EX-3 AF「よし、今日も予定通りの目覚めだ!」
早速、FWO日本サーバに簡易接続すると、朝の06:00少し前ということがわかる。ちなみに、カチューシャ型のHS-01にしてから、寝ている時もVRヘッドセットを装着している。
私の名前は、佐藤春香。この間19歳になったばかりの女子大生だ。今日もいつもの一日が、始まる。
◇
まずは、日課のランニング。いつも近くの土手を軽く走っている。御近所の人達へのあいさつも忘れないよ!
「おはようございます」
「お、おはよう…毎日、大変ね」
「日課ですから」
もう何年も毎朝走っているから、特に苦にはならない。たとえ、今日のような土砂降りであってもね。小学校から使っている雨合羽は、ちょっと恥ずかしいけど!
◇
ランニングから自宅に戻る頃、両親が起き出す。まだパジャマ姿で、少し寝ぼけ眼だ。
でも、今日は平日だ。ふたりとも仕事がある。急がないと!
「今朝は、お母さんにベーコンエッグ、お父さんにシャケにするけど、いい?」
「いいわよー。ありがとー」
「ああ、助かるよ…」
最近の朝食は全て私が作っている。たいした手間ではないよ。全て、家庭内LANにつながる調理器が作ってくれるから!
アパートに住んでいる都合上、最近流行りの自動調理型は導入できない。だから、各調理器に同時フルダイブして制御する。昔は全て文字通り手作業だったから、ほんっとに便利だよ!
「でも、私には調理器の制御って出来ないのよねえ」
「私も出来ないな。FWOの中なら出来るのかね?」
ん、ふたりともそろそろちゃんと目が覚めてきたかな。ごめんねー、技術スタッフの人達曰く、今のところ私しかできないってー。
◇
雨ということもあって、両親を通勤電車の最寄駅まで車で送り出して、そのまま私は大学に向かう。安全運転だよ!なにしろ、
「んー、まだまだかな…」
最近、車の全ての制御ユニットをローカル接続できるようになったから、政府に法令変えてもらって、HS-01経由で車を運転しているからね!
概ね問題ないんだけど、やはりまだ私の『能力』に依存する箇所があるのが残念なところ。それさえ解消されれば、新しくて便利な運転方法としての普及が見込めるんだけれどなあ。
◇
大学で講義。今聞いている数学理論はフルダイブ技術にも関連しているから、既に知っていることばかりである。とはいえ、捉え方が違うせいか、『前世』の頃とは違う発想をもたらしてくれそうだ。
「失礼ながら、現在大学で受講中のため、同時接続で対応しております。御了承いただけないでしょうか」
「それはもちろん!こちらこそ恐縮です!」
ある小国の関係者から、VRで会談を求めてきた。時差の都合でこの時間になったけど、VRローカルサーバで仮想政府を樹立したいのでアドバイスがほしい、ということであれば、無下にもできない。
「立法と司法、そして行政機能の多くはむしろVRの方が有利でしょう。ですが、電気・水道などのインフラ整備や、警察・国防など物理介入が必要なものは難しいですね。当たり前ですが」
「VR化できるところから始めるべき、ということでしょうか?」
「正確には、VRを始めるために必要なものから始めるべきでしょう。先のインフラ整備はその典型ですね」
別に私でなくとも、アドバイスできる専門家はたくさんいる。ただ、私を通すと『次』の対応が早いのだ。インフラ整備でいうなら、空間転移技術を少しだけ用いたエネルギー転送とか。
でもあれ、半径数十センチ程度であっても、2点間接続が安定してなければ、その間の配線ケーブルが時空振動で切れちゃうんだよねえ。鈴木のお爺様にも協力をお願いしておくか。新しい事業になるし。
◇
10分の休み時間にリーネとして雑魚討伐。まだまだ続けてるよ?課金をしないに越したことはないし。
ただ、ケインとしても割と小金を稼いでいるから、以前よりも更にリーネが稼ぐ必要がなくなっている。他のプレイヤーが攻略したダンジョンにいくと、結構残ってんのよ、宝箱やアイテムが。ハイエナとか言うな!
「春香ちゃーん、次の講義科目のレポート見せてー」
「却下」
同じ講義を受ける学生がそんなことを言ってくる。ダメだよ、レポートや課題は自分でやらないと身につかないから。VRヘッドセットある?現実世界であと6分、FWOなら1時間あるよ!
◇
学食でお昼。クリームシチューばかりだと栄養が偏るから、今日はオーソドックスに定食Bだ。魚の唐揚げがミッキーダンジョン(仮)地底湖で釣った魚に似ていて、なんとなく食欲をそそる。
「お魚にかじりついている春香ちゃんかわいい!…あれ、反応がない?」
いや、今ちょうど第113エリアのボス攻略中だし。なんか赤青ドラゴンが2体で襲ってくるから、リーネとハルカのふたりでさばいている。ケインは…今回はいいか。ダンジョン宝探しがまだ続いているし。
ですので、食事と攻略に専念したいわけですよ、先ほどレポートなんとかなって同じ講義を受けた学生さん。あ、頭を撫でられるのはもうあきらめるけど、カチューシャ型VRヘッドセットをズラすのはやめてね。
◇
午後の講義。VR会議の類もないし、こちらはゆったり行こう。
「ああ、このアイテムは初心者向けですが、後衛職用とも言えますね。威力は弱くとも飛翔距離が長いので」
「まあ、親切に教えてくれて助かったわ。また明日もお願いできる?」
「ええ、たぶん。ただ、FWO内の時間加速には気をつけて下さい。始めたばかりですと、現実とVR世界の待合せ時刻等を間違えやすいですから」
専業主婦で今日からFWOを始めたっていう戦闘職プレイヤーと、露店地域で出会った。もちろんケインとしてだけど、アバターをオートモードにしておいたら、すごく不安そうに尋ねてきた人がいたから、講義中だったけど、少し対応した。いいよね、FWOで10分ぐらい、現実で1分程度だから!
◇
「ふむ、それは通信回線でもいけるのかね?」
「はい。ですが、月との数秒の遅延を解消するために使うのはコストパフォーマンスが…ああ、なるほど!」
「気づいたようだな。もっとも、一番喜びそうなのが、あの渡辺 凛だろうというのがな」
あー、極小空間の継続転移で火星と地球の間に常に通信回線を維持すれば、凛が絶対FWOに入り浸る。私の周囲をこれでもかとうろちょろするに違いない。
「フェルンベル総裁に密かに伝えるかの…」
「今度、日本の官僚が火星に視察に行くというので、機材と設置データを持参してもらいましょうか。ついでに、日本にも『転移門』を」
「そうだな、急いでみよう」
そんな感じで、鈴木のお爺様とVRで打合せ。午前の小国との会談の成果に関連させた情報交換だ。
その間の私のリアルは、民俗資料研究会、通称、民資研のサークル部室で分析作業。最近はもっぱら、日本各地の方言の分類だ。
「方言といっても、実際には別の言語と言っていいほど異なるものがあるね。カナで表現したり意味を漢字で当てはめてしまうと、それがわかりにくくなる」
「よく使われる基本的な単語ほど異なる場合は、注意が必要なんですね」
「そうそう。特に固有名詞や用語は、新しい概念と共に他の言語から借用していることもあるからね」
伊藤先生の説明に、なるほどと頷く。これはこれで面白い。民資研ではこれをしばらく続けよう。もしかすると、日本各地の言葉であの歌詞を定義できるかもしれない。
「京都弁で歌う春香ちゃん、似合いそう!」
「俺は博多弁がイチオシだな。某アニメの美少女キャラが喋ってた!」
「僕の出身の庄内弁をよろしく」
歌詞は私が翻訳するから、先輩方が歌うのはどうかなあ。アルバム出してみようか?
◇
「ミリー、後ろ」
「うわあああ!なんで後衛の後ろから襲ってくるのよー!」
「油断大敵だぞミリー殿。気配を感じるくらいにならんとな。妾と訓練するか?」
「ハルカまで鬼教官はいやー!やっぱりみんな春香だー!」
なら、実地で身につけなさいよ。あの放置気味のビリーくんエリアなんとかするんでしょ?
はて?ビリーくんが露店地域にもいないよ?
「あ、ビリーならエリアの家にいるよ。大型モニタがやっと手に入ったの!」
愛の巣を宿屋化する前にやることがあるだろーがー!
「ん?春香、どうした?カレーが冷めるぞ?」
「あ、ううん、なんでもない。…ねえ、お父さん。この家に大型テレビ欲しい?」
「あればいいと思ったことはあるが、家で観るのはニュースが多いしな。この小さいので十分だ。なあ、お母さん?」
「そうねー。春香の勇姿を大きな画面で見たければ、FWOの宿屋で見ればいいんだし」
うんうん、それがVRのうまい使い方だよね。何事もほどほどだ。
「あ、ねえ。今度の週末の『探索』が終わったら、第1エリアの宿で映画観ない?家族揃って!」
「それはいいな!春香だけじゃなく、ぜひケインと巫女のハルカも!」
「え!?な、なんで?中身は私ひとりだよ!?」
「私、息子も欲しかったのよねえ。巫女アバターの春香も素敵だし!」
「そういうことだ!」
うん、まあ、両親が喜んでくれるならそれでもいいけど。…ちょっと嬉しいかも。私のロールプレイが認めてもらえたようで。
◇
「今日も、いろんなことがあった…」
HS-01をいつもつけているので、一日の活動記録がデータとして自動的に残る。面白いことに、私の身体情報だけでなく、同時接続したアバターについても。
いずれにしても、この記録が日記代わりになるので、夜寝る前にいつも概要を見返している。これが、最近の私の習慣。
<春香ちゃん、いつも通り、おかしい>
<相変わらずの『さすはる』ですね>
研究用サンプルデータとして高橋さんと田中さんに送ったら、ふたりしてこんなメッセージを送ってきた。たまには違う文章送ってきてよ!