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五番目の、魔法を使える結城神無について。

 魔法少女。

 それは、突然の出会いから始まる物語。

 普通に暮らしていた、小学生の女の子。

 それが、その彼女が巻込まれる。

 それは、

 誰もが、あるいは誰かが、何処かで望んでいるお話。


 そんな事を夢見た時代もあった。

 今、結城神無ゆうきかんなは高校生。☆☆高校に通う、一年生。

 そして、今日は煮干祭の一日目。

 っていうか、煮干祭って、ネーミングセンスが無いと思う。

「おーい、神無、一緒に廻ろうよ」

 吹奏楽部の合宿で起こった不思議な事件から二ヶ月。丹波先輩や多くの二年生が亡くなってからもう三ヶ月以上。

 時が過ぎ去るのは早いもので、いつも通りの学校生活が戻ってきている。

「ねえ、聞いてる?」

「うん?」

 神無は首を少し横に向けてみた。

 顔がすぐ側にある。

「うみゅ」

 自然と口から変な声が出て、体が一歩下がった。

「智智、驚いたよ」

「いやさ、神無が反応しないもんだから」

「だからって、そんなに近くに」

「ちょっとちょっと、私にも気付いてよ」

 大岡智智おおおかちさとの後ろに若宮友子わかみやともこがいた。

「あっ、友ちゃん。お久し振りー」

「お久し振りーじゃあないわよ。今朝会ったでしょ、体育館の演奏で」

「うん、でも、久し振りだよねー」

 神無はそう言って友子に抱きついた。

「ちょっと、いつもいつも、あって早々抱きつくな、神無は」

「でもさー、いいじゃない」

 そう言って、さらに強く抱きつく。

 抱きつかれている友子はうぎゃうぎゃ言っているが、智智は我関せずといった風に一歩下がった所から眺めている。

 友子の胸に神無の顔が押し付けられている様を見て、智智は、まるで二人は姉妹のようだと、高校生活何度目になるとも知れない思考過程を経ていた。

「二人とも、煩いよ。静かにしなさい」

 そう注意したのは、斉藤尊さいとうみこと。彼女は今年の6月から生徒会副会長の職に就いている。来年は会長になっている事だろう。

「「は〜い」」

 返事を確認すると、副会長は人込みの中に消えて行った。

「それで、これから何処行く?」

 聞く智智に、即座に神無が反応する。

「お化け屋敷!」

「却下」

 それをすぐ否定する友子と、その意見に反論する神無。また二人がぎゃあぎゃあ言い始めそうになる所で、智智が仲裁に入る。

「まあまあ、始めはさ、昼食を摂らないかい?」


 三年三組の模擬店「カリカレ〜」で甘口の野菜カレーを食べ終わり、しばらく他のクラスを廻った後、神無はクラスの担当だからと一人で一年一組に行こうとしていた。

 事は、四階から三階に降りる時に起きた。

 足を滑らせてしまい階段を転げ落ちる自分を神無が自覚した頃には、既に始まっていたのだ。

 そう、突然の出会いによって。


 階段を転げ落ちた神無は、気付いた時には誰かに受け止められていた。

 受け止めた少年は尻餅をついてはいたが、神無を御嬢様抱っこするようにしっかりと受け止めていた。

「大丈夫、ですか?」

 下敷きになっている少年が聞くと、神無は目を開けて少年を見詰めた。

 不思議な色をした瞳だ、と神無は思った。

 その少年は青い瞳をしていた。よく見ると髪も青く染まっていた。

「はい」

 神無は上の空で答えると、少年によって立たされる。

「良かった。運が良かったのでしょうね」

 そう言って少年は立ち上がると、軽くズボンを叩いた。

 神無はと言うと、立たされた状態のまま呆けていて、四階に上がっていく生徒が背中にぶつかると少年の方に倒れかかった。

「危ない」

 少年はそっと受け止めてもう一度立たせる。

「大丈夫でしたか?」

 神無の首が縦に振られるのを見て、少年は三階に歩を進めようとして、止めた。

「そうだ、君の名前を聞いてもいいかな」

 神無の方を向いて尋ねる。

「結城、神無です」

「そう。あ、僕はホーク。また会うかもしれないけど、その時はよろしくね。それじゃあ、僕は追われてる身だから、これで」

 少年が立ち去っても、神無はクラスメイトが見つけて声を掛けるまでそのままだった。


 煮干祭の1日目が終わり、自宅に戻った神無は、自分の中に起こった不思議を考えていた。

 何かが体の中を駆け巡っているのだ。

 そのせいで今日はあの時から今までボーっとしていた。せざるを得なかった。

 意識を集中させると、意識が弾け飛んでしまう予感がしていたのだ。

 この中のものは一体何なのだろうか。

 確かあのホークという少年に会ってからだったか。

 それから気持ちが落ち着かなくなったんだ。

 神無がそこまで考えると、急に床が青白く光り始めた。

「えっ。何?」

 思わず神無は壁に体を付ける。

 その光は円と直線のみで出来た図形を描いていた。

 そして突然部屋全体が明るくなったかと思うと、そこには金髪の少女がいた。

 その少女はこっちにゆっくりと顔を向けた。

 そして、目が合う。

「君が結城神無さん、だネ」

 その少女は、まるで天使のように輝いていた。


 十分後。

 神無はベッドに腰掛けていた。

 少女の名前はレイア。

 自称魔法使い。

 ホークのお友達で、かつ彼を追っているのだそうだ。理由ははぐらかした。

 神無のところに来たのは、ドレガン・チェヌシュ定理を証明したタンポポ博士が提唱した世界間移動時物質均衡化現象を元に示された現象の一つが起こったからだそうだ。

「で、その現象というのは?」

「うん。それは簡単。君にホークの魔力が移ったんだネ」

 神無は一瞬戸惑った。ほんの一瞬だったが。

「それは、私に魔法が使える、っていうこと?」

「うむ。そうなのネ」

「つまり、どうなるの?」

 言葉では理解していても頭は理解していない神無は、何と無く返事をする。

「まあ、まずは意識と魔力の分離から始めようかネ。神無はそこに座ってていいからネ」

 そう言って神無から少し距離をとったレイアは、魔方陣を展開した。

 それが終わり魔力と意識がほぼ分離した神無は、レイアに聞く。

「で、何で私なの」

「いや、さっきも言ったけどネ、パラレルワールドを移動すると、その周りの物質も一緒に移動しちゃうの。で、丁度ホークが移動したところが神無のいる所だったから、魔力も神無の所に移動しちゃったみたいネ」

 そう聞いてもいまいち理解できない神無であった。


 煮干祭の二日目。

 魔法について大体の説明を受けた神無は、今日は普通に過ごそうと思っていた。

「おはよー」

 智智が挨拶をする。

「うみゅ、おはよーさん」

 そう言いながら、神無は智智の隣にいた友子に抱きついた。

「ちょちょちょっと、なんで私に抱きつくかな」

「友ちゃん、ぷにゅぷにゅだから」

 友子の胸の間に神無は顔を擦り付ける。

「ちょっと離れてよ。智智〜、助けて〜」

「まあまあ。それよりさ、神無、昨日ぼーっとしてたけど、何かあったの?」

「えっ、何かって、何も」

 神無が顔を上げ智智の顔を見よう、としたが廊下の床に目がいく。

 その隙に友子は神無から離れ、制服を調えた。

「魔法使いになった事なんて一度も無いのでありますよ隊長殿」

 ピッと敬礼し墓穴を掘った神無に向かって智智は聞く。

「魔法使い、って何の事かな?」

「ほへっ、何でもないよ」

「ふーん、そう」

「うん、扮装」

「まあ神無が好いなら良いんだけどね。それよりさ、今日はみんな結構暇だよね」

 神無と友子が頷くと、智智は提案をする。

「じゃあさ、ちょっとだけ手伝って欲しいところがあるんだけど」

「手伝い?」

「お願いできる、かな」


 三人は体育館脇に来ていた。

「何、するの?」

 友子が智智に聞くが。

「まだ、秘密にしておいた方がいいかも。だから秘密」

 と言った。

 智智はちらちらと腕時計を見ている。

 時刻は十時十二分。

「よし。それじゃあ私に付いてきて。私語は厳禁だから。どこに行っても平常心。注意は以上。んじゃあ行くよ」

 智智は体育館の上手側ステージ袖直通の扉から中に入った。後の二人もそれに続く。

 ステージ脇には何人か私服を来た生徒がいた。

 その中の一人に小声で会話をした智智は、目で後ろの二人に合図を送りステージ上に歩いて出て行く。

 二人も慌てながらも歩いて出て行った。

 三人はそのままステージを通り過ぎ下手側のステージ袖に入る。

 そこにも私服を着た生徒がいた。

 智智は彼ら彼女らに会釈をしながら外に出る扉をそっと開けた。

 外に出る三人。

「んで、何だったの、あれは」

 友子は智智に聞く。

「えっと、劇の一部、かな?」

 友子はわざとらしく手の平を額に当て、俯き加減に首を横に振った。

 反対に、神無は目をキラキラさせていた。

「私って、劇に出たんだ〜」

「と言っても、端役なんだけどね。っていうか私も詳しい内容は知らないから、どんな役だったのかは知らないんだ」

 三人は和気藹々と話しながら、HR棟に戻っていった。


 HR棟に入る直前、神無は何かを感じ取った。

「あっ、私ちょっと用事ー思い出したから。お昼は一緒に食べようね。それじゃ」

 と言って階段を駆け上がる。

 そのまま屋上に出た彼女が見たものは、対峙する二人。

 金髪の少女レイアと青髪の少年ホークだった。

 扉の開く音に反応した二人の視線が、神無に注がれる。

「あのー」

「「何?」」

 神無は同時に返ってきた殺気溢れる返事にまったりと答える。

「何してるの?」

「「あれ」」

 二人が対峙していたのは黒い鳥だった。

 全長は十メートルはあろうかというほどに大きな鳥。

 目は赤く、その部分が異様に際立って見える。

「何、あれ」

 神無はうわ言のように言う。

「あれは魔物だ。レイアのせいでこの世界に飛(leap)された」

「御免ねってさっきから何度も言ってるよネ。でも、あれはホークも悪かったんだからネ」

「はいはい。今は目の前の魔物を退治しよう」

「そうネ」

 そう言うと二人は鳥に向かい合う。

 急にレイアの足元が光ったかと思うと、レイアの回りに火の玉がいくつも現れた。

 その火の玉は鳥を囲むようにしながら襲い掛かる。

 鳥はなす術も無く火の玉をくらった。


 黒い鳥の長い叫び声が聞こえなくなると、鳥は跡形もなく消えていた。

「ふう。一件落着ネ」

 レイアがそう言うと、神無は膝から崩れ落ちる。

「何だったの、あれ」

 震える声で神無から発せられた言葉にホークは答える。

「あれは、さっきも言った通り、魔物だよ。別の世界から誤ってレイアが連れて来たんだ。温厚な魔物もいるんだけど、凶暴な魔物のほうが多いからね。このまま放っておくと危険だ」

「それじゃあ、あの火の玉は?」

「あれは火(fire)の初級魔法の『火炎球(fire ball)』だよ。魔力を具現化したものだ」

 神無には分からない単語だらけで、話を聞くとさらに分からなくなっていった。

 それに気付いたのか、ホークが補足説明をする。

「昨日、レイアが話したと思うんだけど、僕たちの使う魔法には二十種類の要素が存在する。火(fire)、水(water)、風(wind)、雷(thunder)、氷(ice)、地(rock)、光(light)、闇(dark)。これら八個を総称して基本魔法。防(shield)、治(heal)、封(seal)、反(reflect)、移(move)、召(summons)、加(add)、想(feel)。これら八個を総称して補助魔法。魔(enchant)、時(time)、飛(leap)、無(annul)。これら四個を総称して応用魔法なんだ。で、普通の魔法の発現方法は魔力の具現化で、今回の場合は魔力を火の玉に変えたんだ」

 神無が頭の中で整理をしていると、ホークはさらに付け足した。

「さっき倒したのが、実はこの世界に来て初めての魔物なんだ。だから他にも魔物がいるかもしれない。だから、出来ればでいいんだけど、僕たちに協力をしてくれないかな」

「協力?」

「うん。この世界の魔物を殲滅させる。神無も魔法が使えるし、人手は多い方が。それに神無が手伝ってくれると色々と便利だから」

「便利って?」

「えっとね、僕達、明後日この学校に入学する事にしたんだ。拠点はあった方がいいし、この辺りの情報も知っておきたいしね」

「そう、なんだ」

 神無は顎に手を当てて考える仕草をする。

 いつの間にかレイアは屋上からいなくなっていた。

「分かったわ、協力するー。困ってるみたーいだし、このまま宝の持ち腐れっていうのもね」

「ありがとう、本当にありがとう。危険かもしれないけど、その時は必ず神無の事を守るから」

 そう言うとホークは文字通り飛び去っていった。

「へー、やっぱり魔法って空も飛べるのねー」

 神無はそんな事を呟きながら屋上を後にした。

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