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気を抜いて、気が抜けなくて。

そういえば今月30日に、なろうに投稿開始してから1年が経ちます。こんな駄文でもなんだかんだで読んでくれる皆さんにお礼を申し上げます。

インフレの方はそのうち修正して投稿することを考えています。

 はて、この現状はなんだろう。明日の授業に備えて寝ておくなり勉強しておくなり、取れる選択肢は多数ある状況なのだが。授業前に話せる相手ができることを喜んでいた自分を止めてやりたい。さっさと部屋に戻るべきだと忠告してやりたい。

 俺達の『捕虜』になったと主張するニーニャ=ロンズは、狐の獣人。構造的にも技能的に考えても猫の要素は欠片も存在しない。

 人間の国でたまにある、『自分は伝説の勇者の産まれかわりで云々』という発作と似たようなものだろう、と思う。勇者は転生の儀を行っていた、という伝承もあるため、可能性が完全にないわけではないのだが……少なくとも、現代においてそれは嘘だ。


 俺の右後ろにいる男が転生した勇者の正体だからだ。


 魔王国においてそういった『発作的な思い込み』があるというのは、予想外というべきか、それともどこの子供も考えることが同じというべきか。まあ深く言及するのはやめておこう、誰しもそういった過去があるのだ。

 ちなみに猫であるのは、一番有名な妖狐がまだ生きている故に生まれ変わりを名乗れるはずもなく、また、獣人と妖獣という種族は根本が別物であるということらしい。

 いや、せめて狐獣人を名乗れよ。なんで猫なんだ。

「なんで伝説の魔王とかの設定にしなかったの?」

 リズが口を挟む。

「設定とかいうなッ……いやだって、私は武闘派ではないのだし、私が偉業を知っているような武闘派ではない魔王は全員生存している……」

 目が泳いでいる。

「まあ、本当に前世かなんて言うのはどっちでもいいんだ。それがお前の実力である、と自信をもって胸を張って言えるのなら、な」

 なぜ猫目なのかは気にすることではないと思うが、ニーニャ=ロンズは自分に自信が持てないのだ。ここに来る前の俺と似たような状況にあるのかもしれない。

「思春期のガキの悩みなんて、誰だって同じようなものだと思う。自分は優れてると思いたいし、したいことができないと不安になる。誰だってずっと不安を抱えて、その不安と向き合って。その不安を武器に変えて、生きていくんだよ」

 ニーニャ=ロンズの年齢は聞いてはいないが、精神年齢でいえば俺よりも若干幼いだろう。年下のきょうだいがいたら、あるいはそのきょうだいが友人を連れてきたらこんな感覚になるのだろうか。

「君は出席をもう少し増やすべきだと思うのだよ。君が四六時中スパイ活動をしていることに対しては静かになるならば別に構わないんだ。別にな。でもルームメイトが留年したら……しかも、君が留年したら。君の親にも先生にもイヤミを言われる未来しか見えないんだよ」

「私だってなぁこの国の未来を」

「俺は今日お前にあったばかりだが、自分の未来を考えるべきだと思うぞ」

 ガート・メディテラが口を挟む。

「俺だって決して頭がいいわけではないが、優秀だと言ってもらえるだけの技能がある。うまくは言えないが、自分に誇れる何かを自分の中に作っておくといい」

 彼は勇者の転生者である。けれど、勇者としての技能をほぼすべて封印している。

 疲労を感じず病気にならない、という点以外では完全に一般人と同じだ。詳しいことは本人に聞いたほうが早いだろうが……筋力も魔術の類の才能も、完全に本人のものである。疲労を度外視した訓練と学習により、今の才能を得ている。

「わたしには、そういうのはよくわからないな。大体のことは、『どんなに頑張っても他人の8割程度』で終わっちゃうから」

 演技のような、あるいは気張ったような口調をやめて、ニーニャ=ロンズは呟いた。

「だったら」

「ルームメイトにも言われたしスパイにも言われてしまったし! 私はまずは、国の未来の敵よりも自分の未来を捕まえるべきだね! 私にだって何かしらあるはずだもの! 私の『猫の目』も見つけてくれるはずだッ」

 そう言って出席登録板の方に走っていった。

 普段の俺がやっているようなしゃべり方に似ているような気がしたが、あれは意識してやっているものではなくて素なんだろう。


 なぜ俺が俺自身を止めるべきだったと考えているかというと、彼女が登録版に向かうまでに3時間以上かかっており、セレス、メグ、リズの3人衆は途中で寝てしまっていたからだ。

「おーい人間、私の授業登録のほう、一緒に見てくれないかー?」

 これはまだ数時間眠れそうにない気がするな。まあ、悪いことではないだろう。考えなおしてから、彼女の協力をすることにした。

「ガート、3人のことを頼んだ!」

「任せてくれ」

 適当に頼んでおいて大丈夫だろう。さすがに喧嘩は起きないと思いたい。




===******===




「頼られるっていうのは大変なことよね?」

 リズが顔を上げてこちらに告げる。寝たふりをしていたのか。

「起きていたなら話に混ざればよかったのでは?」

 シルト=スクエアが注文板を操作して、料理をいくつか頼みながらこちらに伺ってくる。

「私は本当に、今の今まで寝ていたのよ。学校の外から、あなたに対して良くない視線を向けている人がいたから」

 一応、皇子の友人であり、俺自身もそれなりの実力があり……彼の護衛を頼まれたことも何度かあるので、そういった敵意には敏感だ、と自分では思っていたし、おそらく学校でも俺より敏感な人は遺跡探索の常連で、探索していない時期がないと言われるくらいの有名人である先輩達2人組くらいだと思っていたのだが。

「……心当たりがないわけではないが。俺は気付けなかったし、言われても判らないままだ」

「なんでわかった、っていう顔してる。蛞蝓に這われたような、という表現があったかしら」

「獣人の方には、『蜘蛛糸が絡みついたような顔』っていう表現があるかしら」

 数百年単位で交流がなかったのに表現程度しか違うものがない、というのはなかなかな奇跡だと思う。まあそれは後で考えるとして。

「そりゃあそうだろう、自分に対して向けられている敵意なら判別する自信があったのに、君は自分に向けられた訳でもないそれを察知した」

 幸いにして俺が護衛をした時は襲撃はなかったが、それでも狙撃師による狙うような視線を感じたことがある。伝達魔術を扱える人に中継してもらい、魔術か弓術か、それともほかの何かかどうかは分からなかったが、俺が手を出すまでもなく排除されていた。

「単純な敵意だったらあなたも気付いたと思うけど、ただの監視だからね。治療するうえでは相手の感覚を把握する必要もあったし、治せるってことは、依頼してきた側を疎んでいる相手から狙われるってこともあるし……こっちなら装う必要も無いわけだし」

 敏感なの、と彼女は呟いた。

「……ひとまず、伝えてくれてありがとう。場所は……いいか。今のところは監視してきているだけのようだし」

 シルト=スクエアの注文が来る前に、俺の方も料理を……ベーコンの盛り合わせを注文する。リズしか気づいておらず、他の学生も、あるいは学校側からも何も言ってこないならば、気付くのは逆に良くないだろう。雑談を続け場を繋ぐためには何か食べて誤魔化してもいい。

「守られるべきは私達じゃなくてガートの方かも」

「寂しいことを言ってくれるな。俺が守られる状況では、俺の力は発揮できないだろう」

 俺は武力……戦闘的な魔術こそ使えないが、剣も槍も戦斧も、弓だってそれなりに使える。

 学力の方は一緒に来た4人に比べれば多少低いが、それでも他の学生よりは時間が取れたので、こうやって留学に来れるくらいには問題なくできていると考えていいだろう。

「そういう事じゃないよ。あなたが活躍しなければいけないような状況から、あなたを守るの」

「おい、それは私の揚げ芋だぞ」

 リズがシルト=スクエアの注文した厚切りの揚げ芋に手を伸ばしながら言う。

「さすが揚げたて。火傷しちゃう」

「じゃあ手を出すのをやめて欲しいのだけれど。注文してあげるから」

「ふむん」

 リズは鼻息を立てて少しだけ腕を伸ばす目の前にある芋を諦めていないようだ。その手の指先にはもう火傷の跡はない。どの属性か分からないが、おそらく自分の火傷を治癒させたのだろう。

「その程度の火傷に治癒を使うのか? 放っておけば治るし、それほど問題ないとも思えるが」

「自動治癒で、特に何もしなくても治っちゃうの」

 自分の方に芋を寄せて確保しようとしながら質問するシルト=スクエアに手を叩かれながらも、リズは質問に応じる。さすがにもう目の前の芋は諦めてくれ。

「君なら、不死だって完成させてしまいそうだよな」

 俺は自分が注文したベーコンを受け取りながら、リズの方に言ってみる。半ば冗談のつもりであったが、彼女は頷いた。……ベーコンの量が予想していたよりも多かった。食べきれるとは思うが、脂分がきつそうだ。

「蘇生だってそのうち成功させたいけど……まあ、そっちの方もいろいろ考えることはあるかな。魔族の身体を徹底的に調べたりできたら、もしかしたら不死が達成できるかも、とは考えているけど……まあ、成功して、完成させたところで、表向きには達成できなかったっていうことにしておいたほうが良いかな」

 徹底的に調べるというのは、おそらく倫理的に不可能なことも含めているのだろう。そういう不可能なことを含めたりして、『もしかしたら達成できるかも』なのだ。

「微塵でも可能性があるならあそことかあそことかの金持ちが余計なことをやってくれるだろうから、在学中に適当に論文あげて不可能っていう事にしておくつもりではあるけれど」

 今度は俺のベーコンに視線を向けながらそう言ってくれる。……うん、わけてやらんからな。

「付き合いたくない富豪もそれなりにいるわけですよ、うん」

 具体的な貴族の名前を上げようとしていたのでそれは遠慮してもらう。

「そういえば、いいのか? 俺が活躍するような状況がなくなったら、治癒師の仕事がなくなるぞ」

「減りはすれどもなくなりはしないと思う。事故や病気で駆け込んでくる人はいくらでもいるのだし……原因が減るのは良いことよ」

 まあ、それもそうか。監視してくる連中がどこにいるかは分からないが、すぐに影響はなさそうだし、とりあえずは目の前のベーコンを食べきることを考えなければ。


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