四番目の、図書館に住み着く高橋原琉について。
今は夏休みの少しだけ前。
中学までは外国にいたが、今年から日本にやってきた。
夏休み前ということで、英語ペラペラという特別でもあり嫌いでもある微妙に持て囃される立場をとらなくても済むようになってきた。
という事で、向かうは図書室。
勿論、読むのはライトノベル。
以前までオーストリアにいたため、日本語のライトノベルはなかなか読む機会が無かった。
それにしても、何故この☆☆高校の図書室は五階にあるのだろう。文部科学省は読書を推奨しているのではないのだろうか。
疲れる。
そんな事を考えているうちに図書室に到着した。
だが、人の来ている気配というものがほとんど無かった。
ともかく、中に入る。
夏の暑い日には相応しいであろうこの涼しさ。だが今日はちょっと寒く感じるかもしれない。
カウンターと扉を繋ぐ通路の両脇には、平置きされた注目の本やら最新の本があった。今はそこを素通りする。
司書の人は右隣の司書室にいるようで、カウンターから見える司書室のコンピュータに向かってなにやら作業をしていた。
そのカウンターの隣に、円柱状の本棚が三つ。
左側は読書スペースで、テーブルや椅子が並んでいる。だが、誰もいない。
左後は文庫本や新書、左前には絵本がある。読書スペースの先に書架があるようだ。
とりあえずそこに向かう事にした。
教室一つ分程の書架には、本がぎっしり詰まっていた。確か、創立が今年で三十四年目だったはずだ。一年に千冊程度を入れているということだから、三万三千冊と少しあることになるだろう。
左側から右側に向けて並んでいるようで、ここに置いてある本の大半には図書カードが入っていた。もう必要が無いはずだが、外していない様子だ。
一通り見て回った後、カウンター脇の円柱形の本棚を見る。
全体の四分の三ほどが埋まったそこには、ライトノベルが詰まっていた。
その中の一冊を手に取る。
『キャッピキ』
アニメ化もされた人気の小説だ。ドイツ語のものを読んだことがあるが。
「日本語も良い」
一巻から三巻を持って読書スペースの隅の席に座り、本を読むことにした。
十分と二十秒後。
図書館の扉が開かれた。
「すみませーん」
少女がカウンターに向かっていった。
司書が司書室から出てくる。
「返却?」
「はい。お願いします」
少女は本を司書に渡すと、注目の本の中から一冊を取り上げ、読書スペースに来た。
僕が視線を向けると、少女も僕のほうを見ていた。
軽く挨拶をする。
「どうも」
「どうも」
少女も返事をしてきた。
僕は視線を本に戻す。
少女は逡巡をしていたが、しばらくすると僕の向かい側に座った。
それから沈黙する事二分四十二秒。
「あのー」
少女が話し掛けてきた。
僕は視線を上げる。
ショートヘアーの、見た目活発そうな女の子。学年は、僕と同じか。
「はい?」
軽く首を傾げてみる。
「それ」
彼女は僕の持っている本を指差しながら、自分の本をテーブルに置く。題名は『申し分、あり』だった。
僕は本を一旦閉じ、それを渡した。
彼女はこくりとお辞儀をすると、それを受け取った。
「『キャッピキ』ですか。私も読みました。確か、来月新刊が出るんですよね」
「そうなのか」
「そうですよ。七巻目です」
彼女はそれを返しながら続ける。
「アニメの第二期が十月から放送開始なんですよ。絶対面白いですから、貴方も見てくださいね」
「それは置いておこう。まず聞きたいのは、君の名前だ」
「私ですか?」
顎先に人差指を当てて首を傾げたその姿に、思わず目を逸らしてしまった。
「私の名前は、蕨奈々子です。貴方は?」
顔を逸らしてしまって後悔をした。なんとも恥ずかしくて、首を前に向かせられない。
仕方がないので、そのままの姿勢で答えた。
「高橋、原琉だ」
少々ぶっきらぼうになってしまっただろうか。
恐る恐る彼女を見る。
すると、彼女と目が合ってしまい、反射的にまたも逸らしてしまった。
どうやら今度は彼女の方も逸らしたようだ。
「あ、あの、それじゃあ私は、借りたい本も借りたので、帰りますね」
何故、僕に同意を求めなくてはいけないのか疑問に思ったが、ついつい返事をしてしまった。
「ああ。了解した」
「それじゃあ」
「また」
言ってから気付いた。
また、って言ってしまった事に。
いつもの僕からは考えられない失態だ。
彼女のいる方を見ると、既にその姿は無くなっていた。




