EX-51 AF「私のいないパラレルワールドに転移した」(3/3)
「ここは、こう」
「こう…できた!ありがとう、春香お姉ちゃん!」
「剣は、基本技が命。そこから少しずつ身に付けていくもの」
ほら、かわいいじゃないか。…だから私は以下略。
「光希が、すぐに素直になるなんて。もしかして…」
「?」
「8歳差かあ…十分アリよね」
あのう、美樹を『お義母さん』と呼ぶ事態だけは避けたいのですが。
「春香お姉ちゃん、これ、どう組み合わせればいいの?」
「これは、これを触媒にして、こう」
「わかった!春香お姉ちゃん、頭いいんだね!」
うん、ひたすらかわいい。
「春香ちゃんに子供ができたら、ものすごい子煩悩になりそうね」
「へ、え!?」
「…春香ちゃんにも、いい相手が見つかるといいわねえ」
ひさびさのクリティカルヒット!くそう、あっちの世界では『リーネ・フェルンベル』と明かしてから、そういうこと言われなくなったのに!
…あれ?なんで言われなくなったんだろ。えーとえーと…中身アラフォーがバレたから?なんだそれー!?
「なんか賑やかだな」
「あ、おかえりなさい、実さん」
「ああ、ただいま。…ん、君かな?美樹から連絡のあった娘は」
うわ、『美樹』って呼び捨てにしてるよ!しかも、なんか堂々としている!わーわー、めちゃくちゃ新鮮な実くん!
「はい、お邪魔しています、佐藤春香といいます」
「ああ、美樹の夫だよ。ずいぶん、しっかりしてるんだな」
「…ごめん、実さん。春香ちゃん、19歳」
「え!?…いや、失礼した」
ぐっすん。
「まあ、ゆっくりしていってくれ。私は着替えてくるよ」
「夕御飯はもう少し待ってね、刺し身を作り終えるまで!」
いやいやしかし、ほんっとーに新鮮だよ、実くん!
落ち着いていて穏やかで、ちょっと貫禄もあって、残念じゃないナイスミドルだよ!
「あ、あの、美樹さん。その…旦那さん、素敵な方ですね」
「!?春香ちゃん、実さんに惚れちゃったの!?」
「あああ、そういうわけでは。えっと…どうやって知り合ったのかなって」
「え、もしかして参考にするの?」
ああうん、実地調査だしね。私の相手探しには…どうかなあ。
「んー、あんまり参考にならないと思うよ?ARゲームで知り合ったから」
「ARゲーム?」
「うん、『アドベント・ハーツ』の前身の、携帯端末の基本機能しか使わないゲームね。春香ちゃんは他の国で暮らしてたから知らないかな?」
はい、他の世界で暮らしていたので知りません。
「携帯端末の画面を見ながらアイテムを探していたら、ごっつんこ。学校の近くの公園でぶつかっちゃってね。それが、実さんとの出会い。実さんは、仕事でフィールド調査してたんだ」
なんか『ちこくちこくー』でパン咥えて曲がり角でぶつかったのが出会いみたいな。古いか。さすがアラフォー世代。くそう。
「お詫びにっていろいろごちそうになって、連絡先も交換して、それから…」
「それから?」
「…春香ちゃん、19歳だし、いっか。えっと…その日のうちに、光希がね、その」
…おい。
やっぱり犯罪じゃないか!あれ?お金が絡まないといいんだっけ?いやいや、地域によっては条例でダメだろ!え、条例もなかった?なんてこったい。
「いやあ、あの頃は大変だったわ…。それまでの実さん、女とっかえひっかえで」
えっと…実くんの話だよね?どこかのちょっと名が売れたイケメン俳優のゴシップとかじゃないよね?ね?ナニソレ。
ああいや、うん、そうだよ。実くん、モテモテだったよ。あっちの世界でもね。それが、あんましモテなくなったのは…うん、リーネの時の私のせいだよ!いやいや、あんなことがある前だって、言い寄ってくる女の子達に及び腰だったじゃん!え、どうなってるの!?
「なんかもうね、すごかった。会社の女性社員総ナメで、大学時代の彼女達とも続いていて、しまいには、高校までの同級生やら幼馴染やらまで。なんなの、私、この中のひとりってだけなの?って、愕然としちゃった」
…ふと、『渡辺 凛』という名前が浮かんだ。リーネとしての私の人脈をこれでもかと無意識に活用しまくったっていう。金銭的な関係だけでなく、恋愛…というか色ボケ関係まで含めて。
「私、妊娠したことで両親とも険悪になっちゃって。でも、実さんの御両親が親切な人でね、実家の方に呼んでくれて、そこで…光希を産んだの」
えーと、その流れだと、さっさと認知しなかったのかよ、こっちの実くん。さっきの感じだと、そんな風には見えなかったんだけどなあ。
「実さんの実家にいる間、もう必死になって願掛けしたよ!御近所の神社で、毎日。この子が無事に生まれてきますように、実さんが私達を認めてくれますようにって」
神社?神社って、『渡辺』家のあの神社だよね?
…なんだろう、この感じ。
うん、わかってるんだけどね。わかってるんだけど。
「光希が産まれた時、気がついたら、実さんが側にいた。そして、この子は、俺と美樹の子だ、って」
なんかすっかり改心?して、女性関係も全てケリをつけ、美樹と結婚式を挙げたそうな。光希くん同席で。
それから美樹も一時的に復学したり通信教育を併用したりして、なんとか高校卒業の資格を得た。その後、美乃ちゃんも産まれて、子育てしている間にAR関係の勉学を…ということらしい。
「最初は、実さんの仕事の話題についていくためにARの勉強を始めたんだけどね。実さん、ちょうど新しいゲーム…『アドベント・ハーツ』の企画を立ち上げたから」
そして、現在に至る、と。
社会的な影響力とか収入とかでは、向こうの世界のFWO創始者とかVR研代表とかの方がすごいけど、こっちもなかなか波乱万丈だ。え?FWOやVR研はお前のせいだろうって?知らんなあ。いやいや、だからこそなのだよ。私(達)がいる、あの世界は。
◇
田中家で夕食をいただく。うお、刺し身ほんとにんまい。素人でこれとは。んまんま。
あ、そうだ。
「た、田中さん、なぜ『アドベント・ハーツ』という名前にしたのですか?」
「ん?ああ…実は、私もよくわからなくてね。光希や美乃が産まれて少し落ち着いて、自宅で…そう、こうして家族みんなで過ごしていた時に、ふっと思いついたんだよ」
「そう、ですか…」
アドベント→降臨、ハーツ→心。
光希くん、いや、もしかすると、美乃ちゃんもかな?
妙な能力を『現界』しないようにね?
◇
「成果は、あったようだな」
「はい。私がいなくとも、この世界は、あちらの世界と同じと言えるでしょう」
「あくまで可能性が変動しているだけ、ということだな」
「個人レベルを含めて、大きく外れることはないでしょう。多少の時間や関係の違いは出ますが」
私達の世界は、私達を含めて世界間のバランスを保っている。たとえ、こうして世界を移動して、知識や技術、交流関係を残しても。
「そろそろお別れかな」
「はい。次の機会はまた検討しましょう。情報交換は定期的に」
「ああ、そうしよう。では、またな」
そうして私は、元の世界に戻る。振り子のように。
◇
「ということは、微小な変化の違いを認識する以外に使えそうにないということだな」
「天候予測などは地球規模となりますから、どれほどの効果があるのかわかりません」
「理論としては面白そうだがな。まあ、実用的な未来予測など、害にしかならんかもな」
そうだね。
私達の意識よりもミクロのレベルの現象を解明にするにはいいかもしれないけど。
「さて、そういうわけで、今回のメインイベント!美樹と実くんの、あっちでの様子を大公開!」
「わー!(パチパチパチ)」
「いやその、先程の理屈では、こちらで意図的に何をしたところで変化はないのでは」
「ん?そうでもないよ。私がいる世界ならではの進展だとするなら、私が何かをすれば変化が出るんじゃない?」
私がいることはIFではない。なかったことにはできないからね。なら、私がいることによってできる何かをすればいいのだ。何もしないという選択肢はない。ないったらないの!
「実際、向こうの世界では、私がいなかったことで、10年も前にふたりの子供が産まれてたんだから」
「え、なにそれ!?詳しく教えて!」
「えっとねー」
「ならなおさら、リーネは何もしない方がいいのでは…」
だから、私の存在がこれまでふたりに影響を与えて、今こうなってるって言ってんじゃん。もしこれから私がいなかったようなことにすれば、これまでのふたりの関係もなかったようなことになっちゃうじゃん。なに、実くん、FWOを作った理由を忘れたの?それまでこれからなかったことにするの?ん?
「姉貴、俺達は何も変わらないみたいだな」
「そうね。とりあえず、リーネのメイドと執事を始めてみる?向こうの世界みたいに」
「それでもあんまり変わらないような気がするのはなぜなんだろうな」
却下。ウチの2LDKアパートは5人も常駐できないよ!




