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人の国へと向かう船

はっぴばーすでーとぅーみー。

食文化というのは、思いの外多様であるようだ。

タマは知っていて演技をしたのか、それとも本当に知らなかったのか……あの妖がそう言った何某かを知らないとは思えないが、まあ聞くことでもあるまい。

船にいる間の暇つぶしはどうしたものか、と考えていたが、リンが、暇なら楽器をやら(つかってくれ)ないかとの提案を貰った。勿論断る理由もない。

 リンの付喪神、楽器としての正体はハンドベル一組。半音階を含めて2オクターブ分で、それぞれが体の部位に対応した感覚を持つらしい。

 他のメンバーも誘ってみたが、タマはそもそも見つからず、ツブサとレッドウィング=スターは、『誘われたのは君だからついていくのは野暮だ』ということで、今は人間社会の方に関して調べ物……乗組員に対するインタビューなどをしているらしい。

 まあ、リンから声をかけたのは俺だけ、秘密の話でもあるのかもしれないし、他の妖は、今回は誘わなくてもいいか。


 2オクターブあるハンドベルといっても、そもそも俺の実力はあまり良いとは言えない。ここ何年かさぼっていたからだ。最近リンに声を掛けられるので、こうやって使わせてもらったりするが。

 なぜリンが頻繁に声をかけてくるかといえば、もともとリンが俺の家の持ち物で、俺が産まれたときに上の兄からの贈り物として渡されたものだからだ。家にいた期間でいえばだいたい同じで、最近妖としての力や人化を覚えた、言ってしまえば妹のようなものだと思っている。知識に関しては俺が産まれる前から蓄えられていたので、もしかしたら姉かも知れないが。

 本人には妹や弟ではなく召使いであるべきだ、とそっけない対応を取られたが、親父も娘のように可愛がっているし気にすることではないだろう。二人の兄は俺が産まれる前に就職してしまったので、兄弟のやり取りというものを体験していない。そういう意味でも、俺としては妹であったほうがありがたい。まあ、本人にはそういった気持ちをまだ伝えられていないのだが。


 リンがついてきたのは親父が何か工作したりしたわけではなく、単純にリンの学力だ。留学が楽しそうだ、と広告の前で呟いたところ、「じゃあ私も行きます」と隣にいたリンが言った。どちらかというと俺の学力の方が問題ありだったのかもしれない。


 しばらくぶりにリン(ハンドベル)を鳴らす。楽器本人からアドバイスをもらえるというのは、結構な得難い体験であると思う。付喪神という存在は伝承には多数存在しているが、実際に見かけるかと問われれば、今魔王国にはリンの他には4人しかいない……つまり、まったくと言って良い程に見かけない存在だ。魔王国の住民の数は150万とも200万ともいわれているが、付喪神という存在はあまりにも少ない。名の由来は、それこそある時代において神のように崇められていたことがある、という事由からだ。

 魔王国の住民は、龍、及びそれの支族にあたる種族が35万と最も多く、その次に多いのがタマがいる妖獣で25万。吸血種は、レッドウィング=スターのような『羽持ち』やツブサのような『蛇型』を合わせても15万程度。数が少ないものにはその一族しかいない固有魔族もいるにはいるのだが、『分類できるのに5人しかいない』、『しかもそれらが家族や血族ではない』というのは付喪神だけだろう。


 まあ、何が言いたいかというと。

 リンには俺という兄弟がいなければ天涯孤独の身になってしまう、と。少なくとも、俺はそうだと思っているという事だ。


 付喪神の道具としての性能は、本来あったはずの老朽化がなくなっているという点以外では、もともとのものと大差がない。ただし魔法具や魔道具が付喪神になった場合、利用に関する制限がなくなる……自身が自身の能力を行使できるので、術者の魔力に依存するようなものだったり、あるいは年齢や性別などの制限を受けない、あるいは変更させることもできる。

 残念なのか幸いなのか俺には判断はつかないが、リン自身は手入れに拘らなくても大丈夫な楽器、といった程度のものだ。

 もっとも、使ったあとはしっかり磨いてほしいらしいが。魔石研磨剤まで持ち出してきたときは少しばかり驚いた。4級の魔石を粉砕した最高ラインの研磨剤で、どこからそんな費用が出てきたのかとか、そんなに高いものを俺に使わせるのかとか、まあ色々言いたいことはあったが結局は使うことになった。

 体の表面どころか内臓1つ1つまで磨いているようなものなのだろうか、これは。


 1通りの曲……といっても練習曲ではあるが通し、何か1つくらいはまともに演奏できるようにしておいたほうが将来役に立つと言われ……気が付いたら4時間ほど経過していた。




 ツブサはレッドウィング=スターによるマナー講座を受けていた。とはいっても、簡単なフォークやナイフの使い方の復習と、それから挨拶の言葉。とはいっても本当に簡単なもので、短い留学期間ならばぼろが出ることはないだろう。

 魔族は基本的に氏名を持たないが、人間はどんな身分のものでも本人の名前と、先祖から引き継ぐ名前を持つ。

 これから向かう方の人間の国では、本人から許可を貰わない限りはなるべく引き継ぐ名前……氏名で呼び、信頼の証として本人から名前で呼ぶことを許可される……というものになっている。

 引き継ぐ名前がある場合でもフルネームで呼ぶことが常識となっている魔族とは、そのあたりが食い違っているということ……フルネームで呼ぶときは、同じ、あるいは類似した氏名を持つ人が複数いる場合に区別として呼ぶ場合もある。まあ留学中は氏名で呼んでおけば問題ないだろう、とのこと。


 例外に関しては自分に聞くように、とレッドウィング=スターは言うが、例外というものは対処できる人がそばにいないときに起きるのが常なのでは、とツブサは思案していた。

 留学というのは例外ばかりしかないのだ。不快に思われなければ御の字であると考えるようにしよう、という結論にたどりついたのだった。




===******===




 タマは地上を見下ろす。飛行船の上、文字通り船の上からだ。端にいくと多少風が強く感じたが、彼女がわざと落ちようとでもしない限りは落下することは無いだろうし、落下しても彼女ならついていけるだろう。

 緩衝地帯はまだ過ぎてはいないが、地に足をつけず移動することは容易だ。

 まあ、今回は留学。平和のためと魔王国の進展のための行動なのだ。

 ワイバーンがいたときはあいつらが警戒してしまうことを考慮して外に行くという行動はとれなかったが、今ならば少しは楽しめそうだ。

 昼食まではまだまだ時間がある。白い布床と、青い空の温かさに挟まれて昼寝するのも悪くはないんじゃないだろうか。

「寒い!?」

 無防備に寝転んだ瞬間……つまり魔力や妖力の防衛、転落防止以外の呪術を解除した瞬間、氷点下2度の外気温が彼女を襲った。

「太陽に近いのになぜゆえにこんなに寒いのだ……地上は温かかったはずだぞ……?」

 結論から言うと上空は大気が薄い故の物理的な結果で、今までの彼女が飛行を行う時は彼女自身に複数の防衛術式をかけていたからなのだが、『上空は空気が少ないし風が強いから寒い』なんていうのはまだ詳しく知る人なんていないので、彼女の脳内では謎の気温差だとして片づけられた。

「そもそも空気より軽い空気とはなんだ…それもどっちも空気だろう……?」

 彼女はインタビューと称していくらか聞くことができたが、知識を得ることができるかどうか、と理解ができるかどうか、というのはまた別問題なのだった。

「部屋に戻るか……でもなぁ、せっかくいい天気でワイバーンもいないのになぁ……」

 術で防陣を作れば寒さ程度はどうとでもなってしまう彼女だが、それはどうにも違う、と考えて、結局寒さに耐えきれず飛行船内に戻ることにした。

「気分転換になると思ったんだが、まあ仕方ないか」

 出入口も通路も、梯子の類も存在しない飛行船の上部から、フッと姿を消して船内に戻っていった。

「もうすぐ昼食とやらの時間か。人間の食事は魔族のものとは結構違うものだし、どんなものが楽しめるのやら」

 彼女は軽く息を吐いて伸びをして、自分でも気づかぬ間に充てられた部屋に戻っていた。

「もう少し、いろいろ調べてみるか」

 部屋から出たところ休憩中の船員に遭遇したので、もうすこしばかりインタビューをしてみよう、と声をかけた。

 空気より軽い空気とやらの説明を受けようと考えていたが、理解する前に昼食への呼び出しがかかってしまった。

「じゃあ、あとで。今度はそっちの国の話も聞かせてくれよ」

「ああ、知っている範囲で問題ない範囲ならば」

 手を振り応えると、船員は休憩時間を終え船室に向かい、彼女(タマ)は食堂へと歩みを進めた


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