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EX-75 AF「クリームシチューを食べよう(転移編)」(前編)

前後編の前編です。

 また、転移門を暴走させてしまった。懲りないな、(リーネ)。まあ、今回も『振り子』設定がしてある。数週間ほど経てば戻れるだろう。


 それまで、私が生き延びれば。


「ここ、どこ…?」


 草木がほとんど生えていない、広がる不毛の大地。遠く遠く先に見える地平線。反対方向には丘が見え、別の方向には、僅かながらに木々が見える。

 これだけの地平線が見える時点で、明らかに現代日本ではない。いや、昔の平野でさえ、こんな光景が見られたかどうか。とりあえず、どこかの大陸だろう。


「歩くか…」


 暑くはないものの、照りつける太陽の下、木々が見える方に望みをかけ、とぼとぼと歩き出す。



 3時間後。


「家が、見える…」


 最初に見えた木々は、本当に木々でしかなかった。しかし、その先に更にぽつん、ぽつんと木々が見え、それをたどるように(作者注・佐藤春香の)歩いていった(体力は異常)。根拠はほとんどないが、なんとなく、人が住むところに近づくような気がしたのだ。

 そして、偶然なのかどうなのか、ようやく、集落のようなものが見えた。近くに細い川も流れている。


「ごめんください…」


 主に木で作られた小屋の扉を開け、そう声をかける。正直、日本語が通じるとは思ってはいなかったが、じゃあ何語がいいかと言われれば千差万別なので、とりあえずの母語で呼びかけただけだった。


「ん?なんだ娘さん、どこか別の国から来たのか?」


 ああうん、やっぱり日本語じゃなかった。いや、私の感覚で表現すると端からではわかりにくいか。とにかく、そこにいた中年男性…明らかに日本人の風貌ではなかったが、その人の話す言葉も間違いなく日本語ではなかった。

 しかし、私にはその言葉の意味が概ね理解できた。不思議なことに、『あの国』の言葉に近い。あくまで近いだけで、発音やら語彙やらが微妙に違った。私には『娘さん』と聞こえたが、もしかすると『小娘』とか『嬢ちゃん』かもしれない。そんな感じだ。


 だから、私の方は、


「失礼いた…しました。私はリーネ、と言います。迷子になっ…て、しまって」


 少したどたどしい言葉に聞こえるだろう。名乗る名前はこちらにした。この言葉で発音しやすいからだ。


「そうか。隊商から、はぐれたのか?」


 隊商?そんな貿易手段が残っているとは…これはやはり、またパラレルワールドか?『可能性変動』の割合がかなり高い、遠く離れた世界。

 とはいえ、ここは無難に答えておこう。


「そうだ…と、思います。方向も、わからなくて」

「それはまずいな…。もう、合流はできないかもしれない」

「それで、その…一晩、泊めて、頂けないで…しょうか?」


 かなり大胆な要求だが、他に必要なものはない。ダメならとりあえずどこかで野宿だ。


「一晩では無理だろう。村長に話して、目処がつくまで滞在できないか相談してくる」

「あ、ありが…とう、ございます」


 随分と親切な人だ。迷惑がって追い出したって不思議ではない。それに、万が一、何か変な下心があるなら、村長に相談、などとは言わないだろう。まあ、面倒が起こらないようにしているだけかもだが。



「では、あなたはミリアの家で過ごしなさい。旦那さんが買い出しでしばらく不在でね」

「ありが…とう、ございます、村長。よ、よろし…く、お願いいた、します、ミリアさ…ん」

「働いてもらうことにはなるからね、覚悟しておきなさい、リーネ」

「は…はい、もちろんです」


 ということで、ミリアさんの家の部屋を借りて住むことになった。野宿とならずに済んだのはありがたい。


 しかし、村長さんの家を含めて、この村の家には、電化製品がない。また、書物を含む紙の類もない。ちょうどアレである、異世界転移とかで飛ばされる『中世ヨーロッパ風の村』である。服装も、生活の様子も、そんな感じだ。

 ただし、人々が魔法の類を使っている様子はない。だから、『風』は取り去ってもいいだろう。別の世界の、中世ヨーロッパの時代。これだけの可能性変動が起きれば、連動して時間軸の変動も大きかったに違いない。


「じゃあ、まずは水を汲んできて。川までは距離があるから大変だろうけど」

「はい、がんばります!」


 よーし、はたらくぞー!



 数日後。

 私はまだ、生きている。


 水汲みから畑仕事、家の中でのモノ作りなど、いろんな仕事があった。FWO内のスローライフ活動に似てはいるが、スキルなどがあるはずもなく、地道な作業を続けることがほとんどである。とはいえ、体力には自信があるし、作業のしかたも見よう見まねで(『現界』能力併用で)なんとか覚えている。


「じゃあ、こんな感じで編んでいって」

「はい」


 この村は、数年前に別の土地から新しく移り住んだ人々の集落のようだ。細い川しか流れていない不毛な土地ながらも、小屋を建て、周囲を耕して畑を作り、少しずつ収穫を増やしてきた。自然に生まれた森や林があるわけではないため、木々や草花は種や苗から育てていかなければならならい。


 なかなか大変な土地だが、政治的・宗教的な理由で移り住まなければならなかったようだ。移住しなければ、迫害され、投獄され、処刑されるか強制労働で野垂れ死ぬ。なかなか厳しい社会情勢だ。


「ミリアさん、麻袋、作り終えました」

「え、もう!?」

「明日も作りますね。水を汲んできます」


 言葉もこの数日で(・・・・・)ようやく(・・・・)滑らかに会話できるようになり、意思疎通に困ることはなくなった。最初の2~3日は、何を指す事柄かを逐一確認する必要があったから、結構大変だった。


「(ひそひそ)あの娘、すごいわねえ。教えたことを端から覚えて、完璧にこなして」

「(ひそひそ)体力も尋常じゃないな。俺なら、水汲みであれだけ往復すれば、しばらくバテるぜ」

「(ひそひそ)最初は、あんなキレイな身なりで無理だろうと思っていたが、毎日私より耕しているな」

「(ひそひそ)異国の貴族の娘が旅の途中ではぐれて…とも思ったが、メイドか何かなのだろうか」

「(ひそひそ)かもしれないわね。なんというか、ひとりでお屋敷ひとつをカバーできそうだけど」

「(ひそひそ)いずれにしても…」

「「「「働き者よねえ」」」」


 あまり雨が降らない天候の中、日の傾きを見ながら、私は効率良く仕事をこなしていく。携帯端末や腕時計がなく、HS-01も使えないから、時刻を把握するには、太陽の動きで知るしかない。


 私は、この村のお役に立っているのだろうか。そうでなければ、この村のお世話になる資格はない。

 あと数週間、この親切な人々と穏やかに暮らしていきたい。いけると、いいな。



『いただきます』

「いつも聞くけど、リーネの国の、お祈りの言葉か何かかい?」

「はい。既に宗教的な意味合いは薄れていますが。慣習ですね」


 野菜と穀物で作った、スープ。

 食事は、基本的にはこの構成だ。たまに、干し肉などが混ざっている。

 私は体が小さいからこれで十分だけど、他の人々は大丈夫なのだろうか。


「そういえば、そろそろ隊商が通る時期ね。リーネを連れていけるといいんだけど」

「そう…なんですか」


 いろいろでっち上げて連れていってもらえるなら、そうしよう。この村の負担になり続けるのもまずい。主に、食料的に。


「しかし、今ある収穫物ではロクなものと交換できそうにないねえ」

「何と、交換できるんですか?」

「いろいろあるけど、塩とコショウは欲しいねえ。でも、こんな内陸部では高くて高くて」


 確かに、いつものスープは、味がない。タマネギが入っていると、少し旨味があるんだけど。調味料の類が常備できなければしかたがないことだろう。


 調味料、か…。



 私は、まだ暗いうちに起き出し、外に出て歩き始める。

 この世界に転移した最初の場所から歩いていた時、ある木が途中に生えていたのを思い出したのだ。


「確かこの辺に…。あ、あった」


 葉を摘み、持ってきた小さめの麻袋に入れて、持ち帰る。


「これが、コショウの代わりになるのかい?」

「コショウほどの効果はありませんが、スープなどの煮込み料理に使うと、良い香りが付くんです」


 数が少ないとはいえ、こうして自生しているくらいだ。おそらく、この世界でも広く栽培され、利用されているはずだ。ただ、たまたまこの地域では利用方法が伝わっていなかっただけだろう。


「このままでも使えますが、乾燥させた方がいいでしょう。この気候では数日かかりますね」


 葉のほとんどを、小屋の隅でたるまないようにして干す。


「やはり乾燥させないと、苦味が出ますね」

「これでもいい感じだよ。今度みんなで葉を取りに行こうか!」

「最初は採取することになりますが、この村で栽培した方がいいでしょう」


 半年ほどで育って、それからは一年中、葉が取れるはずだ。

 村の人口はさほど多くないから、自然のものを採取し続けても問題はないだろうけど。まあ、手元にあった方が便利でいいという話はある。



 数日後。

 村に隊商がやってくる。割と大規模だ。


 しかし。


「すまんが、その娘を連れていけるほどの余裕はない。食料の問題もあるが、護衛の手間も増える」

「そうですよね。それは当然ですよね」


 村長が隊商の代表に交渉したが、あっさり断られ、あっさり引き下がった。

 村にとっても私の存在は負担のはずだが、粘って商品の交換に支障が出てもまずいということだろう。


 少し、いや、かなり、申し訳なく感じる。再転移まで、あと2週間弱。

 これまで以上に、がんばろう。村の人々の、お役に立つよう。


「これは…!この村では、◯◯◯を栽培しているのかね!?」

「ここからだいぶ離れた場所に自生しているのを、この娘が発見してね。村での栽培は、始めたばかりだよ」


 到着した夜に供与したスープを飲んだ隊商のひとりが、あの木のことをよく知っているようで、ミリアさんにそう話しかけていた。やはり、この世界でも広く使われているようだ。


「西方地域では有名だが、こちらでは誰も知らなくてね。比較的簡単に栽培できるはずなのだが」

「この乾燥した葉は、買い取ってもらえるかい?」

「ああ!それほど高くは買い取れないが、途中で寄る村で売ることができるからな」


 売り買いとは言ったが、基本的には物々交換だ。隊商がもつ何かと交換することになる。


「今回の葉の分は、リーネが交換したいものを選びな」

「いいんですか?」

「もちろんさ!葉はまた取りに行けばいいし、栽培した木が育てばいくらでも手に入るからね。少しだけど、今後の村の収入にもできそうだよ」


 それじゃあ、厚意に甘えて…。


「このバターを、少し」

「それでいいのかい?確かに、ウチの村では作っていないけれども」

「ええ」


 うん、これで材料が揃った。

後編は、この後13:00投稿予定です。

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