人間の国では欲しいものが買えない。
少しずつ経済の話にしていきたい
人間の国では……他の国ではどうか分からないが、このワルドという国では魔族の嗜好品、特に食料品の類はあまり自由に購入できないらしい。
大きなものはないし、取り扱っている量も極端なまでに少ない。もしかして人間という生き物は小食なのだろうか。とはいえ、ここで嗜好品を何もかも諦めてしまおうというつもりにはならない。俺達は学生、まだまだ世間を学ぶべく我儘を通してもいい年齢だと思う。魔族にとっての年齢は人間のものとは違う意味を持ったりするものだが、今はそれほど関係ないだろう。
魔族の娯楽は少ない。立体チェスは頭を使うし、戦略の得意不得意も大きい。あれができることが金銭的にも知能的にもステータスになるため、一時期は立体チェスができるかどうかというのが魔族の条件になっていたこともある。金銭的な面での不具合があったので、その次の審査のときにはなくなってしまったらしいのだが……それでも、魔族の学力向上、ひいては学校の創設に大きな影響を及ぼしたらしい。
そう考えると、俺がこうして人間の国にいることへも影響しているのか。
いや、そう考えている場合ではない。娯楽品を探しているのだ。食料品以外の娯楽、といえばどんなものがあるだろうか。
調べていてもこういったものはうまくいかないことも多い。と思ったが。
「活動写真……?」
なんでも絵や写真を高速で入れ替えることによって、現実の風景のような光景を映し出すものがあるらしい。客が最低20から30人ほど集まると公開開始して、拘束時間は最短のものが10分程度らしい。一定時間人が集まらなければ金額を返却して再宣伝、といった感じ。
そのための資金だが……龍魔石は一般には十分には出回っていないらしく、硬貨としての取引ではなく、龍魔石の買い取りという形になった結果……大判2枚がパルロ3世銀貨22枚と銅貨3枚に化けた。相場の1.7倍くらいだろうか?
そう考えて硬貨相場をあとで調べたら、おおよそ20倍近くなっていた。ちょっとこれはどうなんだろうか。……俺が気にしても仕方ないことか。
活動写真とやらの料金は、銅貨7枚。銀貨1枚でおつりが返ってくるところは良いのか悪いのかはよくわからないが、売っていた食料品などと比べるとそれなりに割高なんじゃないだろうか? 果物と梱包ビスケットのセットが4個1組で銅貨1枚なので、5.6日分の食費と同じ、あるいはそれ以上になる計算だ。まあ、実際は昼夜でも違うものになるから、もう少しかかるのかもしれないが。
放映内容は3種類。
1つ目はかつての人と魔族の戦争の悲惨さを撮影したもの。これに関しては動くシーンは殆どなく資料として映し出されるもので、上映は今日で終わり資料館に返還されるらしい。
2つ目は演劇。砂漠の国のドワーフ王女が恋をしたが、エルフとは種族も住環境も違い、さらには戦争中であったために大きな騒動に、という話。こちらの放映時間は長く3時間程だという。
3つ目は絵を……正確には絵の写真を連続で入れ替えて動いているように見せるというもの。こちらの国では魔王国にあったような薄い紙はまだ作られておらず、自由に絵を描くにはそれなりに大金が必要であるはずなのだが。絵画師を集め大金を出して完成させたものらしい。拘束時間は10分、物語としては、御伽噺の冒険者が伝説の英雄になるまでの話に、改変を重ねて作った話の1話目、続編が出るかどうかは売り上げにかかっているとの話。
どのようなものなのかを体験するものとしてみるのならば、3つ目の物語を見るのが良いのだろうが、ひょっとしてもったいないのではないのだろうか? という学生の金銭的感覚では演劇の放映を見たほうが良いような気がする……と考えたところで、映写される演劇よりも、本物の演劇を見たほうが良いのではないかという気もした。戦争については記憶の一部を継承しているので、まあ正直視点が変わるだけだ。悲惨なモノでしかないか、あるいは偏ったものだろう。
ということで、3つ目の放映を見ることに。他の皆はといえば、レッドウィング=スターは人間の女の子をお茶に誘っている。なるほど、そういった楽しみ方もあるのか。
外見上は同性であるわけだが。
リンは俺と一緒に観賞へ向かってくれる。タマはどれの内容にも興味が持てなかったらしく、カジノとやらに向かっていった。
ツブサはどうするかと考えた後に、表情の読み方を勉強したい、という理由でタマと一緒にカジノへ向かった。
「ふたりっきり。だね?」
リンは俺にそんなことを言ったのだが、他に客もいるしそんなことは無いと思う。
15分ほど待機していた結果、上映を始めることができる人数が集まったのでそれを見ることに。
音声は別に撮ったものを同時に再生するというものらしく、絡繰道具によって音を刻んだ板から再び音を流しているらしい。
このあたりの技術は魔王国の方には無いものだ。あとで仕組みを調べられるだろうか。
物語の方に関しては、まあありきたりな英雄譚なのだろうか? 人間の方の御伽噺の知識はあまり仕入れていなかったが、それほどおかしな物語ではないんじゃないだろうか。ただ、もともとは悪い魔王を倒すという物語であったが、現代には沿わない故に改変した……と説明がある。
魔王を倒さなくなったとして、何を倒す物語になるのだろうか。
時代の変化というのはどうなるか分からないものだが、今こうして人間の国へ留学できるような状況というのは、やっぱりいい時代になったんじゃないだろうか。
まあ、俺自身は10年とすこししか生きていないのでうまく言えないのだが。
しかし、娯楽としては結構いいものなのかもしれないが、時間潰しという面では別のものを選んだほうが良いのかもしれない。開始を待つ時間の方が長かったのだし。
観光でもしてくれ、と言われても観光先など……となったところで、レッドウィング=スターの真似をして喫茶店や料理屋に向かえばいいか。
別に量を食べることが出来なくても、雰囲気を楽しむという事ならばいいだろうか。
大判も交換相場の20倍近くになってしまったわけだし、多少高くても気にしなくていいか。単純に金銭もので量を買うこともできるだろう。
「賑やかではあるが、うるさいとは感じないな。活気があって心地よい」
魔王国でも気配がないわけではないが、向こうの喧騒は個人的には苦手である。
「そう? 私は向こうの方が好きね。どこかで誰かが値切り交渉をしていたり、あるいは賭けチェスをしていたり。こっちのが嫌いという訳ではないのだけれど、ね」
単純にこちらを知ることができていないから向こうの方が好きなんだ、と彼女は付け加えた。
レッドウィング=スターを見かけることは無かったが……まあ、集合時間までには戻ってくるだろう。
===******===
少なくともこのゲームをしている間は、人間の表情を読むというのは思っていたよりも難易度が高いらしい。このカードゲームでは一喜一憂を表情に出さないことを慣れた人間ばかりだったからだ。という事は、このゲームの中で表情を読むことになれれば、他では十分に通用する、と考えている。
「ううん……」
とはいえカードの手札に悩んでいる私にとっては、表情を読む余裕など殆どなかった。相方としてカジノに来たタマの方に頼ればその限りではないのだろうが、『自分が手出しをしては面白くないだろう』とのことで別行動と相成った。
ルール自体は覚えることは容易だったが、単純に私の手札運というものがないらしい。幸運というものが可視化できたとしたら、きっと他の人妖と比べて極めて低い数字になるんじゃないだろうか?
まあ、技能や能力を可視化、数値化できるなんて御伽噺でも聞いたことがないのだが。
でもまあ、比べるという事はできる。
最弱の組み合わせですら一度も揃わないなんてことは、イカサマされているか極限まで運が悪いかのどちらかでもない限りあり得ないだろう。
私の視力ではイカサマは確認できなかった。ディーラー? とやらも店の人間であるし、イカサマの可能性は低いだろう。ないとは言い切れないのだが……。
このゲームでは、表情を読むだけではなく読ませることも大事だ、と分かった。つまり、私のするべきことは。
「よしっ……」
ブラフである。私の声に反応してテーブルにいる人間達がこちらを見る。
私が浮かべる表情は、勝利を確信するようなそれ。ゲームを始める前に別のテーブルで人間が浮かべていたものを真似たものだ。
結果は……まあ、想像してもらえると嬉しい。留学生が賭けなんてしていた、なんて話になっては問題だ。まあ、あまり極端な結末ではなかった、とだけ言っておこう。
タマのほうは馬の競争で賭けをやっていたようだが……あれは、実際に馬が走っている様子はないんじゃないだろうか。別の場所で台本が読み上げられて、さらにそれを賭場にいるあの男が繰り返しているだけだ。
「ああいうのは空気を感じるのがいいんだよ」
「うわびっくりした、え?」
「その表情、悪くないね。向こうにいる私はガヤ入れのための分身だよ。8パターン程の反応を入れてある。あいつらが気付かないうちに引っ込ませるさ」
「あんまりそういう術は使わないって言ってなかった?」
「あのくらいなら揺り戻しも小さいさ。単純な揺り戻しの量なら、あの回復術師の学生の方が危険だよ。あの子は私よりも悲惨な人生を歩む可能性があるね」
「へえ……それを教えたりは?」
「してないよ。だって、そうならなかったら私は200年以上先までいる友人を一人失うことになるじゃないか」
「相当悪趣味だね、タマは。友人には幸せになってほしいものじゃないの?」
「否定はしないよ。だけどあの子とはまだ友達になれていないからね。あの皇子とドットブックの距離感の方がおかしいのさ」
「あなた、碌な死に方しないわ」
「1度だってマトモな死に方をしたことはないよ。前回はワイバーンの羽ばたきが起こした風の刃で身体が16に分割されたんだったかな?」
「冗談、あなた生きてるでしょう」
「さて、どうだか」
そんな冗談を交わしつつ外に出ると、ドットブックとリン、それからレッドウィング=スターが喫茶店にいるのを見かけた。
私たちは今日の自慢、あるいは失敗談を語る彼らのいる席に向かっていった。
留学初日時点でのレート、すべて同価値。
()の内側は同名銅貨との交換枚数。銀貨5(25)とあれば、銀貨5枚が銅貨25枚ぶんということ。基本的に銀貨と銅貨の名称は同じだが、いくつか例外もある。
ドワーフアル銀貨3(42)
ルキ銀貨81(891)
ツミゴ銀貨26(104)
大判26枚(小判182)
パルロ3世銀貨19(152)
ドワーフ統合国硬貨1(統合国小貨7)
ルド銀貨30(20)
偽ドワーフアル銀貨5(15)
クロ銀貨14(84)
ルド銀貨と銅貨は価値が逆転している。
偽ドワーフアル銀貨は広範囲で流通しているため流通硬貨としての価値を認められている。