EX-61 AF「錬金術師ケインならではの現実向けスローライフ」
EX-60の続きです。ちなみに、季節の雰囲気は現在のそれをお考えいただければ。11月とは限りませんが(なんだそれ)。
「…(ずずー)」
「…(もぐもぐ)」
「…(ずるるるるー)」
あっ、色付き。
「ごめんねー、こんな季節にそうめんなんて」
「いろんなところからもらってるから、年中家に残ってるよな」
「ちなみに、ツユは手作りだ。以前、FWOであのケインに教えてもらったんだ!」
ああ、あれね。ドリンクバー配分レシピと同じノリで考えたやつ。いやね、例の化粧品と同様、FWO内のレシピと現実のレシピをごっちゃにする人が結構いてね。『現実配分シリーズ』として順次公開しているのよ。錬金術師ケインならではの現実向けスローライフ活動である。
「あのシリーズは私も知っています。ちなみに、他に現実にあった方がいい調合アイテムなんてあります?」
「そうだなあ。…寿司、かな。調合とはかなり違うけど、あれはうまかった」
「そうそう!あの時はびっくりしたよ。母さんがまさか魚屋本店に駆け込んでいたなんて」
「あなたがあんな連中の前に取り残されたから、藁にもすがる思いだったのよ。それが、何から何まで解決してくれた上に、お寿司からお刺身からごちそうになっちゃって」
「春香様さまさまだな!」
さまがみっつ。
「あれは現実では難しいかもしれませんね。私も幸運にも一度魚屋本店に入ったことがありますけど、醤油などの調味料だけの味ではないと思います」
「だろうなあ。春香様も凄いけど、高橋代表の調理スキルも凄まじいよな」
よし、今度は回避した!『認識阻害』をかけていても、素性を疑われるような話し方は避けるべきだろう。
「俺も包丁を扱ったことがあるが、あれは無理だ。ケインとしての春香様から直々に教わったのかな?」
「かもしれませんね。ましてや、現実となると…」
なーんて、美樹ならできるんだよね、包丁スキルの『現界』に限っては。まあ、拡散は避けよう。
「ごちそうさま。さて、佐藤さん、連絡先を教えてもらえるかな?」
「連絡先ですか?」
「ああ。まだまだお礼をしたいから、後で宅配でここらの名産を送ろうと思ってね」
「いえ、そこまでしていただくわけには…」
「遠慮しないでいいわよ?FWOにも監修してもらっている…」
ああ、はいはい、おまんじゅうデスネ。もう驚かないよ。そっかそっか、第91エリアオーナーになったんだ。ダンジョンをクリアした成果かな?あ、あれは『紅のローブ』が目的だったっけ。でも、お宝も結構手に入ったんじゃないかな。
その後、結局FWOのことばかり話をして、
「今度、ウチのエリアにも寄ってくれよ!『車を直した』って言えば、どんなアバターでもわかるからさ!」
という感じで、お別れする。
さーて、もともと走っていた道に戻るか。
◇
「…Setwt lxuk shalkf kirom tlwitlr…」
海岸線を横目にしながら口ずさむ。再び直線コースに入ったので、余裕が出てきた。…またエンストしている車はないよね?
「あれ、もうここまで来たんだ」
連休なのにあまり混んでいない道路だったせいか、もっと遠くにあると思っていた、県庁所在地の地方都市に入ってしまった。
「明日には家に戻るから、まだ夕方にもなっていないけど、ここで宿泊先を見つけた方がいいよね」
ということで、街中に入っていき、ホテルを探す。あ、手頃なビジネスホテルがあった。ここでいいや。
地下スペースの駐車場に車を停め、そこからホテルのフロントに続く階段を昇っていく。
到着したフロント階は、ビジネスホテルらしく実用的な作りだった。ソファとテーブルで構成されたエリアに、自販機コーナー。
あ、セルフのコーヒーメーカーがある。なぜか渡辺 凛がこういうの好きなんだよな。火星公社の施設でコーヒーをガブ飲み。なのに、なぜスキあらば寝てるんだあいつは。
「すみません、既に駐車場に車を停めたんですけど、部屋空いてますか?」
「少々お待ち下さい…はい、シングルが空いています」
「では、それで一泊朝食付きお願いします」
「かしこまりました」
宿泊者カードには氏名と生年月日、住所を書くだけで済んだ。事前精算なので、カードと併せて(普通の)クレジットカードも出す。もちろん、どちらにも『認識阻害』をかけておく。
「自我認証システムは利用されますか?カードキーが不要になりますし、ルームサービスも利用しやすくなりますが」
「い、いえ、カードキーでお願いします」
「わかりました。では、こちらがカードキーです。部屋の扉は自動ロックですので、カードキーを部屋に忘れないよう御注意下さい」
はー、こういうところにも使われるようになったんだ。いやでも、自我認証が必須とかじゃなくて良かった。ほんっとーに良かった…。
エレベーターで部屋がある階まで行き、カードキーで中に入る。
「眺めは…ないか。まあ、しょうがないね、ビジネスホテルだし」
ない。眺めは、なかったのである。いいとか悪いとか以前に。隣のビル、結構高いな…。
「さて、日はまだまだ高いし、街の見物でもしようか」
カードキーを忘れないよう持ち出して部屋を出て、エレベーターで再びフロントに。
『ここで「佐藤春香」情報です。昨日、御本人を目撃したという…』
「あ、あの、カードキーお願いします」
「はい、いってらっしゃいませ」
聞こえない聞こえない。ソファとテーブルのエリアに設置のTVからは何も聞こえなーい。