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EX-16 AF「『リーネ・フェルンベル』であることを認証しました」

VRMMOありません(またかよ)。なお、IF回ではありません。

「確かに、それは深刻」

「ええ。そのせいで、カプセル型のフルダイブ装置の普及が遅れているのですから」

「なのに、『私、わかんなーい』とか言うのよ、あの渡辺 凛って人!」


 元・佐藤春香が御迷惑をおかけしております。口が裂けても言えないけど。


 官給品として支給されている火星を除き、カプセル型フルダイブ装置が普及していない。理由のひとつは、高速精密スキャンシステムを悪用した、詐欺事件。戦争モドキVRでの監視組織拉致にも結局使われていた。そして、火星でのログアウト不可事件。数々の出来事より、カプセル型はすっかり忌避されてしまった。あの女、渡辺 凛のせいで。

 カプセル型自体はとても快適である。特に、VR研が開発したHSCP-01はピカイチだ。長時間の搭乗を余儀なくされる飛行機や船舶、宇宙船などで大活躍しそうなものだが、そういうわけで、導入が頓挫している。ただでさえ閉じ込められる環境だから、人々が一連の事件を想起してしまうのはしかたがないのではあるが。


 だから、火星の特注型で起きたログアウト不可はともかく、せめて高速精密スキャンシステム使用に対する疑惑を解消したいところ。技術資産としてはFWOがあの詐欺事件の後始末も兼ねて吸収しているが、さて、もともとそのシステムを開発したのは誰だったか?やっぱりあの女なのである。今ではその存在が判明している、『現界』能力を使って。


「理論を知っていたから『現界』しただけとか、よくわからないことを言うのよね。その理論はどこから来たのよ!」


 すんません、『リーネ・フェルンベル』だった頃の私が確立しました。

 理論構築までの過程はメモとしてちゃんと記録していたんだけど、それを公表用としてまとめる前に、あの博物館での出来事が起きちゃったんだよね。だから、結論しか記憶にない。


 もっとも、入れ替わった彼女の方はともかく、私なら、その過程を再現できると思う。なんというか、私なら再現できてしまう辺りに、『魂の証明』に関わる何かがあるような気がする。今更だし、突き詰めるつもりもないんだけど。


「わかった。私が独自に(・・・)高速精密スキャンに関する理論を再構築してみる」

「助かります。それができれば、その理論を逆に応用して、より強力な認証システムが開発できますから」


 つまり、あらゆるVRシステムにそのような認証システムを導入することで、アバター接続した人物が現実世界か仮想世界かを区別できるようにするということである。今の認証システムだと、精密なアバター情報がそれを阻害し、認証しようとしても反応しないのだ。まるで、現実のように。


「本当は、なんでもかんでも春香ちゃん、ってダメだよね。春香ちゃんが人類全体を甘やかしているようで」


 だから、私は神様か何かかっての。私も人類のひとりに加えてくれないかなあ。



 高速精密スキャン理論の再構築は、やはりというか、あっさりできた。

 でも。


「『コアワールド』や『ワールドデータ』と同じレベルのスキャン精度を生み出している…」


 つまり、現存の認証システムと組み合わせようとしても、ことごとく無効化されてしまうのだ。


「新しい認証方法を編み出すしかないか…」


 私は、火星のシステムで取り戻した『前世』の記憶もフル動員して、高速精密スキャンの理論を思いついた頃に考えたことを思い出そうとしていた。このようなシステムを考える時は、利点だけでなく欠点についても考察・調査するからだ。


「…『自我』を示す思考パターン?」


 別のアバターを操作していても、ある特定の順番で思考を巡らすと出てくる、同じデータ。それが、指紋や網膜パターンのごとく、ひとりひとり違うのだ。


「試作した覚えがあるけど、今は残っていないだろうなあ…」


 ものは試しと、大学院時代の研究室を訪ねてみることにした。



「構いません!リーネ・フェルンベル…渡辺 凛が残したデータやシステムは大学の資産ですが、そのほとんどが誰も使わなくなった、廃れたものですから。すぐに調査・閲覧許可が出ますよ!」

「ありがとう」

「いえ!佐藤春香様のお役に立てるなら光栄です!明日にもプレスリリースが出ますよ、我が大学を研究活動目的で直々に調査訪問されたと!」


 助かる。助かるんだけどね。なんでそんなに軍隊調なの、職員さん?私は独裁者かっての。


「失礼しました!以前、戦争VRで第三小隊に所属していたものです、リーネ隊長!」


 ああ、それなら納得…するかあ!現実と仮想は区別しなさいよ。私が言えた義理じゃないけど。


 というわけで、古巣の研究室。

 いやあ、なつかし…くもないな。たった10年で建物やら設備やらがそっくり代わってしまった。

 所属していた教授や助手の人達も、あちこちの組織に分散したらしい。仮想世界技術の黄金期ということで、高い給料であちこちに引っ張られていったらしい。…うん、いいことではあるな。


「やっと見つけた…。あまり整理されていない倉庫だから、探し出すのに時間がかかった…」


 あの博物館での出来事でフルダイブ装置に遠隔接続していた、ストレージ装置。記録媒体と制御コンピュータの組合せでできたそれを、ようやく見つけ出した。


「よし、動く…。あった、『自我認証プログラム』…え?」


 我ながら、笑ってしまった。その昔試作した自我認証プログラムは、そのプログラムそのものを起動するため、自我認証が必要となるようロックしてあったのだ。ああ、確かにそうして…。


「…!まさか、これで…!?」


 私は、ゆっくりと、認証パネルを制御コンピュータに、接続する。

 そして、パネルにそっと、手を置く。ヘッドセット接続と同じ原理で、手のひらを通して入力される、私の思考パターン。


『登録No.0001、「リーネ・フェルンベル」であることを認証しました。ロックを解除します』


 …証明されてしまった。私が、『リーネ・フェルンベル』であることが。



「え、これに手を置けばいいの?…何も起こらないよ?」

「…そう、わかった」

「あ、これ、認証プログラム?確か前に作った記憶があるけど、10年以上前だし、詳しいことは忘れちゃった!」


 渡辺 凛としてのリーネ・フェルンベルは、すっかりポンコツになったようだ。それでも、受け継いだ記憶と能力で人類を脅かすほどのことができてしまうのだから恐ろしい。え?それも私が言えた義理じゃない?ごもっとも。


「私の母校を訪ねたんだね。春香ちゃんが活用してくれるなら安心だよ!そして、それを使って一緒に」

「却下」


 何度繰り返したよ、このやりとり。世界なんか征服したって大変なだけだろう。そもそも、意味がない。


「春香さん、凛の知的財産は全て譲るよ。この間あった調停で、私が執行できることになっている」

「もう、おじい様のいけずー!」


 ははは、『いけず』ってドイツ語でそう表現するんだね。初めて知ったよ、ははは。

 …なんというか、鈴木姉弟を鍛えていた方がよっぽどマシに思えてきた。


「あ、そーだ。おじい様、今日はクリームシチュー食べたい!」

「昔は自分で作っていただろう…。私の妹に教えてもらって」

「そうだけど、もうレシピ忘れちゃった!ねえ、施設の食堂の人にお願いして作ってもらって!」


 …田中さんが聞いたら、号泣するだろうなあ。もちろん、悪い意味で。


 地球に帰ろ。



「…またひとつ、夢物語と思っていたものが実現されたのですね」

「もともとは、リーネ・フェルンベル…渡辺 凛が既に開発していたもの。私は、普及のために整理しただけ」

「でも、認証システムは春香ちゃんが理論を基に作り直してくれたから、FWOにはすぐに組み込めるよ!明日の記者会見、春香ちゃんも出てくれるよね!」


 自我認証システムは、認証システム単体としても優れているが、『自我』を証明する仕組みとしても大変有効…というか、画期的だ。なにしろその影響は、古来からの哲学にも及ぶ。その影響によって、人類社会の未来がどのようになっていくかはわからない。


 わからないが、さしあたり。


「ところで、大学で入手したというオリジナルの認証プログラムは、今も春香さんが?」

「研究用として、手元に置きたい」

「大学からも春香さんに権利移譲されましたから別に構いませんが…珍しいですね?その種の知的財産は無償公開が常の春香さんが」


 墓まで持ってくためだよ!こればかりはね!

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