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魔王国では買い物が難しい。

 この世界にはいくつもの国がある。魔王国というものは1つしかないが、自治を行っているような魔族の集団はいくらか存在するし、人間の国もその数は両手では収まらない。エルフやドワーフの国もそれほど多くはないがいくつか存在する。


 問題なのはその国の数ではなく、そのうち20近い国々がそれぞれ独自の通貨を発行している、ということだ。レートはそう頻繁に変わったりはしないが、経済的不安や戦争、金属含有率の変動などで変わることも少なくはない。他国の硬貨も使えるだろうが、個人経営の店では拒否されることもないとは言い切れないし、両替商なんていう職業が成立するくらいには硬貨の種類は多く、レートも多すぎると言えよう。

 両替とは即ち硬貨を別の硬貨で購入することである。大型商業組合でもなければ金貨数十枚を使った取引なんてまずありえないのだ。

 銀貨10枚が即ち金貨1枚に両替されるなんてことはまずないし、銀貨同士でも価値が変わる。極端なところでは、ドワーフアル銀貨1枚が、手数料を差し引いたうえでルキ銀貨27枚に両替されるだとか、そのルキ銀貨の価値がドワーフアル銅貨2枚になってしまうとか。

 ドワーフアル銅貨が頻繁に使われるいくつかの国ではルキを含めた4種類の銅貨は殆ど価値を持たないなんてこともあるし、逆にドワーフアル硬貨は価値が大きくて使えない、という事もある。複数の国の硬貨が使える店では、当然複数種類の硬貨に関しての値札が提示されているし、店側の事情で硬貨による取引を断るのはよくあることだ。飲食店などでは『どこの硬貨が使えるか』という確認はほぼ必須であろう。


 なので、今回ここで起きている問題そのものは決して珍しいものではない。とその時には念押しをした。

 魔王国について初日。学業が再開される2日前に準備や調査をしよう、と護衛付きで露店市に向かった人間の学生たちが遭遇した問題。


 どの店でも、硬貨として龍魔石しか取り扱っていない、ということ。両替そのもの、つまり龍魔石を購入することはできたので、とりあえずの解決はできたのだが。


 魔王国では、龍魔石以外の硬貨がほぼ使用不可能という点。

 魔王城に備え付けられている土産物屋以外に観光客が訪れることは無く、また、出歩いて買い物しようと思う金持ちはいなかったがために、今まで問題にもなっていなかったのだが……


「私たちが城には入れて、そこで買い物をできる可能性は?」

「上と相談してはみますが、結論は早くても3日後になるでしょうね」

「なら、買い物ができたとしても9日後になる訳か。学生の身だから学業が優先」

「そもそも俺たちは魔族学生に対して、人間の見本になるのだぞ? あまりさぼったりするわけにもいくまい」


 6級の龍魔石は形成され、2種類の大きさに分類される。その欠片は下級の龍魔石として扱われ、形成された2種類はこの国における通貨として扱われる。破壊することは別に何かしらの罪に問われたりすることは無いが、労力を考えれば粉砕した、あるいは下級の龍魔石を購入したほうが早いだろう。


 硬貨に加工された龍魔石は大判と小判に分けられ、大判1枚で小判7枚分の価値、というのが国内レートらしい。重量で考えると小判7枚の方がいくらか重くなる。

 セレス・ルートの曰く、「店を少し見て回った限りでは大判1枚がツミゴ銀貨1枚分と大体同じ」と言っていたが、彼らが持っていたのはツミゴ硬貨ではなく、ワルドのパルロ3世銀貨と銅貨である。

 留学期間中における両替レートといえば、ツミゴ銀貨13枚=パルロ3世銀貨9枚と銅貨4枚、とのこと。手数料として店側が少しだけ取ることになり、この場での価格は大判13枚に対しパルロ3世銀貨9枚と銅貨8枚、即ち銀貨10枚である。全員が買い物のためにいくらか資金を持ってきていたので、それぞれが思い思いの枚数を大判と小判に交換していった。滞在中にすべて使い切らない可能性もあるが、全財産を持ってきているわけでもないのでおおよそすべて交換してしまおう、という判断になった。

 龍魔石取引をしてくれた魔族は幸いにして人間の国との取引をある程度担当していたので、交換の方で変な問題が起きることは無かった。


 それでも多少時間がかかってしまったので、買い物できる時間はあまりない……と思ったのだが。種族ごとに活動時間が違うものも多く、店員が入れ替わり営業が続いていた。


「紙ってこんなに薄くなるのか? 羊皮紙じゃないのか? 植物? ……こんなに安いのに正気で言ってる?」


「これはどういう理屈で……燃料に龍魔石を使って噴出させてる? 火を使った実験がどこででもできるのね……」


「この包帯はなかなかいいものですね、丈夫なのに軽い。え? 魔法で回復できるからと言っても、呪いの傷は解呪していると間に合わないこともありますから、こういうのは大事なんですよ」


「女子は買い物好きですねぇ」

「確かに。とはいってもあの子達の買うものは女の子の好むようなものというよりも職業病みたいなものだと思うが」

「なんで声が小さいんですか」

「俺だって空気が読めないわけではないのでな。袋叩きにはあいたくない」

「両替しちまいましたけど、どうします?」

「夜食と……そうだな、3人には女子らしいアクセサリーでも贈ってみようじゃないか。正直趣味に合うかとか喜ばれるかどうかも判らんが、そういうチャレンジ精神も生きていく上では重要だ」

「果物と肉でいいですかね」

「良いな、なるべく高いやつを頼むよ」

「財布と相談させてください」


 5人はそれぞれ少しずつ離れた位置で買い物をしていた。護衛は目を閉じていても全員を目視することができたが、さすがに移動は一瞬とはいかないので少し纏まってほしかった、とあとから聞いた。 




===******===




 路地裏に目が行った。誰か人……魔族が通ったような気がしたからだ。建物と建物の間。通りに面したわずかな隙間から向こう側。もし建物に裏口などがあったらその細い通りに出れるであろう、という感じの場所だ。レンガ製、あるいは石造りの建築物同士の間。

 見間違いだったのだろうか?

 護衛の人は見ているといったし、その隙間に入っても問題ないだろう。幸いにして、俺は5人の中では比較的腕が立つのだし、自力で逃げ出すくらいはできるだろう。


「……見間違い、ではないよな」

 内側の通りには窓も扉もなく、左右には圧迫感を感じるほどの大きな壁がある。ところどころに俺が今通ったような抜けられる隙間があり、徒歩による抜け道のような場所になっているようだ。洗濯はどうなっているのだろうか、と一瞬悩んだが、おそらく中庭や屋上で干しているのだろう。

 もしかしたら屋内に何かしらの道具があるのかもしれない。


 と、思考が逸れた。俺は考えてから行動するよりも、行動してから考えるほうが良いのだ。俺が起こした極端な蛮行といえば、山賊に襲われている商団と護衛、服装で区別がつかず両方纏めて殴り倒したというものだ。冒険者に制服があるわけでもなく、というやつだ。


 周囲を見回し、人の気配を探る。……人ではなく魔族か。念のために後方も確認してみたりはしてみたが、目視できる範囲にはいなかった。

「見間違いだったのか……?」

 誰かの幻術や視界干渉かとも考えたが、ピンポイントで俺を狙う理由もないだろう。無差別に見せて釣れたものに対して強盗を仕掛けるという可能性もなくはないが、何も誰も出てこないので可能性は低い。

 そう考えて、考えても判らないかとすぐに結論を出し、軽く息を吐きながら上を見る。


 そこに、いた。


 おそらく、外の通りからはぎりぎり見えない高さ。恐らくだが、俺が見たときも気付けなかっただけですでに滑空していたのだろう。


 3人の、飛行している魔族の影。ハーピィと、ガルーダ。それから魔術、あるいは何かの魔道具を使っている、上半身が人型、腰から下がムカデになっているように見える……なんという種族だろう? 俺が見た陰は、体格的にハーピィのものだったのだろう。


 こちらからは手出しできないし、暴力沙汰を起こすわけにもいかない。


 そう考えて振り返り、裏路地と表通りをつなぐ細いその道にあるごみ箱を、


 思い切り蹴り飛ばす。

「あっ!」

 わざと大きな声で、飛んでいる連中に聞こえるようにする。見ていたと気づかせるために、彼らの方を見る。さてどういった反応だろうか。

「ちっ」

 誰かは分からないが舌打ちする音が聞こえ、3人ともが違う方向へ飛んで行った。全員どころか、1人だけでも追いかけるのは難しそうだ。結局何を話しているかは分からなかったし、落とし物もなかった。追跡しようにも、足跡もないので難しいだろう。一応護衛の人に伝えておくくらいはしたほうが良いか。


 結局、まだリンゴのような果物が数個しか買えていない。アクセサリーも肉も、それから飲み物も買っていない。

 こっちの方ではよくあることかも知れなかったのだけれども、こういったのも文化交流だったのだ、という適当な言い訳を自分にして買い物に戻るとしよう。


 通貨の事、なにやら興味深いこと。いろいろあって、魔王国では買い物がなかなか捗らない。異文化交流というものは、いろいろな方向に興味が向いてしまう。こちらの学校生活ではこれどころではなさそうだ、と考え、肉を販売してくれそうな露店を探しに向かった。


 まったく、買い物をするというのはこうも難易度が高いことだっただろうか。


 持ち手のついた、武器になりそうなくらいに大きな生ハムが売っていた。人間の国では小分け……といっても十分大きいが、分けられているものばかりで加工直後のカタチのままのものはほとんど見なかった。というのも生ハムは加工にそれなりの手間がかかり、少し高めの食品に分類されるからだ。


 魔族は、種族による偏食が大きかったりする。人間の好き嫌いとはくらべものに出来ないほどに、である。なので、特定の種類の食べ物……野菜、肉、無機物、鉱石など、人間とは違い同一種類が大量に必要になる、という事だ。

 なのでまあ、大きなものが多く販売されているというのはこちらでは常識なのだろう。果物の方は量の調節はしやすかったのだが、このあたりはそれほど考えなくてもいいか。

 重くはない、が、なかなか体積が大きくてなかなか持ち運びにくい。

 皇子の方にこちらを頼めばよかったのかもしれないが、無いものねだりをしてもどうしようもない。

 少しばかり時間をかけて護衛魔族の場所まで戻ったが、まだ誰も戻ってきていなかった。

 一応、裏通りで見かけた3人の魔族の事を伝えておく。

「あー、可能ならその場に留めておけるようにしてくれたらありがたい。事情聴取などもしたいのでな」

「分かりました。荷物を見ていて貰っても?」

「できればそちらで持っていて欲しいのだが」

 やはり、魔王国での買い物は難しい。

 

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