EX-17 AF「握手くらい、しとけば良かった…」
VRMMOあります。攻略とスローライフの要素もあります。ありますけど、たぶん、みなさんが期待されているソレとは大きく異なると思います(開き直り)。
「ログアウト、ボタン、を…」
押そうとして、俺は倒れた。
FWOの辺境エリア、その砂漠地帯のド真ん中で。
俺の名はリュート。もちろん、アバター名だ。職業は、探索者。
まだ探索ルートが開放されていないエリアを旅していたのだが、開放されていなかっただけあって、難関である。険しい山々、どこから出現するかわからない魔物、そして、広大な砂漠地帯。
「なにも、見えない…なにも、聞こえない…」
ここまで難関なのは、このエリアのオーナーとなった者にも原因がある。やはり探索者だったそのプレイヤーは、前人未到だったこのエリアを更に難関なものとした。街らしい街は作らず、数軒の小屋しかない『集落』をまばらに設置するだけだった。
『究極の辺境を作りたかった』というのはそのオーナーの弁だが、手抜きをしただけなんじゃなかろうかとか俺は勘ぐっている。灼熱の太陽によるあまりの暑さに、八つ当たりしているだけかもだが。
「強制ログアウトは、嫌だ…」
このまま精神的苦痛が続くと訪れる、暗黒の世界。一度経験したが、確かにアレは恐怖だ。まるで、この世には最初から俺という存在しかいなかった、他の全ての存在も、人生でさえも、幻想でしかなかったと思わされる、強迫観念。そんな恐怖が、現実世界に復帰してもしばらく続く。
一説には、それだけVRゲームが『満ち溢れた世界』を舞台にしているから、と言われている。それまで自分自身を優しく包み込んでいた温かな世界に、突き放される。否定される。最近、その説が有力となっている。なぜなら、『コアワールド』を創り出したのが、実はあの…。
そんなことを考えながら、俺は意識を失った。
◇
「良かった、気がついたんだね。もう少しで君は、強制ログアウトするところだったんだよ」
目を覚ました俺がいたところは、しかし、暗黒の世界でも、現実世界でもなかった。
辺境エリアの、ある集落だろうか。小屋の中の粗末なベッドの上で、俺は横たわっていた。
「ごめんね、もう夜だから、暗がりになっちゃって。暑さにやられていた君にはちょうどいいかもしれないけど」
もう、夜なのか。俺は何時間も眠っていたらしい。もっとも、それはFWO内での話だ。現実時間では30分も経っていないだろう。
「起き上がれる?簡単だけど、スープを用意したよ。君の好みに合うかはわからないけど」
俺を助けてくれたらしい男性アバターが、語りかけてくる。ずいぶんと、親切だ。こまめに気を遣い、優しい声であれこれと話しかけてくれる。これで、女性型の美人アバターだったら最高だったんだけ…ど…
「ん?どうしたんだい?」
息を、飲んだ。
サラサラで繊細な髪、きめ細やかな肌、柔らかな微笑みを湛えた表情、深遠な瞳。現実世界では滅多にお目にかかれない、それでいてリアリティ溢れる、美形アバター。
中身もアバターも男の俺が、一瞬どころか、しばらく見とれていた。それほどまでに作り込まれた造形。
「まだ、意識がはっきりしないのかな?無理はしないで、ゆっくり起き上がればいいから」
中身女性なら誰でも一目惚れするんじゃないかと思えるほどのイケメンぶりに、しかし、不思議と嫉妬はわかなかった。男の俺にもあれこれと心配してくれているからと、最初は思ったが、しかし、
「ケイン、フリューゲル…」
FWOが稼働を始めて数週間ほどで、プレイヤーなら誰もが知るようになった、有名アバター。第1エリアの露店地域ではお馴染みの、それでいて、話をしただけでいつも何かに驚かされる、そんな、錬金術師。あらゆるスキル・アイテムに精通し、しかし、儲けや競争には無頓着な、スローライフ厨。これは、れっきとした褒め言葉だ。
「うん、そうだよ、リュートくん」
「あなたが、助けてくれたのか…。ありがとう」
「どういたしまして。強制ログアウトはできれば避けたいからね、レベルの高い転移魔法陣を使っちゃったよ。ああ、お代は結構。僕が勝手に使っただけだから」
ほとんど初対面の俺にも、親しげによく喋る。名前まで覚えていたようだ。露店地域で一度回復ポーションを買っただけなのだが。掲示板での噂通りというか、それ以上というか。特に初心者アバターに親切だとは聞いていたが。
「せっかくだから、スープはもらうよ。…よっと」
「大丈夫かい?それほど熱くはないと思うけど、気をつけて」
「ああ」
ケインからスープの入った皿とスプーンを受け取り、ひとくち、口にする。うん、うまい。
噂では、実は味覚オンチだったという話が流れているが、なかなかどうして。普通の料理では問題ないのだろう。アレは単に、魔物の丸焼きがそうだっただけという説もある。
…はて?
『魔物の丸焼き』という言葉が浮かんだ時、何かが、頭の片隅で引っかかる。俺は、何かを忘れているような、気がする。何を?
古参とまでは言わないが、クルーズ船エリアができる少し前からFWOをやっている。だから、この世界のことはそれなりに把握しているつもりだ。つもりなのだが…。
「気に入ってもらえて良かったよ。おかわりは?」
「ん?ああ、もう一杯もらえるかな。砂漠を歩き通しでずっと腹が減っててな。恥ずかしい限りだ」
「このエリアは凝っているからね。僕も知り合いを追って探索ルートを進んでいたんだけど、彼らには会わなかったな。ちょっと心配だ」
また、初心者プレイヤーを支援しているのだろうか。本当に、噂通りだ。
「そうか、それは気がかりだな」
「んー、まあ、彼らなら大丈夫だとは思っているんだけどね。こと探索については、僕以上かもしれない。スキルやアイテムがどうというより、行動パターンが」
「行動?」
「ああ。愉快な人達でね。夫婦アバターなんだけど、ひとりは好奇心旺盛、ひとりは流れに身を任せるタイプなんだ。そんなコンビなものだから、普通の人が思いつかないような発想でルートを見つけてしまうことがよくあるみたいで」
ああ…なんとなく、わかる。これでもかと情報を集め、念入りに調査して、有用なアイテムも十分揃える。そうしていざルート探索を開始したら、『たまたま見つけた』ってプレイヤーが開放してしまったり。
探索者には、計画性も重要だが、その場のチャレンジ精神も必要になる。隠し扉やら谷底の洞窟やらの発見は、事前準備だけではどうにもならない。
「スープうまかった。ごちそうさん。さて、せっかく助けてくれて申し訳ないが、俺は夜のうちにもう少し進むよ」
「大丈夫かい?このルートはまだ攻略されていないから、一度通常ログアウトすることをおすすめしたいところだけど」
「俺のもつ地図データに間違いがなければ、この小屋から砂漠を抜けて、最終ポイントに到着する。違うか?」
ケインなら、きっとそれがわかっているはずだ。自分は探索者じゃないからルート開放はしない、そう思っているはずだ。
「うーん、僕の口からはそれは言えないかな。って、言ってるも同然か」
そう言って、満面の笑みを浮かべる、ケイン・フリューゲル。
ああ、俺が女なら確実に落ちるな。現実世界でも、この容姿を手に入れたいって野郎共が数多くいるという。しかし、ケインの魅力は、この作り込まれた造形だけじゃないだろう。最高のアバターを120%活かしてなお滲み出る、温和な性格と余裕のある行動。一朝一夕では真似などできないだろう。
「わかったよ。じゃあ、気をつけて。ルート開放者として君の名前が見られることを楽しみにしているよ」
普通だったらキザったらしい言葉も、ケインならどこまでも自然だ。そもそも、俺は中身もアバターも男だ。そんな野郎満載の俺にもこんな言葉をかけるケインは、尊敬とまでは言わないが、ほとほと感心する。
「じゃあ、世話になった。今度会った時に必ず礼をする」
「気にしないで。それじゃあ」
俺は、ケインに見送られて小屋を出た。
よし、絶対この夜のうちに最終ポイントにたどり着くぞ!
◇
あのスープが活力を与えてくれたのか、俺は夜明けの太陽を眺めながら、最終ポイントにたどり着いた。
やった!俺がこのエリア最大のルートの開放者だ!仲間の友人に自慢できるぜ!
と、その時、最終ポイントに転移してきたアバターがいた。噂をすればなんとやら、その友人だ。
「リュート!?お前、たどり着けたのか!」
「ああ!この道程データを見ろ、偽造じゃないぞ!」
「すげえ、やったな!」
同じ探索者の友人が喜んでくれる。ようやく、俺も掲示板で名を馳せることができる。
「でも、夕方…ああ、FWOでの夕方な、お前にメッセージ送ったんだけど、返信がなかったぞ?てっきり、強制ログアウトして、現実で悶絶してると思ってたんだが」
「悶絶ってなんだよ。ああ、すまん、実はな…」
俺は、ケインに助けられたことを友人に話した。
「そういうわけだから、俺だけの力で踏破したわけではないとも言えるな。まあ、それはそれで構わんが」
「…すげえ、すげえすげえすげえ!あのケイン・フリューゲルに会ったってのか!?握手は!?サインは!?ま、まさか…フレ交換もしたとか!?くそー、うらやましい!」
ん?友人の反応がなんか変だな?
「いやいや、何言ってるんだ。まず、ケインはサインはダメなんだろ?それに、VRの中で握手したって意味ないだろうが。あと、なんだ、フレ交換って。第1エリアの露店地域に行けばいつでも会えるだろ?」
「…お前こそ、何言ってるんだ?あの『佐藤春香』ちゃんなんだぞ、ケインの中の人は!お前、大ファンだったろ?」
…
……
………
ああああああああああああ!そうだったああああああああああああ!
うわあああ、『アバター同時接続』のことが公表されて、もうだいぶ経つのに!
なんで、なんで俺は気がつかなかった!?ずっと一緒にいたのに、いたはずなのに!?
「春香ちゃんと、ふたりきりで夜を共に…。お前、掲示板で叩かれるぞ」
「いやいやいや、一緒にいたのはケインだって!」
「だから、春香ちゃんだろうが!」
こ、これがロールプレイの真髄なのか…。彼女の凄さを別の意味で体感した…すごすぎる…。
それはそれとして。
握手くらい、しとけば良かった…ケインだったけど…。
ところで、どれくらい需要ありますかねえ、登場人物が事実上、野郎ばっかっての。書こうと思えば結構書けると思うんですが…。




