EX-92 AF「その先は、希望の死か、絶望の死か」
宇宙編(おい)プロローグです。
これは、何年も、何十年も、何百年も、続いていたこと。だから、逆らえない。抗えない。
「いたぞ!こっちだ!」
でも、死にたくない。だから、逃げる。空高く、高く、高く。『槍』が届かない、空の果てまで。
「扉が…!誰か、こじ開けろ!」
「無理です!もう、噴射が始まっています!」
「くそっ、『的』の種族ごときが、『槍』の領域の外にだと!?」
でも…それから、どこに?
空の果てには、何もないと聞いている。ならば、死ぬだけなのでは?
『槍』に貫かれて死ぬか、無の世界で死ぬか。どちらも、死ならば…!
「カプセルが送出されます!隊長、下がってください!」
「『偉大なる血統』に抗う、愚か者め…!」
ぶおおおおっ!
乗り込んだカプセルが、空高く、飛んでいく。
その先は、希望の死か、絶望の死か―――
◇
どのくらい、気を失っていたのだろう。長い長い眠りの後に、目が覚めたような気分だ。
「ここは…?」
どことなく、故郷の家に似ている、木づくりの部屋。その部屋にあるベッドの上で、目が覚めた。
「いったい、なにが…」
空高く上がったカプセルは、しかし、機器の故障が突然発生し、その衝撃で気を失った…と思う。そこからの、記憶がない。ここがどこか、どのくらい経ったのか、何があったのか。疑問が数多く湧き出てくる。
「とにかく、部屋から外に…あれ?」
体の様子が、おかしい。動きが軽いような、いや、そもそもここには体がないような、そんな違和感。経験したことのない感覚に、かなり戸惑う。
トントン
「…な、なに!?」
急に聞こえた、何かを叩く音。その音にびっくりし、声を上げてしまう。
がちゃ
「…ああ!やっぱり目が覚めていたんだ!良かったよー!」
扉が開いて入ってきたのは…見たこともない服を来た、少女だった。
「私は、リーネっていうの。あなたの名前は?」
「名前…?」
「そう、名前。教えてくれる?」
「…名前って…何?」
「ふぇ!?」
驚いた顔をする、その少女。そういえば…『リーネ』ってなんだろう?種族のこと?でも、『ツィエル』と『トール』以外には…。
「なんてこと…言語モジュールが正常なら、名前…正確には『人名』だけど、その概念がない文明だというの…?確かに、私達も個人番号ベースの社会になっているけど、日常生活における自我の認識のためには、他者の…」
なにやら、ぶつぶつとつぶやき始めた、少女。悪い娘ではなさそうだけど…。
「もしかして、あなたが助けてくれたの?」
「え?ああいや、助けたのは別の人達だよ。長距離転移の実験でアルファ・ケンタウリまで飛んだら、あなたが眠っていたカプセルを発見してね。回収して再転移してきたってわけ」
…何を言っているのか、半分もわからなかった。聞こえてくる言葉は、確かに知っている言葉なのに。
「よくわからないけど…ここは、どの辺なの?」
「どの辺?ああ、場所ね。…VRを知らないと説明できないよね。どうしようかな」
「???」
「そうね…。あなたは今、私達が機械で意図的に見せている『夢の中』にいるの」
「…夢の、中?」
そんなことが、できるのだろうか。誰かに、思うがままに夢を見せるなんて。
「現実のあなたは、体が酷く消耗していてね。脳だけは正常だったから、ヘッドセット…機械を付けて、こうして『夢の中』で私と話してるってわけ」
まだ、よくわからない。けれども、夢の中というのは、なんとなく納得だ。起き上がった時の違和感が、全て理解できる。
「とりあえず、食事にしよう!魚屋1号店を特別予約してあるから!」
そう言って、その少女に手を引っ張られ、扉の外に出た。
◇
そこは、天国だった。
「ふわあああ…」
夢の中というのだから、ある意味当然だろう。青い空、澄んだ空気。色とりどりの建物、綺麗にならされた広い道。そして、様々な格好をした、人、人、人。
少女に手を引っ張られながら歩くその風景に、その様子に、その人々に、圧倒され続ける。
「はい、到着!」
そうして入った場所は、人々が多くいるにも関わらず、落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
「こ、これは、リーネ様!では、そちらが…」
「うん、そうだよ!とりあえず、クリームシチューを持ってきてくれる?」
「はい!」
あるテーブルの前まで行き、ふたりでそれぞれ椅子に座る。
「ふむ、椅子とテーブルは共通認識できるのか…ああいや、ごめん。えっと、スプーンってわかる?」
「それは、まあ…」
「そっか。…んー、遺伝子が同じってことは、どっちかがどっちかに移民したんだよねえ。先史時代にしては似過ぎているし、古代時代に地球から、とかかなあ。いやいや、先史時代の文明レベルは割とまちまちで…」
また、ぶつぶつとつぶやく、少女。癖なのだろうか。
「お待たせしました、クリームシチューです」
「ありがと。さ、食べて食べて!」
これは…スープ?しかし、何かドロドロしている。大丈夫なのだろうか。
「んまんま」
まあ、夢の中というなら…。
じゅっ
「…おいしい」
「そっか、良かった!これ、私が作って店で出してるものなんだ!」
「え、ここは、あなたの家なの?」
「え?」
「え?」
また何か、食い違いが起きたようだ。
「『店』という概念もない…?もしかして、お金の概念もなく、物々交換のみの経済システムなのかな…」
少女がまた何か言っているようだが、気にせずスープを飲む。おいしい、おいしい。
「けほっ!はっ…」
「あああ、ゆっくりでいいよ?ほら…」
近くにあった布…布にしてはカサカサしているが、それで口元を拭いてくれる。なんか、恥ずかしい…。
ピロン
「あ、美樹からだ…おお!あなたの体がほぼ回復したって!」
「そ、そうなんだ…」
どうやって、それを知ったのだろう?さっきの、奇妙な音と関係あるんだろうか?
「じゃあ、ログアウト…夢から覚める方法を教えるね。手を、こうやって…」
「こう…?」
ぶおんっ
「きゃっ!」
「ああ、驚いちゃったか。えっと、目の前に現れた板みたいなのの、右上を…そうそう」
「こ、こう?…っ!ま、また何か…」
「そこの、丸い形を押して?」
ぽちっ
ふわっ
「っ…!」
世界が、白く染まって―――
◇
さっき目覚めた『夢の中』の部屋とは異なる、白っぽい部屋。ベッドも…ベッドというよりは、長椅子のような、そんな感じだ。着ているものも、白い布で覆っているようなものだった。
[無事にログアウトできたみたいね?]
そこにいたのは、あの少女ではなかった。女性、と呼んだ方が適切だろう。そして、何を喋っているのか、わからなかった。
[リーネが来るまで意思疎通は難しいか…。えっと]
その女性は、なにやら体をひねって何かを伝えようとしている。
「体を、動かしてみろってことですか?」
長椅子のようなベッドから降り、体全体を動かす。うん、現実味がある。それにしては…傷ひとつない。カプセルに乗り込む時に、何度も転んだり引っ掛けたりしたのだが。
[うん、大丈夫のようね。さてと…リーネ、早く来てくれないかしら]
ん?また『リーネ』という言葉が聞こえた。あの少女のことをつぶやいているのだろうか。
トントン
[リーネ?]
[そうだよー!]
がちゃ
「良かった、現実世界でも目が覚めたんだね!」
言葉が、通じる。それだけで、かなり安心した。
「さて、今度は滞在先のホテルに連れて行くよ!」
そう言って、また少女に引っ張られながら、部屋を出ていく。
そうして、建物を出て、
「じゃあ、ここからは車ね!」
全く別の、天国を見ることになった。
別にこの作品でやらなくたって、というネタですが、ほら、登場人物を新規に揃えるのって厳しいじゃないですか。そういう理由です(ヒドス)。




