EX-75 AF「クリームシチューを食べよう(転移編)」(前編)
前後編の前編です。
また、転移門を暴走させてしまった。懲りないな、私。まあ、今回も『振り子』設定がしてある。数週間ほど経てば戻れるだろう。
それまで、私が生き延びれば。
「ここ、どこ…?」
草木がほとんど生えていない、広がる不毛の大地。遠く遠く先に見える地平線。反対方向には丘が見え、別の方向には、僅かながらに木々が見える。
これだけの地平線が見える時点で、明らかに現代日本ではない。いや、昔の平野でさえ、こんな光景が見られたかどうか。とりあえず、どこかの大陸だろう。
「歩くか…」
暑くはないものの、照りつける太陽の下、木々が見える方に望みをかけ、とぼとぼと歩き出す。
◇
3時間後。
「家が、見える…」
最初に見えた木々は、本当に木々でしかなかった。しかし、その先に更にぽつん、ぽつんと木々が見え、それをたどるように歩いていった。根拠はほとんどないが、なんとなく、人が住むところに近づくような気がしたのだ。
そして、偶然なのかどうなのか、ようやく、集落のようなものが見えた。近くに細い川も流れている。
「ごめんください…」
主に木で作られた小屋の扉を開け、そう声をかける。正直、日本語が通じるとは思ってはいなかったが、じゃあ何語がいいかと言われれば千差万別なので、とりあえずの母語で呼びかけただけだった。
「ん?なんだ娘さん、どこか別の国から来たのか?」
ああうん、やっぱり日本語じゃなかった。いや、私の感覚で表現すると端からではわかりにくいか。とにかく、そこにいた中年男性…明らかに日本人の風貌ではなかったが、その人の話す言葉も間違いなく日本語ではなかった。
しかし、私にはその言葉の意味が概ね理解できた。不思議なことに、『あの国』の言葉に近い。あくまで近いだけで、発音やら語彙やらが微妙に違った。私には『娘さん』と聞こえたが、もしかすると『小娘』とか『嬢ちゃん』かもしれない。そんな感じだ。
だから、私の方は、
「失礼いた…しました。私はリーネ、と言います。迷子になっ…て、しまって」
少したどたどしい言葉に聞こえるだろう。名乗る名前はこちらにした。この言葉で発音しやすいからだ。
「そうか。隊商から、はぐれたのか?」
隊商?そんな貿易手段が残っているとは…これはやはり、またパラレルワールドか?『可能性変動』の割合がかなり高い、遠く離れた世界。
とはいえ、ここは無難に答えておこう。
「そうだ…と、思います。方向も、わからなくて」
「それはまずいな…。もう、合流はできないかもしれない」
「それで、その…一晩、泊めて、頂けないで…しょうか?」
かなり大胆な要求だが、他に必要なものはない。ダメならとりあえずどこかで野宿だ。
「一晩では無理だろう。村長に話して、目処がつくまで滞在できないか相談してくる」
「あ、ありが…とう、ございます」
随分と親切な人だ。迷惑がって追い出したって不思議ではない。それに、万が一、何か変な下心があるなら、村長に相談、などとは言わないだろう。まあ、面倒が起こらないようにしているだけかもだが。
◇
「では、あなたはミリアの家で過ごしなさい。旦那さんが買い出しでしばらく不在でね」
「ありが…とう、ございます、村長。よ、よろし…く、お願いいた、します、ミリアさ…ん」
「働いてもらうことにはなるからね、覚悟しておきなさい、リーネ」
「は…はい、もちろんです」
ということで、ミリアさんの家の部屋を借りて住むことになった。野宿とならずに済んだのはありがたい。
しかし、村長さんの家を含めて、この村の家には、電化製品がない。また、書物を含む紙の類もない。ちょうどアレである、異世界転移とかで飛ばされる『中世ヨーロッパ風の村』である。服装も、生活の様子も、そんな感じだ。
ただし、人々が魔法の類を使っている様子はない。だから、『風』は取り去ってもいいだろう。別の世界の、中世ヨーロッパの時代。これだけの可能性変動が起きれば、連動して時間軸の変動も大きかったに違いない。
「じゃあ、まずは水を汲んできて。川までは距離があるから大変だろうけど」
「はい、がんばります!」
よーし、はたらくぞー!
◇
数日後。
私はまだ、生きている。
水汲みから畑仕事、家の中でのモノ作りなど、いろんな仕事があった。FWO内のスローライフ活動に似てはいるが、スキルなどがあるはずもなく、地道な作業を続けることがほとんどである。とはいえ、体力には自信があるし、作業のしかたも見よう見まねでなんとか覚えている。
「じゃあ、こんな感じで編んでいって」
「はい」
この村は、数年前に別の土地から新しく移り住んだ人々の集落のようだ。細い川しか流れていない不毛な土地ながらも、小屋を建て、周囲を耕して畑を作り、少しずつ収穫を増やしてきた。自然に生まれた森や林があるわけではないため、木々や草花は種や苗から育てていかなければならならい。
なかなか大変な土地だが、政治的・宗教的な理由で移り住まなければならなかったようだ。移住しなければ、迫害され、投獄され、処刑されるか強制労働で野垂れ死ぬ。なかなか厳しい社会情勢だ。
「ミリアさん、麻袋、作り終えました」
「え、もう!?」
「明日も作りますね。水を汲んできます」
言葉もこの数日でようやく滑らかに会話できるようになり、意思疎通に困ることはなくなった。最初の2~3日は、何を指す事柄かを逐一確認する必要があったから、結構大変だった。
「(ひそひそ)あの娘、すごいわねえ。教えたことを端から覚えて、完璧にこなして」
「(ひそひそ)体力も尋常じゃないな。俺なら、水汲みであれだけ往復すれば、しばらくバテるぜ」
「(ひそひそ)最初は、あんなキレイな身なりで無理だろうと思っていたが、毎日私より耕しているな」
「(ひそひそ)異国の貴族の娘が旅の途中ではぐれて…とも思ったが、メイドか何かなのだろうか」
「(ひそひそ)かもしれないわね。なんというか、ひとりでお屋敷ひとつをカバーできそうだけど」
「(ひそひそ)いずれにしても…」
「「「「働き者よねえ」」」」
あまり雨が降らない天候の中、日の傾きを見ながら、私は効率良く仕事をこなしていく。携帯端末や腕時計がなく、HS-01も使えないから、時刻を把握するには、太陽の動きで知るしかない。
私は、この村のお役に立っているのだろうか。そうでなければ、この村のお世話になる資格はない。
あと数週間、この親切な人々と穏やかに暮らしていきたい。いけると、いいな。
◇
『いただきます』
「いつも聞くけど、リーネの国の、お祈りの言葉か何かかい?」
「はい。既に宗教的な意味合いは薄れていますが。慣習ですね」
野菜と穀物で作った、スープ。
食事は、基本的にはこの構成だ。たまに、干し肉などが混ざっている。
私は体が小さいからこれで十分だけど、他の人々は大丈夫なのだろうか。
「そういえば、そろそろ隊商が通る時期ね。リーネを連れていけるといいんだけど」
「そう…なんですか」
いろいろでっち上げて連れていってもらえるなら、そうしよう。この村の負担になり続けるのもまずい。主に、食料的に。
「しかし、今ある収穫物ではロクなものと交換できそうにないねえ」
「何と、交換できるんですか?」
「いろいろあるけど、塩とコショウは欲しいねえ。でも、こんな内陸部では高くて高くて」
確かに、いつものスープは、味がない。タマネギが入っていると、少し旨味があるんだけど。調味料の類が常備できなければしかたがないことだろう。
調味料、か…。
◇
私は、まだ暗いうちに起き出し、外に出て歩き始める。
この世界に転移した最初の場所から歩いていた時、ある木が途中に生えていたのを思い出したのだ。
「確かこの辺に…。あ、あった」
葉を摘み、持ってきた小さめの麻袋に入れて、持ち帰る。
「これが、コショウの代わりになるのかい?」
「コショウほどの効果はありませんが、スープなどの煮込み料理に使うと、良い香りが付くんです」
数が少ないとはいえ、こうして自生しているくらいだ。おそらく、この世界でも広く栽培され、利用されているはずだ。ただ、たまたまこの地域では利用方法が伝わっていなかっただけだろう。
「このままでも使えますが、乾燥させた方がいいでしょう。この気候では数日かかりますね」
葉のほとんどを、小屋の隅でたるまないようにして干す。
「やはり乾燥させないと、苦味が出ますね」
「これでもいい感じだよ。今度みんなで葉を取りに行こうか!」
「最初は採取することになりますが、この村で栽培した方がいいでしょう」
半年ほどで育って、それからは一年中、葉が取れるはずだ。
村の人口はさほど多くないから、自然のものを採取し続けても問題はないだろうけど。まあ、手元にあった方が便利でいいという話はある。
◇
数日後。
村に隊商がやってくる。割と大規模だ。
しかし。
「すまんが、その娘を連れていけるほどの余裕はない。食料の問題もあるが、護衛の手間も増える」
「そうですよね。それは当然ですよね」
村長が隊商の代表に交渉したが、あっさり断られ、あっさり引き下がった。
村にとっても私の存在は負担のはずだが、粘って商品の交換に支障が出てもまずいということだろう。
少し、いや、かなり、申し訳なく感じる。再転移まで、あと2週間弱。
これまで以上に、がんばろう。村の人々の、お役に立つよう。
「これは…!この村では、◯◯◯を栽培しているのかね!?」
「ここからだいぶ離れた場所に自生しているのを、この娘が発見してね。村での栽培は、始めたばかりだよ」
到着した夜に供与したスープを飲んだ隊商のひとりが、あの木のことをよく知っているようで、ミリアさんにそう話しかけていた。やはり、この世界でも広く使われているようだ。
「西方地域では有名だが、こちらでは誰も知らなくてね。比較的簡単に栽培できるはずなのだが」
「この乾燥した葉は、買い取ってもらえるかい?」
「ああ!それほど高くは買い取れないが、途中で寄る村で売ることができるからな」
売り買いとは言ったが、基本的には物々交換だ。隊商がもつ何かと交換することになる。
「今回の葉の分は、リーネが交換したいものを選びな」
「いいんですか?」
「もちろんさ!葉はまた取りに行けばいいし、栽培した木が育てばいくらでも手に入るからね。少しだけど、今後の村の収入にもできそうだよ」
それじゃあ、厚意に甘えて…。
「このバターを、少し」
「それでいいのかい?確かに、ウチの村では作っていないけれども」
「ええ」
うん、これで材料が揃った。
後編は、この後13:00投稿予定です。