表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/101

EX-34 AF「よし、もう考えるのはやめよう。やめるったらやめるの!」

注意:この作品のジャンル設定は『VRゲーム〔SF〕』でございます。

「【ストレージアウト】神剣フリューゲル」

「かはっ」

「ごふっ」


 うわあ、出てくる出てくる!SOEどころか、世界中のあやしい諜報機関のメンバーがゴロゴロと。

 自宅最寄駅あたりから変なのが潜伏していないか街角に目を光らせたら、迷子状態のあれやこれやがうじゃうじゃうじゃ。

 さっくり倒して、地元の捜査当局に引き渡し。


「今度、我らに捜査と戦闘の御指導を!」

「時間が取れましたら…」


 仕事が増えた。まあ、しかたがないか。治安問題の原因の多くは私だろうし。


「いえ、この市の治安はむしろ良い方です。お気になさらず」


 地域貢献と考えるか…。


 ちなみに、マスコミ関係者もぞろぞろ発見。こちらは『近所迷惑なので』と脅し…お願いするに留めた。もっとも、諜報員との戦闘の様子をバッチリ記録してウキウキして帰っていったが。なんだかな。まあ、それらが報道されれば、おかしなのも更に減るだろう。


「お店?いつも通り、普通(・・)よ。お店の娘のひとりがFWOにハマって遅刻が少し増えたくらいかしら?」

「ウチの部署も普通(・・)だな。春香のおかげで書類整理がはかどったせいか、逆に扱う書類が増えたような気もするが…」


 『普通』に喜びを見いだす両親。変にあれこれ伝えず、そっとしておくべきだろうなあ。人類最強の防衛手段、『認識阻害』能力。各国政府・企業は喉から手が出るほど欲しがるだろうけど…。


 ただ、ひとつだけ気になることがある。


「そういえば、ニュースで見たわよ。春香、カッコよかったわ!剣が現れるところとか特に!」


 両親曰く、『普通にカッコよかった』ということらしい。つまり、この場合の『普通』は、あくまで両親の主観である。両親が普通と思っても世間一般の人々が普通とは思わない場合があるとしたら…いや、よそう。私も人のことが言えないところがある。両親の良識ある発想に期待しよう、うん。


 それとですね、お父さん。


「そうだな!あれなら、痴漢なんぞ絶対寄ってこないな!」


 何かというと痴漢やら男の人やら近づかないようにって言ってますけど、それが原因で妙な『認識阻害』を発揮しておられませんでしょうか?どうなの?ねえ?


 …いや、これは言いがかりだ。『リーネ』の時だって似たようなものだったじゃないか。実くんだけだったよ、当時、妙に遠慮がちながらも私に近づいてきた男の人は。渡辺 凛のことを考えると、私が積極的に関わることがなかったのが最大の原因だろう。


 …リーネの時、か。

 確認だけは、しておくべきなのかな。



 首都圏の郊外に位置する、歴史ある古い町。

 そこに、『渡辺』の家がある。

 今私は、その家に向けて車を走らせている。


 火星のおじい様(・・・・)経由で渡辺家の方の両親に許可をとり、リーネとしての生家を訪ねることにした。今は地元の不動産屋に鍵やら何やらを預けているとのことで、そこから借り出す算段をつけた。


 なつかしい町並が見えてくる。…あ、あれ、通ってた中学校だ。あの学校の近くの喫茶店で実くんに告白…いや、他にもそれなりの思い出はあっただろうよ、私。美樹に話すエピソードのストックを増やすべきなのは確かだけど。くすくすくす。

 そうして到着した、渡辺邸。


「外観は、変わってないかな。当たり前か」


 いわゆる日本家屋。鈴木邸ほどだだっ広くはないが、隣接している神社の本宅のようなものでもあったから、それなりに大きい作りだ。


「さすがに朽ち果てるほどじゃないけど、ちょっとホコリっぽいかな…」


 玄関から、ゆっくりと中に入っていく。やはりというか、あちこちにホコリが溜まっている。

 渡辺 凛は、世界のあちこちで暗躍するようになる前からこの家にはあまり帰っておらず、会社近くにマンションを購入するなどして生活していたらしい。この広い家が欲しかったんじゃなかったんかい、8歳頃の佐藤春香ちゃんよ。ああいや、マシンションとかも十分に広いけどさ、あの2LDKでの両親3人暮らしよりは。


「こんなものかなー」


 十年以上ぶりとはいえ勝手知ったる我が家、所定の場所からほうきやらちりとりやらを取り出し、ひととおり掃除する。掃除機だと畳とか傷つけちゃいそうなんだよね。気のせいかな?


「ん…」


 少し残っていた茶葉でお茶を淹れ、軒先に座って庭を眺めながらお茶を飲む。うん、スローライフだ。

 環境面でのリーネと春香の違いがあるとすれば、これかもしれない。いくら『普通』のアパートでのほのぼのとした生活であっても、やはり窮屈な感じはする。あの頃の『佐藤春香ちゃん』の気持ちは、まあ、わからなくもない。もともとがそういう生活だった私にも、思うところがあったのだろう。

 では、もう少しゆったりとした生活を送るには?両親にねだるのはダメだ。両親は『私』のために一生懸命働いている。その結果があの生活なのだ。別に不満というわけでもなかったし。もし、そんな生活が更に欲しいと言うなら、自らの手で、正当な方法で獲得するべきである。だから、私は…。


「…お腹、空いたかな」


 いろんな想いをめぐらせ、そろそろ『帰る』べきかと思いかけて、ふと、そんなことに気がつく。

 となれば、アレを作るしかない。記憶がなくてもなぜか覚えていた、あのレシピの、あの料理を。

 今の私は佐藤春香としてこの家を『訪問』しているから、勝手に(・・・)台所を使うことになるが、まあ、後づけて許してもらおう。


「材料は…さすがにないかあ」


 近所のスーパーで、小麦粉やらバターやらを含めて食材を買う。10年ほど前まであったスーパーはなく、どちらかというとフードセンターという趣の店に変わっていた。この世の(私以外の)無常をあらためて感じる。

 ちなみに、レジでうっかりFWO会員証を兼ねた決済カードを出してしまい、店員さんが気絶してしまった。認識阻害能力、私も『現界』できないかなあ。仕組みが思いつかないんだよね…。


「よし、おっけー」


 今回も、手早く作ったクリームシチュー。洗い物して台所をキレイにしていく必要があるから、あまりじっくりと煮込む時間もない。まあ、こんなものだろう。


 ピンポーン。


 うぇ!?誰か来た!?

 急に鳴った呼び鈴に、私は慌てる。ちゃんと手続きを踏んで家に入ったとはいえ、今の社会的立場は紛うことなき佐藤春香だ。世間様に下手に知られているから、ごまかしも厳しい。こ、こんな時こそロールプレイ?ちょっとばかし発育がいい小学生っぽい感じで『おうちのひといないからわかんなーい』って感じか?いや、それは単なる演技だ、私のポリシーに反する!あああ!


 観念して、玄関の扉を開ける。


「はい、どちら様で…」


 そこに立っていた人達を見て、私は、固まった。


「良かった…間に合った」

「そうね、本当は、待ち構えるつもりだったんだけど」


 え…な、なんで、なんで、ここに…。


リーネ(・・・)、なんだろう?」


 お父さん、お母さん…!



 3人一緒に、和室の居間のテーブルでクリームシチューを食べる。おじい様と同じく、なつかしんでくれた。

 え?玄関からのシーンを語っていない?恥ずかしすぎて語れないよ!


「ふふふ、そんなにかわいらしい姿なんですもの、恥ずかしがらなくてもいいのに」

「…渡辺 凛に」

「ん?」

「渡辺 凛に、バカにされたから。まだ御両親と一緒に暮らしたいのかとか、どうとか」


 あの敗北感は、未だに忘れられない。精神年齢アラフォーと思うとなおさらだ。くそう。…いかん、年甲斐もなくスネてしまった。くそう。


「ああ…それか…」

「?」

「これを食べ終わったら、隣の神社に行きましょう。話をしておくことがあるの」

「話?」

「私達がなぜ、会ってすぐ『リーネ』として接したか、不思議に思っているのだろう?」


 その通りだ。

 実のところ、気にはなっていた。おじい様から『佐藤春香が家に入る許可を』という連絡を両親(・・)に伝えた時、なんの理由も問われずに許可を出したそうなのだ。確かに私はそれなりに名が知られているが、それだけですぐ許可を出すものではないだろう。大学の古巣の研究室は一応、私の請け負う仕事に関わる調査・研究という名目があった。実際、その通りだったし。


 食べ終わって食器を片づけ、3人で隣の神社に向かう。

 地元の行事でたまに使うからだろうか、町内会や自治体によって最低限の清掃が行われていた。


「この神社にはね、伝説があるの。人々の願いを聞き入れ、様々な御利益を『現界』するという、伝説が」


 …!?


あの娘(・・・)が『渡辺 凛』と名乗るようになってしばらくして、この家にふたりして戻ったことがあるの。そうしたら、『博士論文を書くのが大変で面倒でもう嫌!』って、うんざりした声で言うのよ」

「数か月前に会った頃までとはかなり雰囲気が変わっててなあ。びっくりもしたのだが…その…ちょっと、嬉しくもあってな。リーネが弱音を吐くなんて、見たこともなかったから」

「今まで、親らしいことはできなかったこともあって、この家に滞在中、その…つい、あれやこれやと甘やかしたり、励ましたりしてね…」


 えええ…。

 ああいや、それ自体は別にいいんだけどさ、10年前だって20代後半だったんだよ?中身は8歳だったかもしれないけど、『私』の記憶や経験を受け継いでいるから、名実共に不自然ではなかったはずだ。


「何言ってるんだ、リーネは中学くらいまででだいぶ成長していたじゃないか」

「そして、そのままずっと何年も変わらず、若々しくて…」

「たまに会っても見た目は変わらないものだから、今でも私達の中では、ずっと中学の頃のままのイメージで…」


 今、明かされる両親の『私』に対するイメージ!

 体が入れ替わってだいぶ経ってから知るに至るって、どんな因果なのよ。


「とにかくその時、この神社の伝説を教えてあげたの。リーネって、神社の娘なのに神頼みなんてしない主義で、既に身内だけで語り継がれていた伝説をそれまで伝えることもなかったから」

「そうしたら、『神様にお願いしたら論文がすぐにできた!他にもいろいろと!『現界』って凄いね!』って」


 orz


「あまりに調子に乗るようになって、交友関係が派手になったり金銭関係でトラブルを起こしたりしたから、激しく怒ったりもしてな…」


 それでケンカ別れして、この家にも戻ってこなくなったと。

 あの『佐藤春香ちゃん』は、元の両親にさえ悪態をつくようなやんちゃタイプだった。何度思ったかわからんが、三つ子の魂百まで。


「会社勤めするようになったことは知っていたが、それからはほとんど会わなくなってね」

「そうしたら、今年に入ってこの騒ぎでしょ?もう、成り行きに任せるしかなくなって…」


 ほとんど会わなくなったこともあり、ふたりが彼女(渡辺 凛)の両親であると注目されることはなかったらしい。良くも悪くも。彼女は彼女で『コアワールド』絡みでそれなりの実績があったけど、私のようにあれこれと調べたわけでもなかったそうだ。



「だからね、リーネ。今のあなたが気に病むことはないのよ?」

「お前に責任があるというのなら、私達にも責任がある。もちろん、あの娘(渡辺 凛)にもな」

「…知ってたの?」


 あの博物館の『事故』は、フルダイブ装置の不具合を把握していなかった私の責任。渡辺 凛という『犠牲者』を出したばかりか、めぐりめぐって、世界中に大きな影響を与えてしまった。そんな想いが、私の心のどこかにずっと残り続けていた。


「火星の事件以降、『佐藤春香』の働きっぷりは凄まじいものがあるからな。まるで、この世の全ての諸問題()を、自分自身の責任として解決(・・)しようとしているかのように」

「世間の人々は、あなたを神様か英雄のように称賛しているけど、私達にはね、昔のリーネが重なって見えたの。実くんのこと(・・・・・)とかね」

「知ってたの!?」


 実くんに告白された私は、いろいろとやりとりはあったものの、さっくりとお断りを入れた。

 すっかりしょげてしまった実くんは、それからあんまり女性にモテなくなってしまった。それまで多少優柔不断なところはあったけど、多少どころではなく、いろんな意味で情けない性格となってしまった。私なんか(・・・・)のせいで。

 ある日、複数の女子中学生に囲まれている実くんを見かけた。ああ、やっぱりちゃんとモテるんだ…と妙に安心したのもつかの間、なんと、思い切り泣かされていた。ていうか、カツアゲされていた。ナニコレ、と唖然とした。だって実くん、一応、大学生だったんだよ?


「翌日、全員が泣きながら彼の自宅に現れ、奪った金銭を返した上で玄関先で土下座して謝ったと親御さんに聞いてなあ」

「同じ中学ということで、リーネにも悪いことをしてくるかもしれないと、一応、その女子生徒達の名前を聞いておいたんだけど」

「たまたま画面が表示されたまま自室に置いてあったリーネの携帯端末に、なぜ全く同じ名前のリストが表示されていたんだろうなあ…と。連絡先込で。見なかったことにしたがね」


 …だって、腹が立ったんだもん。彼女達もそうだけど、なにより、その場で何もできなかった、私に。

 結局私にできたのは、とっさに撮影した写真から誰なのかを特定(・・)し、ネット経由で個人連絡先を入手(・・)し、言い逃れができないよう撮影写真をわかりやすく加工(・・)し、ちょっとばかし警察通報を匂わせるような文章と共に、彼女らに送りつけただけだ。当時からコンピュータ技術には関心があって独自にいろいろとやっていたから、それくらい(・・・・)はね。


「私としては、実くんとお付き合いしてほしかったんだけどねえ。頼りがいもあったのだが」

「実くん…ううん、『田中さん』は、素敵な人と結婚したよ」

「そうだね。お前が結婚披露宴の全てを取り仕切ったんだって?」

「…」

「三つ子の魂百まで、ね」


 そのフレーズはもういいよ。いろんな意味で。


「(ひそひそ)なあ、あの時の女子中学生達が『リーネ親衛隊』と呼ばれていたことはどうする?」

「(ひそひそ)言わない方がいいわよ。この娘、()も昔も自分がモテまくっていることに気づいていないみたいだし。男女関係なく」

「(ひそひそ)喜ぶどころか、ショックを受けるだろうなあ…」


 ん?



「『現界』、か…」


 リーネとしての私が神社の娘ということで、魂うんぬんに何か関係があるかと思ったのだけれども…んー、はっきりしなかったかな。

 渡辺 凛が『現界』と呼ぶようになった理由はわかったけど、じゃあ、その能力はどこから?という問いに対する答えにはなっていないよね。


「思い出すわねー。私達、なかなか子供が出来なかったから、ここで祈ったのよ」

「そうだな、子供を授けて(・・・)下さい、とな。その後すぐにリーネを妊娠していることがわかって、喜んだものだよ」


 …

 ……

 ………


 いやいやいやいや!

 ありえない、ありえないよ!

 私の存在が『現界』の産物…なんて、ありえないから!

 誰か!科学的思考をぷりーず!


「そういえば、『現界』って明治時代頃から呼ばれるようになった言葉なんですって。お父さんから聞いたことがあるわ」

「それは私もお義父さんから聞いたことがあるな。それより前は…『神降ろし』だったか?」

「そうなの。世界創造の神話の一部でね、人間を含めた世界を作り終えた神が、自ら創造した世界でゆったりと(・・・・・)過ごす(・・・)ため、下界の人々の招きに応じたというのが始まりだったんですって。神秘的よねえ」


 …

 ……

 ………


 よし、もう考えるのはやめよう。『現界』能力や『アバター同時接続』や『超加速時間に耐えられる理由』とかの諸々について調査研究するのもやめよう。


 やめるったらやめるの!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ