EX-60 AF「せまい!世の中せまいよ!」
EX-59の続きです。
連休2日目の朝。
「はっ、はっ、はっ、はっ、…」
日課のランニングを兼ね、浜辺でぴちぴちちゃぷちゃぷ。ぴちぴちはともかくちゃぷちゃぷは違うかな?
ちなみに、朝日は見えない。そういう地理的場所なので。
「…ふう」
浜辺の途中で、一休み。疲れているわけではないけど、せっかくの海を、波際で見ようということで。
ざざー…
「ちょっと寒いか…」
海水浴ができるような季節ではないから、あまり長居はできない。
「誰もいないし、広々としているし…。模擬剣、持ってくれば良かったかな?」
しかし、ヘッドセットがないので呼び出せない。今着ているジャージはともかく、剣まで車の中に入れていたわけではないしね(検問とかで引っかかるのは目に見えていたから)。
まあ、中学生風女子が剣を振り回しているのを遠くから見られてもまずいか。『認識阻害』がある分、ものすごく奇妙ななものに見えるかもしれない。誠くんの学校の文化祭でやっちまったことの反省である。
「でも、『篠原あかね』として使う体術なら…。ふんっ」
戦争VRなどで身に付けたスキルの『現界』なので、あまり豪快さはない。その方が、成長途中とはいえ、成長途中とはいえ!私の体格に合っているという話がある。筋骨隆々を前提としたスキル発動はどうしても無理が出てしまう。当たり前だが。
「そろそろ戻るか…」
たっ、たっ、たっ、たっ、…
「…!良かった、戻ってきた…本当に、良かった…!」
フロントの方、まだ疑ってたんかい。
◇
海苔や卵の定番の朝食を頂き、チェックアウトする。
あ、お土産買わなきゃ。
「…FWO監修、第91エリア御当地まんじゅう…?」
なんか、地元プレイヤーがエリアオーナーをやってるところで、アイテムとしても売り出しているらしい。監修って、何を監修したんだろ。お母さんの店でも言ったけど、仮想世界のアイテムデータと現実世界の製品は、素材レベルで全然違うし。あとでエンターテインメントの技術スタッフに聞いてみるかな。
そんな感じで、こちらも定番のお饅頭やら菓子類やらをいくつか購入する。しかし、日本のお土産屋ってほとんどが食べ物だよね。SAとかPAの店も含めて。他の国だとむしろそういう食べ物は少なめで、キーホルダーとか民芸品とかが多いような気がする。気がするだけかな?
「あ、お姉ちゃんも帰るの?」
「ううん、別のところに移動するんだよ」
「じゃあ、ここでお別れだね!」
「そうだね。またどこかで会えるといいね」
昨夜の卓球や今朝の朝食で一緒になった女の子だ。どうやら、最寄駅までの送迎バスを家族で待っているらしい。手を振って別れる。
あれ、御両親が私を見てびっくりしている。なんでだろう…あ、ひとりで駐車場に向かっているからだ。そうだよ、私はひとり旅だよ。車を運転できる年齢だよ。…さっさと出よう。女の子もなんとなく気づいて不思議そうな顔になってきたし。
◇
昨日と同じく、海際の道を走る。直線的になってきて、運転が楽になる。いやあ、HS-01経由の運転制御じゃないのもひさしぶりなのでね。手動でも安全運転だよ?
「あれ、あの車…」
道の端に一台の車が停まっている。何か立ち往生しているようで、運転手らしき男性がちょっとオロオロしている感じだ。
前の方の少し離れた場所に私の車を停め、降りてから声をかける。
「どうかしましたか?」
「えっ…あ、ああ、いや、急にエンジンが止まってしまって。ガス欠でもバッテリ切れでもないはずなんだけど」
「少し、見せてもらえませんか?…ああこれ、エンジンの制御ユニットが少し故障していますね」
「わかるのか?…でも、それじゃあすぐには直せないのか。困ったな、ロードサービスに連絡したけど、時間がかかるって…」
うーん。まあ、これくらいなら、いっか。
「たぶん、私が応急処置できると思います。えっと…ここを、こう」
車の制御ユニットをローカル接続できるようにした時、いろいろ学んだのだ。もっとも、故障している部分は、仕組みを知っているからってすぐに直せるものではない。制御チップ自体がおかしくなってると特にね。とはいえ、仕組みは知っているから…。
「そして、こう。エンジンをかけてもらえませんか?スタートボタンではなくて、手動キーの方で」
「あ、ああ。…おお、かかった!」
うまくいった。物理存在に対する『現界』能力発動って、結構難しいんだよね。制御チップ程度とはいえ。いや、チップだからこそ難しいって話はあるな、うん。
「いやあ、助かった!こんな部分まで直せるなんて!」
「あくまで応急処置ですから、すぐにメンテナンスに出した方がいいと思いますけど」
渡辺 凛ほど雑ではないと自負しているけど、『理解不足』の可能性もある。これで完全とはしない方がいいだろう。
「それじゃあ、私はこれで」
「待ってくれ!ぜひ、お礼がしたいんだ。ウチに寄っていかないか?この近くなんだ」
「え、でも…」
「ん、忙しいのか?」
「いえ、ドライブしていただけのようなものですので…」
「じゃあ、ぜひ!ロードサービスにキャンセルの連絡を入れたらすぐ行こう!」
ずいぶん積極的な人だなあ。
まあ、特に予定があるわけじゃないし、厚意に甘えるか。
そんなこんなで、修理した車の後をついていく形で車を走らせ、その人の自宅に向かう。
◇
『この近く』というから数キロ程度と思ったら、数十キロだった。この辺は車社会なのかな?『車でちょっと』の感覚が私とかなり違った。
到着したのは、一軒家。ああ、パラレルワールドでお邪魔した田中邸に似ている。これも35年ローンかな?
「いや?即金」
「即金!?」
この辺は地価が安いらしい。地方の海際だからかな。
「その分、職場まで毎日1時間半かけて通ってるけどな」
「大変ですね…」
「今日も休みだってのに、システムトラブルで朝から会社に呼ばれて…」
「た、大変ですね…」
システムエンジニアのお仕事をしているらしい。親企業がこの地域の複数の自治体に納入したVRサーバを、メンテナンスしたり改善したりしているようだ。
「『佐藤春香モデル』のおかげで仕事が増えたのはいいけど、増えすぎたっていうか…」
…ああ、あれか、お父さんの職場に入った事務処理用VRローカルサーバ。私がより活用できるよう内部設計をし直したら、納入した開発会社が『これはいい!』って言い出して、パッケージ化して全国自治体に普及させたっていう。なんだかな。
「偶然ですね。私も下の名前は『春香』です」
「そうなのか。どんな気分だい?あの佐藤春香と同姓同名というのは」
「たまたまそうなった、という程度ですかね。友人にはからかわれたりしますが」
などというロールプレイも忘れない。いや、違った、今は素の私だよ。なんか、ごっちゃになってるな。問題はないんだけど。
「帰ったぞー」
「おかえり、父さん。早速FWOで…その人は?」
「ああ、困っていたところを助けてもらってな」
かくかくしかじか。
「そうか…。それじゃあ、母さんもログアウトしてもらうか」
「いいのか?」
「いいんじゃない?僕が言えばログアウトすると思うよ?」
「俺の言うことはちっとも聞かないのに…」
なんか、複雑な家族関係のような…。
「じゃあ、頼む。佐藤さんは、こちらへ」
居間に通され、お茶を勧められる。ずずー。
「あら、かわいい娘ね。あなたが、ウチの旦那を助けてくれたの?」
「佐藤と申します。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
「気にしないで。どうせ旦那が無理に引っ張ってきたんでしょ?」
「いえ、そんなことは…」
あまり予定がなかった私にもちょうど良かったという話はあるし。
「それじゃあ、少し早いけどお昼を食べてもらおうかしら」
「あ、僕、用意するの手伝うよ」
「お願いねー。佐藤さんは、用意する間、旦那の相手してやって」
「は、はあ…」
母親が息子と昼食の準備をして、父親が待つ。
いや、いいんだけどね、いいんだけど、なーんか、引っかかるような…。
「佐藤さんもFWOはやるのか?」
「はい。リーネ&ケインのセットで、リーネだけ使っています。恥ずかしながら、お得だったので…」
以前、誠くんに伝えたでっち上げを再利用。
「じゃあ、剣士なのか。俺は錬金術師だよ。息子は重騎士で妻は魔導士だけど、よくダンジョン攻略でレベリングに付き合わされてなあ」
…
……
………
いやいやまさか。はっはっは。
でも…。
「あの、もしよろしければ、アバター名を教えてもらえませんか?私はデフォルトの『リーネ』のままなので区別がつきにくいのですが」
「ああ、『ユリウス』だよ。妻が『アイリーン』で、息子が…」
だああああ!あのニールくんかああああ!
せまい!世の中せまいよ!
鈴木姉弟と須藤兄妹くらいかと思ったら!思ったら!
EX-7,8および第1シーズン登場人物まとめ参照。果たして『紅のローブ』は登場するのか!(しない)




