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EX-92 AF「その先は、希望の死か、絶望の死か」

宇宙編(おい)プロローグです。

 これは、何年も、何十年も、何百年も、続いていたこと。だから、逆らえない。抗えない。


「いたぞ!こっちだ!」


 でも、死にたくない。だから、逃げる。空高く、高く、高く。『(スピア)』が届かない、空の果てまで。


「扉が…!誰か、こじ開けろ!」

「無理です!もう、噴射が始まっています!」

「くそっ、『(ツィエル)』の種族ごときが、『スピア』の領域の外にだと!?」


 でも…それから、どこに?

 空の果てには、何もないと聞いている。ならば、死ぬだけなのでは?

 『(スピア)』に貫かれて死ぬか、無の世界で死ぬか。どちらも、死ならば…!


「カプセルが送出されます!隊長、下がってください!」

「『偉大なる血統(トール)』に抗う、愚か者め…!」


 ぶおおおおっ!


 乗り込んだカプセルが、空高く、飛んでいく。

 その先は、希望の死か、絶望の死か―――



 どのくらい、気を失っていたのだろう。長い長い眠りの後に、目が覚めたような気分だ。


「ここは…?」


 どことなく、故郷の家に似ている、木づくりの部屋。その部屋にあるベッドの上で、目が覚めた。


「いったい、なにが…」


 空高く上がったカプセルは、しかし、機器の故障が突然発生し、その衝撃で気を失った…と思う。そこからの、記憶がない。ここがどこか、どのくらい経ったのか、何があったのか。疑問が数多く湧き出てくる。


「とにかく、部屋から外に…あれ?」


 体の様子が、おかしい。動きが軽いような、いや、そもそもここには(・・・・)体がない(・・・・)ような、そんな違和感。経験したことのない感覚に、かなり戸惑う。


 トントン


「…な、なに!?」


 急に聞こえた、何かを叩く音。その音にびっくりし、声を上げてしまう。


 がちゃ


「…ああ!やっぱり目が覚めていたんだ!良かったよー!」


 扉が開いて入ってきたのは…見たこともない服を来た、少女だった。


「私は、リーネっていうの。あなたの名前は?」

名前(・・)…?」

「そう、名前。教えてくれる?」

「…名前って…何?」

「ふぇ!?」


 驚いた顔をする、その少女。そういえば…『リーネ』ってなんだろう?種族のこと?でも、『ツィエル』と『トール』以外には…。


「なんてこと…言語モジュールが正常なら、名前…正確には『人名』だけど、その概念がない文明だというの…?確かに、私達も個人番号ベースの社会になっているけど、日常生活における自我の認識のためには、他者の…」


 なにやら、ぶつぶつとつぶやき始めた、少女。悪い娘ではなさそうだけど…。


「もしかして、あなたが助けてくれたの?」

「え?ああいや、助けたのは別の人達だよ。長距離転移の実験でアルファ・ケンタウリまで飛んだら、あなたが眠っていたカプセルを発見してね。回収して再転移してきたってわけ」


 …何を言っているのか、半分もわからなかった。聞こえてくる言葉は、確かに知っている言葉なのに。


「よくわからないけど…ここは、どの辺なの?」

「どの辺?ああ、場所ね。…VRを知らないと説明できないよね。どうしようかな」

「???」

「そうね…。あなたは今、私達が機械で意図的に見せている『夢の中』にいるの」

「…夢の、中?」


 そんなことが、できるのだろうか。誰かに、思うがままに夢を見せるなんて。


「現実のあなたは、体が酷く消耗していてね。脳だけは正常だったから、ヘッドセット…機械を付けて、こうして『夢の中』で私と話してるってわけ」


 まだ、よくわからない。けれども、夢の中というのは、なんとなく納得だ。起き上がった時の違和感が、全て理解できる。


「とりあえず、食事にしよう!魚屋1号店を特別予約してあるから!」


 そう言って、その少女に手を引っ張られ、扉の外に出た。



 そこは、天国(エデン)だった。


「ふわあああ…」


 夢の中というのだから、ある意味当然だろう。青い空、澄んだ空気。色とりどりの建物、綺麗にならされた広い道。そして、様々な格好をした、人、人、人。

 少女に手を引っ張られながら歩くその風景に、その様子に、その人々に、圧倒され続ける。


「はい、到着!」


 そうして入った場所は、人々が多くいるにも関わらず、落ち着いた雰囲気が醸し出されている。


「こ、これは、リーネ様!では、そちらが…」

「うん、そうだよ!とりあえず、クリームシチューを持ってきてくれる?」

「はい!」


 あるテーブルの前まで行き、ふたりでそれぞれ椅子に座る。


「ふむ、椅子とテーブルは共通認識できるのか…ああいや、ごめん。えっと、スプーンってわかる?」

「それは、まあ…」

「そっか。…んー、遺伝子が同じってことは、どっちかがどっちかに移民したんだよねえ。先史時代にしては似過ぎているし、古代時代に地球から、とかかなあ。いやいや、先史時代の文明レベルは割とまちまちで…」


 また、ぶつぶつとつぶやく、少女。癖なのだろうか。


「お待たせしました、クリームシチューです」

「ありがと。さ、食べて食べて!」


 これは…スープ?しかし、何かドロドロしている。大丈夫なのだろうか。


「んまんま」


 まあ、夢の中というなら…。


 じゅっ


「…おいしい」

「そっか、良かった!これ、私が作って店で出してるものなんだ!」

「え、ここは、あなたの家なの?」

「え?」

「え?」


 また何か、食い違いが起きたようだ。


「『店』という概念もない…?もしかして、お金の概念もなく、物々交換のみの経済システムなのかな…」


 少女がまた何か言っているようだが、気にせずスープを飲む。おいしい、おいしい。


「けほっ!はっ…」

「あああ、ゆっくりでいいよ?ほら…」


 近くにあった布…布にしてはカサカサしているが、それで口元を拭いてくれる。なんか、恥ずかしい…。


 ピロン


「あ、美樹からだ…おお!あなたの体がほぼ回復したって!」

「そ、そうなんだ…」


 どうやって、それを知ったのだろう?さっきの、奇妙な音と関係あるんだろうか?


「じゃあ、ログアウト…夢から覚める方法を教えるね。手を、こうやって…」

「こう…?」


 ぶおんっ


「きゃっ!」

「ああ、驚いちゃったか。えっと、目の前に現れた板みたいなのの、右上を…そうそう」

「こ、こう?…っ!ま、また何か…」

「そこの、丸い形を押して?」


 ぽちっ


 ふわっ


「っ…!」


 世界が、白く染まって―――



 さっき目覚めた『夢の中』の部屋とは異なる、白っぽい部屋。ベッドも…ベッドというよりは、長椅子のような、そんな感じだ。着ているものも、白い布で覆っているようなものだった。


[無事にログアウトできたみたいね?]


 そこにいたのは、あの少女ではなかった。女性、と呼んだ方が適切だろう。そして、何を喋っているのか、わからなかった。


[リーネが来るまで意思疎通は難しいか…。えっと]


 その女性は、なにやら体をひねって何かを伝えようとしている。


「体を、動かしてみろってことですか?」


 長椅子のようなベッドから降り、体全体を動かす。うん、現実味がある。それにしては…傷ひとつない。カプセルに乗り込む時に、何度も転んだり引っ掛けたりしたのだが。


[うん、大丈夫のようね。さてと…リーネ、早く来てくれないかしら]


 ん?また『リーネ』という言葉が聞こえた。あの少女のことをつぶやいているのだろうか。


 トントン


[リーネ?]

[そうだよー!]


 がちゃ


「良かった、現実世界でも目が覚めたんだね!」


 言葉が、通じる。それだけで、かなり安心した。


「さて、今度は滞在先のホテルに連れて行くよ!」


 そう言って、また少女に引っ張られながら、部屋を出ていく。


 そうして、建物を出て、


「じゃあ、ここからは車ね!」


 全く別の、天国(エデン)を見ることになった。

別にこの作品でやらなくたって、というネタですが、ほら、登場人物を新規に揃えるのって厳しいじゃないですか。そういう理由です(ヒドス)。

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