EX-9 AF「私のいないパラレルワールドに転移してしまった」(前編)
最初は異世界転移で冒険者いやっふーを考えたのですが、ジャンルが違う上に、脳内プロットで春香が数日で魔王を倒して世界征服までしてしまったのでやめました。
突然ではあるが、都内にある『ソル・インダストリーズ』の研究所で転移門の改良実験をしていたら、どこかにさくっと飛ばされてしまった。
時空間の事象面以外の何かが検出されたので、門の制御装置に本格フルダイブして調べていたのだが、結論から言うと、何かの拍子にいわゆる『可能性世界』のひとつに転移してしまったようだ。
「普通の会社の建物の廊下に放り出されたのは、運が良かったのかもしれない」
転移の類の事故で最も怖いのはそこである。海の上や宇宙空間だったら悲惨極まりないよね。
でも、最初は混乱したよ!初めは、超短距離の転移が起こったのかと思ったものだから、廊下から建物の外に出て、そして、その建物からしばらく歩いてみたんだけど、すぐ近くに見覚えのあるビルが並んでいたのだ。
さんざん歩き回ってようやく、研究所とその周辺以外だけが異なることに気がついた。気がついただけで、それが何を意味するのかはやっぱりわからなかった。
「私の車もないか…」
とりあえず、電車でソル・インダストリーズ日本本社に向かおうとした。IC乗車券も兼ねているFWO会員証を改札にタッチして、しかし認証が弾かれた時、ようやく私の頭の中に『推測』が生まれた。
私のこんな時の推測は、どんなに荒唐無稽でも、よく当たるのよね。直感と理論が突如として湧き出るこの現象も『現界』能力の一部なのかも。とはいえ、証拠もなしに確信することはできない。
と、いうことで。
「あ、美里と健人くんがスキャンダルに晒されている」
少しは現金を持っていたので、それで近くのコンビニで紙の新聞を買ってみた。普段読まないので、どの面にどんなことが書かれているかわからなかったが、芸能面らしきところでふたりの記事を見つけた時は苦笑してしまった。ごめん。
ふたりが義理の姉弟ということはとうの昔に世間に知られてしまったらしく、その関係を勘ぐられてマスコミに追いかけられているようだ。大企業のお嬢様お坊っちゃまは大変ですなあ。
「FWOどころか、VRゲームや仮想世界のことがまるで話題になっていない。ということは…」
『佐藤春香』だけでなく『リーネ・フェルンベル』が生まれなかった世界、ということなのかな?もしかすると、そういう可能性世界だからこそ、私はここに飛ばされたのかもしれないしね。
「もう少し調べる必要があるけど、パラレルワールドに飛ばされたのは間違いないか…」
さて、どうしよう?
◇
最近はFWO会員証だけで社会生活が割となんとかなっていたのが、逆にアダとなってしまった。現金は、安いビジネスホテルに2〜3泊できる程度。食事代も考えると、その2〜3泊も厳しい。ぐっすん。
「ネットカフェに行ってみるか…」
不幸中の幸いだったのは、運転免許証がとりあえずは本人確認書類として使えたことだ。もちろん、そこに書かれている住所や識別番号を調べられたらアウトである。確かに本物なのに偽造扱いだよ!
ネットカフェは、元の世界ではフルダイブ設備がいくつか置いてあるところに、旧来のデスクトップ端末があるという状況だった。使えないわけではないけど…面倒だよね。
「できるかな…あ、できた」
頭に付けていたカチューシャ型ヘッドセットHS-01で、ネットカフェ内で提供されている無線回線に接続を試みたところ、あっさりつながった。ネット接続に関わる規格や機能は同じのようだ。
変なアクセスをして素性を調べられても困るので、ゲストアカウントで利用できる範囲でネット上の情報をサーチした。うん、やっぱりフルダイブ端末の方が手っ取り早い。高橋さん曰く、私だけらしいけど。
「ああ…ホントに、私と『渡辺 凛』がいないだけの世界みたいだ…」
フルダイブ技術はあるにはあるが、私がリーネ・フェルンベルとして少し改良する前の技術に留まっている。今思うと、私は『入れ替わる』前から既に『現界』能力を無意識に使っていたのかもしれない。
フェルンベル総裁には、息子…私の前世の『お父さん』だった人物が確かに存在するみたいだけど、日本に留まったわけではないようだ。聞いたこともない名前の人と結婚していた。前世のこととはいえ、ちょっとばかりショック。
佐藤春香としての両親は…一般人だからネットでは調べようがない。あの渡辺 凛が渡辺 凛とならずに佐藤春香のまま成長している可能性がなきにしもあらずだけど、それはないような気がしている。例によって、推測という名のカンである。
「とはいえ、本当に成長していたら…」
調べることができるものは全て調べたし、ドリンクバーでひと息ついたので、私はネットカフェを出て、電車で『自宅』のある市に向かった。
◇
現金節約のため新幹線や特急を使わず、3時間ほどかかってしまったが、なんとかいつもの最寄駅に到着した。疲れた…。
「ああ、やっぱり別の名字だ…」
見慣れた自宅アパートの部屋の表札に、見慣れぬ名字。佐藤春香としては物心ついた時には既に暮らしていたところだけに、ショックが大きい。ていうかウチの両親、結婚相手として出会えたのかな…。それぞれの実家はかなり遠く、わざわざ調べることはできそうにない。
「落ち込んでばかりいても、しょうがない。これからどうするか、考えないと…」
本人確認用としての免許証は、素性を調べられない限り、しばらく使えそうである。現金は限りがあるけど、シャワーとかが使えるネットカフェで夜を明かすなら数日程度はもつかな。でも、着替えや日用品も買うとなると、1週間ももたないかもしれない。むう。
誰かに頼ろうにも、この世界に知り合いは誰もいない。知っていたとしても、双方の両親はもちろん、ネットで調べた限り、田中さんや高橋さん、伊藤先生が今回のような事態に対応できる立場とは思えない。鈴木姉弟はそれどころではないという感じだ。
ん?鈴木姉弟?立場?
…よし、やってみるか!善は急げだ。いや、マジで!




