EX-14 AF「クリームシチューを食べよう」
と言っても、半分以上が春香のスーパー談義ですが。
私、佐藤春香は、スーパーが好きだ。ここでいうスーパーとは『超』という意味だけをもつ言葉としてではなく、『スーパーマーケット』の略としてのそれを指す。
「確かに春香って、スーパーが好きよね。でも、なんで?」
「スーパーには、攻略とスローライフがある。VRMMOによく似ている」
「「「はあ」」」
「私はよくわかるよ!」
同志は高橋さんだけのようだ。普段から家で料理をしているか否かの違いだろうか。姉弟はともかく、田中さんはリアルは外食専門だったのかな?VRのスローライフで料理は基本とか言ってた割には。
ちなみに、今いるのはVR研の会議室。仮想世界サービス『学園180分コース』をロールアウトするにあたって、既に試した面々で最終確認を行ったのだ。ただし、両親と伊藤先生は仕事でパス。まあ、姉弟がいればおっけーという話はある。
「どちらかというと、料理は作ってもらう専門だったといいますか…」
「釣り師と魚屋の関係だね!魚売るだけでなく料理もしてたら現在に至るって感じ?」
「美樹さん、VRでもリアルでも本当に料理が上手で…」
あー、田中さん、そろそろ幸せ太りするかなあ。ぶくぶく。
「春香ちゃんも料理はするけど、味覚センスがね…」
うぐっ。
い、いや、普段はレシピ通りに作ってるし!リアルで他の人に食べてもらう時に、自身の味覚だけで作ったりはしないよ!
「失礼な話だけど、御両親がまずあやしいのよね」
「最初は、親バカ発揮して美味しくないものも美味しいって言ってるのかと思っていたけど」
「創作料理まで笑顔で食べているのを見るとね…」
むう、本当に失礼な姉弟だ。ウチの両親の味覚をバカにするなー!丸焼き美味しいじゃないか!
…はて、そういえば『前世』ではどうだったろう?両親はほとんど家にいなかったから、作ってもらったり作ってあげたりということはなかった。
お手伝いさんがいない時にひとりで作っていたのは…ああ、うん、クリームシチューが定番だったね。小さい頃、おじい様の妹さんに教えてもらった、素朴なレシピ。『今』でも大好物だけど…どこかで覚えていたのかな。
ちらっ、と田中さんを見る。
「どうしました?春香さん」
…よし。
「今日は、私がクリームシチューを作って御馳走する。スーパーに買い出しに行くから、付き合って」
「「「えっ」」」
「行く行く!ウチで作って、みんなで食べよう!」
新婚家庭で作って食べるのかあ。ああでも、ちょうどいいか。高橋さんにレシピ覚えてもらおう。レシピと呼べるほど複雑じゃないけど。
◇
スーパーには直接行かず、一旦、高橋さん家に移動。
「春香ちゃんは小麦粉からルーを作るんだ!私は市販のルーかなあ」
「それでもいいと思う。私も、スープは結局コンソメの素を使うし」
カレーに至っては、市販のルーでしか作ったことがない。たまに複数買って混ぜたりするけど。
「あの白いの、小麦粉だったんだ…」
「アレおかずにライス食べるの妙に違和感あったのは、炭水化物同士だったからなのか…」
そこからですか、鈴木姉弟。
「そういえば、春香ちゃん家って電子レンジないよね。不便じゃない?」
「なくてもなんとかなる。冷凍鶏肉は自然解凍」
「でも、フライパンや鍋がIH連動で外部制御できるタイプよね…春香ちゃん仕様というか」
制御しなくても両親が普通に使えるし、問題ない。
「私、電子レンジしかまともに使えません…惣菜を温めたりとか…」
ああ、田中さんの作ってもらう専門って、そういう意味もあるのか。
「調味料はだいたい揃ってると思う。ローレルは使う?」
「ローレル?ああ、ローリエか。あるなら欲しいかな」
「春香ちゃんって、たまに用語表現がフランス語やドイツ語になるね。2枚でいい?」
「それで十分」
世界同時多発言語とかやらかしたこともあるし、言葉の問題は一度整理した方がいいかもしれない。伊藤先生に相談してみるかな。
「もはや何の話かわからない…。ローレンスとかいう、どこかの公国の王子なら知ってるけど」
「ああ、あのへっぽこ王子な。姉貴と婚約とかいきなり言い出して何を血迷ったかと思ったよ」
「健人が実は血がつながっていないと知って、変なのが逆に焦ってるみたいなのよねえ。春香に聞いてようやく理解したわー」
セレブ姉弟が何か言ってるけど、無視だ無視。庶民の私には全く関係ございません。
「牛乳と小麦粉、バターもあるから、具材だけあればいいね!何にする?」
「それは、スーパーで決める」
「プロだね!」
というか、これこそが攻略なのだ。
「プロ?家庭料理でなんで?」
「作りたいものを決めてから材料を揃えるのがアマチュア、手に入る材料から何を作るか決めるのがプロと言われていますね」
「既にクリームシチューを作ると決めているから、今回は必ずしも当てはまらない」
「ジャガイモ、人参、玉ねぎを使うのも定番だしね。だから、肉と他の野菜をどうするかが今回の攻略ポイントだね!」
そういうことになるかな。チラシで特売を確認することもあるけど、今回は値引き品狙いだ。
では、スーパーにGO。
◇
後部座席になんとか3人座れたので、高橋さんの車でマンション…ではなく、私の自宅最寄りのスーパーに向かう。車なら大差ない距離だし、その方が勝手知ったるなんとやらである。
ちなみに、助手席が田中さんで、後部座席が私を真ん中にはさんだ鈴木姉弟なのはいうまでもない。ぎゅう。
「今回は、カートを使う」
「いつもは使わないの?」
「両親と来る時は使うけど、本当は、カゴだけの方がいい。買い過ぎ防止」
「ああ、ビールとスイーツだっけ…うっ」
だから健人くん、なぜに涙ぐむの。
「そんなに混んでないし、ゆっくり回りましょ」
「少ししたら肉類のタイムセールがある。その時はカートを押していけない」
「カートは私達に任せて、春香ちゃんが突撃した方が…いいよね、やっぱり」
そうですね、ちっこいって、こういう時に大変便利でお得デスネ。ハハハ。
「ねえ春香、たいむせーるってなに?」
辞書引け。
「煮込み料理ってこともあるし、生鮮食品が消費期限ギリギリでもいいよね!」
「がんばる」
◇
「ブロッコリーが高い…。しかし、クリームシチューにブロッコリーはなくてはならない具材」
「5人分のシチューなら半分も要らないしねえ。残りはウチで食べるよ!」
「ありがとう」
野菜類は値引きがあまり期待できないので、普通にカゴに入れていく。
「ジャガイモ、人参、玉ねぎも袋買いでいいよ。後でカレー作って実さんと食べるから!」
「それなら、カレールーもついでに買う?」
「そうだね。実さん、甘口でいい?」
「は、はい…」
高橋さん、実く…田中さんの好みを着実に把握してますな。
「俺も甘口だな…」
「あたしも…」
知りたくない情報を知ってしまった。作ってあげないよ?
「ねえねえ春香、クリームシチューってこれじゃダメなの?お湯で溶かすやつ」
「それは飲み物」
「先輩、これは?」
「健人くんだけレトルトでいいなら」
というか。
「ふたりとも、スーパーは初めて?」
「そ、そんなことないわよ!ほ、ほら、文化祭準備の時の買い出しとか!」
「逆に言えば、それくらいだな…。コンビニはよく行くんだけど」
「あっ、健人バラすな!」
ああ、ジャンクフード買い食いは好きなお嬢様お坊っちゃまってやつですか。もったいないなー、コンビニやファーストフード店よりスーパーの方が安くてたくさん買えるのに。庶民感覚バンザイ。
◇
肉類コーナーに人が集まり始める。スローライフなスーパー巡りはおしまい。本日の攻略イベント、タイムセール!
「カートよろしく」
「おっけー!」
十数秒後。
「失敗した…」
「え、それ、最安値の鶏もも肉よね?」
「今日は、お刺身の方が値引き率高かった…」
さすがに、クリームシチューの具に刺身はない。というか、煮込んだ時点で既に刺身ではない。この辺はやはり多少はアマチュアと割り切ろう。
「おつかれー」
「っかれー」
鈴木姉弟、カートのカゴにしれっとお菓子放り込むな!子供か!
◇
レジで精算。さすがに5人でぞろぞろ並ぶのはまずいので、4人にはレジの後の方で待っててもらう。
「あの、このカードで…」
「はい!いつもありがとうございます!」
以前、この返答の後に『春香様!』とか付き始めたから、それやめてとお願いした。付く付かないでだいぶ印象が変わるものである。当たり前である。
もっとも。
「このスーパーはセルフレジではないんですね。カードは使えるようですが」
「商品精算は人手でやって、お金払うところだけ機械ってレジもあるわよね」
「このダンボールの束、なんだろ。リサイクル?」
「水と氷の販売機…え、普通、自宅にない?これくらいの製氷機」
今回は4人の方が目立ってたけどね!今も、周囲の目が明らかに私じゃなくて4人に向いてるよ!うん、地元について語っている掲示板は覗かないようにしようそうしよう。
◇
マンションに帰還。さて、作りますか。高橋さんを助手にして。
「へー、ルーは全部フライパンで作るんだ!」
「電子レンジとボウルでもいいけど、こっちの方が慣れているから」
フライパンにバターを入れて溶かし、小麦粉を入れて混ぜていく。混ぜ終わったら、牛乳を少しずつ注いで混ぜ合わせる。ダマのない、きれいなホワイトソースを作っていく。
具材を切ってコンソメで煮込んでいた鍋からスープを取り、ホワイトソースに入れて伸ばしていく。十分伸ばしたら鍋に加えて、あとは弱火でコトコト。ブロッコリーは最後の最後で入れる。
「オーブンくらいはあると便利だよ?ホワイトソースを使ってグラタンとか作れるし」
「両親がそこまで凝った料理が好きじゃなくて。圧力鍋の方が喜ぶかも」
あれば便利というのはわかっている。両親に訊ねてみようかな。
◇
割とすぐにできあがったクリームシチューを皿に盛り、ダイニングのテーブルに持っていく。塩こしょうはあまり効かせていない、素朴な味である。田中さんや高橋さんはともかく、姉弟のお口に合うかな?
「ん、普通にうまい!」
「美味しい、美味しい」
それは良かった。もしかすると、『丸焼き料理と比べて』という枕詞が付くのかもしれないが。あれも、あんまり調味料使ってないのだよな。
「具材のダシ以外はコンソメとローレルくらいの味付けだけど、結構…田中さん!?」
クリームシチューを一口食べて味わっていた田中さんが、さめざめと涙を流し始めた。ああうん、やっぱり覚えていたか。
「春香さん、美味しいです。美味しいですけど…このシチューのレシピは、どこから?」
「『ケイン』に教えてもらった、といえば、わかる?」
「ああ、やっぱり…」
「え、なに?なんなの!?」
嘘はついていないが、正しくもない。田中さんは、『放浪者リーネ』が、ケインの中の人でもある『フェルンベル総裁の妹』から教えてもらったと解釈した。しかし実際は、
「リーネ・フェルンベル…渡辺 凛は、小さい頃、よくクリームシチューを作っていた。祖父であるフェルンベル総裁の妹さんに、教えてもらったレシピで。田中さんも、食べたことがあるのでしょう?」
「ええ。なつかしい、味です。…彼女は、今も作っているのでしょうか。何か、今の彼女からは、料理自体をしている様子が想像できないのですが」
うん、まあ、してないみたいだねえ。軟禁状態なら料理とかもできるはずなんだけれども、この間の面会ではそんな様子が感じられなかった。『信奉者』に作らせているのかな?
「春香さんは、あの歌や言葉だけでなく、このレシピも受け継ぎ、守っているんですね」
「田中さんは、『フェルンベル』の名を受け継ぎ、守っている」
「ゲームの名前ですけどね。いえ、そのゲームで春香さん達に会えました。運命と思いたいところです」
運命か。そうかもね。『リーネ・フェルンベル』だった私がFWOを始めたのも、決して偶然ではなかったはずだ。いやまあ、他のVRゲームにも手を出していたわけだけれども。
「そのレシピ、私も受け継ぐ!いいでしょ、春香ちゃん!」
「それは、いいけど」
「よーし、明日の朝食は私がこのクリームシチューを作るよ!具材は残ってるし!」
連日はどうかなあ…。
「姉貴、俺達はどうする?」
「レシピの前に、リアル包丁の持ち方を習わないと…」
「家庭科の時間のたびに、指ケガしてたよな。俺もだけど」
VR学習システム…はダメか、このふたりの場合。リアル特訓かな?
『前世』ネタが続いてすみません。この辺は書き残したことが多くて…。




