EX-72 IF「お爺様に家を追い出された」
設定上、IFとしていますが、実質SSですね。なお、冒頭で美里が健人と部屋でダラダラしながら何してたかは御想像にお任せいたします(いつもの)。
「どうする?健人」
「どうもこうも、行くとこがないぜ、姉貴」
正月三が日に部屋で健人とダラダラしてたら、4日に姉弟揃ってお爺様に家を追い出された。何を言ってるかわからないかもだけど、こう表現するしかない。
しかし、お爺様も酷い。あたしも健人もまだ高校生なのに、生活用品と着替えを詰めたバックと共に、秘書の人と一緒にぽいっと家から放り出した。あたし等は生ゴミかっての。
「ホントにどうする?俺、心当たりないぜ?携帯端末もないし」
「あたしも、自宅を隠していた後ろめたさもあって、家に泊まりに行った友達とかいないのよねえ」
「いても、泊めてくれるか?今回の場合」
まあ、ダメだろうな。正月直後ってのも大きい。
「もらっていたお年玉で、しばらく凌ぐしかないわね…」
「まあな。お爺様も、それを承知で金も出さずに俺達を追い出したんだろうし」
「とりあえず、隣町のネットカフェかなあ。会員証はあるし」
そんなわけで、ふたりして市内をとぼとぼと歩く。自宅がある僻地からの徒歩移動は大変なのである。
◇
歩き始めて、1時間ほど。
「このバス停で乗れば、隣町に行けると思うけど…」
「これまで市街地までは家の車だったからな。よくわからん」
「あたし達、変なところで世間知らずよね…」
健人ととりあえず乗ったバスは、しかし、あさっての方向に到着した。
「ここ、どこ…?」
「まだ市内だと、思うけど…」
住宅しかない、住宅地。営業所止まりで降りるしかなかったが、周りには店の類が見当たらない。
「暗くなってきた…どうしよ」
「どこかの家に突っ込めば、警察を呼んでくれそうよね」
「それは最後の手段にしようぜ」
もちろんである。というか、冗談である。
「…鈴木、さん?」
「え?…佐藤、さん?」
「あ、ホントだ、佐藤春香さんだ」
途方にくれていた時に現れたのは、あたしのクラスメートである、佐藤春香さんだった。手には、スーパーのレジ袋が。
「ていうか、なんで健人が佐藤さんを知ってるのよ!?」
「いや、姉貴のクラスメートだろ?だから…あれ?俺、姉貴にそのこと聞いたっけ?」
「言ってないわよ!怪しいわねえ…」
まあ、今はそれは置いておこう。
「佐藤さん、スーパーの場所、教えてくれないかな?私達、この辺詳しくなくて」
「なぜ?」
「えっと、とりあえず食料の買い出しというか…」
うーん、不自然か。食料をげっとしたいのは確かだけど、それだけじゃなにがなんだかだよね。
「ウチに…来る?」
「「え?」」
◇
「入って」
「お邪魔しまーす…」
「お邪魔します…」
そうしてやってきたのは、アパートの一室。洋間2つにリビング兼キッチンの、それだけの作りだ。もちろん、バス・トイレは別にあるが。
「え、もしかして、佐藤さんって、ひとり暮らし?」
「違うよ。両親と、3人暮らし、だよ」
「え、ここに家族で住んでるの!?」
「そう、だけど」
はー、ウチとは両極端って感じだ。あっちは豪邸とも言える作り、こっちは…。とても、同じクラスメートの家とは思えない。
「シチューで、いい?」
「え、佐藤さんが作るの!?」
「うん。ダメ、かな?」
自炊してるんだあ。あたしなんて、フライパンの使い方さえあやしいのに。
「いえ、ゴチになります!」
「ちょっと、健人!」
「いまさらだろ?家に入って、シチューだから帰ります、とか言うのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど…」
というか、あたし達は未だ事情を話していない。食べるものにも困っている…ちょっと違うけど、そんな様子を見ただけで、佐藤さんは自宅に誘った。世話好きなのかな?そうかもしれない。見た目はむしろ…。
「どうしたの?」
「え!?あ、ああ、うん。その、私も、シチューでいいから…」
「そう、良かった。少し、待っててね」
野菜や肉を煮込んでいる横で、フライパンで手早くシチューのルーを作っていく、佐藤さん。手慣れているなあ。
「そういえば、御両親は?」
「あ、うん、ふたりとも遅くなるって、職場から、連絡があったから」
「それじゃ、夕食は食べて帰るんだ。だから、俺達を…」
「ううん、食べないで、帰ってくると、思う。外食できるほど、持ち合わせ、ないと思う、から」
「そ、そう…」
…
「(ひそひそ)なあ、姉貴、今の、どう解釈すればいいのかな?」
「(ひそひそ)どうって…佐藤さんが、御両親の手持ちのお金を把握している?」
「(ひそひそ)それも驚愕だけど…働いている大人が、残業で遅くなるのに外食もできないほどにお金がないってことあるのか?」
「(ひそひそ)あるんじゃない?家庭によっては、いろいろと物入りだし…」
家のローンとか…あれ、でも、ここアパートだよね?TVやネット接続などの、最低限の設備が揃った、賃貸アパート。家を買うために貯金している?
あるいはもしかすると、車とか情報端末にお金をかけているのかもしれない。そういう家庭があったって別に不思議ではないよね。
「こんなこと聞いていいのか、わからないけど…佐藤さんの御両親って、どんなお仕事してるの?」
「お父さんは、県の職員、だよ。お母さんは、化粧品チェーン店の、やっぱり事務って、言ってた」
「そ、そう…」
「…」
…は、話が、続かない。御両親の仕事を聞けば、話題になると思ったのに。健人も、この微妙な雰囲気を察したようだ。
事務、って仕事、どんなのがあるんだっけ?会計?総務?人事は事務って言えるんだっけ?あれ?
「しばらく煮込むから、待ってて」
「あ、ああ」
「うん…」
…
「さ、佐藤先輩、先輩は普段、どんなTV番組を見てる?」
健人、なんとか話題を絞り出した模様。
「…ごめんなさい。私、普段は、TV、全く観なくて。両親が観ているニュースをたまに観るだけで」
「そ、そう…」
それでも、見事外したっていう。
「そ、そうよね!最近はみんな、携帯端末だもんね!さ、佐藤さんは、休み時間とか、よく電子書籍読んでるよね。機種はなんだっけ?」
「◯◯社の、XX-XXX、かな」
「そ、そう…」
端末業界の中でも、一番安くて旧式…。
「も、もしかして、御両親と同じモデル?」
「両親は、携帯端末、もってなくて…」
「「え!?」」
「め、珍しいよね。私は、ネットで無料書籍とか読めるから、お小遣い貯めて…」
「「ええっ!?」」
「ど、どうしたの?」
「な、なんでもないよ。ね、健人?」
「あ、ああ…」
お小遣いとはいえ、本体から自己負担って…。
「じゃ、じゃあ、御両親は車とか凝ってるのかな?最近、端末込みのラインナップも揃ってるし!」
「あ、ウチの両親、車もないから。免許もないって言ってたなあ」
「「ええっ!?」」
「そ、そんなに、驚いた?」
「あ、いや…」
「そういう、わけじゃ、な、ないけど…」
えええ…。
この市って関東平野の端っこで割とだだっ広くて、でも、バス路線は駅前通りを中心としたものしかなかったはずで、だから、車がないと相当不便なんじゃ…。
…あれ?そういえば、佐藤さん、さっき歩いてたよね?自転車とかもないのかな?
「あ、えっと…ここからスーパーって、歩いてどのくらいなの?」
「だいたい、30分くらい、かな」
「「30分!?」」
それって、3キロほどだよね、片道で…。
「(ひそひそ)姉貴、なんかもう、住む世界が違い過ぎて、話題が見つからん」
「(ひそひそ)そうね…。あとは、VRゲームくらい?でも、中学でやめちゃったしね」
「(ひそひそ)俺がフラれてなー」
まあ、携帯端末でさえあんな感じだ、VRにはもっと縁がないだろう。
「VR?やってるよ。中古の、ヘッドセットで、だけど」
「「やってるの!?」」
「う、うん。あ、ゲームの方は、最近は、やってないけど。あちこちの、仮想空間サービスが、今は多い、かな」
「そ、そう…。どんな、サービス?」
「えっと…◯◯◯とか、×××とか」
「知らねえ…」
「外国サイト、だからかな。ドイツ語圏と、アラビア語圏」
「「ドイツ語とアラビア語!?」」
あたし、英語でもまともに会話できないのに…。
「面白いよ。日本にはない、歌とか、料理とか、教えてもらったり」
「そうなの?」
「このシチューも、そうだよ」
いつしか出来上がってたシチューを、佐藤さんは運んできた。
「どうぞ」
「「いただきます」」
うん、普通のクリームシチューだ。でも、味付けが少し独特だ。スパイスみたいなのを使っているのかな?
「煮込む時に、◯◯◯の葉を乾燥させたものを、入れるの。他にもあるけど、それが一番、大きな特徴」
「そう…」
「んまんま」
普通だけど、素朴だけど、おいしい。なんか、落ち着く。
「先輩、おかわり!」
「ちょっと…」
「まだまだたくさん、あるから」
「えっと、じゃあ、あたしも…」
「姉貴も食べたかったんじゃないか」
「うっさい!」
クスクス。
佐藤さんが、微笑んだ。
あの、佐藤さんが…。
「「…」」
「あ、ごめんなさい、笑ったりして」
「…はっ。う、ううん、謝ることないよ」
「今の笑顔…いや、まあ、普通だな、うん」
「健人は相変わらず佐藤さんに失礼ね!」
「姉弟、仲いいんだ。私、ひとりっ子だから、うらやましい」
あまりに仲いいからお爺様に追い出されました、とか言えない。
◇
その後、3人でTVとか観てたら御両親が帰ってきて、あたしは佐藤さんの部屋に、健人はリビングに布団を敷いて寝ることとなった。
しかし御両親、佐藤さんと似てないな。見た目もだけど、雰囲気が。もっとも、ほのぼのとしているところは同じかも。普通だし。
翌朝、リビングで豪快な寝相の悪さを露呈していた健人を叩き起こし、海苔と卵の簡単な朝食を頂いた。
ちなみに、朝食も佐藤さんが用意していた。あと、今日も出勤という御両親の服を着せたり、持ち物を準備して持たせていた。すごいけど…普通よね?
「じゃあ、これで帰るね。泊めてくれてありがとう」
「気をつけて、帰ってね。これ、戻る道順」
「マジ助かったぜ。サンキュー!」
「だから健人、アンタは物言いが失礼過ぎ」
佐藤さんに挨拶してアパートを出て、もらった道順のメモに沿って歩く。
「いやあ、いたれりつくせりだったなあ。何か豪勢にもてなされたってわけじゃないけど」
「そうね…。あれ?ウチの学校って、ここだったの!?」
「ホントだ!佐藤先輩ん家って、学校の近くだったのか…」
また今度、遊びに行ってみようかな。これだけ近いなら、下校途中で寄っていくこともできるだろう。
◇
難なく家にたどり着いたあたし達は、玄関先で土下座してお爺様に許しを請うた。
昨晩はどうしていたか尋ねられたので、佐藤さんのことをかくかくしかじかと話したら、
「貴重な経験をしたようだな」
と言って、家に入れてくれた。もし、ネットカフェとかで過ごしていたら追い返すつもりだったらしい。
結局のところ、ふたりだけの閉じこもった世界にいるんじゃない、ということだったようだ。それならバラバラに追い出した方が良かったんじゃ?と健人がつぶやいたら、ならあらためてとまた追い出されそうになったので、健人の頭を地面に押さえつけて再度土下座した。
「なにしてんのよ、もう…」
「すまん、口がすべった。でも、先輩には感謝だな」
「そうね。貴重な経験だったのは、確かかも」
冬休みが明けたら、真っ先に佐藤さんに話しかけよう。お礼を言って、それから、VRの話題とかで…
「…!?さ、佐藤さん!?あの、佐藤春香!?」
「どした、姉貴?」
「何言ってんのよ!あたし達、佐藤春香の家に行ったのよ!」
「それは…あ、ああ、あああああ!!」
佐藤春香。あたしのクラスメート。
いつもミステリアスな雰囲気を漂わせている、小柄で物静かな美少女。勉強も運動もパーフェクトで、成績は常にトップクラス。ウチの生徒や教師なら誰もが知る、超有名人だ。
いつか話かけようと思いつつも、その存在感に圧倒されてなかなか機会が見つからず、入学してから既に2年は経過している。同じクラスなのに。
「でも、なんか変じゃねえか?なんで俺達、先輩と普通に接していたんだ?」
「不思議よね…。健人が彼女を知ってて当たり前だったのに、むしろそれを訝しんだり」
「更にミステリアスな側面を垣間見たぜ…普通だったけど」
そうね、普通だったわよね…。
このシーズンは『認識阻害』シリーズにするかもしれません。本編を含めたあれやこれやの不可思議なシーンの回収といいますか。インターミッション的な(手抜きシーズンとも言う)。




