EX-62 AF「南極でペンギンと戯れている春香様を…」
EX-61の続きです。
車は使わず、街中をぶらぶらと歩く。
県庁所在地と言っても大都市というほどでもない。昔ながらの街並みも少し残っている、普通の地方都市である。
「バス、乗ってみようかな」
市内周遊バスの停留所を見て、ふとそう思う。
実のところ、私はあまり路線バスに乗ったことがない。佐藤春香としてもそうなのだが、『入れ替わる』前のリーネとしても。パリで乗った路面電車がバスに近いかな?あとは、徒歩か電車か自家用車か飛行機か宇宙船か転移門か…。そういや、自転車もないな。閑話休題。
「一日乗車券の方が精算が楽かな…。あ、IC乗車券が使えるんだ。なら、カード入れに入れたまま…あっ、そもそもFWO会員証持ってこなかったんだ。やっぱり一日乗車券かな。無駄が多そうだけど」
などと考えているうちに、バスがやってくる。とりあえず整理券を取って、前の方の座席に座る。均一料金じゃないから、整理券と料金表示のにらめっこだ。やはり、一日乗車券の方が良さそうだ。
次の停留所で乗客が乗り降りした直後に、運転手に尋ねる。
「あの、一日乗車券が欲しいのですが…」
「はいよ。市街地なら5回乗ればもとが取れるよ!」
「では、それを…えっと、絵柄はそれだけですか?」
「今キャンペーン中で、これだけなんだ。『宇宙港』へのバス路線が拡充されたからね!」
そこには、『アサバ産業』が開発を担う、反重力駆動型宇宙船の離発着ステーションが描かれていた。ああ、この都市の近郊に作られたんだっけ。
転移門はエネルギー消費が高すぎるため、それに見合った需要、たとえば、政府・企業要人の視察や会合のため地球や月面、火星の間を一日で往復するといったことに主に使われる。
民間利用では依然として宇宙船移動が多いわけだが、反重力技術によって導入・航行コストがだいぶ下がった。飛行機離発着も一部兼ねるから、地方空港の『宇宙港』転換が地域活性化と結びついて盛んであるとも聞いている。転移門ロック事件の反省も影響しているのかもしれない。
「で、そのキャンペーンの絵柄に、なぜ私と瑞乃嬢が…。以前のポスターの流用みたいだけど」
以前、浅羽瑞乃嬢を助けた…正確にはかなり状況が違うが、とにかくその時のことがきっかけで、『アサバ産業』にも重力理論に基づく技術協力をした。月裏側に拠点が多くあり、単純にマスドライバーで地球に製品を放出すればいいとはいえないところがあるため、適切な軌道制御も含めての協力だ。
その時、PR用にぜひと頼まれて、看板娘?の瑞乃嬢とポスター撮影したのだが…いろいろと活用されているらしい。
「息子の家族が明日、1泊3日の月旅行から帰ってくるんだ。私も次の連休に行ければいいが、格安パックは人気でなあ。来年までには行きたいもんだ!」
ふむ。明日家に戻る前に、その『宇宙港』を少し見物していくのもいいかもしれない。実態を肌で感じるのは重要だ。…仕事じゃないよ?プライベートな活動の一環だよ?うん。
◇
この都市の中核に建つお城を眺める。戦国時代に作られたもののようだ。なかなか立派な城郭にお堀だけど、一部は改装工事中らしい。
「そういや、渡辺 凛が首都圏の一等地にお城をとか寝言ほざいてたな。でも、彼女の言う城って、日本のそれじゃなくて、ヨーロッパのだよね。宮殿というか…」
太陽系連合の総裁官邸・公邸が宮殿みたくなったら、彼女に掃除をさせよう。肉体年齢がアラフォーどころじゃないからダメかな?ていうか、彼女の『現界』能力は自身の肉体に効かないのだろうか?
城からアホな話題を導いてしまったことに後悔しつつ、周囲の史跡を巡る。
戦国時代らしく、合戦絡みのものが目につく。でも、戦国時代だって城下町の開発とかされているよね?ここは違うのかな。
展示館やお土産物屋も順次回っていくが、どうにも血なまぐさいものが多い。FWOを始めとしたVRゲームの戦闘がキレイ過ぎるという話はある。戦争VRも含めて。
「そろそろ夕食時だな。何食べよ」
この街の名物は…あ、HS-01がないんだった。観光案内所のパンフレットを見て…なるほど、カニか。
「いらっしゃいませー!…お嬢ちゃん、ひとり?」
「い、いえ、その…」
〜
「し、失礼しました!こちらのカウンター席にどうぞ!」
カニを出す店がどこも居酒屋風なので、やっぱりというか、こういう反応である。年齢というよりは素性を明確にするため、運転免許証を出す。もちろん、『認識阻害』継続中。
カニ料理のセットを注文し、しばし待つ。そして、逃れられない店内に流れるTV番組。
『緊急速報です!佐藤春香様を◯◯国の首都郊外で目撃したという情報が…!』
私はクマかいな。場所も全然違うし。認識阻害が効いている証拠とも言えるけど、何と…いやいや、誰と間違えたんだろ。
それにしても、旅行中にちらちらと見かけるこの手の番組、私が普段TV観てないの前提の内容だよね。私はいみふめで片付けるけど、他の人なら、たとえセレブとかでも怒るかもしれない。まあ、こうなった心当たりを後でいじめよう。美樹と。
「お待たせしましたー、カニづくしセットです!」
いただきまーす。
「…(もくもくもくもく)」
「…(ずずー)」
「…(ぱくぱく)」
おお、カニ飯がおいしい。
まあ、カニそのものがおいしいのだな。車で来ていることもあるし、両親へのお土産にカニを買っていこう。明後日の夕食はカニ鍋だ!
『えっ!?…今入った情報によりますと、南極でペンギンと戯れている春香様を見かけたという…』
南極?学術目的で『転移門』を設置するため、座標指定方式で転移したことはあったけど、数か月前に一度だけだよ?何かの情報とごちゃまぜになってるのかな。あ、ペンギンはかわいかったよ。
「ありがとうございましたー!」
まんぞくまんぞく。
カニは明日朝チェックアウトしてから買うことにして、今日はもうホテルで寝よう。しかし、VRやってないとえらく早寝になるな、私って。
「おかえりなさいませ。佐藤様にメッセージが届いております」
「メッセージ?」
なんだろ?私がこのホテルに滞在していることは誰にも連絡していないのに。ていうか、連絡手段がない。公衆電話くらい?フロント近くにひとつだけあるけど。
『私にもカニのお土産よろしく。美樹。
P.S. 御両親がTVの史跡中継で発見』
…そういえば、美樹と実くんには【運営No.00】の権限代行をお願いしてたっけ。しかし、恐るべしは両親。なんという認識阻害キャンセラー。
部屋に戻ってシャワーを浴び、持参したパジャマに着替えてベッドに潜る。大きめでふかふか。
おやすみなさい。




