魔王城観光ツアー
インフレが詰まったので新作です。
長くても40話くらいで話を畳む予定ですが、伸びる可能性もあります。
時代は変わったものだ、と思う。我が国……つまり魔王国の、しかも王城に人間の観光客団体が来るなどということは、先々代王、つまり祖父の時代からしてみれば考えられないことだった。父や自分は運が良かったと言えるのかもしれない。
とはいえ、父は熱気収まらぬ軍部を抑え込んだり、あるいは平和条約、経済条約、あるいは交通の確保などといった、慣れない書類作業に追われて体を壊してしまった。今はもう落ち着いているが、すっかり体力は衰えてしまい、かつて俺が憧れていたときのような迫力はなくなってしまった。仕事もしようとしているが、母との時間を多く取るべきだろう。南の人間の国やエルフの国に行って療養してくれと常日頃から言っているのだが。
さて、王たる俺はどんなことをしているかというと、城を観光しにきた西の国の人間たちに対して、挨拶をしているところだ。昔は将軍や大臣などにするものだと教わってきたが、時代の流れというのはどうなるかわからない。
「皆様、よくぞいらっしゃった。私は魔王国『リンクス』21代目魔王、【宝石龍】のチャーリーという。城にいる間は衛兵の指示さえ守っていただければ危険はない。皆様の記憶に残るような体験になれば嬉しい」
人化の術を使い、せいぜいが大男程度の身体に化けた状態で告げる。
毎度何をいうか悩むが、楽しんでいってくれなどと言えるはずもない。観光できるようになってから年数もあまり経っていないし、危険性だって事前告知してある。流石に落書きや暴れたりするほどリラックスするべきだとは思わないが、気楽に過ごしてくれればいいのに、とはたまに考える。
いくつかの機構は魔王と大臣、それから観光客護衛兵にしか使えないようにしてあるが、止めることで城に負担がかかる、というシステムがいくつかある。それを説明し、事故を防ぐための衛兵だ。
衛兵に対していくつかの指示を口頭で告げた後に軽く頭を下げて執務室に戻る。さて、今日は問題がおこらなければいいのだが。
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「では皆様、こちらへどうぞ」
魔王様から直接指示を賜った後、人間達を順番に案内する。人間6人に対し護衛兵が1人つくので、今回の案内では僕を含め5人である。
魔王様から賜った指示というのは、『碧の部屋に行かせないこと』というもの。魔力炉の調子が悪いらしく、技術者以外の何物も入れないように、という事。
「こちらへどうぞ。この空間は『偽造鬼門』と呼ばれるものですが、見ての通り扉などではありません。東の方の国では風水という魔術系統があり、800年ほど前に技術交換をしたそうです。地脈や水脈からエネルギーを貰っているのだとか。この『鬼門』を通して、大地から受け取ったエネルギーを、魔術的エネルギーに変換します。柵の内側、黄色く塗装している場所からは出ないようにしてくださいね?」
ここの案内をするときは、この注意が必要だ。かなりの速度でその力が流れ、安全範囲内にすら嵐の日の突風のような圧力がかかる。
部屋のカタチは円柱を横向きに寝かせたようなものに、それが転がらないように支える横向きのぼうを添えたようなもの……その添えた棒の中が黄色く塗装された安全圏で、その中を歩いて進む感じだ。
「こちらをご覧ください。先日採掘された魔石ですが」
俺はそれを柵の向こう側に軽く投げる。硬度は鉄鉱石程度のもので、価値にしてこの国の平均的な食事1回分程度だ。
魔石が柵を超えた瞬間から見て分かるほどにボロボロになっていき、床にたどり着いた衝撃で塵と消えた。
「これが僕達やあなた達でも起こります。決して手を出さないように」
人間達の表情が硬くなる。人間嫌い達の魔族ならばここで何かを言ったりするのかもしれないが、自分達がそれをすれば減俸である。
まあ、年代的に人間達への反感があるわけでもなし、そんな無意味なことはしない予定だ。
「ここで変換されたエネルギーは龍脈風と呼ばれ、隣の部屋で溶かした岩に混ぜ込まれます。この部屋を通っている間は、例えばバケツから桶に水を注ぐように、勢いがかかっている状態です。この隣の部屋は門に対応する玄関の役目を持っていて、侵入速度を遅くするそうで」
覚えているセリフを説明しているだけで、詳しい理論などは知らない。メンテナンス担当が数人いるが俺には伝手もコネもないし、そもそも守秘義務がどうのとか。実際、理屈を聞かれても権限がありません、で通していく。
「こちらの部屋で、地脈から変換した龍脈風を魔力として利用できるように変換するために溶かした岩に当てます。ああ、僕達は平気ですが熱い方は申し出てください。……こちらをどうぞ、耐熱マントを貸し出します。溶かした岩を組み上げ、上から滝のように流すことで人工魔石となります。見ていてください」
流れる溶かした岩--溶岩ではない。魔力なり火力なりで溶かした岩でないと魔石加工は出来ない--を、黒曜石製の大樽から下に向けて流す。少しでも飛び跳ねたりすれば危険しかないが、そうはならない。
吹き付ける龍脈風が溶かした岩に吸い寄せられるらしく、そのまま透き通った緑色の魔石となって下に落ちる。
先程見本にするために使い捨てた鉱石とは純度も硬度もかなり違う。商品価値だけで考えるのならば、同じ大きさのものでも20倍はあるはずだ。
「こちらは龍魔石と呼ばれます。皆様、こちらへどうぞ。お1つ手に取ってみてください」
人間達を案内する。ベルトコンベアで運ばれた龍魔石が、選別され流れていく。等級は下が第8級から上に第1級までに仕訳けられ、第7級の龍魔石が選別されているルートの前に行く。
第8級は岩を溶かす熱源の燃料に回されるので、流通するのは第7級が最低商品だ。それでも、普通の魔石に比べても質は良い。
「取ったものを見せていただければ、1つだけならばそのまま持ち帰っても構いません。この箱の中に入っている龍魔石の魔力量はほぼ同じですので、お気に召したものを選んでください」
選別される龍魔石は、第4級以下は単純に含有魔力量で分類される。それ以上は魔力量、見た目、重さ、硬度など11の観点から部類分けされる。見た目が綺麗だったり大きかったりするものも魔力が少なければ除外されるので、人間達はお土産品によさそうな龍魔石を各々拾う。
「皆さん、良いですか? 次の区画に向かいますよ」
向かった部屋は、食堂だったり、執務室を歴史資料展示室に改造したものだったり、不正を行った大臣が投獄されている地下牢だったり。あとはここ数年の城下町の風景写真だとか、一部の芸術品展示場。
言ってしまえば複合施設、悪く言えばごった煮のような場所。それが今の魔王城だ。
ちなみにではあるが、一部の施設は昔からあったので、昔からごった煮だったのだろう。
「こちらはお土産屋になります。2時間ほどご自由にお買い物していただけます。観光証明書を見せていただければ、全品2割引きになりますので是非ご利用ください!」
ここに来る者で買い物をするのは観光客しかいないので、2割引きの価格が実質定価であることは秘密である。
===******===
さて、抽選とはいえ魔王城、及び魔王国の観光が始まっているかといえば、単純に魔王国に経済危機が訪れているからである。
現在の魔王国は数十年単位で戦争が起きておらず、所謂軍需というものが縮小していた。
諸外国は魔王国に対して、龍魔石生産国という以上の経済的価値を見ておらず、特にドワーフの国3つはその傾向が顕著だった。技術提供などしてやるものか、といった硬い考えすら感じさせた。
当面は問題ないだろうが、大きな魔物が現れたりした時に山が抉られたり、河が埋め立てられてしまうようなことが起きれば、龍魔石の生産が完全に止まる。偽造鬼門に関しては製作するための技術が完全に遺失しており、何かあった時に応急処置以上の修理ができない。2級以上の龍魔石の蓄えを切り崩せば10年程度ならば現在の生活を維持できるだろうが、2級以上の龍魔石、とはそもそも価値が高く売りに出せないという問題がある。
6等級以下の龍魔石は肥料や燃料として販売されているため、供給が止まれば飢えや寒さで死ぬ民も出てしまうだろう。
ということで、国外からの収入、龍魔石に頼らない収入というものが魔王国に必要だった。
その結果として魔王城の観光ツアーが考案された、という訳だ。
「魔王様。どう考えても物足りないでしょう。今の段階では物珍しさで金持ちから中流家庭まで、それなりの人が訪れるとは思います。ですが、どう考えてもリピーターにはなりません」
秘書であり妹でもあるアイブ……こいつも変わったものだ。昔は政治なんて興味ないといった感じだったのだが。
透き通った赤い髪をドラゴンテールにし、人間のスーツを着ている。人化したときの体格は独立を迎えたころのような感じだが、実年齢は120程度である。
「ああわかってる、だがどう考えても観光資源になるようなものがない」
現段階ではただの工場見学、としか言いようがない。歴史に関しても人間のものとは齟齬があるため、資料として求める学者程度は来るだろう。
「だったらどうして観光なんですか」
「売れるものがないからだ。つまりほかに出来ることがない」
「せめて美術館くらいは建てましょう? 建てて整備するくらいの余裕はあるはずですが」
「飾れるようなものは叔父が親父の療養中に売ってしまってな。闇市だったり人間の国に流れたり。衛星都市にも殆どなかったので、残っている分はもう向こうの方で持っていてもらったほうが良い」
叔父が間違っても軍備増強やらのために資金繰りしているのでは無くて良かった、とは思いつつも数世代前の魔王達が使っていた武器や王衣を纏めて売り払ってしまったのは問題でしかなかった。その叔父は今も地下牢である。
「そうだなぁ……前にも言ったが交換留学とかはどうだ。南の人間の国、何と言ったか……そう、ワードからの返事は」
「ワルドですよ。人化の能力を持っているという条件付きでですが、6人の学生を半年間、お互いに送りあおうという提案が帰ってきていますね。学力に関しては、お互いの入学試験をパスできるという程度での受け入れです」
「こっちから提案したことだし、それには同意しておこう。学生の選別と試験は?」
「来週の通信でお互いの入試を送りあい、来月までに試験を終えること。受験科目はお互いの入試で歴史と実技以外の全科目、だそうで」
「ふむ、では来週の通信の時に細かい打ち合わせを……俺がやっておくか。報告ご苦労であった」
「はいはいっと。父さんみたいな無茶はしたらダメよ、結婚もまだなんだから」
「おい」
何を言っているのだ、と言いかけたがその前に部屋から出て行ってしまった。
とりあえず、学生の選別は抜き打ちテスト、という名目で学園長の方に頼んでおけばいいか。
通信リングを手に握り、学園の方へ連絡を方へと入れることにした。