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EX-20 AF「ずっと宿屋に引きこもって、出てこない?」

はい、出オチ回です。

 ―――私は、リーネ・フリューゲル。

 ‎―――この世の全ての魔を、攻略する。


「うおおおお、相変わらずかっけー!最高!リーネ様!!春香様!!!」


 ドガアアアン!!


「な、なんだ!?いきなり、扉が蹴破られ…えええっ!?」

「私は、佐藤春香(さとうはるか)。この世の全ての引きこもりを、攻略する」



 VR研の会議室。

 ‎最近、仮想世界絡みの問題が起きた時は、この部屋に関係者が集合することが多くなっている。問題の多くはFWOが関係するから、田中さんと高橋さんが仕事中でも会えてえへへへというのが最大の理由だが、ゲームに限らない分析や検討がしやすい環境だからという話もある。そういうことにしておく。


「ずっと宿屋に引きこもって、出てこない?」

「はい。家族の方々から相談を受けまして。HSCP-01がことのほか快適のようで…」

「トイレ機能付きか…」


 自我認証システムの導入拡大によって、カプセル型のフルダイブ装置がようやく普及の兆しを見せ始めた。ネットカフェでも復活しているようだ。

 ‎もっとも、最大限の利用が期待できる長距離交通手段への本格普及はまだ先の見通し。ヘッドセット型よりもはるかに高価なカプセル型をそれなりの規模で導入するには、かなりの初期投資が必要となるためだ。数か月…では効かないだろう。

 ‎一方、個人向けには、廉価版のHSCP-101を中心に順調に広がっている。価格が価格なので誰も彼もというわけではないが、リアル自宅に大型TVを導入する感覚で購入する人が結構いるようだ。お金に余裕があればトイレ機能まであるHSCP-01も、というわけだ。


「予想は、していた。『引きこもりの手段』になると」

「FWOの一週間滞在パックが大人気で、つい『売るだけ』となってしまいました…」

「VR研の学園コースも同じ状況だよ。強力な時間加速が合わない人もいるから、3年間じゃなくて1年間の『留学コース』が主流だけど、どの提供先企業でもバカ売れだって…」


 ‎カプセル型で快適にフルダイブできるのはいいのだが、安定した時間加速のためというよりも、リアル側の快適さを求める人が増えているようだ。現実時間で、いつまでもいつまでもログインできることを目的に。

 ‎というわけで、コースやパックを続けて繰り返し購入するプレイヤーないしはユーザが続出した。FWO滞在なら宿屋に、学園コースなら学寮に、それぞれ引きこもるために。


「私自身は、そのような使い方を否定しない。利用者の大多数がそれだったり、フルダイブが常態化したりすると問題があるけど」


 火星などでの状況はあくまで生活手段の一貫だ。過酷な自然環境ではやむなしである。しかし、そんな環境でもないのにそればかりにハマっていれば、肉体のある現実世界の認識が希薄になる。健康であるわけがない。私のように、現実の肉体も並行して『接続』しているのならともかく。


「着実に増えているのは確かですね。そして、今回の場合は…」

「今回は?」

「宿屋の部屋の大型スクリーンで映像を延々と見続けているだけなのです。主に、春香さん絡みの映像を」

「わかった、今すぐ対処する」


 それを早く言いなさいよ!



 蹴破った扉をツールで修復して元に戻した私は、クッションをふたつ出してプレイヤーを座らせる。宿屋の部屋は板敷きの洋風だが、そんなことに関係なく座らせる。もちろん、私もだ。


「私は、別にFWOを始めとしたVRゲームにばかり存在しているわけではない。同じように、現実は現実として、受け入れてほしい」

「で、でも、春香様のように…」

「せめて、さん付けで」

「は、春香ちゃんのように、現実でも活躍できるような能力もないし…」


 以前から思っているのだが、なぜ『様』と『ちゃん』の二択の人が多いのだろう?大きな隔たりがあると思うのだが。


 ‎それはともかく、私の現実での能力を突かれると少々困る。そのほとんどは私の現実世界におけるユニークスキルのようなものであり、誰もができることではない。渡辺 凛が相応の『現界』能力を使えるくらいだろうか。

 ‎だから、私を基準にされてしまうと、人類のほとんどが『現実世界の私は無力』と、仮想世界に逃げ込んでしまいかねない。少なくとも、FWOでは剣と魔法が使える。学園コースならば、気楽な学校生活が送れる。


 とはいえ。


「あなたは、この部屋にこもって現実世界でもできるようなことをしている。仮想世界に閉じこもる理由がわからない。なぜ?」

「だ、だって、俺んちすっげー狭いんだもん!今いる部屋なんかカプセル型を置いたら、あとはベッドと机とタンスと50型TVとデスクトップ端末と冷蔵庫と電子レンジと…」


 ぷちっ。


「ログアウトして。今すぐ」

「え、で、でも」

「ログアウトして。現実の私は、あなたがダイブしているカプセル型のそばにいるから」



 現実では20代前半の『教育・雇用・訓練のいずれの状況にもない』男性プレイヤーの部屋で座る、私とそのプレイヤー。クッションはないから、ふたりして床に正座である。


「あなたはおそらく、現実の部屋がどんなに広くて快適でも、やはり仮想世界に引きこもり、現実でもできることを続けると思う。なぜなら…聞いてる?」

「…うぇ!?あ、いや、その…」

「なに?」

「春香ちゃん、本当に現実に存在していたんだなあって…」


 ん?なんか、前にも似たようなこと言われたことがあるような。なんだっけ…ああ、美里の大学の友達の…いや、もっと前にも…?まあ、いいか、今は。


「話を続ける。なぜなら、あなたの目的は仮想世界ならではの活躍や快適さを求めているのではなく、ただ、逃避したいから。理由に心当たりは?」

「…ふられた」

「え?」

「彼女にふられたんだよ!無能はダサいからって!中学の頃から付き合ってたのに!」


 半年ほど前に、同い年で大学に進学している彼女に一方的に別れを告げられたらしい。散々なことを言われて。

 なんというか、この手のきっかけの三大原因のひとつだよね。他のふたつは、友人とのこじれと、家族とのこじれ。要するに、たいがいは人間関係の問題なのである。

 ‎ちなみに、無能がどうとかは直接的にはあまり関係ないことが多い。有能であっても、こじれるものはこじれるのである。


「もう、みじめでみじめで、だから、こんな現実にいたくないって…」

「推測するに、あなたの付き合っていたその彼女は、別の誰かを好きになった」

「ごふっ」

「というか、その誰かと付き合うようになった。違う?」

「…おっしゃる通りでございます」


 なら、話は簡単だ。


「その誰かに負けないくらいの人生を、あなたがこれから歩めばいい。客観的評価ではなく、あなた自身が満足と思う生き方を」

「でもそいつら、俺とは違っていいとこの大学に通ってるし、親が資産家な上に割のいいバイトもやってて金持ってるみたいだし…」

「自宅でHSCP-01を使っている時点で、あなたもお金に不自由はしていない。親御さんが稼いでいるお金であっても」

「うっ」


 っていうか、そっちよりも。


「ところで、『そいつ()』?」

「あ、ああ…うん、まあ」


 うん、誰かを思い出すね。思い出したくないけど。


 さて、他にも言いたいことはあるが、話がループするだけだろう。あとは、きっかけだ。


「今日の午後、私に付き合って。ただし、FWOではなく、現実世界で」

「…え?」



 その男性プレイヤーを外出着に着替えさせた私は、車で近場のショッピングモールに連れ出した。


「私のおごり。どんどん食べて」

「えっと…これ、どんな状況なの?」

「状況?フードコートで、お昼を食べているだけ」


 私は定番のクリームシチュー…がどの店にもなかったので、とりあえずオムライス。男性プレイヤーはなかなか選べなかったので、カレーライスにしてもらった。


「視線が、厳しい…」

「視線?なぜ?」

「だって、あの佐藤春香ちゃんとふたりで食事してるんだよ!?俺だって未だに信じられないのに!」

「気のせい。考えすぎ。私が私であることに気づいている人は、ほとんどいないはず」


 これは、本当だ。名前をフルネームで呼ばれたが、『佐藤春香』だけではわからないだろう。それだけ、よくある名前である。以前、民資研の先輩方と同席したファミレスの時とそう変わらないはずだ。フードコートという場所柄から、もっとわからないだろう。


「た、確かに、もし多くの人が気づいたら、騒ぎになっているはずだし…」

「せいぜい、兄と妹が一緒に食事をしているという程度の認識」

「春香ちゃんが、妹…」


 ふむ。私は今も『昔』も、兄弟姉妹がいない。見た目はともかく、年が近い兄弟がいたら、こんな感じなのだろうか。


「いや、違う…。本当の妹は、もっとこう、ゴミを見つめるような目で…」


 実妹がいるようだ。家にはいなかったが、やはり大学生とかで別居なのだろうか?


「もう結婚して、子供もいて…」

「…ごめん」

「ああ、いや、春香ちゃんが謝るようなことでは…」


 んー、元カノだけでなく家族関係のこじれもあるのかな?事前に会った御両親は、この人のことを心配してオロオロしている感じだったけど。


「まだ、何か食べる?今回のお出かけ費用は全て私がもつから」

「お出かけ…」

「な、なに?」

「いや、かわいらしい言い方だなあと」

「…少なくとも、デートではない。単に、外に連れ出すためのきっかけ」


 リーネ&ケインとして手をつなぐだけでもあれやこれやと悩んだ私だ、デートなるものの経験が私にあるはずもない。そう、今も『昔』も。…ううう。ああいや、そんな私でも、これがそうではないことくらいわかる。


「これで食事が終わりなら、店を回る。このショッピングモールは初めてだから、詳しくないけど」

「ああ、それなら…」


 近場だけに、多少詳しいようだ。

 って、あれ、もしかしてここ、元カノとも来たのかな?まずかったかな。


「このブティック、あいつが好きで…ううう」


 まずった。ああ、もう!


「私の服を、選んでくれる?…たぶん、小中学生向けのコーナーで済むと思う…から…」


 ふたりして、ずーんと気が重くなる。私の合法…ごほん、現実世界での年齢と見た目の不一致については、FWOのプレイヤーほどよく知られている。掲示板とか掲示板とか掲示板とか。


「そう言えば、掲示板は読み書きしている?FWOの」

「最近はともかく、一時期よく読み書きしてたなあ。あの頃は俺、 吟遊詩人アバター使っててさ」

「そう」

「よく書くようになったきっかけは、春香ちゃんのクルーズ船上での歌でさ、それで…」


 うん、この人の気持ちも少し和らいできたかな。

 話題が相変わらず仮想世界だけど、宿屋引きこもりよりはいいだろう。



 一通り店を回って、車を置いてある駐車場に向かう。


「ありがとう、服を選んでくれて」

「春香ちゃんの噂、本当だったんだ。味覚と服装の…なんでもないです」


 だーかーらー、それはあくまで…ん?


「あれ?こんなところで会うなんで奇遇じゃない?」

「あ…ああ…」


 なんか、チャラいお姉さんが男を何人か連れて歩いてきた。

 …え?もしかして、このお姉さんが元カノ!?


「妹さん?…そんなわけないか、もっと年上だし、もう結婚してるもんね」

「いや、その…」


 おそらくその妹さんとあまり変わらない年齢ですけどね!あなたとも!


「ずいぶんと楽しそうじゃない?あんたがロリコンだとは思わなかったけど」

「…この娘の悪口は、やめてくれないかな」

「あ、もしかして、もっと年齢が上なのその娘?ごめんねー」


 軽いなー。やっぱり、渡辺…ああ、今はそれはどうでもいい。


「…行こ」

「え、あ、ああ、うん…」


 腕をとって引っ張り、お姉さん+野郎共の横を通り過ぎようとする。


「…!?おい、待てよ!もしかして…!」


 ちっ、野郎共のひとりが気づいたか。少し乱暴に、私の左肩をつかんでくる。

 そのつかんだ手を、私の右手がつかむ。


「…離して、もらえる?」


 思い切り、『リーネ・フリューゲル』モードで威嚇する。少しオーク似なので、ちょうどいい。


「っ…!?」

「ね、ねえ、どうしたの?」

「あ、いや…」


 男が肩をつかんだ手を緩めたので、そのまま離れ、あらためて腕をとって、歩き去る私達。


「…ごめん、な」

「何が?」

「嫌な思いを、させたかなって」

「気にしなくていい。生きていれば、いろいろある」

「…そっか、そうだよな。春香ちゃんにも、いろいろあるんだよな」

「そう」


 目の前に、私の車が見えてくる。

 この人をこのまま自宅に送り届けて、今日はおしまいだ。



「それでそれで!?」

「それでもなにも、それでおしまい。送り届けて、私も帰宅した。攻略完了」

「そう…」


 高橋さん、何をそんなに残念そうに?


「あのプレイヤーは、宿屋の引きこもりをやめたそうです。新しくアバターを作って活動し、現実でもバイトを始めるとか」

「新しいアバター?」

「ルート探索を始めるそうです。春香さんの御両親と同じですね」


 …偶然かな?

 いや、ね。カプセル型で横たわっているあのプレイヤーを見た時、思ったんだ。

 お父さんに似てるなーって。ああ、佐藤春香としてのお父さんの方ね。


 両親は人類最強のボケボケおしどり夫婦だけど、もし、出会わなかったらどうなっていたのだろう。

 好奇心旺盛なお父さんと、ほわほわなお母さん。あの人には、お母さんのようなほわほわタイプが合うと思う。


「ねえねえ、でも連絡先くらい交換したんでしょ!」

「連絡先?なぜ?」

「一期一会、ですか…」


 はて、そう言えば、あの人の名前、なんだったっけ…?

この物語はすべてフィクションであり実在の人物とか団体とか作者の中の人の人生とかとは一切関係ありません。ありません…。

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