勇者は義務じゃないです〜変態勇者の剣に選ばれて〜
とてもn番煎じ。思いついたのを勢い任せに書いてタイトルも適当に。短編にしたかったのですが二万字近くあるので時間がある、暇な時にでも
バレスティア大陸にはある伝説が存在している。
世界が魔王の危機にさらされる時聖なる剣が勇者の元に現れ魔王を打ち砕きバレスティア大陸に平和をもたらすと。
子供への読み聞かせ物語として大人がこぞって語り聞かせる話。バレスティア大陸で知らない者はいない。誰もが知り、誰もが憧れ、誰もが勇者などいないことを理解してしまう。
魔王など居るはずもなく平和な日々が流れていた。所詮は空想上の話。そう思い長い月日が経ったある日。バレスティア大陸一の国ゴルスタ王国の城が魔王の手により落ちた。貴族達は見せしめに殺され王族は魔王により建てられた魔王城に幽閉され王国に住む者は生きる拡声器として魔王とその配下である魔物に住む所を追われ方々に散った。
ゴルスタ王国の崩壊と魔王の出現はバレスティア大陸全土に伝わった。各国兵士を派遣しゴルスタ王国へ向かったが道中の魔物に無残に殺されてしまう。
各国が魔王の脅威に対するため自国の優秀な剣士や魔法使いを養育することにした。魔王を討ち取るよりも自国を襲う魔物を狩るだけで十分だと気づいたのだ。魔王はゴルスタ王国を落として以来他の国には一切手を出していないからだ。しかし、手を出していないからとそれが襲われないという確証にはならない。それはどの国も理解していた。
魔王が現れて50年。魔王が居ることが当たり前のことになりつつある日空から眩い光を放ち落ちる謎の物体があった――。
ゴルスタ王国から遠く離れた国、ベル公国。その中の小さな村ポポ村。魔物もほとんどおらず魔王に対して恐怖心があまりない平和な村で四人の子供達が遊んでいた。女の子が三人に男の子が一人。年は全員六つと幼い。
「ねぇ、あれなぁに?」
金髪で三つ編みのカナリアが空を指す。
「すげー!きれー!」
「おひるなのにながれぼしがながれてる!」
黒髪の男の子のバルトと真っ赤な短い髪の女の子のフィアーがカナリアの指す方を見る。カナリアの指した空には光を放つ物体が飛んでいた。
もう一人の茶色い髪を一つに束ねた女の子、ユウナもその物体をゆっくりと見上げた。
しばらく四人がそれを見ているとユウナがあることに気づいた。
「ねえ、なんかこっちにきてない?」
ユウナの言葉通り謎の物体はだんだん大きくなり四人に向かって落ちていた。
「やばくないこれ!」
「え、え、え、にげなきゃ……!」
カナリアとフィアーは声を出して慌てる。ユウナはゆっくりとその場から離れようとしていた。少し離れたところから皆を呼んだ方がいいと思ったのだ。
「あっちににげるぞ!」
「え?」
バルトとがユウナの手を掴み走り出した。ユウナの考えたことが一瞬でおじゃんとなった。
走り出したバルトとユウナの後についてカナリアとフィアーも走り出す。
「まだ、こっちに、きている、よぉ……!」
息も絶え絶えなカナリアが後ろを振り向いて謎の物体を確認する。
フィアーも振り向いて確認するとカナリアの手を握る。この中で一番体力がないカナリアを置いていかないためだろう。
しばらく走り続けていく。バルトは一度も振り返らず走っている。手を掴まれているユウナは必然的に走らなければならず後ろの二人も謎の物体から逃れるため走る。
ユウナは横に走ればいいのではと思っていた。しかし、一生懸命な三人には通じないかと諦め走っていた。
体力的に余裕のあるユウナはそこで初めて後ろを振返った。
するとユウナの眼前に謎の物体が差し迫っていた。
カナリアとフィアーは突然前に現れた謎の物体に足を止めてしまう。
ユウナもあまりの近さに驚く。けれどそれは一瞬。謎の物体はユウナの額へと勢いよく当たる。ユウナの額へと当たった瞬間謎の物体の光が消え美しい剣が現れた。
それを確認できたのはカナリアとフィアーのみ。
ユウナは謎の物体もとい謎の剣が当たった瞬間気絶し後ろへと倒れる。
「ユウナちゃーーーん!!!」
カナリアとフィアーの叫び声が揃う。バルトはその声と背中の衝撃に後ろを向く。
「ユウナーー!?」
背中に当たるユウナに驚きながらもユウナが地面と接する前に慌てて手を離して両手でユウナの体を支える。
「ユウナちゃんだいじょうぶ!?だいじょうぶだよね!?」
「ユウナちゃん!ユウナちゃん!どうしようユウナちゃんがしんじゃった……!」
「え……!ユウナちゃんしんじゃ――」
「フィアーのばか!まだしんでない!きぜつしているだけだ!」
ユウナの体を支えるバルトはユウナが呼吸していることに気づいた。死んでないと分かったカナリアとフィアーは気が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「よかっだー!ユウナちゃーん!」
大粒の涙を零しながらカナリアがユウナの首元に抱きつく。
「なあ、どうしてユウナはきぜつしたんだ?」
「え、ああ!わすれてた!さっきのながれぼしがユウナちゃんのあたまにぶつかってそしたら、けんになって、ほらそこ!」
フィアーが地面に落ちている剣を指さす。そこには傷一つついていない美しい剣が横たわっていた。
「けんがユウナのあたまに?」
「ねえもしかしてこれゆうしゃのけんじゃない?だってえほんのとそっくり!」
フィアーが手を振りながら興奮した様子で話す。
「ゆうしゃの……!」
誰もが夢見、憧れる伝説が目の前にある。男の子の心がくすぐられバルトはじっと謎の剣を見つめる。
ゆっくりと剣に手をのばし始める。
「ねぇ、そのはなしだいじ?」
ピタリとバルトの動きが止まる。
「いまはユウナちゃんのほうがだいじじゃない?」
冷たい目でバルトとフィアーを見据えるカナリアに二人はバツが悪そうにユウナの方を見る。
「ユウナちゃんおきそうにないね。」
「……。」
フィアーがユウナの顔をのぞき込む。バルトはユウナの顔を見ていると黙って手をユウナの顔の上に翳す。突然のバルトの行動に二人の頭にハテナが浮かぶ。
「アクア。」
バシャリ。バルトの手から水が現れユウナの顔にかかる。
「バルトくんなにやってるの!」
カナリアが怒りの顔を向ける。だがバルトに気にした様子はない。
「ん……うーん……。」
「ユウナちゃん!?」
バルトの水のおかげかユウナの口から呻き声が漏れる。ユウナの目がゆっくりと開く。
ユウナの目に映ったのはカナリアとフィアー。特にカナリアの赤く腫れた目がユウナの目を引いた。
「カナリアちゃんないたの?どこかけがした?」
ゆっくり体を起こしてカナリアの頬に手を当てる。
「ユウナちゃーん!」
きつくきつく目の前のユウナへと嬉しさのあまり抱きつく。
「ど、どうしたの本当に?」
「カナリアちゃんよりユウナちゃんなんともない?きぜつしてたから。」
「き、きぜつ?」
きぜつと聞いて驚くユウナだがすぐに思い出す。額への強烈な痛みと共に。額をゆっくりさする。
すっごいいたかったあれ。
「やっぱりまだいたい?」
「だいじょうぶだよフィアーちゃん。それより私にぶつかったのは?」
「そこにあるけんよ。」
ユウナはフィアーが指した剣をなんとか見る。未だカナリアがきつく抱きしめているので動きに制限がかかっている。
そろそろはなれてくれないかなー。と考えながら剣をじっくりと見る。
「ゆうしゃのけん……。」
「そうなんだゆうしゃのけんなんだ!」
そこでユウナが目覚めてからバルトが声を出す。
「バルトくんいたんだ。」
「ユウナひどい!」
しょうがないじゃないか。みえなかったんだから。
ゆうしゃのけんかー。私たちにおちてきたってことはこのなかのだれかがゆうしゃ?
「バルトくん良かったねゆうしゃじゃん。」
ユウナは笑顔をバルトへ向ける。
「え!おれゆうしゃなの!」
「だってそうでしょ?ゆうしゃは男のひとでしょ?」
「えー!あたしもゆうしゃになりたかったー!」
フィアーが駄々をこねるように叫ぶ。
「ならフィアーちゃんはゆうしゃのなかまだよ!」
フィアーの機嫌をなおすためユウナはすぐさまフォローをする。
「ゆうしゃのなかまってことはまおうをたおせるのね!」
「うん。そうだよ。」
「やったー!!」
万歳をして無邪気に喜ぶフィアーを見てユウナは小さく息を吐いた。
とりあえずこれで私がゆうしゃになることはない!カナリアちゃんはゆうしゃとかすきじゃないっていってたからもうあんしんあんしん。
「ゆうしゃバルトさんじょう!まおうよかくごしろー!」
勇者の剣を手に取ったバルトは剣を高く掲げ村へと走っていった。
「バルトくんまってー!あたしもまおうたおすのー!」
フィアーが慌ててバルトの後を追っていく。
二人が消えユウナとユウナに抱きついたままのカナリアが残った。
「ねえユウナちゃん。おしつけたよね?」
カナリアがユウナから離れて問いかける。
「うん。ゆうしゃなんてめんどくさいし、それにえらばれるとしたらバルトでしょ。」
バルトは村の子供の中で一番魔法が上手く扱えさらに運動神経が良い。ユウナは本心からバルトが勇者に選ばれたと思っている。
「それも、そっか。ユウナちゃんかえろう。」
「そうだね。かえろっか。」
残された二人はのんびりと村へと帰っていた。
二人が村へと帰る頃には既にバルトが勇者だと村が大騒ぎしていた。ユウナとカナリアはそれを脇目にそれぞれの家へと帰った。
それから四人が仲良く遊ぶことはなくなった。
七年後。ポポ村ではユウナ達三人は十三歳となっていた。バルトとは未だ成長期の中でまだそこまで背は高くないが幼さが薄くなりかっこよさが全面へと出てきており同年代の女子を魅了していた。
カナリアは女性らしく成長し穏やかな佇まいから男子女子問わず皆に好かれるようになった。
フィアーは鍛錬を積み男の子にも負けないほど強くなっていた。負けん気が強く男の子から遠巻きにされることが多いが整った顔立ちと溌剌とした性格は人気が高かった。
ユウナは以前の髪型のまま茶色いの髪を後ろで一つ纏めていた。特に目立った容姿でもなくのんびりと過ごしていた。
七年前。バルトが勇者に選ばれたと村で大騒ぎになった後村長会議がすぐさま開かれた。
ベル公国は五つの村で構成されている。国全体の方針は各村の長が集まり話し合いで決めている。
勇者の出現にどの村長も困った顔をした。まだ幼い子供をさすがに魔王討伐に向かわせる訳にもいかず、ひとまずはポポ村で成人となる十七歳まで勇者として鍛えることとなった。
ベル公国は標高の高いところに位置し他の国に行くには切り立った崖を降りなければならない。ベル公国の人間にはなんともない崖だが他の国の者にはとてもではないが越えられるものではなく、勇者バルトの存在はベル公国の中に留まった。
ポポ村の近くの森の中。ユウナは息を潜め獲物を待っていた。
自然と一体となったユウナの気配は完全に消える。
ユウナはただひたすら待っていた。
するとユウナが用意した餌に一匹のウルフが近づいてきた。警戒しながら餌へと近づく。
ユウナは持っていた弓矢をゆっくりと引く。弓矢を構えたままウルフの動きが緩慢になるのを待つ。
ウルフはひとしきり匂いを嗅ぐと大きな口を開け餌へと噛み付く。
その時ユウナは矢を放った。矢は真っ直ぐウルフの脳天を貫く。ウルフは一撃で絶命し倒れた。
ユウナはウルフへと近づき念の為喉を切った。
うーん。我ながら完璧な狩猟。惚れ惚れしちゃう。あとは罠を確認して帰りますか。
ウルフの死体を担ぎ仕掛けた罠を確認していく。獲物がかかっていた罠はまた新たに少しズレた所に罠をはりなおしてウルフを合わせて合計三匹の獲物を手に入れ家へとついた。
「重畳、重畳。まさか二つもかかっているとは。とりあえず血抜きをした後はラビットは干し肉にしますか。ウルフは晩ご飯のメインとして毛皮はお隣のクルリ王国で適当に売りさばきましょうか。それでは……ん?こんな時間に誰だろう。」
ユウナがよし、と作業に取り掛かろうとした時ユウナの家の扉がノックされる。まだ日が出ている時間。ユウナの同年代の子はそれぞれの村で運営されている学校に行っている。わざわざユウナの家を訪ねる大人はいない。訝しみながら家の扉を開ける。
「どちら様ですかー……ってカナリア!どうして学校じゃないの!?」
「えへへ。今日テストで早上がりなの。上がってもいい?」
「うん。いいよ。上がって。」
突然の来訪者はカナリアだった。美しい金髪に女性らしい体つきは男女の羨望の的だ。神々しさまである容姿はおいそれと話しかけることが出来ない。
そんなカナリアとユウナは幼い頃からずっと仲良しのままだった。
「うわー!ウルフにラビットが二匹も!」
「あはは、凄いでしょ。座って待ってて、今お茶持ってくるから。」
ユウナはお茶を入れカナリアへと差し出すと向かいへと座る。
「狩りの方は順調みたいね。」
「まあこんな三匹も捕れる日は珍しいけど普通に生きていけるから問題ないよ。母さんのおかげだね。」
ユウナの母はポポ村では狩りの名手として村の皆から尊敬されていた。ユウナは幼い頃から母に鍛えられ狩りの腕は大人顔負けだった。
あの頃はなんでこんなことって思ってたけど今は感謝だね。
ユウナの父は幼い頃兵士としてクルリ王国へと出稼いでいたがクルリ王国で難病にかかってしまい命を落とした。母は二年前突然体調を崩して亡くなった。元から体が丈夫ではなく無理をしていけばいつ亡くなってもおかしくないと医者に言われていた。
「それでユウナ。改めて話したいのよ。」
突然カナリアの顔が真面目ものになる。
ああ、またあの話かな。
ユウナは何の話か悟ってしまう。
「学校に行きましょう。ユウナちゃんの生活ならウチで面倒を見るから。父も母もユウナちゃんならって喜んでいるから。」
ベル公国では七歳になった子は学校に通ってもいいことになっている。もちろんお金はかかるが微々たるもので全ての子供が通っている。しかしユウナは母しかおらず母も度々体調を崩し家を開けたくないとユウナは学校に行かなかった。もう一つの理由としてめんどうというのもあったが。
「ありがとうカナリア。でもこれ以上お世話になるわけにいかないから。」
ユウナは週末カナリアから勉強を教わっている。最低限の教養は欲しくカナリアに頼んだのだ。カナリアは快く引き受けさらにカナリアの家へ行くたびご飯をご馳走になっている。
「そんな!気にしなくていいのに……。ユウナちゃんやっぱり学校に通いたくないの……?」
「うん。それに今私は狩りをやめる訳にはいかないから。」
「生活のため?」
「まーそうだね。お金ないし。」
明るい声で話すユウナにカナリアは苦しそうな顔をする。
「なーに暗い顔してるの。別に私は不幸じゃないから。カナリアに村の皆がいる。ポポ村でこうして生きているだけで幸せなの。」
カナリアを元気づけるように頭を撫でる。カナリアはまだ悲しそうな顔をしていたがユウナの笑顔を見て次第に明るい顔になっていく。
それからユウナとカナリアは近況報告をし合い今度の勉強会をいつにするか決めた。ユウナは捕った獲物を捌きながらカナリアと談笑した。
「そろそろ帰らないと。晩ご飯の時間だわ。」
「送って行くよ。」
「ならそのまま家に来て一緒にご飯を食べましょう。もうシェフには四人分用意するように言ってるあるから。」
さすがにすでに準備してあるとあってはユウナも断れなかった。
なんだかんだ私カナリアに上手いように転がされている気がする……。
村の中心地に行くとユウナ達と同年代の子供達が学校から見知った人物が出てきた。
「カナリア!」
赤い髪のフィアーがカナリアへと駆け寄る。
「どこ行ってたのよ!テスト終わったらすぐ消えて!魔法の練習に誘おうと思ってたのに。」
腰に手を当ててちょっと怒った感じに言うが本心から怒っていないのは見て取れる。
「ごめんね。ちょっと用事があって。」
「せっかくバルトもいたってのに。カナリア来ないって言ったらバルトすぐ帰っちゃったし……。」
目の前で落ち込むフィアーにカナリアがおろおろと慌てる。
「やっぱりバルトって……いや、まだ希望はある!……ってあんた誰?なんでカナリアといるの?」
フィアーの不審がる目と言葉にユウナは少なからず傷ついた。
うーん。やっぱりずっと会ってないと忘れられるか。でもフィアーはバルトの次に実力があってバルトの魔王討伐には確実と言っていいほど参加するから忘れられてた方がいいのか。変に関わりがあるとどういう形で面倒事に巻き込まれるか分からないし。
ユウナはすぐにフィアーに忘れられていることをいい方に変換した。
「フィアーちゃん忘れたのユウナちゃんだよ?」
カナリアー!余計なこと言わなくていいのに!
ユウナは心の中で絶叫した。
「ユウナ……え、ユウナ!?ほんとに!」
フィアーはユウナという言葉ですぐに思い出した。フィアーがユウナとすぐに気づかなかったのは年数もあるがユウナの服装が問題であった。現在のユウナの格好は狩猟の服装のままであり、幼い頃のフィアー達と遊ぶ時は女の子らしいワンピースなど纏っており当時の印象のままのフィアーはすぐに気づかなかった。
「久しぶりフィアー。元気だった?」
「うん!そっちこそ!ユウナのことは人伝に聞いていたけど本当に狩猟に明け暮れているのね。」
上から下までじっくりとユウナの姿を観察する。
あんまりじろじろ見ないで欲しいなー。そんな大層なものじゃないし。
「おいフィアー!お前どこいってたんだ!」
フィアーがじっくりとユウナの格好を見ているとフィアーの後ろから声が飛んできた。フィアーが振り返るとそこにはバルトがいた。
「なんでバルトが学校から!?」
「なんでってセリフはこっちだ!お前俺の話聞いてたのか?カナリアが来ないなら勉強するぞって言ったの。」
「え、そうだったの?」
「そうだ!」
つまりフィアーがちゃんと人の話を聞いていないと言うことか。昔から思い込みが激しいというか直情型というか変わってないんだな。
感慨に浸って二人を見ているとバルトと目が合う。バルトが目を見開く。
「ユウナ!?それにカナリアも。」
フィアーの横に並びバルトがフィアーとカナリアを見る。
「久しぶりだなユウナ。」
「どーもお久しぶりです。勇者様。」
つっけんどんにユウナが返すとバルトが苛立ちを顕にする。
「あれはもう謝っただろ!それに俺がしたことは別に悪いことじゃないだろ!」
「そうだね。悪いことじゃない。けれど私にとっては最悪のことなの。」
二人の間に見えない火花が飛び散る。
最悪。こいつの顔を見るなんて。またあのことを思い出してきた。
以前ユウナが森で狩りをしていると餌用の罠に掛かったラビットを森に修行に来ていたバルトが逃がすということがあった。ユウナとしては貴重な餌、もしくは食料になり得る獲物を逃がされたのだ。バルトに対してあらん限りの怒りをぶつけたのだ。拳とともに。
なにが『お前は腕がいいから沢山取れるからいいだろ。目の前の苦しそうなラビットを放っておけなかった』だ!お前は苦しんでいるやつだったら魔王でも助けるってのか!くそ偽善者が!また腹が立ってきた。もう一回殴ってやるか。
「みみっちい女。」
「偽善者男が。」
二人の顔がいっそう険しくなる。事情を知らないフィアーとカナリアは二人がここまで怒っている理由が分からずどうすればいいか分からず困り果てていた。
二人が睨み合っていると鐘の音が鳴り響いた。
すぐさま四人は動けるよう構えた。他の村人も動きを止めた。
『南西の森にて魔物が現れた!繰り返す!南西の森にて魔物が現れた!』
それ聞いてユウナがいの一番に動いた。
「ユウナちゃん!」
「ユウナ!?」
カナリアとフィアーが追いかけようとする。その二人に気づいたユウナは一瞬振り返って笑う。
「家に戻って!自分の身を守って!」
気遣いの言葉。けれどそれはついてくるなという意味。すぐに察した二人は足を止める。きっとユウナは家に帰っただけ。そうに違いない。二人は自分達に言い聞かせた。
バルトはユウナの走っていった方を見ながら勇者の剣の柄を握りしめていた。
「俺、行ってくる!」
そう言うや否やバルトが駆け出した。圧倒的速さにフィアーは呆然とする。
「ユウナちゃん……。」
お願い!無事でいて!
胸の前で手を組みカナリアはユウナの無事を祈った。
ユウナは一度家に戻り弓矢を手に取ると南西の森へと走っていった。
ユウナは母が死んでから母の村での役割魔物退治を担っていた。
退治と言っても魔物はほとんど来ることは無く、さらに役目は魔物が現れたことを火矢で他の魔物退治を担う人物に伝えるのが主な役目だ。
ユウナは村で一番の足の速さと運動神経を持っていた。バルトも確かに高いが魔力を持たいない状態ならユウナが圧倒的だ。
ユウナは森に入り動物達の気配がしない方を探る。
あっちか……!
素早く音を立てずに移動する。数分すると遠くに巨大な魔物を見つける。
あれはオーク!まさかこんな所にまで……。他にはいないみたいだな。あれ一匹だけか。
ユウナは鏃に火を付け矢を高く打ち上げる。それと同時にユウナは木の上と上る。高い音が森に響き渡る。オークが音を聞きユウナの方へ醜い顔を向ける。ゆっくりとした歩みでユウナのいる木の下まで来る。
オークは当たりを見渡し何も見つけられずまた村の方へとゆっくりと歩み始めた。
それを見てユウナはわざと音を立て別の木へと飛び移る。オークが上を見上げると一瞬黒い影が視界の端に移る。
ユウナはオークが自分のことを捉えたことを確認すると次々と木に飛び移って行く。
なんとかオークをここにとどまらせなければ……!
ユウナの素早い動きにオークは次第に苛立ち始め木を棍棒でなぎ倒し始めた。
ユウナは慌てずオークを村とは逆の方向へと誘導する。
オークが木をなぎ倒してくれたおかげで火矢を無駄打ちすることはなくなった。さすがに木がなぎ倒されてたら気づくでしょ。
オークと付かず離れず、一定の距離を保ちながら木を渡っていく。
はやく誰か来てくれないかなー。さすがにずっとこれだと森がなくなっちゃう。
ユウナの願いが届いたのか。誰かが走ってくる音がする。ユウナは喜んだがそれはすぐに打ち消された。
「魔物!この俺が相手だ!」
現れたのはなんと勇者バルトだった。ユウナは小さくマジかよ、と呟いた。
オークはバルトの方へと向く。バルトを見るとニタァと笑うと棍棒を振り上げバルトへと向かっていく。
バルトは向かってくるオークに臆することなく剣を構える。
へぇ、案外肝すわってなるんだ。
木上でユウナは感心してしまう。
オークが棍棒を振り下ろす。バルトは横に転がりながら避ける。すぐに体勢を立て直すと
「アクセル!」
地面を蹴る。とても人間とは思えない速さで棍棒の上から腕を走りオークの肩へと乗ると剣を構える。
「スウィング!」
超振動する剣でオークの目を切りつける。振動は切った表面から奥まで届き血と水分が割れた目から吹き出す。
オークの急所は目だ。オークに尋常ではない痛みが襲い暴れ始める。
バルトはオークの肩を蹴り飛び降りる。片目を押さえたオークはバルトを捉えると半狂乱で棍棒を振り回しながら襲ってきた。
バルトは慌てずオークの棍棒をくぐり抜ける。
「聖なる剣よ。俺に応えよ。」
勇者の剣が光り輝く。
「アクセル!」
バルトがさらに加速しオークの足を斬る。太いオークの片足がオークに置いていかれる。
「ガアアアアアアア!!」
オークの巨躯はバランスを失い地面へと倒れた。残った手足を激しく動かす度に地面が揺れる。
苦し藻掻くオークを見てバルトが顔を歪める。しかし意を決したのか剣を構える。
「ウインドエッジ!」
バルトが剣を地面から振り上げると風の爪牙がオークの頭と胴体を切り離した。大量の血が森の草を真っ赤に染めていく。
これはここ一体はしばらくダメだな。オークの処理は村長に委ねた方が良さそう。
木の上から全て見ていたユウナは村長にこの事を報告するため木から降りようとしていた。降りる前にオークを見る。醜い巨体。見ているだけで不快になる。
今後の対策として見ているとオークの体が少し動いた気がした。
まさか、さすがに首を切られたんだ見間違い見間違い、とまた見るとオークが両手で体を持ち上げ片足で立っていた。
は……?嘘でしょ。まさか反応だけで動いているのか!ニワトリかよ!
「バルト!そいつはまだ動く!!」
ユウナは大声で去りかけていたバルトに叫ぶ。バルトはユウナの声に振り向きオークに気づく。
「な……!化物かよ!」
剣を構えながら叫ぶ。
「バルト!そいつはもう生きていない!ただの屍だ!躊躇うな!一気にやれ!でなきゃ村の皆が死ぬ!」
もしオーク反応が長く続くものだったら。あの巨体のオークが少し暴れただけでも村にはかなりの被害が出る……!他の人はまだ来ないのか!
ユウナが待つ魔物退治の仲間は別の方角に現れた
他の魔物と相対していた。どうしてユウナの方に誰も来ないかと言うとバルトのせいであった。勇者がいるなら殺すことは無理でも阻止することは出来るだろうと他の所へ行ったのだ。
まだバルトは十三の子供だというのに。
「分かってる!けど、うっ……!」
バルトの体がよろける。頭を押さえるバルトをオークが棍棒で薙ぎ払う。バルトは吹き飛び木へと勢いよくぶつかる。
「がはっ――!」
力なくバルトの体が地面へと落ちる。
「バルト!」
ユウナは庇うようにバルトの前へと降りた。
どうする。弓矢じゃオークにはどう足掻いても勝てない。バルトを持っては遅くなってオークに追い付かれる……。どうすれば、どうすれば!
何かないかとユウナは辺りを見渡す。
何か、何かせめてバルトだけでも生かす何か……!
バルトの方をちらりと見ると自然と目に入るはバルトの持つ勇者の剣。ユウナはこれしかないと気を失っているバルトから勇者の剣を取った。
《ニヤリ》
誰かが笑った気がした。しかしユウナにそんなことを気にする余裕はなく剣を構える。
私にこれを扱えるのか。たぶんバルトがよろけたのは魔力を消耗していたから。でも使っていた魔法はアクセルとスウィングとウインドエッジ。バルトの膨大な魔力量から考えてこれだけで失うはずはない。つまりこの剣が光った時。あれはバルトの魔力を使っていたということ。私の魔力で果たしてオークを倒せるのか、いや、悩んでも仕方ない!いちかばちかだ!
ユウナはなけなしの魔力を剣へと流れ込むイメージをする。
ユウナの魔力量は最低レベルだ。誰もが魔力は少なからず持っているの少なからずしか持っておらずさらに魔法も使えない。
不安がユウナを襲う。けれど後ろのバルトを守るため村を守るため。ユウナは剣を高く掲げた。
「今だけはこの瞬間だけ私に力を貸して!」
《喜んで》
ユウナの中の何かが大量に引っ張られる感覚がする。突然の初めての出来事に驚くとユウナは気づいた。剣が光り輝いていることに。
《さあ、ユウナはどうしたい》
謎の声がユウナの脳に響く。
「あのオークを消し去りたい!」
《了解した。オークを消し去るイメージをするんだ。そして剣を思いっきり振り下ろして》
謎の声に従いユウナは自分が剣を振るいオークを消し去るイメージをする。そして光り輝く剣をオークに向かって振り下ろした。
「はああああああ!!」
振り下ろしたと同時に眩い光がオークへと向かいオークを飲み込んだ。
光が消えるとオークが消え辺りの自然が蘇っていた。
「終わっ……た――。」
ユウナはオークが消えたのを確認するとゆっくりと倒れ意識を失った。
森の外れの秘密の洞窟。気絶したユウナとバルトは何故かそこで寝ていた。
「ん――。」
ユウナの意識が覚醒する。どうにもおかしな感じがしながら体を起こしてそこが洞窟であることに気づく。
「ここどこ?なんでこんなところに……ってオークは!」
「オークはもういないよー。我とユウナの愛の力によってきれいさっぱり消えたのだよー!」
ユウナの耳に見知らぬ声が入ってくる。声の発生源を見ると見覚えのない銀色の長髪の男がいた。
「ああ、ユウナー!会いたかったのだよー!我ずっーとユウナとこうして話したかったのだよー!」
破顔した顔でユウナの顔を手で挟んでくる見知らぬ男にユウナは恐怖を覚える。
だ、誰この人!なんで私は顔を挟まれてるの!
「ああユウナ。本物のユウナだ。この肌触りに瞳に髪に腕にお腹に足に全てがユウナだ。」
うっとりとユウナの体を撫でていく。その手を徐々に降りていきユウナ胸へと触れる。
「おっぱいはそんな成長しなかったみた――ごふっ。」
「ああん?」
ユウナが怪しい男の頬に拳を放ちそのまま地面へとぐりぐりと押し当てる。
別にユウナは胸の大きさは気にしていないが触られ勝手に評価されては腹も立つ。
「んあああ、ユウナのこぶし気持ちぃぃいいい!」
男はユウナの攻撃を痛がるどころか頬を染めて身を捩りだした。その様子はユウナの動きと心を凍らせるには十分なほど
「きもちわるーーー!!」
ユウナは地面に尻をつけたまま器用に男から離れ洞くつの壁へと寄りかかる。
「なんなの!果てしなく気持ち悪い!てか誰なの!?」
離れていくユウナを見て残念そうに立ち上がった男は服の汚れを払いユウナへと優雅へとお辞儀をする。突然の変わりようにユウナが驚く。
「我が主、ユウナ。我は勇者の剣だ。我はユウナを求めあの日ユウナの元へ現れたのだ。」
「勇者の剣?どこからどう見てもあなた人間だけれど。」
「ふむ。これならどうだ。」
男は指をパチリと鳴らすと勇者の剣へとなってしまった。ユウナはあまりのことに声が出なかった。
ユウナの様子に満足したのか剣がポンと音を立てて先程の男が現れた。
「これで信じてもらえたか。さてユウナ、我の主はユウナだけなのだ。ユウナの魔力の質、量。どちらも最上級で我はユウナが欲しくてたまらないのだ。」
欲に濡れた目をユウナへと向けてくる。
私の魔力の質と量がいい?それはおかしいだろ。
「勇者の剣。お前は勘違いをしている。私には最低限の魔力しかない。さらに魔法も扱えない。そんな人間の魔力がいいなんてとんだ悪食だな。」
「くくく、勘違いはお前達の方だ。ユウナ、お前は魔力を使う能力がないだけでその器は魔力を貯めるのには最適なのだ。それにもうさっき使った魔力が回復しておる。ああ、なんと素晴らしいこと。」
このセリフで魔力を除いて聞いてみると体目当ての変質者みたいだな。
「さあ!我と交合おうよ!」
「近寄るなこの変態ー!」
ただの変態だ!これただの変態だ!
「バルトでもいいだろ!バルトの魔力量もかなりのものだろ!」
ユウナは保身のためにバルトを犠牲にすることにした。
バルトは勇者になりたがってた。その勇者の剣と寝るんだ。たぶんいいことだ。うん。
「確かにーバルトもよかったよー。でもユウナにら劣るのー。あ、でもバルトの魔力はなんかすごい焦らされるの、あともうちょっとってところでいっつも焦らされてそれが癖になってきてるっていうかあ、気持ちいいっていうかあ――。」
バルトの方をちらちらと見ながら美青年が頬染めて腰をくねらせている絵面にユウナは真顔になっていた。
「――焦らしプレイ最高♡」
「バルトと末永くお幸せに。」
ユウナはそれしか言えなかった。とりあえずこの男と一緒になりたくない。それだけだった。
「それはダメ。我はユウナがいいのだ。ユウナに近い存在はいてもユウナ以上はおらぬのだ。なあユウナ勇者となって一緒に魔王を倒そうではないか。」
「いやだ。」
間髪入れず答える。
なぜ私がそんなめんどうなことを勇者なぞバルトでもいいだろうに。
「言っておくがバルトでは魔王は倒せぬぞ。」
ユウナを思考に答えるように勇者の剣がいやらしい笑みを浮かべ言葉を発する。
「バルトは確かに魔力量は多い。しかしそれは有限。回復するまでの時間がユウナと大違いだ。ユウナ、お主は戦いながらも魔力が回復するのだよ。今回のオークは初めて魔力を使ったせいで制御が出来ず一気に使ってしまい倒れたがユウナなら魔力切れで倒れることはない。」
男の言葉を聞きながらユウナはどうやって勇者にならないで済むか一生懸命考えていた。
「ユウナ諦めろ。大人しく我の手を握れ。」
「いやだ。」
普通に嫌に決まっている。変態の手なんて触りたくもない。
「はあー。強情よな。バルト、お主の言った通りだな。」
ユウナはばっとバルトへと顔を向ける。バルトはゆっくりと起き上がる。その動作はとても寝ていた人物とは思えない意識のはっきりした者の動作だった。
「バルトいつから。」
「最初からよなー。ユウナが起きる前に我が起こしたんだもーん。で、バルトよ。お主は選ばれたわけではない。ただのおこぼれ勇者なわけだがどうする?」
口角を吊り上げ嘲笑うようにバルトを見下ろす。バルトはその視線を真っ直ぐ受け止める。
「俺はたとえおこぼれだったとしても自分でなるって決めたんだ。それに――。」
バルトがユウナの方を見る。
「お前こそ本命に断られたんだ。俺に縋るしかないだろ?ユウナの次に俺の魔力が質も量もいいって前に言ってたよな。」
「んーそうなんだよなー。でもそしたらお主めちゃめちゃ修行しなきゃ魔王と戦って死んじゃうぞ。」
「死ぬかなんてやってみなきゃ分からないだろ。勇者はこの俺だ。」
確かな意志を持った瞳が男を射抜く。男はその目に満足そうに笑う。
「仕方ないのー。我、心ちょー寛大だからバルトで我慢してあげるー。バルトが死ぬ所我が見ててあげるからのー。」
「待て。」
ユウナは声を上げた。
「どうしたんだーユウナー?」
待っていたと言わんばかり男が素早くユウナの方を向く。
バルトが死ぬと言ってたがそれは魔力切れによって戦えなくなって敵に殺されるという事だよな。なら魔力切れを起こさなければいいんだろ。なら……!
ユウナは立ち上がりバルトの元へと腰を下ろす。バルトの手を取る。
「ユ、ユウナ……?」
突然手を握られて焦るバルトを気にすることなくユウナは集中をする。
私に魔力があるならバルトに移すことも出来るはず。オークと戦った時剣に私の魔力が渡ったのは事実。ならバルトにも。
バルトへ魔力が流れるイメージをする。自分の魔力自体感じることの出来ないユウナだがそれでも自分の魔力がバルトへ流れるのを想像する。
ユウナは体から何かが流れていくのを感じる。
これが魔力?よくわかんないけど……。バルトに行って!
ユウナの魔力はユウナの意志に従ってバルトへと流れていく。バルトもそれを感じたのか目を見開く。
ゆっくりとユウナはバルトから手を離す。
「バルト。魔力はいった?」
「あ、ああ……。」
呆然とバルトがユウナの問いに返事をする。
「勇者の剣。私がバルトへ魔力供給をすればバルトは死なないか?」
「もちろんだとも。ユウナもしや……!」
「ああ、私もバルトと一緒に魔王を倒しに行く。」
ユウナの堂々した宣言。勇者の剣のこれでもかと笑顔を浮かべる。その顔はまるで狙っていた獲物が長い時間かけ手に入れた時のような笑顔だった。
「ああん!ユウナが一緒とか我昇天しそう!ユウナ愛してるよー!」
両手を広げユウナへ飛びつこうとする。ユウナは慌てず横に避ける。そのまま勇者の剣はバルトを押し潰してしまう。
「おい!どけ!」
「さて、私は帰るから。後は二人でごゆっくり。」
あんな男とこれ以上一緒に居たくない。バルトならきっと大丈夫だ。たとえ何か大事なものを失ったとしても。
「ユウナ!置いてくな!ユウナー!」
バルトの悲鳴が聞こえた気がしたがユウナは無視して洞窟から出た。
勢いで魔王討伐について行くって言っちゃったけどまあいいか。勇者になんてなりたくない。死ぬほど面倒だし。バルトの扱いを見てると変にチヤホヤされて居心地悪そう。でも、私が選ばれたって何もしないじゃきまりが悪い。それに友達を見捨てる訳にはいかない。
勇者は義務じゃないのに死地に向かうなんてそんなことさせられない。バルトは絶対生かす。命に変えても。
洞窟に取り残された男二人はユウナが去った後もまだ重なって倒れていた。
「おい!いい加減どけ!」
「なあ、バルト。気持ちよかったか?」
気持ちよかったか?その言葉に何を言ってるんだと首を傾げる。
「とぼけるな。ユウナの魔力のことよ。」
ユウナの魔力と聞いてバルトの顔をが真っ赤になる。
「くくく。その反応を見る限り気持ちよかったみたいよな。どうだ初めての快楽は心地よかったろ?」
怪しい笑みを浮かべる勇者の剣にバルトは恥ずかしくなる。
バルトは性的事情に疎かった。快楽なぞおよそ経験したことなくユウナの魔力が流れてきた時の謎の体の疼きが怖くてたまらなかったのと同時にどこか興奮していた。
「バルト。お主はもう少し性的なことを知るべきだ。このまま成長してユウナの魔力を大量に受け取ったらお主、ユウナを襲うぞ。」
ま、我は別にそれでもいいけどねー。でも、
「お主は嫌よな。」
「……その、襲うって子作りを、無理やりするってこと、だよ、な……?」
真っ赤になりながらたどたどしく勇者の剣に訊ねるバルト。心底恥ずかしそうだ。
「くっ、くははははは!お主!子作りて!いや、確かにその通りだが!あはははは!」
腹を抱えて笑い出した勇者の剣にバルトは羞恥で目に涙が溜まり始めていた。
「いや、すまぬ。笑いすぎた。ここまで純朴とはな。わかった。これからお主を強くしよう。あまり我は干渉する気はなかったがバルトのためだ。身体の鍛え方、魔力を増やす方法。後は大人の事情を教えていこうではないか。これから長い間共にいるのだ。我も別にお主を殺したい訳では無い。」
「あんな死ぬ死ぬ言っておいてか?」
「む、それはだな。ユウナが欲しくての。ユウナの罪悪感をつつけば勇者になるー!って言うと思ったのだ。許せよ。」
いじけたように人差し指を合わせる目の前の人物にバルトは呆れる。
「分かったからとりあえずどけ。」
うっとおしそうに手で払う仕草をすると何故か抱きついてくる。
「おい!」
「嫌なのー!ユウナとバルトの混ざった魔力死ぬほど気持ちいいのー!こうバルトと抱き合うとさらに気持ちよくなって我ほんとにどうにかなっちゃいそうー!」
「はやくどけ!気持ち悪ぃ!」
「ごふぅっっ!」
本日二度目頬に拳を受けた勇者の剣だった。
四年後。クルリ王国王城謁見間に勇者一行が訪れた。
「魔王が現れ50年以上の時が経ったがついに勇者が現れた。勇者バルトよ。ベル公国からよくぞ参った。これから始まる長い旅路の英気を養うが良い。」
「はっ!お心遣い感謝致します!必ずや魔王を倒しこの恩返させていただきます!」
勇者バルトの声が謁見の間に響く。
バルトはあれから成長した。長い手足に幼さが消えた色気漂う顔立ち。体は太くはないが触ればいかに鍛えられていか分かるほど硬い。
さらにバルトの後ろには三人の女がバルトと同じようにクルリ王に敬礼を取っている。
真っ赤な髪のフィアー。太ももまで見えるハーフパンツに臍が丸出しの格好だが程よくついた美しい筋肉におかげでいやらしさは皆無だ。
金髪を三つ編みに束ねているカナリア。白のゆったりとした衣装と豊かな体に穏やかな顔はどこかの聖母を思わせる。佇まいも優雅で神々しい雰囲気を放っている。
茶色の髪を後ろで一つに束ねているユウナ。いつもの狩猟の格好でどこにでもいる平民らしさが出ている。他の三人が目立っているおかげかユウナは空気のようでのんびりとしている。
ポポ村でついに成人となる十七歳を迎えたバルトは旅立つこととなった。初めに隣国のクルリ王国で勇者として認められる必要があった。
バルトが旅立つ前、色々と問題があった。多くの村人がバルトについて行くと志願したのだ。当然実力のないものは一斉に村長によって却下された。
多くの志願者が出る中バルトが放った言葉は
「ユウナを連れていく。これは勇者の剣からのお告げだ。」
村の外れで暮らすユウナ。魔力もほとんどなく魔法も使えないユウナの名前が出たことで多くの志願者が文句を垂れた。
「ユウナの魔力は人には感知できない。けれどユウナは魔力を大量に貯めることができ、それを他人に讓渡することが出来る。ユウナは魔力庫として連れていく。それにこれは勇者の剣からのお告げだ。勇者の剣に逆らうことはできない。」
勇者の剣からと言われれば誰も文句を言うことは出来ず黙った。
「ちょっと待ちなさい!私は無理やりでもついて行くわよ!」
多くの志願者の中声を上げたのはフィアーだった。志願者を掻き分けバルトの前へと進み出る。
「バルト私はついて行ってもいいでしょう。実力ならこの村じゃバルトの次よ。まさかその私を置いてくなんてないわよね。」
自信満々な笑みを浮かべ手のひらと拳を合わせる。フィアーはバルトとの鍛錬のおかげか劇的に強くなっていた。バルトが強くなればなるほどフィアーも強くなっていた。
「フィアーの実力は知っている。フィアーなら歓迎さ。」
バルトはフィアーがずっと勇者と一緒に魔王を倒すことを目指していたことは知っていた。さらに実力も折り紙付き。断る理由はなかった。
ユウナとフィアーが勇者一行としてポポ村を発つことになった。
ベル公国の国境。切り立った高い崖の上に勇者一行は立っていた。
「ここを下りたら魔王を倒すまで戻れない。それでもいいか?」
振り向きユウナとフィアーに問いかける。
「おうよ!絶対魔王を倒してここに帰ってくるよ!」
「生きて帰ってこよう。皆で。」
二人は強い瞳でバルトの問いに答える。バルトは二人の意志を確認すると頷き前を向く。
「行くぞ!」
「待って皆!」
よし行くぞというタイミングで後ろから声が聞こえる。三人が振り向くと杖を持ったカナリアが走ってやってきていた。
「カナリア、なんでここに。」
バルトが怪訝な目を向ける。カナリアは深呼吸をして言葉を発する。
「私も行く。私だけここに残るなんていやなの。」
「カナリア分かってるの!?魔王よ!魔王と戦うの!」
フィアーがカナリアに向けて声を荒らげる。フィアーはカナリアが軽い気持ちで来たと思っているのだ。
「分かっている。だからよ。三人が命を掛けて戦っているのに私だけポポ村でのんびりと平和になんて暮らしたくないの。それにユウナちゃんなんて魔法が使えない。二人は戦いになると目の前しか見えなくなるじゃない。その時ユウナちゃんを誰が守るの?」
カナリアが指摘したのは事実だ。バルトとフィアーは目の前の敵に集中してしまう傾向がある。自覚があるのか二人ともバツの悪そうな顔をする。
「それに魔法だったら私が村一番よ。連れて行って損はないはず。だから私も行くわ。嫌って言っても勝手について行くから。」
カナリアは見た目から優しいと評され意思が弱そうと判断されがちだがそれは違う。四人中では一番頑固でこうと決めたらほぼそれを実行する。唯一それに逆らえるのはユウナだけである。
カナリアの頑固さは十分に知っている三人は諦めてカナリアを仲間に引き入れた。確かにカナリアの魔法の実力は村一番だ。足でまといになることは無い。
「なんか四人でこういう風に集まるの久しぶりだね。」
ユウナがポツリと漏らす。勇者の剣が降って以来ほとんど一緒に集まることのなかった四人。けれど幼い時の絆は消えていなかった。
「四人でまたここに帰ってくるぞ。準備はいいな!」
「おう!」
「うん!」
「はい!」
バルトの掛け声にフィアー、ユウナ、カナリアが返事をする。
「俺たちは必ず魔王を倒す!」
バルトが崖を飛び降りる。それに続いて三人も崖を飛び降りる。四人の長い旅は幕を開けた。
「――って感じですよ。勇者の剣との出会いからは。」
「はーなんか青春って感じねー。」
ゴルスタ王国の手前の国、フラリー王国のキュロット村の宿の一室でユウナはこれまでのことを目の前の女性に話した。もちろんユウナが本当は勇者の剣に選ばれたということは伏せて。そうするとどうだろう。ユウナはただ巻き込まれた人物となる。
「四人って同じ村だったのね。確かに仲良いとは思っていたけど。」
ユウナの目の前の女性は旅の途中で出会った僧侶のアカネ。色々あって勇者の仲間となった。
ポポ村を旅立ってから勇者一行はアカネ以外二人、計三人も仲間が増えた。
三人とも実力が高くユウナはますます影へと隠れていった。
「ねえねえ。それでバルトって村にいた時彼女とかいたの?」
声を少し小さくしてアカネが訊ねる。
聞きたかったのはそれか。突然自分と出会う前の旅の様子や旅以前のことを教えてくれって言ってきたのはそういうことか。
「さあ?そこら辺は興味なかったし。でもいたんじゃないかな。一応モテたみたいだし?」
「一応って!言っておくけどあれかなりの好物件よ!勇者じゃなくても普通にモテる類いよ!フィアーがホの字なのはすぐ分かったけどあんた達二人がどうなのか気になっていたのだけれどこの感じだとなさそうね。」
呆れたように肩を竦めるアカネに少し苛立ちを覚えたが一瞬で霧散する。
バルトに対して恋情とか少しも湧かないなー。カナリアもバルトだけはない。あんな子供って言ってたし。思ったけどカナリアって結構口悪いんだよね。そこも可愛いけど。
「それにしてもバルトも可哀想。勇者の剣に選ばれたからって魔王を退治することになって。」
「バルトが可哀想ですか?」
「ええ、だって剣に選ばれたら勇者になって魔王を倒さなきゃならないのでしょう。自分の人生が剣一つで決まってしまうなんて。……ちょ、何笑ってんのよ。」
アカネがバルトを可哀想と言った理由にユウナは笑ってしまった。
「あはは!ごめんなさい。でもバルトは可哀想じゃないよ。だってあいつ自分で勇者になるって選んだんだから。」
そうだ。あの洞窟の時。バルトは勇者を辞めることだって出来た。ユウナに押し付けることも出来たのだ。そもそも剣に選ばれたからだけで勇者にならなければいけないのか。
「勇者は義務じゃないんですよ。」
だって選ばれた私がやっていないんだもの。勇者の剣もそのこと自体を責めることは無かった。
「勇者は義務じゃない……?」
「そうですよ。勝手に選ばれたからってどうしてならなければならないんですか。自分の人生は自分で選ぶんです。剣が目の前に現れた時その剣を取るか取らないかはそいつが選ぶんですよ。」
私は取らなかった。バルトは取った。
「バルトは自分から握ったの。だからバルトは可哀想じゃなくて――最高に凄いやつなんですよ。」
だから私はそんな最高な友達を生かすために旅立つことを決めたんだ。気づくと生かさなきゃいけない人が増えていたけどいいさ、私の全ての魔力を分け与えて絶対全員生かしてやる。
これは義務じゃない!私が選んだ人生だ!
……選んでおいてなんだけど旅に人間関係って面倒くさいね。魔王を倒したらいの一番に離脱してやる。
変態書くの楽しかったですね。同時に書いててこいつキモイなともなりました。
急いで書いたので誤字脱字あるかと思いますのでもしありましたら報告していただけると嬉しいです。感想、指摘、批評して頂けたらとても嬉しいです。
連載します。副題が無くなっただけの同タイトルです。