EX-68 AF「ちゃんと好きって言ってもらえたのか?」
初・須藤兄くん視点です。それもあって、説明文が多い感じです。おかしい、最初は典型的な色ボケ回だったのに…。
「明日の夕方?」
「突然ごめんなさい!でも…その、誠くんと、リアルで会いたいなあって…」
「ちょっと待って、部活の予定と、門番のシフトを調べてみるから。…うん。大丈夫、空いてる」
「やった!じゃ、じゃあ、誠くんの学校の最寄駅で、◯◯時に待ち合わせね!」
「え、それじゃあ、リーネが遠回りになるんじゃ…」
「そんなことないよ。私、車持ってるし!超速いよ!」
「そ、そっか。じゃあ、その時間に、よろしく」
「うん!」
笑顔が、眩しい。
僕は今、その笑顔を見て、どんな表情をしているのだろう。
アバターが特別製だからだろうか、リアルで見た彼女の笑顔に、そっくりだ。
僕はきっと、この笑顔に惹かれているのだろう。ずっとずっと、頭に残っている。
僕の心に、その笑顔が、住み続けている。
◇
FWO第一エリア。
僕は、門番アバター『セイ』として、このエリアの出入口に立っている。
本来、『門番』なんて機械的な仕事、職業にする必要も、プレイヤーが担当する必要もないはずだけど、このVRゲーム『フェルンベル・ワークス・オンライン』、通称FWOの方針で、NPCやシステム管理ではなく、プレイヤーが着ける職業として設定されている。多くのプレイヤーが、この仮想世界の一員として活動できるための配慮らしい。
ただ、そんな必要性の薄さから、門番という職業はプレイヤーに人気がない。普段は、地味に立ち続けているだけだ。そして、それほど多くはない、他のエリアから直接第一エリアに出入りするプレイヤーを、いくつかの認証システムでチェックする。たまに、立入禁止を受けているプレイヤーが強引に入ってこようとするが、『門番』が一応戦闘職ということもあり、槍で撃退する。システムアシストや運営への通報機能もあるから、本格的な戦闘になることはない。
多くの人々の目に触れることにはなるが、有名プレイヤーにはまずなれないだろう。戦闘職だから、数か月前に導入されたエリアオーナーにもなれず、エリア運営で名を馳せることもできない。だから、門番になろというプレイヤーは非常に少ない。たまにサブアバターで地方エリアの門番をやってみようかって程度のプレイヤーがほとんどなのではないかと思う。
FWOが稼働を開始したその日、僕はこの『門番』をメインアバターの職業として選んだ。妹にはバカにされ、アバター登録担当のNPCにすら珍しがられたけど、FWO稼働前から僕はこの職業にしようと決めていた。なんとなく、僕に合っていると思ったのだ。激しい戦闘も技能スキルの修得もない、でも、この仮想世界に確実に存在し、人々と適度な交流ができる、この職業が。ちなみに、サブアバターは今も作っていない。
そして、先ほど僕と話していた、小柄な少女のアバター『リーネ』。僕と同じくFWO稼働日から活動しているけど、ある意味、僕とは真逆なプレイヤーだ。剣士という花形の職業を選んでいる…という理由では、まるで説明できていないほどに。
稼働日から数日も経たずに第1エリアのエリアボスを単独攻略し、討伐に成功する。全体メッセージを見た時は驚いた。稼働前から攻略難易度が高いと言われていたFWOの最初のエリアボスを、現実世界では稼働開始半日もかからず攻略してしまったのだから。ボスに至る前の、数多くの魔物討伐を含めて。
それを聞いた妹は『そんなすごいプレイヤーがいるの!?あたしもFWOやる!』といってアバター登録し、しかしすぐに『ムズい』といって、不定期ログインの生産職に移行していた。最近は、NPCのフリまでするという舐めプを繰り広げている。
『リーネ』の最初のアバターは、基本造形そのままの少女型だった。装備も装飾も初期のままで、エリアボス攻略後は、討伐報酬でどんな格好にするんだろうと思ったものだ。しかし彼女は、いくつものエリアボスを攻略した後も、装備、装飾、造形、そのいずれも初期のままだった。剣装備の強化と、…体の一部だけは増量していたが。
そして、今の『リーネ』アバターは、その頃とまるで違う。ただし、装飾や造形が強化されたというわけではない。彼女のリアル、『佐藤春香』の容姿と高校生当時の制服を、そのまま精密スキャンして作り上げたというものだ。VRゲームのプレイヤーとして、このような形でアバターを構築するのは、運営関係者を除けば、彼女しかいないだろう。
いや、今や彼女は、運営関係者のひとりと言えるかもしれない。FWOを含む、この世に存在するあらゆるコンピュータシステムの全てに、【運営No.00】という、絶対的な権限を執行できるのだから。
そんな彼女と、僕は、今、彼氏彼女として付き合っている。
◇
リーネと夕方デートの約束をした翌日の、学校。
朝のHRが始まる少し前の、教室。
「おい!いい加減、教えろよ!」
「何を?」
「お前の彼女の学校だよ!どこ中なんだ?」
今日もクラスメートの悪友がそんなことを聞いてくる。何度目だよ、これ。
「いいだろ、そんなこと別に。聞いてどうするんだ?」
「だってよー、『リーネ嬢』に直接聞いても教えてくれないんだぜ!」
あれからいろいろあって、僕が付き合っている彼女は『喫茶店で働く「リーネ嬢」として知られるウェイトレス』ということになった。直接会えるという意味では地元で知られている程度だけど、TV番組で彼女が作るメニューが紹介されたこともあって、名前だけは割と広まっている。
「だから、なんで知りたいんだよ…」
「校門で待ち構える」
「や め ろ」
ストーカー行為を宣言してどうする。中学生でも犯罪だ。
「んだよー、嫉妬かよ」
「そうじゃねえだろ!なんだよ、待ち構えるって!」
「そりゃあ、結構有名だからな。お近づきになれたら自慢できるってものだぜ!」
「わからん…」
わからん。
さっぱり、わからん。
「わからねえのは、お前の方だよ!あれだけの娘を彼女にしといて、なにひとつ自慢しないなんてよ」
ぷちっ
「…おい、お前」
「な、なんだよ」
「僕は、他の連中に自慢したくて彼女と付き合ってんじゃない!僕は、僕は…」
僕は、
「彼女が、好きだから…そして、彼女が付き合ってくれるっていうから…だから、それが、嬉しくて…」
そうだよ。それだけだよ。
それだけ、なんだ。
「わかった、わかったから!はあ…」
「…なんだよ、そのため息」
「いやなあ。そういう反応する時の常套文句に『お前が好きでも、彼女はどうなんだ?ちゃんと好きって言ってもらえたのか?ん?』というアオリがあるんだが」
よし、こいつを一発殴ろう。なんかすっきりしそうだ。
「その手を収めて最後まで聞けよ。こないだの文化祭での様子を見る限り…どう見ても、彼女の方が、お前にベタ惚れ、なのがなあ」
「え、あ、いやその…そう、見えたか?」
「お前がそれ言うか。うん、まあ、そうか。お前はそんな様子の彼女しか見ていないから、気づかないのかもな」
…そう、なのか?
確かに、FWOでの『リーネ・フリューゲル』や、TVの記者会見とかで見る『佐藤春香』は、極めて毅然とした様子を見せている。アバターとしては未だ小学生にも見える彼女が、しかし、誰にも絶対そんなことを言わせないような、そんな存在感を醸し出している。
ただ…彼女の行動原理、っていうのだろうか。そんな態度は、攻略とか、戦略とか、そういったもののための『手段』にしか見えないような気がしていた。何かのための、攻略。
それが、『ケイン・フリューゲル』に装備や何やらを貢…提供するため、という話が出た時、僕は、なんとなく納得してしまった。ああうん、普通の女の子なんだなって。そして、そんな『ケイン』を、少しうらやましくも思った。
その後、そんな『ケイン』も実は彼女本人だと知った時は、更に納得してしまった。なんだ、彼女も普通のプレイヤーだったんだなって。この仮想世界を、そして、この現実世界を、ゆったり過ごすために、『リーネ・フリューゲル』として、『佐藤春香』として、活躍していただけなんだなって。…まあ確かに、その活躍が常軌を逸して…いやいや。
「ん?何、呆けてんだよ。ああそうか、『そんな様子の彼女』とか言われて、あーんなことやこーんなことをしているところでも思い出していたか。かー、うらやましい!」
「違う!」
一応、ほら、ぷ…プラトニックな、お付き合いだからさ。うん。
◇
放課後。
リーネとの待ち合わせ時刻まで、まだある。今日は部活もないし、一度家に帰って…。
ざわざわ。
「ん?なんかあった?廊下の方とかが騒がしいけど」
「さあ…。あ、誰かが教室に走ってくる」
どどどどどどど
「須藤ー!一発、殴らせろー!」
「あ、俺も一発」
「私は、お尻にケリ入れさせて!」
「あたしは、頭突き!」
なんだなんだ、なんでいきなり殴る蹴るされなきゃならないんだ!
特に、女子達。とりあえず、上履きのままケリ入れないでくれ。
「落ち着け!なんでそんなこと僕がされなきゃいけないんだよ!」
「うるさいうるさいうるさい!お前は、お前は!中学生として、いや、たぶん高校生としても、一番うらやましいことされてるって自覚持てよ!」
「何を言ってるんだお前は」
どこかで聞いたような定型文を答えてしまった。いや、ほんとにわからん。
…ん?『わからん』?もしかして…いや、我ながら安直だとは思うけど。
「…リーネのことで、なんかあったのか?」
「あああ!こいつ、やっぱり自慢したいんじゃないか!」
「くそー!くそー!くそー!」
「ああっ、もう!なんで私は女なのよ!」
「女でもいい!あたし、いけるクチだから!」
なにがなんだか。
特に、女子の反応がおかしい。それは、よくわかる。
「いやもう、僕は本当に何も…」
「いいか、よく聞け、須藤!『放課後帰ろうとしたら、恋人が校門に寄りかかりながら待っていた』。これに勝るシチュエーションがあると思うか!?」
「シチュエーションって…って、え!?」
教室の窓にかけ寄り、グラウンドの向こうの、校門付近を見る。
…
……
………
リーネ?
「彼女、◯◯中だったんだな!喫茶店と地域がまるで違うから、わからないはずだぜ!」
「ここからだいぶ離れているのに…電車使ったんじゃないのか?」
「いずれにしても、うらやましい!」
「ねえ、このまま紹介して!そんでもって、あんた別れて!」
えっと、なんかカオスになってるな。特に、そこの女子。そういえば、誰だっけ?
「と、とにかく、僕は帰るから…」
「下校デートか?下校デートかよ!うがー!」
「よし、明日、覚えてろよ。根掘り葉掘り聞いてやるからな!」
なんかまだ騒いでいるけど、ほとんど無視して、カバンを持って校門に向かう。
うわあ、廊下やら階段やら下駄箱での視線がすごい!リーネ、文化祭で目立ったからなあ。
「あ、誠くーん!」
うわあああ、グラウンド中に聞こえるように、僕の名前を叫ばないでくれー!
◇
「ごめんなさい、ちょっと、思いついちゃって」
「いや、それはもういいけど…その、制服は?」
「あ、うん、出身の中学のだよ」
「え?確か、最近成長して、合わなくなったって」
「えっと…その、いつものアレで、ちょちょいと」
「えええ…」
そんなことに、あの能力を使ったの?
「むー、そんなことだなんて!中学生同士に見られるには必須だよ!」
「そ、そうだけど…そうなのかな?」
「そうだよ!下校デートだよ!…うふふふふふ」
あ、声が漏れてる。彼女が、とっても喜んでいる時に出てくる声だ。
まあ、こんなことで喜んでくれるなら、僕も嬉しい。
「ね、ね、お店に寄ってかない?アクセサリーがほしいの。この制服にピッタリなの!」
「え、持ってないの?」
「orz」
「うわああ!い、行こう!駅前にいい店あるの、知ってるんだ!」
「う、うん!…はあ」
「うわあああ」
なんというか、彼女ってこれまでそういうのにあまり関心がなかったらしく、服飾とかの流行がよくわからないらしい。ショッピングモールでもそうだったけど、妹の着ている服とかを見慣れている僕の方が、よっぽど世間一般に合うらしい。
「これ、誠くんに似合いそう!」
「そ、そう?」
「あ、やっぱり合う!それと、こっちのと組み合わせて…」
にも関わらず、男物のセンスは店員さんが裸足で逃げるほど詳しい。あの『ケイン・フリューゲル』を造形したのが彼女であると知っていれば納得ではあるんだけど、それなら、なぜ自分自身の…まあ、初期装備や制服装備の『リーネ・フリューゲル』を見てるから、無関心だったのはよくわかるけど。
「うん、じゃあ、これ買お!」
「え、結局、僕のだけ…?あ、自分で出すよ!さすがに!」
「あ…ご、ごめんなさい…」
そして、自分自身の世間知らずを思わせる言動に、いつも沈鬱な表情をする。
声には漏れてないけど、また『こんな私が』とか『私なんかが』とか、心の中でつぶやいているんだろうか。
「…リーネ」
「な、なに…?」
「リーネは、リーネだから」
「え…」
「僕は、そんなリーネが…好きだから」
「…!」
あ、ちょっとカッコつけちゃったかな…って、うわあああ。
「な、泣かないで!リーネ」
「う、うれ、嬉しく…嬉しくて…!」
「リーネ…」
「誠くん…。私も、誠くんが、大好きだから!」
…
『お前が好きでも、彼女はどうなんだ?ちゃんと好きって言ってもらえたのか?ん?』
あれ?もしかして、リーネに『好き』って言われたの、これが初めて?
いやいや、ちょっと待て、そう言えば、僕もリーネに『好き』って言ったの、これが初めて!?
「…」
「…」
う…うわ、うわわ、うわああああ!
「…」
「…」
「あの、お客様…」
砂、吐きそう…ていうか、吐きまくった。しかし、ファーストキスはいつになるんだ?これ。『ジャンル:VRゲーム〔SF〕』らしいといえばそれまでだけど(いみふめ)。
おまけ。
春香「誠くんが!誠くんが!誠くんが!きゃー!」
高橋「リーネ、お刺身早く食べて。私も実さんと、こ、今晩…」
春香「まだ、妊娠できない?ミッキー、男というのは…」
高橋「…相変わらず、落差がすごいわね…」