EX-41 AF「せまーい。春香ちゃんにふさわしくない!」
SSに近いAFですかね。
「では、佐藤春香…いや、リーネ・フェルンベル嬢としては、異論がないわけですね」
「はい、私としても、『太陽系連合』の樹立には、全面協力いたします」
ある国に火星経由の転移門で移動して、各国首脳との会議。おおっぴらな会合というよりは、ちょっとひそひそなスタイルである。やりとりでおわかりのように、各国首脳にも私の素性をまず明かしたからだ。おじい様…火星公社のフェルンベル総裁も特別参加している。火星経由なのはそういうことである。
今後の世界の未来について年に何度か会合してきたせいか、各国の現首脳の方々はあっさり信じてくれた。というか、伊藤先生とかと同じく、揃って納得したような顔をした。私のロールプレイのプライドがちょっと傷つく。なんだそれ。
「協力、か…。我々としては、あなたに初代総裁をお願いするつもりで進めてきたのだがな」
「もし、樹立予定の約10年後にもその要請が残っておりましたら、やぶさかではないのですが、しかし…」
「残っているだろうさ。むしろ問題なのは、太陽系連合そのものに反対する者達だろう」
反対されること自体は別に構わない。それでやっぱりやーめたというのであれば、それが選択された未来なのだから。
ただし、ひたすら暴力的に否定する連中はダメだ。特に、既に手段と目的が逆転している『地球に留まれ』と主張している輩は。留まりたいなら勝手に留まってくれ。望む生活環境をあげるよ?現実でも仮想でも。でも、あんたらはもはや暗躍したいだけだ。歓喜と困惑、称賛と恐怖を人々から得たい、それだけのために。
「リーネ嬢が言うと、説得力がありすぎるな…」
「今でも、春香嬢として御両親と暮らしているのでしょう?あのアパートに」
「VR研にお願いして資料を見たが、なんというか…なんというか、だな」
「SOEにあの資料を送りつけたら、逆に活動意欲をなくすのではないかのう…」
なに、どしたのよ、各国首脳のおじさまおばさま方。あと、おじい様。海千山千の皆様が私の自宅に恐れおののくなんて。資料を見ただけでは両親の『認識阻害』の影響は受けないはずだし。ん?
◇
「太陽系連合の初代総裁…行き着くところまで行った感じが」
「地球規模で統合する前に、太陽系規模で統合だもんね…人類の頂点じゃない」
「上下で考えてほしくないなあ。反重力技術や転移門設置によって誕生した、太陽系規模の活動に対する調整役ってだけだよ?」
要するに、雑用係である。せっかく、今後の参考のために美里と健人くんも会合に連れてきたんだから、ちゃんと学んでいってね?ふたりの場合、国外に出る機会も少ないんだし。
「そうよね、たとえ独裁者になっても神様になっても、リーネはリーネだよ!」
「美樹、わかってるね!」
「当然じゃない!」
神様に、ってところで内心びくっとしたけど、まあ、アレはノーカンだ。何のカウントがノーなのかは置いておくとして。ていうか、独裁者はいいのかよ、私。
「砂、吐きそう…」
「まさか、リーネと高橋さんの組合せでこんな気分になることになるとは…」
砂?健人くん、砂なんて食べてるの?消化に悪いよ?
「それでリーネ、これからどうするんですか?」
「ん?ああ、会う約束をしている人達がいるの。この港町、あの現地サーバがあるところでしょ?」
「ああ、そうですね。私や美樹さんがクルーズ船で来た時はゆっくりもできませんでしたが」
『ケイン』アバターを引き継いでくれた男の子と、傭兵プレイヤー。そのふたりと、傭兵プレイヤーが現実でやってるっていうレストランで会うことにしたんだ。
「おお…!リーネ、事前に言わないとは、意地悪だのう」
「ごめんなさい、おじい様。びっくりさせたくて」
特にあの男の子は、おじい様の妹のお孫さん…つまり、私の親戚にも相当する。もっとも、肉体血縁的には渡辺 凛なのだが。傭兵プレイヤーを含めて、佐藤春香として会うしかないだろう。
◇
「おお…!現実の姿の方がずっといいな!」
「ありがとう。あの時は、ケインとしてもお世話になった」
「まさか、どちらもあんただったとはなあ…」
レストランのマスターである傭兵プレイヤー…元、だったっけ?そのマスターに挨拶する。ちなみに、リアルの方が傭兵っぽかった。別にリアルで傭兵やっているわけじゃなかったはずだけど。
「おばあちゃんの、お兄さん!?」
「そうなんだよ。春香さんが、びっくりさせたいからってな」
「そういえば、フェルンベル総裁、あの歌は御存知ですか?」
「妹に断片的に聞いていたが、春香さんのシングルを聞いて、一通り歌えるようになったよ」
たぶん、おじい様より渡辺 凛の方がうまく歌えるはずなんだよなあ。なんてこったい。
「…わかりませんね」(田中)
「ですね…」(健人)
「英語でさえうまく聞き取れないのに、フランス語や地元の言葉なんて…」(美里)
「簡易翻訳モジュール、携帯端末に入れておけば良かった…」(高橋)
そっか、FWO内じゃないもんね。ごめん。まあ、雰囲気だけでも。
さて、本日のメインイベント。
「…これです!おばあちゃんのシチュー!」
「やっぱり、食べたことがあったのね」
「なつかしいのう…」
マスターにお願いして、厨房を使わせてもらった。現地食材で作る、いわば本場の味のクリームシチューだ。
「(ひそひそ)私にとっては『リーネの味』ですけどね」
「(ひそひそ)実くんには、もう作らないよ。美樹に作ってもらいなさい」
「(ひそひそ)でも実さん、カレーの方が好きなのよね…」
ああ、そうだっけ。よし、実くんが残業で遅くなる時は、美樹と作って食べよう。何よ実くん、その表情。
「おお、これ、俺のひいばあさんも作ってたシチューじゃねえか!」
「レストランの、メニューになる?」
「なるなる!俺も含めて誰もレシピ覚えてなかったんだ。なつかしがるやつにウケるぜ!」
それは良かった。
「(ひそひそ)ところで、凛には?」
「(ひそひそ)まだ、機会がなくて…」
「(ひそひそ)まあ、息子達も知ったことだし、無理に教えなくても良いかの…」
まだまだ軟禁状態は続くけど、火星で何か仕事をさせた方がいいかな?
◇
レストランのオープンテラス席で、海を眺めながらくつろぐ。うん、スローライフだ。だけど…。
「どうしたの?リーネ」
「ああ、うん、両親も連れてきたかったかなって…春香としての両親の方ね」
「現実ではあまり旅行とかしてないんだっけ?FWOでルート探索している割には」
「現実でできないからFWOで、ってことかな。ふたりとも、長い休みが取れる仕事じゃないからね」
お母さんのあの店、何人も事務の人いるってわけじゃなさそうだし。お父さんは…書類仕事が好きなだけのような気がする。まあ、お母さんの休日に合わせて有休とってる感じだけど。
「あとは…」
「あとは?」
「たくさん旅行できるほど、お金がない」
「…娘とのちぐはぐ感がすごいわね」
「これまで、そんな発想すら生まれなかったんだけどねえ。恐るべし、『認識阻害』」
「リーネにそこまで言わせる御両親って…」
『現界』能力を身につけてあさっての方向にこれでもかと発揮してしまうあたり、さすが渡辺 凛の魂の親、ってことなのだろうか。そういう意味でも、私がリーネであることを明かしづらいのだよな。
「なあ、あの渡辺 凛って人、御両親に会わせてみたら?なんの予備知識もなくさ」
「両親を火星に連れてくってこと?時間がとれるかな」
「もしくは、その人をアパートに連れていってみるとか?入れ替わってから行ったことないんだよね?『認識阻害』のこともあって」
んー、そうすると、おじい様の許可がいるかな。
「リーネがずっと付いているなら、1週間くらいは大丈夫だろう。戻る時に連れていくかね?」
「両親の都合を確認してみますね…あ」
「どうした?」
「両親、携帯端末ないんだった…。職場経由で問い合わせます」
「…本当に、ちぐはぐだのう…」
ここに来て、あの両親と本当の親子じゃないっぽい雰囲気が漂ってくる。あうう…。
「リーネ、そんなに落ち込まないで。御両親のこと、大好きなんでしょ?リーネとしての御両親と同じくらい」
「…うん」
「それでいいじゃない!元気出してよ!」
「ありがと、美樹」
そうだよね、うん。
「スキあらばいちゃいちゃして…」
「田中さん、美樹さんとの離婚、本気で考えてみては…」
「そうですね、健人くん。どうしましょう…」
「こういうのも、不倫っていうのかしら?」
感動の友情を曲解している人達がいます。この町に置いてっちゃうよ!
◇
「せまーい。春香ちゃんにふさわしくない!」
「何を言う、これでいいんだよ」
「そうよ。これが普通よ?」
予想通りというか、あの頃から双方ちっとも変わらない反応で、むしろ安心したよ!いや、これは脱力か?記憶がないはずなのに、この符合っぷり。なんだかな…なんだかな。
「春香ちゃーん、お金あるんだから、首都圏の一等地にお城建てようよ!それで、そこから全人類に命令するの!」
「却下」
ああ、私との入れ替わりを望んだ理由がこれだと思うと、なんとも複雑な気分になる。そのおかげで、私は今の両親とほのぼのと暮らしていけてるわけだし。うーん。
「ふむ、春香が全人類の支配者か。それは普通にカッコいいな!」
「そうね!かわいい春香がみんなに厳しく命令して…いいわね!」
「でしょでしょ!ほらほら春香ちゃん、まずは土地を買い占めよ!」
うわあああ、なんてこと言ってくれるんだ、この魂の親子は!?認識阻害は?認識阻害におかしな影響は出てないよね!?渡辺 凛、妙な『現界』もしてないよな!?
うん、決めた。申し訳ないが、この3人には『入れ替わり』についてずっと話さないことにする。たとえ世界中の人々に明かすことになっても、この3人だけは耳に栓をさせよう。何が起こるか全くわからん。そうだ、そうしよう!…はあ。




