EX-39 AF「夢オチだった」※
注意:一応、IFではなくAFです。最近、こればっかだな…。
ちゅん、ちゅん。
「すごい、夢だった…」
私は、高橋美樹。電器店の店員として働いている、平々凡々なアラサー女子だ。アラサーで女子なのかって?女子なのよ!
「それにしても、私があの佐藤春香と、親友だなんて…」
昨日見たTVニュースのせいなのかな、そんな妄想が夢として現れたのかもしれない。
「そして、そんな神様のような娘の婚約者である田中 実氏が、私の…うひゃー」
ベッドの上で転がりまわる。夢とはいえ、なんつー途方もないことを!
「数年前のFWO立ち上げの時のパーティに参加して、少しお話したことはあったけど、それっきりだったなあ…」
ずっと年上だけど、笑顔がかわいい素敵なイケメンおじさま。やつれていたのは、会社立ち上げで奔走していたからかな?あのFWOの発案者だ、忙しかったのだろう。
昨日TVで見た田中氏は、とっても幸せそうな顔だった。佐藤春香の『コアハート』構想と併せて行われた、婚約発表。しかし、あの年までずっと独身だったとは…。
「だからって、私がその幸せに割り込むような夢を…あっ、いけない!もう出ないと!」
そして、今日も私は出勤する。よくある電器店チェーンのひとつの店の、店員として。
◇
「しかし、昨日のニュースは一際すごかったなあ。『太陽系連合』の設立プランと連動してるんでしょ?」
「皆で作り上げる『コアハート』を基盤とした仮想世界プラットフォームと…ええと、なんだっけ?」
「転移型通信路の拡大による全惑星のネットワーク化、ですよ、店長!」
「おお、そうだったそうだった。相変わらず、高橋くんは詳しいなあ」
まあねー。あんな夢を見るほどにはちょっと詳しい。大学学部で学んだ範囲でだけど。
所属ゼミの教授に大学院への進学も進められたんだけど、そこまではいいかなーということで、大学卒業後はこの電器店チェーンに就職した。おかげさまで、VR関連機器のコーナーをずっと担当させてもらっている。今一番ホットな分野だからやりがいがあるよ!
「じゃあみんな、今日もよろしく」
「「「はい!」」」
お、HS-01の改良型が出るのか。またお客さんに質問攻めかなあ。ちょっとした違いだけど割と重要な機能だから、適切に説明できないとね!
「ねえ、高橋さん、聞いた?佐藤春香って昔、ライバル店舗でヘッドセット買ってたんだって」
「嘘!?え、じゃあもしかして、この市内に住んでるの?」
「そうみたい!でも、私もこの市内に住んでるけど、見たことないわねえ。デマかしら?」
かもしれない。私も市内に住んでいるから…。
ん?もしあの夢が本当なら、『認識阻害』だっけ?それが御両親によって…。
いやいやいや、夢は夢だ、あり得ない。御両親が普通のサラリーマンで、無意識に数キロ範囲の…だなんて!こないだたまたま見た、深夜アニメの影響もあるのかな?
「あの、この機種について教えてほしいんですけど…」
「あ、失礼しました!どの機能についてお知りになりたいですか?」
「ええ、今頃になってようやくFWOを始めるんですけど…」
やっぱり『FWO』か。VRゲームは他にもあるけど、ほとんどの人がこのゲームをやっている。携帯端末と連動した手段としても優れているから、アカウントだけでも登録している、って人もいるほどだ。
そんな私も、もちろんFWOをやってるよ!もう、毎日のように!仕事があるから夜に1時間程度だけど、FWO内は10倍の時間加速だからね、たっぷり遊べるよ!アバターの名前はミッキー。安直すぎかな?もう慣れちゃったけど。第一エリアでそこそこに名の売れた魚屋をやってる。包丁スキルはレベルMAXだ!
「あら、あなたもFWOをやってるの?」
「はい!第一エリアの魚屋に来てみて下さい、タイミングが合えばお刺身ごちそうしますよ!」
「まあ、それはいいわねえ。でも、ええと…『ケイン・フリューゲル』でしたっけ?いろいろと親切に教えてくれるって有名なのよね。その人にも会ってみたいわ」
くすくすくす。その人もあの佐藤春香なんですよ!FWOプレイヤーをやっていてもうっかり忘れてしまうほどだけど、やっていない人にはもっと結びついていないみたい。『アバター同時接続』のことを公表して、もうだいぶ経つのに!
…なーんて、彼女のこと詳しいかのような言い方だけど、会ったことないのよね。リアルの佐藤春香としても、スローライフ厨で有名なケインとしても、そして、攻略厨としての…
…ん?なんか、忘れている?なんだろう…?
「それじゃあ、HS-01の改良型が出るまで待った方がいいかしら?」
「そうですね。それまでは、レンタルか中古で済ませるという方法もありますね。こちらのラインナップですと…」
今日もVR関連機器コーナーは盛況だ。ボーナスに期待だね!
◇
今日の仕事が終わり、帰宅の準備をする。
「やあ、高橋さん、今日、飲みに行かないかい?」
「え、えっと…」
「駅前のホテルのレストランに、いいワインが置いてあるんだ。たまにはどうかね?」
店長って、仕事はできるけど、こうやってあからさまにちょくちょく誘ってくるのよね。妻帯者なのに!かわいい子供もふたりいるはずなのに!
しかもなんというか、他の女性店員には声をかけないのよね。狙われている感がビシビシだよ!?
「なあ、いいだろ?そうだ!篠原さんも一緒にどうかね?」
「え、あたしもいいんですか!?ワインごちそうして下さい!」
「ははは、いいとも。高橋さん、あらためてどうかね?」
まあ、それならいっか。篠原さんとも仲良くできるだろうし。
「そうと決まれば、早く行きましょ、店長!」
「おいおい、急かさなくてもワインは逃げないぞ」
「高橋さんも、早く早く!」
篠原さん、年甲斐もなく無邪気に騒いじゃって。でも、篠原さんって小柄だから、そういうのが結構似合うのよねえ。
それに引き換え、私は…いや、都合よくあれこれ望むのはダメだ。彼女も言ってたじゃない、『分相応』が一番だって。
…彼女?誰?
「ほーら高橋さん、タクシー来たよ!乗って乗って!」
「あ、ああ、うん、ありがと」
まあ、いっか。帰ってから、ゆっくり思い出そう。
大切な、とっても大切な人のことだと、感じるから。
◇
ホテルのレストランの、バーカウンター。
店長があれこれ注文をし、バーテンダーがてきぱきと用意する。
「こちらが、20年物のワインでございます。冷やしておりますので、そのままどうぞ」
「いただきまーす!わー、ホントにおいしい!これ、いくらするんですか?」
「はっはっは、お金のことを気にするのは無粋だよ。さあ、高橋さんも飲んで」
「は、はあ…」
店長、そんなに大盤振る舞いできるほどのお給料じゃないと思うんだけど…。自宅で待っているだろう奥さんと子供さんのことを考えると…私が気にすることじゃないのだろうけど。
「ああ、そういえば、聞いてくれるかな、私の身の上のこと」
「なんですか?」
「そろそろ、妻と離婚することになりそうなんだ」
「え!?」
「え、店長、離婚しちゃうんですか!?子供さんいるんじゃないの!?まだ3歳と5歳の!」
篠原さん、詳しいな。
「あ、ああ…。ふたりとも、私が引き取ることになってな。あいつのハデな浮気が原因の離婚だから、とても任せることはできなくて」
「そうなんだ…。でもでも、店長だけで育てていけるの?」
篠原さん、ぶっちゃけすぎ。
「まあ、育てるしかないよ。大変だろうけどな」
「そう、なんですか…」
店長にも、いろいろあるんだな。
「んー、じゃあ、高橋さん!高橋さんが、店長と再婚したら?」
「はあっ!?」
「だって、お店でよく話しているし、結構気が合うと思うんだ!ああでも、高橋さんにとっては再婚じゃないよね?あれ?」
そういう話じゃないよ、篠原さん!
っていうか、店長とはそりゃあ仕事だから話もするよ!特に店長、技術的なことだけはなぜかあんまり詳しくないし!
「おいおい篠原くん、私は高橋さんとは釣り合わないよ。なあ、高橋さん?」
「え、えっと…」
ど、どう答えればいいの!?釣り合わないってはっきり言ったら、離婚しそうな店長に変な追い打ちかけるようなものだし、釣り合うとか言ったら、これまでの誘いのこととかあるから期待もたせちゃうし!
あーもう!篠原さんがいたから余計悪化した!悪態付きたくないけど、なんなのよ、もう!
「えー?でも、一度付き合っちゃえば、釣り合うかどうかなんて気にならないかもよ?」
「そんなものかね、篠原くん?」
「そうそう!私とだって、そうだったじゃない!」
「まあ、そうか、そうだったな」
…なにそれ?
篠原さん、店長と不倫してたの!?
え、もしかして、離婚の原因って…!
「篠原さん、あなた…!?」
ふらっ
え、なに、視界が…まわる。
私、そんなにお酒に弱いわけじゃないのに…!?
「あれれ?高橋さん、どうしたのー?酔っちゃった?」
「ふむ、結構時間がかかるものなのだな?」
「そうだねー。ねえねえ、このまま上の部屋に連れてっちゃお!3人で楽しもうよ!」
「おいおい篠原くん、なんてこと言うんだい。…まあ、これほど酔ってるのでは、しかたがないかな」
…なに…を…言って…
「ああ、バーテンダー君、すまんが、会計を」
「はい、320万と256円でございます。税込みで」
「なに!?なにを言ってるのかね!?」
「転移魔法陣は結構高いのですよ。ねえ、ミッキーさん?」
そこにいた、バーテンダーは…
「ケイン、くん…!」
FWOのスローライフ厨、そして、中の人が佐藤春香の錬金術師、ケイン・フリューゲル。
まさにその人が、そこにいた。バーテンダーとして。
「ミッキーさん、はい、これ飲んで」
「あ、う、ん…。…はあっ!」
一気に、目が覚めた。
あれ?篠原さんがいない?
「ば、ば、ば、バカな!なぜ、FWOのアバターがここに!?」
「そりゃあ、僕はあらゆるVRシステムに【運営No.00】の権限があるからですよ。まあ、あなた方もそれを知っていたから、僕に気づかれないよう、高橋さんを拉致し、即座にフルダイブさせたのでしょうけど」
「そして、『篠原さん』というNPCは、既に待機モードに移行させた」
いつの間にか、私のそばにいた、佐藤春香アバター。
…いいえ。
いいえ!
「リーネ…!!」
「もう大丈夫だよ、美樹」
ああ…ああ…。
リーネだ…あの、リーネだ…!!
「さて、あなたにはこのまま、捜査当局が待ち構えるVRサーバに転移してもらい、いろいろと白状してもらう。いくらあなたでも、強制ログアウトは避けたいから」
ああ、これは『リーネ・フリューゲル』だなあ。『リーネ・フェルンベル』というよりも。
「でも、でもその前に…あなたを…あなたを、ここで殴る!」
「ひいいいっ!?」
ふえっ!?
そ、それ、リーネのキャラでも、春香のキャラでもないよ!?
ああいや、剣で切り刻むことはあるけど、それだって、痛みを感じさせる前に華麗にだよ!?
「私はねえ、怒ってるのよ!美樹の記憶をあいまいにさせて、美樹をこんな風に貶めるようなことをする、あなたに…!」
うわあああ、誰?誰なのよ、あなた!?
「美樹にはねえ、実くんの子供を産んでもらうまで、他の男には指一本触れさせたくないのよ!ていうか、誰も触れるな!たとえ、仮想世界でも!!」
バキッ
「あ、間違いなく、リーネだ」
◇
「火星のストレージ装置には、あのVR詐欺絡みを実現するデータ一式もあったのですね…」
「そういうこと。はあ…」
渡辺 凛め、なんでもかんでも火星のストレージ装置に放り込みやがって。
加えて、古巣の研究室のストレージに残っていた『篠原あかね』という名のNPCデータもそっくり入っていたらしい。昔私が研究の一環で作った、非実在ロールプレイ『篠原あかね』の元ネタだ。
「残業で残っていた美樹さんが拉致された時はどうしようかと思いましたが、すぐにリーネが近くの建物でカプセル型フルダイブ装置に入っている美樹さんを見つけて、ホッとしました」
「強制ログアウトはまずいから、私も同じVRサーバにフルダイブしたら、あいつら…!」
あああ、まだ腹立つ!
時間をギリギリまで加速させて美樹の記憶を夢のようにあいまいにし、自我認証システムの存在を思い出させないようにする。VR内で更に暗示をかけて普通の電器店店員として過ごさせて、精神的ショックに陥るような出来事を起こしていく。
自失呆然となったところで現実世界に戻し、あらためて暗示をかけて操る。放っておいたら、あの後どんな『人生』をわずかな時間で過ごすことになっていたか…!
「クラッキングしたVRサーバの一部を利用し、職場と自宅を含む一帯の街データやNPCをそっくり実装するなど、そこまでして…と思いましたが、美樹さんを操れるなら十分お釣りが来ますね。なにしろ、美樹さんは今や世界になくてはならない、あらゆる仮想世界システムを統括する組織のトップですからね。SOEとしては十分理由となるでしょう」
いつもの解説ありがと。
でもさあ、実くん、
「でもさあ、実くん、ずいぶん冷静だよね?美樹が酷い目に会ったってのに」
「…リーネ、あなたがそんなことを言いますか?そんな美樹を見て」
私の横にいる、美樹を見る。
「リーネ…リーネ…!!ああ、これ、現実だよね?私の夢とかじゃ、ないよね?仮想世界のアバターとかでも、ないよね?リーネ…!」
私にしがみついてひたすら涙を流しながら、私の名前を何度も呼んでいる、美樹。
フルダイブから復帰して、ずっとこれである。美里にも似たようなことされたことはあったけど、あっちはペット猫可愛がりって感じでなんだかなだったんだけど。
いやまあ、嬉しいよ?嬉しいけどさあ。
「ねえ、本当なら、私じゃなくて、実くんが私の位置にいるべきじゃない?」
「交替する気もないんでしょ?そうですね、私と美樹さんが離婚して、おふたりが結婚するというのはいかがですか?日本ではダメですけど、他の国なら」
「なに、実くん、拗ねてるの?そんなんじゃ、いつまで経っても美樹と子供作れないよ?」
実くんも、あらためて鍛えるべきかな…。