好奇心は日常を殺した【前編】
好奇心が殺すのは、猫だけじゃあない。
ほんの些細なきっかけ、それだけで世界は変わる。良きにつけ、悪しきにつけ。
そんなお話の、始まり。
声劇台本:好奇心は日常を殺した【前編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約35分
必要演者数:4~5人(1:3:1)
(2:3:0)
(1:4:0)
(1:3:0)悠樹役か大迫役が魔導書役と兼役可。
●登場人物
更科 杏梨・(さらしな あんり)・♀:木城 (きじょう)短大付属高校2年。
どこか冷めている。伊月とは中学からの
付き合いで、毎度彼女が持ってくる話に
嫌々ながらも結局は付き合うなど、優し
い一面も。
都沢 伊月・(とざわ いつき)・♀:木城短大付属高校2年。杏梨とは中学から
の仲。ノリが軽く、あちこちから怪しげな
ネタを仕入れては毎度の如く杏梨を巻き込
んで呆れられている。性格的に憎めない部
分を持つ為、杏梨との友達仲も長続きして
いる。
魔導書・♂♀:杏梨と伊月が図書館の奥深くで見つけた、黒い装丁の皮の表紙を持
つ書物。人間の脳に直接話しかけることができる。二人に魔術を扱
う術を与える。
大迫 緯美那・(おおさこ いみな)・♀:木城短大付属高校図書室の司書。1年
前に赴任。以来、広大な図書室の主と
なり、集められたまま放置プレイされ
ている膨大な数の書籍仕分け作業に勤
しむ日々を送っている。
如月 悠樹・(きさらぎ ゆうき)・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木
城短大の1年。今も昔も杏梨と伊月の良
き先輩。
●キャスト(5人)
杏梨:
伊月:
魔導書:
大迫:
悠樹:
●キャスト(4人)
杏梨:
伊月:
大迫:
悠樹&魔導書:
杏梨:
伊月:
大迫&魔導書:
悠樹:
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
伊月(N):確かに、退屈を感じてた。
けど、こんなにあっさりいつもの日々が変わってしまうなんて、思っ
てもみなかった。
杏梨(N):非日常とは、日常という名の驚くほど薄く脆い膜に包まれて転がって
いて、ひとたび破れたら最後、たやすく溢れ出てしまう。
悠樹(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):5月。春がそろそろ終わりを告げ、桜は青葉にその装いを変えようと
いう時期。私、更科杏梨は、ここ木城短大付属高校での高校生活2年
目を、そこそこ順調な滑り出しで過ごしていた。
そんな、授業がすべて終了したある日の放課後。
伊月:あ、いたいた! あーんりー!
杏梨:伊月じゃない、どうかしたの?
伊月:これからヒマー?
杏梨:ずいぶん急ね、カラオケ?
伊月:んふふー、ちょっと面白そうなお話があるんですよ姐さんー。
杏梨:…今度は何を企んでるのか、それを先に教えて欲しいんだけど。
伊月:なっ、なななナンノコトカナー!? 企んでなんかナイヨー!
杏梨:【溜息】
あんたが面白いって言って持ちかけてくる話は大抵ろくでもないんだけど。
あと、カタコトになるしね。
伊月:そ、ソンナコトナイヨー!!?
【咳払い】
それに、ろくでもないとは失礼千万! 今回のはきっと杏梨も興味津々に
なる事間違い無し、だよ!
杏梨:前にもそんなこと言って、途中で先に一人飽きてたじゃない…それで?
今回のネタとやらは何?
伊月:よくぞ聞いてくれました! 実はねー、この学校の図書室に関する話なんだ
ー。ってか、ウチのとこのってさ、めちゃくちゃデカイよね?
杏梨:うん、敷地面積はおろか、蔵書冊数まで市の図書館よりも上ってどういう事
なんだろうね。うちの高校の初代校長が、蔵書蒐集に凄く熱入れてたらし
いけど。
伊月:ねー、聞いた時はマジでびっくりしたもんね!入学して初めて入った時なん
か、目当ての本に辿り着けなかった上に諦めて帰ろうとしたら迷って出られ
なくなった挙句、大声上げて助けに来てもらった位だし。
杏梨:で、その時司書の大迫さんに「図書室内では静粛に!」って怒られたよね。
伊月:ううう、あの広大で複雑な書架の迷路なんて初見殺しもいいとこだよ!
生徒を遭難でもさせようっての!? うちの図書室は各所にコールボタン、
もしくは現在地マップを付けるべき!
杏梨:それ、生徒会目安箱に投書してあっさり却下されたじゃない…。
建て増しと改築を繰り返した挙句、違法ギリギリ・セウト!!らしいから
下手に業者入れられないって噂だし。
伊月:世の中理不尽だぁー! ――って、そんなあたしの“嬉し恥ずかし入学した
てのおもひで”はどーでもいいの! 本題に入るんだからね!
杏梨:はいはい…というか、最初に話をそらしたのは伊月でしょ。
伊月:【咳払い】
でね、初代校長が集めてた書物はそれこそいろんなジャンルがあったん
だけど、その中に、なんと! ホンモノの魔導書が混じってたらしいん
だって!
杏梨:あー…なんともまたオカルトチックな話が来たわね。
伊月:シャラァーップゥ!! ―――で、これがまた凄い力を持った奴で、初代校
長はそれで好き放題した挙句、自分が死ぬ間際に図書室の奥深く封印したっ
て話なの!
杏梨:聞けば聞くほど眉唾モノね…、何か、まじめに聞いてた自分が馬鹿に思えて
きたんだけど。帰っていい?
伊月:ええぇーーそんなぁ! 一緒に行こうよ杏梨ぃーー! お代官様ぁー!
おねげぇでございますだぁー!
杏梨:農民か。 誰がお代官様よ…ちなみにその話の出どころはどこから?
伊月:キリエっちからだよー。意外とオカルト話好きでさー、昨日ついつい盛り上
がっちゃったんだよねー。
杏梨:キリエ…って、うちのクラスの十條キリエ?
意外ね…、てっきり麻耶か唯あたりだと思ってた。
伊月:てなわけで姐さん、レッツ、図書室! 時間はそんなにかけないから、ね、
ね!
杏梨:はぁ…しょうがないなあ…分かったわよ。
でも日暮れまでには学校出るからね。
伊月:やたっ、いつもなんだかんだ言いながら付き合ってくれるもんね!
んもう、杏梨ってば愛してるぅ! 抱いてぇ!
杏梨:うん、控えめに言って、黙れ。
伊月:あぁんいけずぅー、ぶーぶー。
杏梨:【軽い溜息】
ほら、行くわよ。
伊月:あっ、待ってよー杏梨さまああ!
杏梨:(これで一体何度目になるんだか…この手の与太話を伊月が持ち込んでくる
のは。どうせまた途中で飽きるか、結果がつまらなくてがっかりするんだろ
うけど。)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):眠気を誘う暖かい午後の日差しが廊下に差し込んでくる。
徐々にそれが西に傾いていく中、私達は図書室へ向かっていた。
杏梨:あふ・・・やっぱり、この時期は眠気が勝つよね…。
伊月:だぁよねー、あたしなんて午後の授業、先生が何話してたのかぜんっぜん覚
えてないしねー、ふあぁぁああ…うん、スイマー(睡魔)さん最強!
杏梨:伊月…あんた大丈夫なの? もうすぐ中間テストだけど。
伊月:んふふふ、心配ご無用ナリ! あたしにはぁ、更科杏梨先生と言う、とっっ
ても心強ーい家庭教師がいらっさるのです!
杏梨:……専属の家庭教師になった覚えはないんだけど。
いい加減、自分で何とかしなさいよ。
伊月:そっ、そそそそそんなあ! 一年の学年末考査を共に乗り越えた、あのあつ
ぅーーい友情を忘れたの!?
杏梨:あんたが試験三日前に泣き付いてきたんでしょ。「神様仏様杏梨様、何とか
お助けくださいませー、って。」
伊月:でっ、ですから今回もあの時のように、海よりも深く山よりも高いお慈悲の
心をもってですね―――
杏梨:【語尾に被せて超にこやか】
うん、自分でやれ。
伊月:いぃぃぃやぁぁぁああ杏梨様ぁぁぁぁぁぁああ、お助け下せええぇぇぇぇえ
え!! 後生ですだぁぁぁぁあああ!!!
杏梨:ああもう、うっとおしい! って服の裾にすがるな、引っ張るな! 伸び
る!
伊月:いやですじゃあああ、うんと言ってくださるまで、はーなーしーまーせーぬ
ーぞおぉぉぉおお!!
杏梨:っだッから、農民かってのーー!!
悠樹:おいおい、何を時代劇じみたことしてんだ? それとも、コントの練習か?
杏梨(N):私がなおも引っ付こうとする伊月を引っぺがしに掛かろうとした時、
後ろからだしぬけに声が響いた。
悠樹:お二人さん、お熱いのはいいが、公衆の場でイチャつくのはほどほどにな。
杏梨:っ、イチャついてませんから、如月先輩。お疲れ様です。
伊月:お、如月パイセン! おっつでーっす。
悠樹:…しかしお前ら本当に対照的だなぁ、それで仲が良いんだから世の中分から
ないな。
杏梨(N):渡り廊下の途中で出会ったのは、この春に高校を卒業して同じ敷地内
の短大に進んだ、如月悠樹先輩だった。高校在学時は私達と一緒に生
徒会に所属していて、何かと世話してもらったものだ。
伊月:如月パイセンこそ、こっちの敷地に戻って来てるなんてどうしたんですか?
あ! もしかしてぇ、ホームシック的なヤツですかぁ?!
悠樹:残念ながら、違うな。在学時に担任から預かったままになってた物を返しに
来たんだよ。
杏梨:そうだったんですか。よくありますよね、返し忘れとか。
悠樹:まったくだ。この歳まで生きると、わりと物忘れするのがデフォルトなんじ
ゃないか、とか思う今日この頃だよ。
伊月:まったまたー、ジジくさいですよ如月パイセン! 人間がいっちばん輝き始
める青春真っ只中じゃないですかやだー!
悠樹:【口の中でつぶやく様に】
…にんげん、か。
杏梨:?…如月先輩?
悠樹:ん? どうした?
杏梨:あ、いえ、何でもないです。
伊月:って、ほらほら杏梨! 早く行かないと日が暮れちゃうよー?
杏梨:そうね。では先輩、私たちはこれで。
悠樹:ああ、じゃあな。さて、俺も職員室に行かないとな。
杏梨(N):如月先輩の視線を背後に感じつつ、私達は図書室へ急いだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):陽があまり差し込まない校舎の一角。およそ、いち高校の図書室と言
うにはあまりに不釣合いな豪奢かつ、重厚な扉。
先日伊月に押し付けられ・・・もとい、勧められてプレイしていたR
PGの、ラスボス一歩手前の風景を思い出していた。
伊月:ささ、たどり着きましたぜ、姐さん! 我らが学校の迷宮図書館へ!
杏梨:誰が初めに言ったのか、迷宮図書館とはベタだけど上手く名付けたよね。
図書室、って言ってない辺りが特に。この荘重な入口なんて本当に学校のか
と疑いたくなるもの。
伊月:地下書庫まであるっていうし…ホントすごいよねぇ。
杏梨:そういえば、その魔導書とやらの在処、おおよその目星とか付いてるの?
伊月:えっ? ―――あ。
杏梨:それと、タイトルは?
伊月:え? ぁ~……わかんない! てへっ☆
杏梨:【盛大に溜息】
うん、帰るね。
伊月:え、ちょ、ここまで来てそれは勘弁してよぉ! 杏梨様ぁ!
杏梨:あのね、その本の場所の目星はともかく、タイトルすら分かんない状態で
どうやって探すのよ? それこそ時間の無駄使いでしょうが!
大迫:【軽く手を叩きながら】
はいはいそこの仲良し二人組、校内ではお静かに。
しかも図書室も目の前だから、超・お静かに!
杏梨:す、すみません。お疲れ様です、大迫司書。
伊月:あ、いみなん! やっほー!
大迫:【軽い溜息】
更科さんは相変わらず礼儀正しいわね。それに引きかえ都沢さん、フレンド
リー過ぎよ。これでも一応、貴方達より年上なんだけど。
伊月:そんなそんな! ウチらと全然変わらないくらい若々しいですって!
そりゃもうピッチピチィ!
大迫:お世辞とはわかってるけど嬉しいこと言うわね。
それで、凸凹コンビが図書室に何の用かしら?
杏梨:で、凸凹…否定できないのがなんとも言えない…。
伊月:えへへ、いやぁそんなぁ、照れちゃいますぅー。
杏梨:伊月…褒められてないから…あ、えっと、ちょっと捜し物を。
大迫:捜し物? わかってるとは思うけど、広すぎるほど広いわよ? 一応、私が
赴任してから少しずつ整理しているけど、まだ全体の3割にも満たないわ。
伊月:うーわー…乙です。
大迫:まったく…前任までで全体の一割程度とか…。
今までの司書は何をしていたのかしら。
ホント、腹立たしいったらないわ…(ぶつぶつ
伊月:【小声】うわ、やっば…いみなんが愚痴モードに入った…。
杏梨:【小声】アレがなければすごくいい人なんだけどね…ほら、行くわよ。
伊月:【小声】ほいほーい。
【普通に】あ、あたしら急ぐんで、失礼しまーす!
大迫:――へ? あ、う、うん、分かったわ。迷わないようにね。
杏梨:はい、ありがとうございます!
杏梨(N):司書の大迫緯美那さんは、愚痴り始めると途端にめんどくさい人間に
なる。君子危うきに近寄らず。私達は急いで図書室へと足を踏み入れ
た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大迫:まったく、なんで私の赴任先っていつも何かしらの問題を抱えてるのかしら
…いえ、問題だけならまだしも、その解決を押し付けられなきゃならないの
よもう…!(ぶつぶつ
悠樹:大迫さん。図書室前で何やってるんですか?
大迫:貧乏くじにも程があるじゃない、一体私が何をしたっていうのよ…!
悠樹:お・お・さ・こ・さん!!
大迫:!!――へ? あ、え、如月君!?
悠樹:はぁ…相変わらず愚痴愚痴言ってるんですか? いい女性が台無しですよ?
大迫:だ、だってここの図書室、今まで行ったどの学校よりも蔵書が多くてどの学
校よりも問題が山積みなのよ、ひどいと思わない?!
悠樹:だからこそ、ここに赴任してきたんじゃないんですか? 書物に関するエキ
スパートでしょうに。
大迫:ッそれでも、いっつもこんな役回りばかりは嫌です、お師匠様!
悠樹:―――おい。
大迫:ぁっ、まず…っ
(やば…体温が…周りの景色まで歪んで…!)
悠樹:…公の場ではそう呼ぶな、と何度言わせる気だ、緯美那。
大迫:ぅ…ぁ…も、もうし、わけ、ありま、せん…
(い、意識が…)
悠樹:【溜息】
…それより、例の物の捜索はどうなっている?
大迫:!!!っは、ぁ、はぁ、はぁ……ほっ…。
っだいぶ核心に近づいているのは感じますが、まだ、決定的なもの
は…。
悠樹:ふん…そうか。
今回はいつもとは違う。お前の曽祖父が私の所から勝手に持ち出した挙句、
紛失させた本の捜索だ。子孫であるお前に拒否権などない、必死でやれ。
大迫:は、はい…。
悠樹:それはそうと、誰か来ていたのか? お前がぶつくさ言っている時は、半分
は誰かとの会話の末にだからな。
大迫:ええ、お師しょ―――じゃなくて、如月君の後輩の更科杏梨と都沢伊月
の二人が、何か探しものがあるとか…。
悠樹:更科と都沢が、探し物…?
それでなくても一般学生は本を探せなくて敬遠しがちなこの図書室に…?
大迫:言われてみれば確かに…あの娘達、一体何を探しに―――
悠樹:【語尾に被せて舌打ちしつつ】
嫌な予感がする…、緯美那、あの二人を追え。
無事に戻ってきたとしても、しばらくは目を離すな。
大迫:ッわ、わかりました。失礼します。
悠樹:【溜息】
……ふん、まったく忌々(いまいま)しいことだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):私達は、久方ぶりに訪れた図書室内を見渡していた。中には数人の生
徒が読書や自習など思い思いに過ごしている。入口に近い区画は使用
に支障ないほど整理されていたが、少しでも奥へ足を踏み入れると、
うず高く積まれた古書の山が出迎えた。
伊月:さぁて、年単位ぶりに来たけど、相変わらず凄まじい量の本だよね…。
杏梨:ホントね。
…で、あてもないのにどうやって探すの?
伊月:そ、それなんだよねー…んんぅんんん……
あ! そうだった!
キリエが言ってたの思い出した!
杏梨:【小声】
ちょ、伊月、声が大きいって!
伊月:も、モガモガモガッ!!
杏梨:…ふう…まだ廊下で愚痴モード発動中みたいね…助かった。
伊月:ン、ンムムン、ぶはっ、んもー、杏梨ってば積極的ぃ♪ でも、そんなとこ
も好・き♪
杏梨:【にこやかに】
うん、今度はウメボシ掛けてあげようか?
―――で、キリエが言ってた事って?
伊月:えっとね、以前この図書室で迷った生徒がいたらしいんだけど、その子が東
側の書架の辺りで、頭の中に直接話しかけてくる声を聞いたんだって!
杏梨:幻聴か何かだったんじゃないの?
伊月:最終的には周りにそう言われて終わったみたい。その子は幻聴じゃない、確
かに聞いたんだ、って最後まで譲らなかったみたいだけど。
杏梨:なるほどね。じゃあその声が聞こえたっていう、東側の書架からあたってみ
る?
伊月:サー、イエッサ―!
杏梨:【溜息】
軍隊か。…もう、無駄に気合の入った敬礼なんか返さなくてもいいから。
さっさと行くわよ。
伊月:んじゃぁ、アイアイサー!
杏梨:…あのね、伊月。それ、どっちも同じ意味だから。
陸軍式か海軍式かの違いだからね。
伊月:おおお!さっすが杏梨様! 超・博・識! それにしても、うっかりすると
足とか腕とかスカートの裾に引っ掛けて本の山を崩しかねないよね、コレ。
杏梨:一番やりそうなのは伊月だけどね。ほら、ただでさえここはだだっ広いんだ
からキリキリ東へ向かって歩く!
伊月:あ~~い。
杏梨:とはいえ、行けども行けども本の壁…それにさっきから同じところを
延々と歩いている気が…。
伊月:気のせいじゃないの…? てゆーかもうマジで本の海泳いでる気分…。
杏梨:…ホント、凄いわね…。迷わないようにするだけで精一杯…。
伊月:あーもう! 魔導書、どこだァ―!
杏梨:ちょ、だから大声…! 呼んだって本が応えるわけないでしょうに…。
伊月:え、だって魔導書だったら遠くからでも気配とか察知できたり、さっき言っ
てた頭に直接話しかけたりできるんじゃないかなーなんて。
杏梨:そんなバカな―――、
魔導書:【語尾にやや被せ気味に】
我を、呼んだか。
杏梨&伊月:ぃッッ!!!?
杏梨(N):突然、頭の中に声が響く。というよりは直接音声を叩き込まれたよう
な感覚だった。
伊月にも聞こえたらしく、口を開けたまま固まっている。
咄嗟に反応できずにいると、今度はやや苛立ちを含んだ声が響いた。
魔導書:聞こえているのなら返事くらいするがよい。
杏梨&伊月:ッはぃいッ!
魔導書:そこから3番目の角を右に曲がるのだ。
伊月:あ、ああああああ杏梨、この声…ッ!!!
杏梨:ッ、う、うん…。
魔導書:早くせよ…曲がってそのまま直進し、5番目の角を右に曲がるのだ。
伊月:【足早に歩きながら】
う、うそうそうそホントに魔導書!?
キッタッコレーーーーー!!
杏梨:そんな…まさか、本当にあるなんて…!?
魔導書:そこから地下書庫に降りよ。
降りたら5D、7D、3B、3Cの順にそれぞれのブロックにあるスイッ
チを押せ。
そうすれば一番奥に隠されている11番目のブロックへの隠し扉が開く。
そこへ来るのだ。
杏梨(N):私達は、脳に絶えず語り掛けてくる声の指示に従い、
指定されたブロックのスイッチを押しつつ、図書室の最深部へと近づ
いていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):先に立って興奮ぎみに急いで歩く伊月を追いながら、私はどうしても
捉えどころのない不安を拭い切れないでいた。
魔導書:ここだ。後はこの入り口の仕掛けを汝らの力で解くのだ。
伊月:仕掛け…このパズルみたいなのがそうなのかな?
杏梨:みたいね。でも、こんなことが、現実に起きるなんて…。
伊月:いやー、ついに当たりを引いた! みたいな?
杏梨:当たり…なのかな…?
伊月:ではでは杏梨様、なにとぞ無知なワタクシめに代わって、この扉
の謎を解いて下さいませー! ささっ、こちらへずずずぅぃぃーーーっと!!
杏梨:結局、最後まであたし頼みなんじゃない…はぁ…。
伊月:ま、まぁまぁ、そんな事言わずに、ね? ね?
杏梨:【溜息】
…黄道十二星座が彫られてるわね…―――あれ?
伊月:どうしたの?
杏梨:十二じゃなくて十三ある…ええと、白羊宮、金牛宮…。
伊月:おひつじ座、おうし座って言わないあたりが杏梨らしいよねー。
杏梨:私らしいってどんなのよ…宝瓶宮、双魚宮…
そうか、これ、蛇使い座が混じってるのね。…ここをこう…かな?
伊月:おおお、がこんってはまった!
杏梨:伊月、ちょっと黙って。集中できない。
伊月:あーい…。
杏梨:そうか、それぞれパズルピースになってるレリーフの動かし方に一定の法則
があるのね…。
伊月:(おおー…杏梨ってば超スゴい! バリバリ解いていくぅ!)
杏梨:これでラスト…蛇使い座をこの位置に…って、え!?
伊月:うわ、最後のレリーフが中央部分の穴に飲み込まれた!?
杏梨:そうか、蛇使い座が黄道から外れたから今の十二星座になったんだものね…
。
伊月:ッ見て、杏梨、扉が…!
杏梨:開いた…ね…っ、伊月、何か、周りの雰囲気がおかしくない?
伊月:え? ――って、ホントだ、なんかこう、さっきまでの雰囲気っていうか、
空気の感じっていうか…うまく言えないけど、違ってる気がする!
魔導書:そうだ、我のもとへ辿り着かせない為に、この学校の初代学長が施してい
た空間の迷宮化の術式が解けたのだ。
それにしても仕掛けを解くとは見事だな…さぁ、我の元へ来るがよい。
杏梨:(本当によかったんだろうか…何か、嫌な予感がする…。)
伊月:ほら杏梨、早く!
杏梨(N):伊月に急かされるまま部屋に足を踏み入れると、20m四方あるか無
しかの空間の中央に設えられた台座に、一冊を半分に無理矢理引き裂
いたような、黒い表紙の書物が安置されていた。
魔導書:我を呼んだのは汝らか。
伊月:ッはッはいぃッ!
杏梨:これが…魔導書?
魔導書:そうだ。して、何故我を呼んだ?
伊月:え!? いやぁ、そのぉ、なんていうかぁ…まさか本当にあるとは思わなか
ったものでー…。
杏梨:貴方の噂をこの子…伊月が聞きつけて、見てみたいと言い出したので、
とりあえずは探してみようという事になったのです。
魔導書:なるほどな…、だが我の声が聞こえるという事は、汝らには適性があると
いうことになる。
伊月:へ? 適性って??
魔導書:すなわち、魔術の適性があるという事だ。我は古今東西の術式を網羅して
いるのだからな。
伊月:え、ちょ、マジですか!?
魔導書:うむ。――さて、長らくここで眠っていた。久しぶりに外に出てみたい。
我を外へと連れ出してくれ。
杏梨:っその前に一つ、いいですか?
伊月:杏梨?
魔導書:なんだ?
杏梨:貴方は何故、ここに安置されていたのですか?
先ほど、「我のもとへ辿り着かせない為に、この学校の初代学長が
空間迷宮化の術式を施していた」と言いましたよね?
魔導書:…いかにも。初代校長は我を生まれ故郷である西欧の商人から買い求めて
契約を結んだ。優れた主であったよ。
亡くなる前に我と話し合い、悪人に利用されないよう空間を迷宮化して、
我は眠りについたのだ。
伊月:うわー、初代校長マジ優秀すぎ…!
魔導書:だが、封印系統の術式はどうしても経年劣化が生じる。
そうして眠りから覚めた時に汝らの呼ぶ声が聞こえたのだ。
伊月:なるほどー…。
魔導書:汝らにはいずれ我を再び眠りにつかせてもらわねばならぬが、あの封印結
界術は非常に高度なもので、今の汝らには使えぬ。
ゆえに、その術式が使えるようになるまで汝らと共に在り、手伝ってもら
う代償として願いを叶えてやろうということだ。
杏梨:…そういうことでしたか、わかりました。
魔導書:我の力をもってすれば…むっ。
伊月:? どうしたんですか、魔導書さん?
魔導書:この気配は…汝ら、早くここを出るのだ。
悪意ある者が近づいてきている。
杏梨:え、悪意…ですか?
魔導書:そうだ。今の汝らでは勝てん。ひとまずは物陰に身を隠すのだ。
伊月:りょーかいです! ほら、杏梨、急いで!!
杏梨:え、あ、ちょ、伊月!
魔導書:(今はこれでよい。兎に角、我がここから出ることが先決。後のことは… 追々図るとしよう…。)
伊月:【小声】
はぁ、はぁ、ここならひとまずは大丈夫かな?
杏梨:【小声】
確かに、ここなら誰が来ても手に取るように見える
…ッ、来た! ―――って、え…ッ!?
魔導書:間違いない、奴だ。我を悪用しようとする者は。
伊月:【小声】
うそ…いみなんが…?
魔導書:奴はかつての契約者である初代校長の血縁者だ。だが、彼の者とは違い、
その心の内は欲望に満ちている。我を封印から解き、その力を己の為に使
おうとしているのが我には見える。
杏梨:そんな、まさか…。
魔導書:汝らが封印の結界術式を習得するまで、奴に我を所持していることは悟ら
れてはならぬ。さあ、急ぎこの場を離れるのだ。
伊月:おっけー、杏梨、こっちこっち!
杏梨:ぇ、ええ…!
杏梨(N):伊月に手を引っ張られ、私達はその場を後にして図書室の入口を目指
した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大迫:おかしいわ…空間が正常に戻ってる…っ、これは!
しまった、封印が解かれてる…! 部屋の中は…もぬけの殻ね…。
大迫:あああああどうしよう、どうしよう…こんな、間に合わなかったなんて知れ
たら…!
悠樹:知れたら…なんだ?
大迫:へ? っひッ、あ、あ…どうしてここに…!?
悠樹:……奪われたのか。
大迫:もっ、申し訳、ありません…ですが!
悠樹:!!―――ふんッ!
大迫:きゃああっ、き、きさっ、おししょっやめ――ぴっ、ぴぎぃぃぃぃいいいぃ
いぃいぃ!!【悠樹に抱え上げられ、尻をぶたれる】
悠樹:問答無用、仕置きだ! 探しに入って見つけられなかった挙句、先を越さ
れて魔導書を持ち去られただと!?
大迫:も、もうしわけありませえぇぇぇええんんん!!!
いぎっ! あうっ!【叩く音と合わせて4~5回位】
悠樹:……ちっ! ぇぇい、この程度では堪えんか。
大迫:う、ぅ、んっ、ふううぅぅぅ…。
悠樹:叩かれて何を恍惚としている、この、ドマゾがッ!
【蹴り付ける】
大迫:あぐぅっ!
悠樹:…緯美那、魔導書を持ち去ったのがあの二人がどうかは分からん。
が…最有力候補であることに変わりはない。今日、図書室に来ていた連中も
含めて目を離すなよ。…分かっているな?
大迫:んふぅ…はぁ。
悠樹:それと、もう片方の捜索も引き続き行え。アレが無いと、片方が暴走したら
止められなくなる可能性が高い。
大迫:は、はひ…。
悠樹:分かったらいつまでも余韻に浸ってないでさっさと行けッ!
【蹴り飛ばす】
大迫:あうっ! わ、わかりました…!
悠樹:【舌打ち】
ふん…本当に分かっているのか…?
まったく、頼りない上に使えない…。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):図書室から出た私達は、伊月の部屋に来ていた。テーブルの上には例
の魔導書が置かれている。
魔導書:さて、ではこれからしばらくの間、よろしく頼むぞ、マスター達よ。
伊月:ま、マスターだなんてそんなァ、照れますなァ、えへへー。
杏梨:ほとんど私任せだったけどね。
伊月:うっ、うぐぐ…で、でもこの話を仕入れてきたのは他ならない、
この都沢伊月サマですしおすしー!
杏梨:【溜息をつきながら】
はいはい…。
魔導書:マスター達よ、契約の手始めに何か願いはあるか?
伊月:え、願い!? 何でもですか!?
魔導書:あくまで我の叶えられる範囲でだ。
伊月:で、でっすよねーー…あ、そうだ、杏梨が主にやってくれたわけだし、
最初に願いをかなえてもらう権利、譲ったげるね!
杏梨:えっ、ちょっと伊月…私は別に…。
伊月:まぁまぁ、臨時収入みたいな感覚でやればいいと思うよ!
杏梨:とは言ってもね、本当にさしあたって叶えたい願いが無いの。ーーだから、
別に伊月が先に叶えてもらってもいいわよ。
伊月:マジですか!? ああんもう、持つべきものは親友だよ杏梨様ああああ!
杏梨:っだっかっら、ひっつくなぁああ!!
魔導書:ふう…姦しいことだな。それで、結局どうするのだ?
伊月:じゃ、じゃあじゃあ! 不肖このワタクシ、都沢伊月の願いを叶えていた
だいてもよろしいでしょうか!?
魔導書:うむ、いいだろう。願いを言ってみるが良い。
杏梨:(なんだろう…さっきと同じ、嫌な予感が…)
伊月:実はワタクシ、センパイにぃ、気になっている男性がいるんですよねー!
それでぇ、そのセンパイとの仲を取り持っていただきたいと言いますか!
魔導書:ふむ…要するに異性との恋仲を成就させたいというのであろう?
良かろう、我に任せるがよい。
伊月:叶うんですか!? おおお、やっったあぁぁぁあああ!!!
魔導書:ああ――――もちろんだとも。
杏梨(N):魔導書の言葉はどろりとした、甘くも黒い蜜を思わせた。その声の
響きと余韻に、私はどことなく肌が粟立つのを感じていた。
【中編に続く】
はい、おはこんばんちわ、作者でございますよぅ。
・・・・・。
時間かかりすぎ!!!
書き始めてから実に半年以上経過とか泣ける・・・。もっとこう、スマートに、
コンスタントに、投稿していけないものかと・・・。
前のが性別不問だっただけに、今回の性別確定状態で書くのがなんとも大変だっ
たといいますか、ええ。
ともあれ、前編が出来ました。
元々は声劇を知る前に書いた、ショートストーリーがもとになってます。「君に
言われたから読んだけど、でなければ見向きもしない。」と一蹴された駄文を風
船を膨らませるように話を大きくしてー、肉付けして―、整えてー、色塗ってー
、とやった結果です。
次は中編になるのか、それとも一気に後編になるのか・・・書いてみないことに
は何とも言えませんな!
もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。
ではでは!