俺は食事を再開しながら耳を傾けた。
初めまして。
南谷 辰と申します。これが初投稿です。
仕事との兼ね合いもあり、投稿頻度は早くないかもしれませんが、頑張ります。
今後も楽しんでいただければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します。
南谷