EX-63 AF「休暇中の…佐藤春香、です」
EX-62の続き、春香ひとり旅ラストです。そしてすみません、またやっちまいました。てへ。
連休3日目の朝。
早朝ランニングができないこともあって、早い時間帯に朝食をとり、すぐにチェックアウトし、車で港の方に向かう。
「パンフレットではこの辺だったような…あ、あった」
カニその他の海産物を売っている市場。連休なのに、いや、連休だからこそ、朝早くから売っているようだ。あれ、ということは、漁業活動も休みなし?それとも、交代制?もしくは、売ってるのは冷凍加工したものや輸入モノとかだけなのかな?むー、HS-01がないとすぐ調べられない。
「らっしゃーい!カニが安いよー!」
とりあえずカニは売っているので確保に努める。両親とー、美樹とー。鈴木家は…昨日のお饅頭の方が喜ぶかも。誠くんちにも買っていこうっと。渡辺 凛は本体が火星なのでパス。
「さて…昨日の予定通り、ちょっと行ってみますか、『宇宙港』」
既に港の方に来ているが、この港はあくまで海の港である。旧地方空港は、どちらかというと海から離れた都市郊外に位置する。ここから車で数十分。この辺の人達にとっても『すぐそこ』なのかな。バス路線も拡充されたみたいだし。
◇
「うん、確かに地方空港の趣だ」
反重力駆動型の宇宙船は、言ってみればヘリコプターみたいなものであり、ジェット機のように長い長い滑走路が必要というわけではない。とはいえ、宇宙船自体は相応の大きさだし、物流を含めた離発着にも相応の場所が必要だ。路線や便数の少ない地方空港ならすぐに兼ねることができる。
需要という観点からすれば、大都市近郊に『宇宙港』を新設すればいいのだが、それは『ソル・インダストリーズ』に任せればいいというのが『アサバ産業』の方針のようだ。棲み分けというか、業界内部の思惑というか。
「あ、あれが、今日の月面からの復路第一便か」
所定の場所にゆっくりと降りてくる宇宙船。最近まではシャトル型が多かったのだが、反重力駆動型は翼とかがあまり関係ないため、むしろ大昔のアポロ計画の円錐型に近いかもしれない。大きさは桁違いだが。
ターミナルビルが一面ガラス張りのせいか、宇宙船から人々が降りてきて、ターミナルビルに入ってくる様子がよく見える。
「あそこは…日本政府の入国審査かな」
奇妙に思うかもしれないが、月側には暫定行政府がある一方、地球側には統一政府の類がない。結果、『月を出国して日本に入国』する体裁となる。従来の対面式か指紋等登録式、もしくは、最近導入された自我認証システムを用いて審査される。
太陽系連合の設立構想が検討された時、私は無理に地球という枠組みで統一を図る必要はないと述べた。統一を望む人々が多いというならそれでもいいが、現状、とてもそうは思えない。一方、現在の月や火星の取り残され感は異常である。ならば、月や火星を地球各国と同列に扱う方がいいだろう。そのための太陽系連合なのではないかという提案である。妙な統一意識で争った某国のことが影響しているのかもしれない。
「お母さん、ただいまー!」
「おかえり。お父さんの職場はどうだった?」
「何にもなかった!でも、地球がキレイだった!」
到着ロビーでの会話に苦笑する。まあ、そうだよね。月面って、要するに広大な土地しかないようなものだしね。最大の観光ポイントはやはり地球か。皮肉なことに。
「1/6の重力がもっと楽しめると思っていたら、観光エリアのほとんどが1Gになってたな」
「慣れない重力で怪我されても困るってのはわかるけどさ」
あらら。一部地域のテラフォーミングの余波がこんなところに。体験ゾーンでのみ重力制御が解除されていたようだ。
「ねえ、あなた。別途販売のVR一日パック、月に一度は使ってみたいわ」
「だなあ。フルダイブ中も快適だったが、ログアウトしてもなぜか爽快感があるのはいいな」
VRパックが麻薬みたいになっちゃってるよ!時間加速の副作用かなあ。数百年ひとりで過ごした私にはそうでもなかったけど。
いやいやしかし、やはり来てみて良かったよ。普通に『佐藤春香』として訪ねていたら、こういう生の声は聞けなかったと思う。
鈴木姉弟もそうだけど、美樹や実くんにも『認識阻害』をかけて同じことしてもらってもいいかもしれない。鈴木のお爺様や火星のおじい様にも提案してみよう。でも渡辺 凛、アンタはまだダメだ。両親に会わせた時の苦悩を思い出す。ロクな発想しか出さない。
◇
そうして、乗客全員が到着ロビーに…。
orz
ああいや、うなだれてるヒマはないな。
とりあえず、乗客のひとりに声をかける。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「なにかな?お嬢ちゃん」
「申し訳ありませんが、このような場所での『認識阻害装置』の御利用は避けていただけないでしょうか?」
「な、な、なに、を…!?」
次の瞬間、私はその乗客の腕を掴み、足を払って床に押さえつける。『篠原あかね』としてよく使う体術だ。
「…これか。無効…っと」
しかしなに、この雑な阻害信号。『ワタシハフツウノミンカンジンデス』とか。
「なんですか!?これは、一体!?」
「職員さん、この人のパスポート情報を入国審査官に伝えて再確認を要請して下さい。偽証の可能性が高いと思います」
「え、あ、なぜ、それを、君が?」
「この装置は『認識阻害』を擬似的に…」
私が職員さんに説明を始めた時、
「フハハハ!誰か知らんが、もう遅い!我がSOE『落日の夜』は、この宇宙港を陥落する!」
などと叫ぶ。やっぱりSOE諜報員だったか。
しかし、『落日の夜』?主に木星資源の採掘妨害をしてい…しまった!
「教えてくれてありがと!」
「かふっ」
手刀スキルで昏倒。妙な演説されても萎えるだけだからね。
さて、今からHS-01を調達することはできない。転移装置もない。…ならば!
「あ、君!」
私は、宇宙船の方に向かって走り出す。『篠原あかね』の体術をこれでもかと駆使し、諜報員モードで船の格納庫に急ぐ。
「ごめんなさい!」
出国審査ゲートも飛び越え、走り去っていく。いやあ、普通なら完全に違法行為だね!
「見つけた…!間に合って!」
自我を認識する。理論を定義する。現実の有り様を思い描く!
「【連鎖発動】プロテクトキューブ!」
格納庫に移動していた宇宙船の周囲に、空気中の物理存在を用いた強固な結界防御を『現界』させる。
透明なガラスの立方体のようなものが宇宙船を囲んだ、次の、瞬間。
ドガアアアアアン…!
「間に、あった…」
宇宙船の反重力装置に仕掛けられた爆弾。『落日の夜』の常套手段だ。SOEの執拗なまでの『信条』に助けられた感はあるが。
宇宙船本体以外の被害がないことを確認し、宇宙港のターミナルビルに戻ってくる。
「お姉ちゃん…すごい!」
「あの娘がVR研の『篠原あかね』か!」
「生で見られるなんて…!」
うわあ、一面ガラス張りだったんだ!一連の対応が丸見えだったよ!
ちょっとばかり派手にやり過ぎたかと思っていたところに、マイクとTVカメラをもったマスメディア関係者と思われる人々が近づいてくる。え、なんでこんなところに?もしかして、乗客に有名人でもいたの?
「篠原さん!篠原あかねさんですよね、VR研諜報員の!助けていただきありがとうございました!」
「え、は、はい、あの…成り行きで」
「そうですか!ところで、なぜここに?篠原さんも休暇ですか?」
そういうことにしておこうかと思い、はい、と答えようとして、あることに気づく。
「あの、そのカメラ、いつから撮影していますか?」
「え?篠原さんが、SOE諜報員を取り押さえた直後からです。カッコ良かったですよ!」
ああいや、それはどうでも。んー、今から『篠原あかね』としての認識阻害をかけても間に合わないよね。変に正体を勘ぐられるよりは…。はー。
「申し訳ありません、私は篠原さんではありません」
「え?先程の動きは篠原さんのものですよね?あと、『現界』能力を発動されていましたし」
「ああ、ですので…」
パチン
「…え。え、ええ、えええええええ!?」
「休暇中の…佐藤春香、です。お騒がせしました」
あたり一面が、シーンとなる。
さーて、今回は何人が気絶するんだろ。それを避けるための『認識阻害』でもあったんだけどな。もうやだ。
◇
高橋邸マンション。両親も交えてのカニ鍋だ。
「結局、春香ちゃんは春香ちゃんだったってことね(もぐもぐ)」
「最後のSOE諜報員絡みまでは、いい感じだったんだけど…(ぱきっ)」
「多くの人々を救ったのですから、文句は言えませんけどね(ほじほじ)」
「でも春香、ホントにカッコ良かったわ!(ちゅるん)」
「ああ!まるでスパイ映画の主人公みたいだったよ!(ずずー)」
おかしい。カニって黙らせる食べ物なんじゃないのかな?
「春香さん、宇宙港での一連のシーン、久々に映画で使いませんか?」
「却下」