EX-87 AF「今見た夢の話をすれば興味深く聞いてくれるだろうから」
高橋さんvs渡辺 凛の飽くなき戦い、と見せかけた渡辺 凛(元佐藤春香)の過去編、と見せかけたリーネ(現佐藤春香)の過去編となりました(前書きでぶっちゃける)。
FWO内『リーネ総合オフィス』。
「もういや!あの渡辺 凛には付き合ってらんないよ!」
「美樹、落ち着いて。ああいや、気持ちは痛いほどわかるけど」
「すぐサボろうとするし、いつの間にか寝てるし、『現界』能力であさっての物を作り出すし!」
あさってのブツの数々は、私がチェックして再利用してるけどね。小型核融合炉を臨界値の観点で改良して、月面や火星の僻地の発電設備にしたりとかね。そこそこに役立つから、むしろ腹立つっていうか。あのノリで、火星でとっ捕まえるまで、私はずっと振り回されていたんだよなあ…。
「それになにより!なにかって言うと、実さんの過去をネタにバカにするんだから!」
「ああ…」
「リーネが黙っててくれたことまでベラベラと喋って!実さんの女性遍歴なんてどうでもいいわよ!」
どうでもいいなら、ケンカにならないよね。あれやこれやと比較されたか?
「だから、さっさと実くんと子供作れば…」
「そ、そこは、実さん次第というか…」
「私が言うと、また怒るからなあ…」
いくら相応の年齢でも、男ならまだまだ大丈夫だよね?いや、私も耳年増スキルから言ってるだけだけど。ホントだよ?
◇
で、どんだけヒドいか確認するため、私も同席してみた。渡辺 凛と美樹の会話に。
「だからー、美樹ちゃんが(ぴー)な格好で(ぽー)なことすれば、実くんなんてイチコロよ?」
「それはもうやった!」
「じゃあ、やっぱり素材が…。私はもちろん、◯◯さんくらいの色気なら…」
「◯◯さんなんて知らないから!っていうか、素材とか言うな!」
カオス。どうなってんだ。
「渡辺 凛、あなたまさか、実くんに未練があるとか?」
「まっさかー!私なら、もっと若い男の子と子供作るよ!」
「見た目はともかく、あなたも、いい年。真剣に考えているなら、結婚を前提とした、お付き合いを」
「えー、でも葛飾くんはちょっと頼りないしー、サリアちゃんは忙しいみたいだしー」
おい、初めて聞いたぞ、その名前。人名スキルがリアルでMAXな私をなめるな。相変わらず男女混合なのはもうあきらめているけど。
「そういえば、須藤くん、ホントにカッコよかったんだねー!だから」
「やめてって言ってるでしょ!?誠くんに手を出したら、火星の海に叩き込んでやるから!」
「ひぃ!春香ちゃんが素のモードなのに、かわいくないよー!」
「リーネ!リーネ!押さえて!私が言うのもなんだけど!」
カオスさが増した。もう、どうしてくれよう、こいつ。
「はあ、はあ…。んんっ。とにかく、あなたも、ちゃんとした人を、見つけて」
「自分が須藤くんとくっついたからって、えっらそーに…」
「きーっ!」
「リーネ!リーネ!?」
ああ、ダメだ。誠くんをダシにされたら、私は正常でいられなくなる。
「ごめん、美樹。やっぱりあなたに頼む。渡辺 凛に、いい人見つけてやって」
「ええっ、そんな!?」
「だって、恋愛関係では、私はどうにも不利だから…」
いいもん、私は誠くんさえいればいいんだから。ふんっ。
◇
「パス。お手上げ」
「ダメか…」
「ていうか、なんなの、あれ…。精神的に子供ってだけじゃ説明できないわよ?」
「いやあ…両親や幼馴染に聞いた話だと、8歳の時点で相当のやり手だったみたいだから」
「それは前にも聞いたけど、8歳でそれってどうよ」
いやまあ、やり手っていっても18禁的なものじゃないよ?人間関係に自由奔放というかなんというか。
「もしかすると、『入れ替わり』の前から何かあったのかな…」
「えー、またそれ?」
「いやいや、さすがに私絡みはないと思うけど」
「うーん…」
こうなったら、無理矢理タイムスリップして調べてみるか?いや、ちょっと干渉しただけでパラドックスが発生してしまう。なら、『私と彼女が入れ替わらなかった世界』に行くか?でも、どうやって探す?可能性は無限である。それに、私が二重に存在できるかもわからない。『渡辺 凛はいて私だけがいない世界』も、そもそも存在するのかどうかさえ…。
「…よし。強行手段に訴える」
「どうするの?犯罪はやめてよね」
「まあ、犯罪といえば犯罪だけど…」
「ちょ」
「いやほら、彼女が開発した『詐欺手法』を使ってさ」
「え、私がSOE諜報員にやられたアレ?」
「そう」
よし、善は急げだ!善なのか?
◇
ちゅんちゅん
「んん…あれ?」
私は、アパートの自室で目が覚めた。朝が来たようだ。
「あれえ…。夢、だったのかな?」
部屋のスタンドミラーで、自分自身を見る。
「あー、昔の春香ちゃんだー。…あれ?私は、佐藤春香、8歳。私は、佐藤春香、8歳…」
そんな気分が、頭の中で次第に大きくなっていく。
「私は…本当は、佐藤春香、で…小学校、に、通う…」
何か、どんどん馴染んでいく『設定』。いや、設定とかよりも…なつかしい想いすらも…。
「…そっかあ、夢かあ。残念」
夢の中の私は、世界を股にかけた活躍をしていた。いろんな人達と仲良くなって、いろいろと楽しい、面白いことをたくさんやって…。でも、小さな女の子が、立ち塞がって…。
「…立ち塞がって?なんか、そうでもなかったような…。まあ、夢ってこんなもんだよね!」
珍しく起こされずに目が覚めた私は、早速、
「もう一度寝ようっと!夢の続きが見られるといいなあ」
ガラッ
「春香、そろそろ起きないと、登校時間に遅刻するわよ?」
「ぶー…」
今日も、学校だ。退屈で、つまらない、学校。
「ほら、朝ごはん食べちゃいなさい」
「お母さん、せめて食パンは焼いてよ。クラスの娘の家では、いつも焼いてるって言ってるよ?」
「そ、そう?でも、もう、時間がないから」
「もういい!どうせ美味しくないから!食べないで行く!」
お母さんやお父さんの用意する食事は、あまり美味しくない。忙しい忙しいって、慌ただしくするだけ。朝も、夜も、休日のお昼も。
つまんない。ほんっとーに、つまんない!
◇
「…ねえ、佐藤家って、食パンは焼かないの?」
「そういえば、そうだったような…いつの間にか、朝食のほとんどは私が用意するようになっていたから」
「そうだったような…って、じゃあ、さっきの会話は?」
「ああうん、渡辺 凛の反応に合わせて『ロールプレイ』をしているから」
「『ほとんどの人物がNPCのフリをしたリーネ』の世界、の再来ね…」
しょうがないじゃない、そうしないと、細かい対応ができないんだから。
「でも、早速見えてきたわね、原因が」
「…私としては、その全てを、お父さんやお母さんのせいにしたくないんだけど」
「リーネって、あの御両親のこと、本当に好きなんだね」
「いつも、いてくれたから…」
だからって、元の両親が嫌いというわけではないけど。
私は、そういうものだと思っていたけど、彼女は…。
◇
「おはようございます、春香様!」
「おはよう!佐藤さん!」
「おはよ。ねえ、宿題やってきた?見せて!」
「…」
「…」
「…まさか、こないだみたいに、できてないとか…」
「ぼ、僕は、全然、できなかった…」
「あ、あたしは、半分だけ…」
もう、いつも使えないんだから!
ガラガラッ
「はい、みなさん、授業を始めますよ」
うっ、もう先生がやってきた。しーらないっと。
「宿題をやってこなかった人が、こんなにも…。昨日の授業をよく聞いていたら、すぐ解ける問題ばかりでしたよ」
「はい、せんせー」
「なに?佐藤さん」
「できない人がこんなにいる宿題を出す先生が悪いと思いまーす」
「…っ!あ、そ、そうね。でも、できている人もこんなにいるんだから…」
「こないだなんて、半分もやってこなかったと思いまーす」
「…と、とにかく、授業を始めます。今日出す宿題はちゃんと出すように」
自分が悪いくせに、ごまかすんだから!ほんっと、学校の先生ってヒドいよね!
◇
「…春香様、解説を」
「春香様とか言わないで。美樹に言われると背筋がゾクゾクする」
「悪かったわよ。で?」
かくかくしかじか
「え、ひとりの先生がとんでもなかった?」
「いや、その先生、産休で不在の先生の代わりで、数週間ほど慣れていなくてね」
「でも、それを理由に、担任の先生の科目とかでも宿題をサボる人が多かったと」
「あの時はよくわからなかったけど、彼女が先頭切ってサボってたわけか…」
「なんというか…世渡り上手ね。完全に悪い意味で」
ああうん、渡辺 凛らしくなってきた。
「ちなみに、リーネとしてはどうしてたの?」
「いや、普通に宿題提出していたら、クラスのみんなが聞きに来て、放課後よく自主勉強会するようになったよ」
「…リーネってその頃、友達がいなかったんじゃなかったの?」
「え、一緒に勉強会しただけだよ?私が教える一方だったし、友達というほどでは」
「…こっちはこっちで、相変わらずおかしかったのね」
なによ、こっちはって。
◇
「ほら!私にはシチューを山盛り!」
「あ、う、うん…」
給食もあんまり美味しくないけど、ウチのよりはマシだからね!
「佐藤さん、ちゃんと同じ量にしてもらいなさい」
「…ふんっ」
もう、もらっちゃったもんね!このまま食べちゃうから!
ガツガツ
「あ、アンタこれ食べないの?もーらいっと」
「あっ…!」
「なによ?」
「…なんでも、ない」
グズグズしてるのが悪いんだからね!
◇
「…酷すぎる。いくら、小学生だからって」
「なるほど…そういうことだったか…」
「なに?」
かくかくしかじか
「それで、分けてあげたら、むせび泣いて喜ばれたことがあった、と」
「その男の子、運動会の時のお弁当なんて、日の丸だったんだよ?育ち盛りなのに」
「…いや、それって普通なのでは」
「そう?私は自分で作ってたからよくわかんないけど、でも、あれはないわあ」
というか、運動会の時はいつも両親ふたりとも来てくれて、ものすごく嬉しかった。なぜそんなに嬉しかったかわからなかったんだけど…『入れ替わり』の前の想いが残っていたのかなあ。
「ねえ、ちなみに、その運動会の時のお弁当、御両親のも作ったの?」
「え、当然じゃない。他に誰が作るの?」
「…そう」
ああ、そうそう、思い出した。ある年の運動会に作っていった唐揚げが物凄くウケて、クラスのみんなが『おいしい、おいしい』って食べてくれたなあ。あれは嬉しかった。
「念のために聞くけど、その時の自分の分の唐揚げは?」
「え?家でいくらでも食べられるでしょ?まあ、その晩は両親が喜んで食べてくれたけど」
「…」
あれ、なんか美樹が黙りこくっちゃった。
まあいいや、次いこう、次。
◇
パンッ
たったったっ…
ひょいっ
「あっ!」
「へっへー、私が一等!」
ふらふら
「春香様、ヒドい…」
「ちょこちょこ走ってるのが悪いんでしょ!」
ほんっと、トロい奴らばっかりなんだから。
◇
「体育のかけっこで足を引っ掛けて転ばせて、自分が一位…」
「なんだかなあ。そんなことせずに、普通に走ればいいのに」
「…一応、聞こうかな。リーネになってからはどうしてたの?」
かくかくしかじか
「いい、もういい!聞きたくない!」
「聞かせろっていうから、話したのに…」
「だって…夜遅くまで、練習に付き合って…自分は、大会とか出ずに…」
「まあほら、大会ったって、しょせんは小学校対抗だしさ。いいじゃん、賞状もらってすごく嬉しそうな顔してたよ、その子」
「…」
また黙りこくっちゃったよ。
もう、勝手に進めるねー。
◇
「アンタが部下Cね!私は、司令官!」
「ええ…いえ、なんでもないです」
「部下は司令官の荷物を運ぶ!ほらほら!」
どさっ
「ちょっと重いかもしれないけど、我慢するのも部下の務め!」
「このランドセル、何が入ってるの…?」
「持ち帰るの忘れていた粘土!数が多いから気をつけてね」
ふらふら
「よし!じゃあ、他のみんなは、私と一緒にゲームで遊ぶよ!」
「え、それって…」
「もちろん、あんたん家よ!大きくて広くて、みんなでワイワイやれるでしょ!」
あーあ、ウチもあれだけ大きい家ならいいのになあ。
ダメか、あの両親の『おきゅうりょう』じゃあ…。
◇
「なるほど、広ければいいってわけじゃなかったのか」
「…」
「どうしたの?美樹」
「いや、気になることはいくつかあるけど、それを聞いたらおしまいかなって」
なにそれ。言いたいことがあったらはっきり言えば?美樹らしくないよ。
「じゃあ、聞くけど…リーネとしては、その、他の子の家には…」
「ああうん、何度か行ったことあるよ?もちろん、さすがに男の子の部屋は…」
「…!そ、そう!そうなんだ!」
あれ、なんか美樹の顔が、ぱああっと明るくなった。わからん。
「でも、あの娘の家は酷かったなー。物は散らかってるわホコリは溜まってるわ。だから」
「やめて。その先は言わないで」
また、ずーんと暗くなった。わけわかめ。
◇
「ねえ、たまには、外食しようよー。今日行った家の子は、今日の御飯はファミレスだって」
「今からだと、遅くなっちゃうわよ。この辺、ファミレスないし」
「ねえ、なんでウチは車ないの?」
「必要なかったからなあ。免許もないし」
必要じゃん!スーパーまでだって、歩いて30分はかかるし!
そうして買ってきたものだって、プラスチックに入った冷たいおかず…電子レンジもないなんて、信じられない!
「店頭で操作を試してみたけど、難しくてなあ」
「そうねえ。こう、頭に何かかぶって考えるだけで何かしてくれるもの、ないかしら?」
「ないよ!せいぜい、あの博物館の…」
…博物館、の?
なんだろう、なにか、思い出しそうな…。
「そうそう、今日は春香の誕生日だったわね!はい、これ!」
「…要らない」
「欲しがってなかったか?このバトン」
「それは、去年見ていたアニメのだよ!今やってる『マジカルクイーンあかね』みたいな、女王様みたいになれるのがいいの!」
もう、いや!
こんな家…こんな、生活…!
「春香!?」
「春香、風呂はいいのか?」
もう、寝よう。
そしたら、朝起きる前に見ていたような、夢の続きが…!
◇
「はっ。…あれ?」
「ん、凛、ログアウトしたのか?」
「え、あれ?…おじい、様?」
えっと…。
ここは、火星の、私が滞在する家の、そのリビングで…。
「あ、そっか。FWO日本サーバにフルダイブしていて、『リーネ総合オフィス』で寝こけていたんだっけ」
「凛…。また、リーネ…春香さんに怒られるぞ」
「いいもーん、今見た夢の話をすれば、きっと興味深く聞いてくれるだろうから!」
『可能性変動』だっけ?それに近いものを感じたからね。よーし、ひさしぶりに私が主導権を握るよ!なにしろ、実際の春香ちゃんは、あんな地味な生活じゃないし!可愛くて強くて頭も良くて、いろいろ活躍してきた私よりもはるかに有名で、世界どころか宇宙を股にかけて、最近はカッコイイ彼氏も作って…!