EX-48 AF「バイトをしよう!」
注意:バイトも立派な仕事です。春香がなんかおかしいだけです。
市内の喫茶店。
「美里、いいバイト先教えて!」
「…熱は、ないようね」
「リーネ先輩、あれだけ仕事していて、バイトとか…」
ふと、思ったのである。私、バイトらしいバイトしたことない!
高校生の時も多少はできたかもしれないけど、今は何と言っても大学生。バイトの主力!『篠原あかね』も一応、大学生バイトだし。カムフラージュだからノーカンだけど!
「御両親の『認識阻害』に、あてられたのかしら…」
「逆じゃね?今まで、ちっこい先輩がバイトするのは普通じゃないとかって阻害が。それが、その阻害に気づいて今更のように…」
「確かに、芸能活動や技術開発、諜報活動、政府要人との会合…とかって、とてもバイトとは呼べないしねえ…」
健人くん、またちっこいって言ったね?こちらは心のメモ帳でカウントしてるからね?10個溜まったら覚えておきなさいよ?
「まあ、リーネならなんでもこなせそうだけど、なんか不安なのよねえ…」
「不安?私、頑張るから!」
「それよ。頑張りすぎて、他の人の仕事取っちゃいそうで」
「雇い主も、人が少ない方がいいからな…」
むう。
他の人のお役に立って、その分の報酬を頂く。それがemployeesの役割なんじゃないの?
「その報酬もよ…。以前、高橋さんに聞いたことがあるわ。あなた、多くの仕事を最低賃金レベルでこなしてるんだってね」
「だって、相場がない仕事ばかりだから」
「そりゃあ、太陽系連合初代総裁とかなんて前代未聞だけど…」
いやいや、何言ってるの?太陽系連合はまだ樹立されてないよ?ずーっと先の話だよ?それに、必ずしも私が総裁やるとは限らないし。今後、もっと適切な人が現われれば…。
「リーネの存在あっての太陽系連合じゃない。それくらいわかるわよ…」
「だな。いくら任期制だったとしても、数十年は担当することになりそう」
えー、それってなんか事実上の独裁政権みたいじゃん。渡辺 凛やSOEが喜びそう。某国のように、最大2期とかにしよう。よし、憲章草案にそう盛り込んでいこう。
「独裁者が出ないように独裁するって、愉快よね」
「だな。今晩、お爺様と知的なトークができるぜ」
「キングメーカーだっけ?総裁やめても主要政党での発言力が絶大とかね」
院政なんてしないよ!なに言ってるかなあ。
ていうか、話を戻し戻し。
「ちゃんとバイト先のルールに従うから!だから、お願い!」
「まあ、検討してみるけど…。でも、リーネ、自分で探さないの?」
「…」
「リーネ?」
「全部、断られた…。普通に応募すると、個人認証で身元がわかるから…」
「ああ…」
「ロールプレイも認識阻害も使えないわなあ…」
『佐藤春香』という存在は、どのバイト先でもお役に立てないのである。ハンバーガー店も、ファミレスも、居酒屋も、ネットカフェも、カラオケ店も、…
「『あの』佐藤春香がバイトの応募なんて、目を疑うよなあ。何かの間違いかって」
「雇うにしても、個人認証ベースなら誰かってこと隠せないよね、他のスタッフとか」
「お店、パニックになるよなあ。儲かるどころじゃなく」
ぐっすん。
つまるところ、『佐藤春香』であることが隠せるバイト先を探すことになってしまったのだ。少なくともお客相手に、できれば雇用主に。
ただ、働いて収入を得るということは金銭のやりとりがあるわけだから、身元ははっきりさせる必要がある。だから、雇用主には明かさないわけにはいかないだろう。問題は、お客である。
「そうすると、かなり狭まっちゃうわね…」
「チラシやティッシュ配りとか?でも、仮想世界ネットワークの普及で、そっちで広告だした方が早いって御時世だろ?地元向けにしても全国向けにしても」
「あと、そういう仕事もバイト仲間に身元を隠し続けられるものなのかしら?雇用主からして結託しているVR研諜報部門とは違うわけだし」
結託とか。まあ、間違いではないな。
「あとは…ここかなあ」
「え、ここ?」
この、喫茶店!?
◇
「お嬢様から話を聞いて、まさかと思いましたが、本当だったとは…」
「よろしくお願いします!頑張ります!」
「彼女のロールプレイは知ってるでしょ?名前もアバター名をもじって『リーネ・フェルンベル』、『佐藤春香』よりも積極的な性格の女の子ってことにしたいそうよ」
鈴木家で働いていたことがある執事さんが、独立して喫茶店を営むようになった。これまではひとりでやってきたが、おかげさまで客が増え、休日だけでもウェイトレスを雇えないか…というタイミングだったそうだ。
私がたまにこの喫茶店を使うようになったのは、実くんとの打合せのために、私や美樹の自宅がある市内の方が都合がいいと思ったからだ。が、鈴木家豪邸も結局同じ市内だったわけだ。私がその豪邸を初めて訪ねる時に、鈴木姉弟が徒歩でこの喫茶店に来ていたのだが、元執事のマスターが送迎したらしい。ふむう。
「わかりました。よろしくお願いします、佐…フェルンベルさん」
「リーネとお呼び下さい!よろしくお願いします!」
「なんだろ、先輩が戦争VRのプレイヤーに見えてきた」
あ、しまった。雇用主は従業員の生殺与奪権があるわけではなかった。あくまで、ビジネス関係だね。失敗失敗。
「もう、何がなんだか…」
「最近、諜報活動が多かったから、そのせいじゃね?カムフラージュとはいえさ」
かもねー。
◇
「マスター、二番テーブル、カプチーノひとつです」
「わかりました。五番テーブルのスパゲティとサラダが出来上がりました」
「はい!」
私のバイト生活は順調である。
順調であるのだが…。
「春香、がんばってるわね」
「そうだな、さすがだな!」
御両親様、御見学でいらっしゃいますでしょうか。でも、バイトしてること言わないわけにはいかないしなあ。
一応、こないだのショッピングモールの時と同様、『佐藤春香』であることの認識阻害はかけているのだが、端から私だと知っていれば相応に認識できてしまう。それが認識阻害のプロ(仮)である両親であるならなおさらである。
「お父さん、お母さん。ブレンド1杯だけで長時間いるのは、まずいよ」
「おお、そうか。なら、もう1杯」
「あら、私も」
今晩の夕食が食べられなくなるのは避けてね?ひさしぶりのクリームシチューだよ?
「リーネ、はりきってるね!」
「ええ。リーネとしても大学時代はバイトというよりは学術関係の仕事ばかりだったそうですから、こういうのに憧れていたのでしょう」
そして同じく当然のように御見学の、美樹と実くん。まあ、あの博物館の仕事もバイトって感じはしなかったしね。どちらかというと、社会貢献事業?
「ごめんねー、この喫茶店、カップル用のストローがないんだって!」
「え、何それ?」
「リーネ、それはもう十年以上前に廃れましたよ…」
きゃー、こんなところでアラフォー世代の時代感覚が!煽り失敗。
◇
知人も撤退し、他の客も引いた後の、喫茶店。
「ところで、リーネさんはいつ頃までこのバイトを?」
「はい、もしよろしければ、大学在学中はずっとやっていきたいです!」
「それは大丈夫なのですか?リーネさんは…お忙しいのでしょう?」
まあ、まだまだ移譲できないものがあるのは確かだけど。
「ほとんどは、平日の大学の講義の合間にできます。あとは、VRを活用していますので」
「VRを?」
「はい。夜にFWO経由で行えるものもありますが、休憩時間にも少し」
「そうですか…でも、休憩時間には休憩に専念できた方がいいですよ」
「そうですね、そうします」
休息が必要なのは確かだ。夜の睡眠時間もちゃんと数時間とってるよ!
「そうそう、この店でもシチューを出したいと思っているのですが、リーネさんがレシピを知っていると、お嬢様から聞いています」
「はい!素朴な味ですが、それでよろしければ」
早速、厨房で手早くこしらえる。
「…なるほど、確かに、素朴ですね」
「はい。ですので、お客様にお出しできるものなのかは、よくわかりません」
「レストランなどで出されることはないのですか?」
「このレシピが生まれたある国の地域では、伝統料理のような扱いです。最近、一部の店でメニューとして復活しています」
元傭兵プレイヤーさんのレストラン、繁盛してるかなあ。
「そうですか…。メイン、とまではいかないですが、メニューに加えてみましょう」
「ありがとうございます。私もこのレシピには思い入れがありますから嬉しいです!」
「…ふむ。リーネさん、このメニューは、リーネさんが作ることにしてはいかがですか?」
それは、別にいいけど、でも。
「でも、それですと、私がこの店にいる日にしか提供できませんが」
「休日限定メニュー、としてみたいんですよ。リーネさんの手作りであることも前面に出してね」
「はあ…」
…なーんか、嫌な予感が。
◇
「申し訳ありません、本日の分はもう終了で…」
「そっかー。また、来週かあ」
「御迷惑をおかけしました。あらためてよろしくお願いいたします」
私がバイトに入る時だけ、喫茶店に行列ができる。
目当ては、私の作るクリームシチューだ。
ある程度の作り置きはする。するんだけど、それだって限度がある。
多くの人々に美味しく食べてもらえるのは、嬉しい。嬉しいんだけどね。
「結局、あまり変わらなかったね。『佐藤春香』を隠していても」
「いやあ、隠してなかったらもっと酷いことになってたんじゃない?」
「でも、こないだTV局の取材もあったんでしょ?『リーネ嬢手作りクリームシチュー』って」
「『リーネ嬢』かあ。そういえば、各国首脳との会合の日本語訳でもそう呼ばれていたよな」
「『春香様』の後継呼称になりそうね」
なんですとー。
最近、『春香様』呼ばわりされることが少なくなって安心していたのに、『リーネ』の方で…しかも、リアルの全くの別人扱いで…。
「あ、クリームシチュー、もう一皿お願い、リーネ嬢」
「あ、俺も、リーネ嬢」
「お客様、シチューは1回の御注文で一皿まででございます」
ほのぼの回に見せかけた設定増加回かもしれません。