EX-49 AF「私のいないパラレルワールドに転移した」(1/3)
EX-9~10もそうでしたが、限りなくIFに近いAFですね。
「みきー、こども、できたー?」
「まだー」
最近の美樹との出会い頭のあいさつはこれで固定である。逐次確認は必要だからね!
「私の前ではやめてほしいのですが…」
「なら、ちゃっちゃとがんばる」
「はい」
実くんは、どう鍛えればいいかなあ。
鈴木姉弟はVR学習システムで鍛えたけど、実くんは学習というよりは経験だよね。ヘタレ解消計画というか。
「そういえば、以前飛ばされたパラレルワールド、美樹と実くんは存在するんだよね…」
あの世界は、私と渡辺 凛、正確には、リーネ・フェルンベルと佐藤春香のいない世界だった。
実くんは、仮想世界技術が発達したからこそ『フェルンベル・ワークス・オンライン』を作ることにした。実際には、これまでのVRゲームはなんか違う!ということで開発したと聞いている。たぶん、『コアワールド』のオリジナルを生み出した私の影響だろう。
そして、美樹も電器店チェーンの店でVR関連機器の店頭販売員として活躍し、それが縁で実くんと知り合った。その前も、大学学部でVR関係の分野を学んだと言っていた。美樹にしても実くんにしても、仮想世界技術あっての巡り合わせだ。
「でも、『可能性世界』の理論を構築しようとすると、そう単純な話ではなくなるというか…」
あの世界がもし本当に私達がいないだけなら、私達以外の要素は、こちらの世界と大きく変わらないはずである。あちらの世界はこちらの世界の不完全版というわけではない。あくまでパラレルワールドだ。こちらの世界の仮想世界技術は、私と渡辺 凛の存在と巡り合わせで大きく変わった。世界全体としては、逆に言えば、こちらとあちらでは、その程度の違いなのである。
『ソル・インダストリーズ』はこちらと同じくらいの活動規模だったし、美里と健人くんも同じように存在した。ならば、もしかすると、実くんと美樹も、形を変えてめぐり逢い、結婚に至ったかもしれない。私がいようといまいと。
◇
「というわけで、あらためて実証実験を行おうと思います」
「今度は、意図的に春香さんが転移をする、と…」
「ええ。幸い『マーカー』が時間のズレに関係なくうまく認識されていますから、それを目指せばそれほどエネルギーを消費せず、かつ、自動的に元の世界の時間軸に戻ってこれると思います」
向こうの世界の鈴木のお爺様、ちゃんと維持してくれてるみたいだ。
「ああ、振り子の原理ね!」
「美樹さん、なぜ理解できるんですか…」
「リーネの心は理解したつもりだけど、知識レベルまではまだまだだわ、あたし…」
「俺なんて、何から何までわからん」
まあ、とりあえずはいいよ、理解できなくてもね。
「でもリーネ、本当にちゃんと帰ってこれるのよね?」
「ああ、うん。既に小型転移装置で、ストレージ装置の『行ったり来たり』は試してあるから」
「ストレージ装置?」
「向こうの鈴木のお爺様と、既に情報交換をしたってこと」
だからまあ、理論構築ができたって話もある。
「なら、わざわざリーネ本人が行かなくてもいいんじゃないの?」
「いやあ、個人レベルの可能性変動は実地調査が必要でね」
「可能性変動…リーネが月面から地球のFWOにフルダイブしていた時に試したアレね」
「そうそう。それを個人レベルで確認するのは、本来存在しない私の方が調べやすいのよ」
いろいろ理由を付けたが、『行ったり来たり』ができるのが私達に関わる存在のみなので、直接向かった方が手っ取り早いのだ。ただし、渡辺 凛を連れて行くつもりはない。こっちで働け。
「それで、具体的にはどのような実地調査を?」
「実くんと美樹の様子を調べてくる」
「私達!?」
「実くんは、私という存在にかなり影響を受けている。美樹は、そんな実くんに大きな影響を受けている。もし私が存在していなかったら?と考えると面白…参考にしやすいかなって」
「確かに面白そうね!」
「美樹さん…」
まあ、趣味と実益を兼ねようということだ。向こうの世界のふたりが出会ってすらいなくとも、それはそれで性格や生活との違いの幅が参考になるというものだ。
「それでは、そろそろ始めます。こちらの人々にとっては、数秒のブランク程度ですので」
「気を付けてな」
転移門(平行世界バージョン)、起動!
◇
向こうの世界の『ソル・インダストリーズ』研究所に、無事出現。
「よく来た。先にやりとりした通り、春香さんが戻ってから、こちらは数か月ほど経っている」
「今回も滞在は数週間程度になると思います。ただし、転移門がなくとも勝手に戻りますが」
「予定通りだな。まあ、今日のところは我が家でくつろぎたまえ」
「ありがとうございます」
首都圏内の研究所から、鈴木邸に移動。
「「おかえりなさいませ、春香様」」
「今回も、よろしく」
うむ、ひさびさの双方『佐藤春香』モードである。美里と健人くんがメイドと執事だが。
「おや、春香様、だいぶ成長されましたね?」
「成長した。中学生くらいには見えるはず」
「はい、より美しくなっておられます」
美しく、か。かわいいとかではなく。…えへへへ。
「春香様、お顔が歪んでおりますが」
「見なかったことにして」
いかん、こちらでは『リーネ・フェルンベル』をあまり出すわけにはいかない。まあ、鈴木のお爺様と話す時を基準にすれば問題ないか。
◇
「やはり、仮想世界技術の発展は厳しそうですね」
「ようやく、フルダイブ装置の改良が本格化し始めたところだよ。春香さんの残した技術資料を基にしてもね」
「向こうでは、私自らが普及に努めておりますので、そこに違いが出ているのかもしれません」
まあ、しかたがない。
「重力理論に基づく技術は急速に進歩している。春香さんが来なくとももともと見込めていた技術であったし、そちらの世界と同等の進展が期待できるだろう。もっとも、『太陽系連合』構想は無理だがな」
「はい。基盤プラットフォームがないまま超長距離の移動が可能となってしまうと、惑星間どころか、惑星内でも人類社会が分断されかねません。とはいえ、意図的に技術進歩を遅らせるのは…」
「だな。こちらのSOEも未だ存続しているよ。そちらほど活発ではないが、全くかなわん。太陽系外の進出が阻害されていてな…」
あちらの世界のSOEは、私や渡辺 凛が『現界』した技術や手段を流用したからこそ、規模が大きい一方、各部門バラバラに活動しているという傾向がある。どっちもどっちということか。
「今回は、特に技術的な資料はお渡しせず、進捗状況の確認と細かいアドバイスにのみ限定したいと思います。その分…」
「個人レベルの可能性変動、だったか。平行世界に関係なく、未来予測にも似た技術が期待できるからな。こちらも支援を惜しまないから調査を進めてくれ」
「ありがとうございます」
もしかすると、こちらの世界では宇宙進出よりも、未来予測に関わる技術の方が発展するかもしれない。どちらの技術も、活用と悪用の両方が可能だ。これもどっちもどっちということだろう。
◇
最初は、同じ市内に住んでいる美樹からかな?と思ったら、電器店で働いていなかった。マンションにも『高橋』の表札は見当たらない。そこからはどうしようもない。美樹の実家はだいぶ遠いし。
「先に、実くんを調べるか…」
運転免許は無効だし自家用車もないから、電車とタクシーを駆使して『渡辺』の家がある町にやってくる。
町の趣は変わらない。変わっているのは、
「神社だけ、か」
『お母さん』が町を離れたことで『渡辺』の家だけがなくなり、神社が地元組織の所有となって行事に使われているという状態だった。市役所や御近所での聞き込みで判明した。
「あの、こちらにお住まいだった『田中 実』さんという方は…。父が同級生だったそうで、可能ならば、消息を知りたいのですが」
「実なら、20年近く前に就職して家を出たわよ?大学卒業後に、首都圏の方にね」
実くんのお母さんだ。こないだ『渡辺家』を訪ねた時に見かけたが、そのままだ。
実くんの大学卒業後の流れも、あちらの世界と同じだ。『私』がいてもいなくても。
「そうですか…。帰省、とかはよくされるのですか?」
「最近はないわねえ。あの子も結婚して、落ち着いているから」
「え、結婚したのはいつ頃でしょうか?」
「そうねえ、もう、10年にはなるかしら?」
ということは…結婚相手は美樹ではないだろう。
なにしろ、美樹と実くんは15歳以上、年が離れている。
つまり、美樹が10代後半の時に、実くんが30代前半で結婚したわけだ。
連絡先とかまではプライバシーに関わるので、とりあえず、働いている会社の名前を教えてもらった。なるほど、あちらの世界で言う、FWO設立時の親会社だ。
「鈴木のお爺様から頂いた公衆回線アカウントとHS-01経由でいろいろと調べられるけど…。うーん、【運営No.00】のような権限がないから、社員名簿とかまで調べるのは無理か」
というか、そんな権限があったら、ここに来るまでもなく調査可能である。鈴木家やおじい様なら公開情報だけでだいたいわかるんだけれども。
そんなわけで、今度は首都圏に移動。また電車か…。
◇
首都圏中央駅から、実くんが就職した会社最寄駅に到着した私は、会社に直行…する前に、会社近くのホテルで部屋をとる。調査と移動で一日費やしてしまい、もう夕方だからだ。『ソル・インダストリーズ』研究所での寝泊まりは避けたい。
早めの夕食を兼ねて、街を歩く。
「首都圏の様子は、あまり変わらない…。仮想世界技術があってもなくても、基本的な人の営みは変わらないということかな」
とはいえ、仮想世界技術がない分、既存のネットワーク技術への依存が高まっている様子は見られる。街を歩く人々を観察すると、携帯端末のARインタフェースはあちらの世界より進化しているようだ。こう、何もない空間で指を動かしたり、腕を振り回したり、踊ったり。…最後のは見なかったことにしよう。
なるほど、ARならVRほど仮想世界データを作り込まなくてもいいもんな。ARフル対応の携帯端末、参考までに持ち帰れるかな?と思い、夕食後、ホテル近くの電器店に入ってみる。いや、買ったらすぐにホテルの部屋に置きたいので。長時間、箱ごと持ち歩くのはちょっとね。
「あの、この機種のパンフレットはありますか?」
「はい、こちらのでしたら、この下にありますよ」
「…!」
なんという、お約束。
AR関連機器のコーナーで対応してくれた店員さんは、紛うことなき、美樹だった。
「お客様、いかがなさいましたか?」
「…!?」
そして、もうひとつ、驚いたこと。
胸元の名札には、『田中 美樹』と書かれていた。




