EX-89 AF「どうって…『共に生きる大切な人々』だよ」
なんと、初・田中さん視点!作品としては本編含めて、春香と同じくらい古い登場人物なのに…。
マンションの自宅で、美樹さんがつぶやくように私に話しかけた。
「実さん、私、もうリーネと付き合えない…」
「…まるで、男女のお付き合いのような表現ですね。なにかあったんですか?」
「なにかあったというか、時々あったというか…。ケンカしているわけじゃ、ないんだけど」
ぼそぼそとつぶやいていくあたり、心当たりはある。
「リーネが時々あっけらかんと言う昔の出来事が、不憫すぎて泣けてきますか?」
「…わかる?」
「それは、まあ。リーネの方はある程度実体験で、『春香さん』としての方は…御両親絡みですかね」
リーネの『世話好き』が、ある時にはとても極端なものとして現れることがある。FWOで言えば、『リーネがケインのために攻略し続けてきた』ことだろうか。私達はどちらも本人であることを知っていたため、ずっと微笑ましいものと捉えていた。しかし、アバター同時接続を公表するまで、世間一般の人々はそうは思っておらず、そして、彼女自身は、そんな世間一般の人々の反応を不思議がっていた。ケインの役割は、彼女にとっての御両親のような捉え方だっただけなのだ。
「でも、一方で、周囲からはとても大切に扱われてきたみたいなのよね。空回りしていたようだけど」
「普通、逆ですよね…」
いつの間にか、彼女に尽くされていた。ずっと、気づかなかった。彼女の今の御両親のように、ほとんど気づかないままということすらある。
気づかないはずである。彼女にとって、人々に尽くすのは当然であるから、苦しんだり、嘆いたりしない。なぜするのかすら、わからないのだろう。なにしろ、彼女は有能で、万能で、神の如き力すら振るえるのだから。人々に尽くしても、自分自身の面倒もほぼ完全なのである。
もちろん、例外はある。タイムスリップしたという、過去の『フェルンベル』の村だろうか。それと、スーパーの特売で買い出しに行った時に、一度風邪をひいていた。いずれも、すぐに回復しているのだが。
「…それが、気になるのよね。実は、人知れず大変なことになっていて、でも、私達の前に現れる時は、回復していて」
「そうなんですよね…。また、彼女には強制的に休んでもらいましょうかね。須藤くんが一緒なら、なおいいでしょう」
「でも、その須藤くんとのドライブでさえ、アレだったんでしょ?」
「アレでしたねえ…」
『現界能力の任意発動』は、彼女にかなりの負担がかかっているのではないだろうか。須藤くんが一度、そのようなことを聞いてきた。
しかし、私達にはわからない。わかるのは、おそらく渡辺女史だけだろう。しかし、彼女は体系的に物事を捉えている様子があまり見られず、感覚だけで対処しているように思える。リーネや美樹さんが苦労している理由のひとつだろう。
「リーネのあの性格が能力に依存しているのなら…一度、調べてみない?」
「何をですか?」
「『現界』能力の、素性。あれは、なんなのか」
「そういえば…」
そういえば、そこに思い至ったことがこれまでなかった。
「御両親の認識阻害と…もしかすると、リーネが意図的に認識阻害をかけているのかも」
「こうして、事情を深く考察することで、認識阻害が解除された…ということですか?」
「うん。つまり…」
リーネは、『現界』能力の素性を知っている。
そして、それを隠している。
「『リーネ・フェルンベル』であることを、あそこまで隠していたくらいだからね。さっきの話じゃないけど、なんでもないような顔をして、実は頑固に秘匿している可能性はあるよ」
「『世界の創造』や『魂の入れ替わり』以上の、何かがあるかもしれないというのですか…」
まだ他にあっても、もう驚かない。そんな心境ではあるが。
「そうですね、リーネに黙って、調べてみましょうか。ただ…」
「うん。須藤くんにも、付き合ってもらおうよ」
彼の『本質を見抜く力』をアテにしているというよりも、彼も巻き込んだ方がいいだろう。なにしろ、リーネの幸せに直結しているのだから。
もっとも、だからこそ、リーネに知られてはいけない。触らぬ神に祟りなしである。神のような存在だけに。
◇
須藤くんと共に、美樹さんの運転する車に乗って、私の実家がある町に向かう。
「…実は、その『何か』を僕も感じています。ただ、それが具体的に何かということまでは…」
「それはしかたがありません。須藤くんのその力は、言わば概念を捉えるものでしょうから」
「概念と名称があらかじめ頭の中で結びついていれば認識できる、ということだもんね」
相変わらず、美樹さんは私よりも理解力がある。大学で哲学的なことを少し学んだというのは間違いないようだ。
「実さんの実家には一度行ったことがあるけど、他に何かあったっけ?」
「あの時は、渡辺女史がリーネであると思っていましたから、寄らなかったんですけどね」
「ああ…『巫女ハルカ』の元ネタね」
そう、渡辺家の神社だ。
「…あれ?どこから行けばいいの?」
「おや、変ですね。どんなルートだったか…」
…そうか!
「須藤くん、わかりますか?」
「…はい、『認識阻害』がかけられています。間違いなく、リーネのですね」
「そこまでして…?」
もっとも、こうして『認識阻害』を明確に認識できてしまえば、阻害されないよう進むことができる。
◇
「ここか…。普通の、神社ね」
「そうですね。今も、地元の行事で使われているはずですから」
地元の行事で使う以外は、認識されない。ずいぶんと凝った『認識阻害』である。
「…須藤くん?どうしました?」
「…」
「須藤くん!?」
「…高橋さん、田中さん。リーネが隠したかった理由が、よくわかる気がします」
気が、する?
「どういうことですか?」
「人が触れてはいけないものを、この神社全体から感じるんです。でも…」
「でも?」
「その感じるものが、リーネそのものなんです」
「「…!」」
ある意味、私達が、いや、人類全体がこれまでリーネに感じてきたことと、変わらない。
言わば、『裏付け』が取れてしまったようなものだ。科学的根拠は、まるでないが。
「『神の如き力』じゃなくて、『神』そのものだったというの…?」
「そうとしか…感じられないんです」
「なんというか…納得できてしまうのが恐ろしいですね」
これは、確かに言えない。たとえ、本人だったとしても。
「リーネは、どう思っているのかしら…自分自身のこと」
「神にもいろいろありますが、リーネは『無償の愛』をもたらす存在、でしょうね」
「別名は『犠牲の愛』よね…」
いろいろなことがはっきりしてしまった気分である。相変わらず、科学的根拠がないが。
「リーネは…僕にも、そんな存在として接しているんでしょうか…」
「どうかな?中身が神様だったとしても肉体は人間だからね。文字通り、人並みの男女愛はあると思うよ?」
「それを見事射止めたという意味で、須藤くんは偉大な存在ですね」
「そうそう!神様を恋人にできたんだから!」
「からかわないで下さいよ…」
偶然もあっただろうが、結果オーライである。
「じゃあ、須藤くんにはこれからも頑張ってもらわないと!リーネが神様気分で暴走しないよう、存分に誘惑して!」
「えええ…」
「美樹さんは、いいんですか?」
「もちろん、私もだよ!リーネには、たっぷりと女の友情を注ぎ込むから!隣人愛ってやつね!」
美樹さんが、いつもの調子に戻ってきた。リーネの最後の秘密には驚愕したが、この様子が見られただけでも、私には良かったと思える。
◇
VR研会議室。
「ほらほらリーネ、ひさしぶりのリアルお刺身だよ!はい、あーん」
「どうしたのよ、美樹…大学の知り合いと同じようなことして」
「む、他にもいるのか!まあ、美里ちゃんもそうだったよね!でも、たまには私もしたいから!」
美樹さん、その行為は『誘惑』のそれに近いのでは…。
「実くん、美樹ってばどうしちゃったのよ?実くんがちゃんと相手してないからおかしくなった?」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい。美樹さんも、リーネとこれまで以上に仲良くしたいということですよ」
「ふーん…?」
さて、私は何をリーネに求め、また、与えたいのだろう。
リーネには幸せになってほしい。それは、今も昔も変わらない。しかし、美樹さんや須藤くんの求めるそれとは、少し違う気がする。
昔のリーネには憧れがあった。そして、『佐藤春香』にも同じ想いを抱いた。それは、彼女が紛うことなき神だったからなのかもしれない。
「ねえねえリーネ?リーネってさ、『コアワールド』のオリジナルを作った時、NPCもたくさん作ったんだよね?そのNPCについてはどう思ってる?」
「どうって…『共に生きる大切な人々』だよ。記憶を取り戻したからよくわかるんだ、私と何百年も過ごしてきたんだからね」
「そっか…そっか!」
とはいえ、『神様気分で暴走しないように』というのは、言い得て妙だろう。ならば、ひとりの人間として普通に接していくのも、その目的に叶うのかもしれない。リーネの言う『共に生きる大切な人々』のひとりとして―――




