EX-27 AF「色ボケ!?色ボケになるっていうの?この私が!?」
第3シーズン冒頭から酷いサブタイトルですみません。※は付かない程度のものですんで…。
別件でVR研を訪ねたら、高橋さんがこんなことを尋ねてきた。
「『ワールドデータ』の名前?」
「うん。なんかいいのない?」
「『ワールドデータ』のままじゃ、ダメ?」
「んー、要するに『世界データ』でしょ?一般名詞のままっていうのかな、対外的な説明でちょっと違和感が出ちゃって」
そういう意味では、『コアワールド』も一般名詞的じゃないかな?『核となる世界』って意味だし。日本語の中で英語の単語を使っているからそれっぽく聞こえているという話もある。要は慣れである。まんま『窓』と呼ぶオペレーティングシステムもあるし。
「できれば、『コアワールド』の対比にしたいのよね。それなら、多少単純な単語でもいい感じだし」
「高橋さんが決めた方がいいと思う。『ワールドデータ』は、VR研が開発管理をしている」
「何言ってるのよ、もともとケインとしての春香ちゃんが基礎を作ったんじゃない。確かに、私や技術スタッフもかなりの部分を作り込んでいるけど」
言い出しっぺの法則かー。ちょっと違う?
でも、まあ、『コアワールド』と区別するにはいいかもしれない。アレは私の、私だけの数百年におよぶロールプレイの残骸だ。仮想世界技術の時代を始めるには必要だったかもしれないけど、今はこうして…。
「…『コアハート』」
「え?」
「『コアハート』って、どうかな?」
ちょっと、かわいい感じになっちゃったかな?
「…そのココロは?」
「…『みんなの心』。仮想世界のデータは、本来は『みんなで作っていく』もの。その、核となる存在」
「…いい、いいよ!すっごくいい!『コアハート』!よし、関係者を集めて協議よ!」
おお、高橋さんがすごくやる気だ。名前を変えるだけなのになあ。
いや、割と重要か。ロールプレイでも、名前というのは重要だ。それ自体に意味はないが、何かと区別したり、逆に、何かと同じであると意識したい時には役に立つ『情報』だ。
「でも、春香ちゃんらしいわねえ。なんというか、すんごくロマンチック!」
私らしさについてはツッコミたいところだけど、私自身の意図は、遠く離れていると思う。
さっきも言ったけど、仮想世界データは、本来は『みんなで作っていく』もの。これは、リーネ・フェルンベルとしての私が理論を打ち立てた時から…
「…高橋さん?」
「え、あ、うん…ごめん」
「?」
と、よく見ると、高橋さんの腕が私に抱きつこうとする体勢だった。うわ、危なかっ…ん?やっぱり高橋さんの様子が、おかしい。抱きつこうとするのを躊躇するような…いやいや、そのまま引っ込めて!ホントに抱きつかれたら恥ずかしいから!
「どうしたの?高橋さん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だよ!だけど…。はあ…」
「??」
うーん、本格的にわけがわからなくなってきた。なんか、ますます心配になってきたよ。
「えっと…春香ちゃんに、正直に言うね。私、春香ちゃんのこと、とってもかわいくて頼りになる女の子と思ってるんだけど…」
「…ありがとう、ございます」
「でもね、でも、時々感じるんだ。かわいいとか、頼りになるとか、そう言ってなんでもかんでも春香ちゃんに依存するのが、すごく辛くなって…」
辛い?それは…まるで、わからない。どうも、高橋さん自身もよくわからない気持ちらしいけど。
「なんていうのかな、私のお父さんやお母さんに、かわいいとか、頼りになるとか、言ってるような気分なのよ。…あああ、私もわけわかんない!」
…!?
そういえば、高橋さんが抱きつこうとしてきた時、私は何を考えていた?いや、『誰』のつもりで考えていた?
そうだ、『リーネ・フェルンベル』として、だ。約十年前に『入れ替わる』前の、更に昔の、自分自身の記憶として、想いとして。
もしかすると、私の『佐藤春香としてのロールプレイ』は、ほころびが出ているのかもしれない。いや、そもそも、『入れ替わった』後の佐藤春香は、リーネ・フェルンベルとしての自我に、佐藤春香としての記憶がくっついたようなものだ。最初からほころびが、『つぎはぎ』がある存在だ。
渡辺 凛には、そんなほころびは感じない。佐藤春香としての自我は、佐藤春香としての8歳頃までの人生に未練がなく、リーネ・フェルンベルとしての記憶と人生を喜んで受け入れ、融合していた。そこに、ほころびやつぎはぎなど存在しない。『生まれ変わった』という意識はあるが。
「ご、ごめんなさい、春香、ちゃん。…あああ、一度意識したら止まらない!『ちゃん付け』するだけでも違和感が…!」
…高橋さんにだけは、話すか?
こんな状況なら、たぶん、話すだけで信じるだろう。信じなければ、オリジナルの自我認証システムを使えばいい。そこまでして無理に信じさせる必要があるかはともかく。
「…!うん、問題ない!春香ちゃんは、春香ちゃんだ!少なくとも、SOEの『ロールプレイ戦術班』の偽物なんかじゃない!それだけは間違いない!」
「…高橋さんも、偽物じゃない」
「そうよ!なんなら、VR研の施設の自我認証システムで確認してみる?あ、ここで実さんとの馴れ初めを語れば!」
いや、いいです。何度も聞いたから。
◇
自宅に戻り、自室でくつろぐ。
ふいに、VR研での高橋さんの様子を思い出す。
「墓までもってく…つもりだったんだけどなあ」
今回は話さなかったけど、でも、いつかは話した方がいいのかもしれない。私が、少なくとも約十年前までの私が、『リーネ・フェルンベル』であることを。
「世間一般向けはともかく、親しくしている人達には、ね…」
鈴木家関係者や伊藤先生は今の私しか知らないから、更に昔どうだったかってことは特に問題にはしないだろう。だから、信じるか信じないか、信じた場合どう捉えるか、ということだけだ。気持ち悪がられるかな?んー、既にあれこれやらかしているし、今更かも。
フェルンベル総裁…『おじい様』と、渡辺家の両親は、どう思うかな。あまりに突拍子もない話だから、信じてくれないかもしれない。それならそれで黙っていた方がいいという話はある。
え?当事者である渡辺 凛?『へー、そうなんだー。でも、よくわかんなーい』で終了だろう。ある意味不本意ながら。
現在の、佐藤家のウチの両親は…信じる信じない以前に『理解できるか否か』という問題があるかも。大変失礼ながら。あと、理解して信じたとしても、『娘がふたりになった!』と単純に喜ぶだけかもしれない。大変失礼ながら。
高橋さんは、田中さん…実くんがどう思うか、に依存するのかも。昼間の葛藤?にしても、話に聞いているリーネ・フェルンベルを私に感じているのなら、そういうことなのかもしれない。私と今の田中さんとの関係を疑っていたくらいだしね。
「そう考えると、一番予想がつかないのは…田中さん…実くん、かなあ」
実際のところ、『事実』を伝えた時、私自身がどういう心境になるのかすらわからない、という話もある。他の人々はだいたい、『佐藤春香』としての私か、または、『リーネ・フェルンベル』の私か、という認識である。だから、どちらに比重を置いて私を認識するか、という話になる。
もし、フェルンベル総裁…おじい様が私を受け入れてくれるなら、それは『リーネ』としてだろうし、私も『おじい様』として接することになるだろう。恥ずかしながら、記憶を取り戻してすぐに、涙を流してしまったほどだから。
では、田中さん…実くん、とは?
去年、FWO稼働初日に仮想空間で出会い、今日まで本当にいろいろあった、田中さん。
幼馴染として物心付く前に出会い、私が中学3年まであれやこれやとあった、実くん。
私が今の田中さんに『事実』を伝えた時、その時にも、こうして客観的に捉えることができるのだろうか?そして、田中さん…実くんの方は?
「考えても、わからない。田中さん…実くんに話すことになった時、その時に、考えよう…」
なるようにしかならない。それは確かだ。人生にIFはないのだから。
◇
「あら、春香、背が伸びた?」
「…え?」
両親と夕食を食べ終わって、台所で洗い物をしていた時、ふと、母親にそう言われた。
そ、そういえば、目の前の物入れとかの位置が、ちょっとだけ下に、あるような…。
「おお、だいたい3cm伸びてるぞ!」
「まあ、すごいじゃない!」
もう、長らく放置していた『柱のキズ』に合わせて物差しで確認したら、確かに伸びていた。いや、賃貸アパートなんだからキズ付けちゃいけないんだけど。えっと、ちょっとだけ、ちょっとだけ付いていただけだよ?
昨年度の初めに高校で測定した時は、相変わらずの小学生スタイルであった。今もそのスタイル…ごふっ、いや、その辺は変わらないんだけど、18~19歳でこんなに伸びるのは…。
「もしかして、今が成長期なのかもな!10年ほど前から、ずっと伸びずにいたが!」
「それまでは、むしろ成長が早かったわよねえ。小2で、小6くらいの女の子と同じ背丈だったり」
ああ、それでガキ大将的な…。
…
……
………
私は、『肉体』に対しても『当時の佐藤春香のロールプレイ』をしていた、ということ?まるで、仮想空間におけるアバター調整のように。そして、記憶を取り戻したことで、体が『リーネ・フェルンベル』寄りになっている?
あああ、心当たりありまくる!『肉体を含めたアバター同時接続』とか!なに、『現界』能力ってこんなことまでできちゃうの!?無意識だったけど!ちょーいまさらだけど!
ていうか、私って何者!?誰か教えて!ちょーちょーいまさらだけど!
「よし、明日はお赤飯だな!」
「そうね!もしかすると、数年で『ないすばでぃ』になるかもね!その最初の記念よ!」
な、ないす、ばでぃ、か。昔の、私くらいになれるかな?えへ、えへへへ。
でも、変だなあ。昔の私って、大きな胸がコンプレックスだったよね。邪魔だった上に、男の人達がおかしな視線をめぐらせて気持ち悪かったし。
これは…佐藤春香となってから、逆コンプレックス?そんな言葉はないかな、そういうものの意識の方が強くなったのかな。リーネの初期アバターで、その辺の想いを発散?させてたし。
「そ、それはそれで心配だな。あの『ハルカ』みたいになるのだろう?」
「あら、どうして?そうなったら、男の人にモテモテよ!春香なら、女の人にも!」
「だ、だから、それがな…」
ふむ、『巫女装束のハルカ』みたいになるのか。確かに、少なくとも服装とかは『あの頃』に神社の行事とかでよく着ていたしなあ。それが、今の現実においても…えへへへ。
…はっ。
ま、まさか私、『渡辺 凛』化もしてる!?なにしろ、この体の元の持ち主だし!
色ボケ!?色ボケになるっていうの?この私が!?うそーーー!?
「あら、春香、どうしたの?なんか、びっくりしたような顔をして」
「え、あ、うん、ちょっと、いろいろ考えちゃって」
「は、春香、男の人とか、まだまだ早いぞ?な?そうだよな?」
え、えっと、その辺とかは、まだまだ先のことだろうから、置いておくとして。
ちょっと思ったのは、ある程度『成長』した後に、私が『リーネ・フェルンベル』であることを話した方がいいかなあ、ということ。
その頃なら、田中くん…実くんも、高橋さんとの間にたくさん…かどうかはわからないけど、子供ができてすくすく育って、落ち着いていると思う。そうなれば、『田中さん』だけになると思う。少なくとも、私は。
うん、そうしよう。決めた決めた。
もーいくつねーるーとー、なーいす…
「そういえば春香、お赤飯って作れる?」