EX-12 AF「佐藤春香の恋愛事情(真)」
すみません、EX-11の反動でグダグダになりました。佐藤春香の中の人にとって、どちらが幸せだったかは言うまでもなく…。
「…おかえりなさい」
「ただいま!」
「ただいま帰りました…。春香さん、どうしました?」
「別に。新婚旅行も無事に済んで良かったなあと」
「?」
結婚式と披露宴を終え、すぐに新婚旅行に旅立った田中さんと高橋さん。いや、すぐに行くべきだと私が強く薦めたのだ。成田離婚は許さないからね!古いか。
でまあ、旅行を終えてこうしてすぐにFWOの魚屋本店でお出迎えというわけだ。…うん、良い旅行だったようだ。数か月後にはかわいい赤ちゃんが生まれていることを期待するよ。
「春香ちゃん、露骨。いやん」
「あの、美樹さんが春香さんを娘がどうというのは、半分冗談ですから…」
はいはい、半分は本気ってことですね。
…いやね、最近、変な夢を見たんですよ。もし私が『リーネ・フェルンベル』のままだったらどうなってたかなー、なーんて、夢。ふたりに子供ができたら、もうそんな夢は見ないかもしれないなーって。たぶん、こないだパラレルワールドに飛んだのも影響しているのだろう。
「それで、どうでした?ボラボラ島」
「暑かった!」
「暑かったですねえ」
「それだけ?」
「行き帰りの飛行機に特別搭載されたVRシステムの方が良かった!」
ああ、あの新婚さん向け限定の。VR研で高橋代表結婚記念とかってこれまた半分冗談で構築して導入したら、バカ受けしたっていう。観光業界からクレーム来ないか、これ。
「だから、観光協会に安く権利譲渡していくことにしちゃった。もともと試験開発だったし、ウチは非営利の組織だからね!」
「観光業界としては、VRでは体験できない観光資源と組み合わせて活用していくようです。FWOの各国ローカルサーバとのタイアップ企画も進行中です」
うんうん、田中さんも高橋さんも、お仕事順調のようだ。
ちなみに、ふたりのフルネームは、その仕事の都合もあって特に変更されていない。数十年前に戸籍制度が変わり、氏名ではなく個人番号が公式識別情報となったためだ。いろいろ反対は出たようだが、同姓同名問題がなくなった上に、普段はアバター名のように好きな名前を広く名乗れるようになったことから、急速に落ち着いていった。
私の『佐藤春香』は同姓同名がやたら多いが、そういうわけでまるで困っていない。むしろ、同姓同名となることを承知で、無難な名前を名乗る人が増えたような気がする。目立ちたくないからかな?でも、私は既に『春香様』で特定されてしまっている。大変、大変不本意ながら。
ちなみに『前世』の私は少し特殊で、両親は母方の渡辺姓で統一しつつ、子供の私だけ、おじい様由来のフェルンベル姓を名乗っていた。しかし今は『渡辺 凛』に変更しており、フェルンベル姓はおじい様だけとなった。伝統的な一族名が廃れていくという意味では悲しいものがある。難しいところだ。
「じゃあ、今日は顔見せだけね。マンションの部屋で荷物整理しなきゃ!」
「お土産だけはVRではどうしようもありませんし、後ほど直接お伺いしますよ」
「そういえば、自宅は今のマンションのまま?」
正確には、もともと高橋さんしか住んでいなかったマンションの部屋を、結婚後もふたりで自宅として使い続けるのか、ということだ。一軒家にしないの?お金あるよね?
「春香ちゃんが、それ言う?」
「春香さんの家を見習って、分相応を常に考えたいと思います。子供ができて大きくなったら、あらためて考えると思いますが」
なるほど。ちゃんと計画しているね。
そう考えると、3人のみとはいえ、大人の両親と大学生の私で、あの2LDKがぴったりなのは不思議だね。なんでだろうねえ、あははは。…ぐっすん。
◇
その翌日。
FWOクルーズ船エリアの甲板スペースにある喫茶コーナーで、ミリビリ姉弟と歓談。魚屋関係はヤバいとわかったので、時々はこちらでくつろぐことにしたのだ。
「田中さんと高橋さんも、ようやく夫婦生活かー」
「俺達は、いつそうなれるんだろうなあ」
何、寝言を言ってるかな健人くんは。そんな寝言は寝ていても許さないよ!
「ちゃんと働き始めてからというのはわかっているけどさ」
「そういう意味では、春香はいつでも結婚できるわよね。…いい相手が見つかると、いいわねえ」
ついに美里にまで言われるようになっちゃったよ!わかってるよ!人外化著しい私に、そっち方面の話題がまるでないことに!
もっとも、アバター同時接続のことを公表してからしばらく経ったが、意外なことに、さほど騒ぎにはなっていない。なんというか、もっとこう、更に人外扱いされるかと思っていたのだけれども。
「『現界』能力の時点でカンストしたよな、先輩の人外レベル」
「そうねー。脅しが効いたのは戦艦だけじゃなかったってことよね」
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「でも、隠していたのは正解だよね。春香がリアルデビューした頃に知られていたら、変な組織に拉致とかされていたかも」
「でも、きっとそれでも先輩は楽々撃退してたよな。『レッドドラゴン』の衝撃は今でも忘れられないぜ!」
「そうよねー。あの時は本当に心配したんだから!」
ごめん。まあ、私もまだはっきりとは意識してなかったけどね、あの時は。
「だから、問題があるとすれば…」
「だよなあ…」
「なに?」
「「まさか、自分自身に貢いでいたとは」」
そっちかよ!
「つまりね、同時接続がどうこうより、ケイン『も』春香だったことの方が波紋が大きいのよ」
「そうそう。今までうらやましいやらほほえましいやらの光景が一転して…うっ」
ビリーくん、なぜ泣く?
「そうして、相変わらず寄り添った感じでいるのが物悲しいの!」
「リーネとケインを引き合わせたのは、シェリーだった頃の、ミリー」
「そうだけど!まさか同一人物だなんて、想像のはるかかなたの更に斜め上のことじゃないのよ!」
ごもっともでございます。
でもねー、慣れちゃったのよ。こうして、攻略もスローライフもせずにFWOでくつろぐ時には、いつもこんな感じで。リーネが攻略を休んでケインとスローライフ、という方が正確かな?
「そういえば、あの記者会見、思い出すわねー。…ねえ、ケインのような人が現実にいたら、本当に幸せ?」
「…私を、好きになってくれるなら」
「相変わらず、受け身ね。まあ、健人のこともあるから、わからなくもないけど」
「本人の前で言わないでー」
ああ、なんかこう、ぶっちゃけたトークになってしまった。私の恋愛に関する談義はどうしてもこうなってしまう。こればかりは、今も『前世』も変わらない。はふぅ。
「そういえば、『フリューゲル』はそのままにするの?なんか、今となってはかなり意味合いが違うんだけど」
「もともとは、同名のアバター名と避けるため。デフォルト名が『リーネ』や『ケイン』のアバターもセットで作られたし」
「でも、昔は夫婦扱いだったのが、今では兄妹相当よねえ。なにせ同一人物なんだし」
そう言われて、リーネとケインで、顔を向き合わせる。ふむ。
「ねえ、ケイン兄さん?」
「なんだい?リーネ」
ああ、これでもいいか。
「今更だけど、恐るべしロールプレイ厨」
「ていうか、更に難しくなったわね、春香の恋愛候補」
「ケイン・フリューゲルという越えられない壁ができたか…」
オチがないよ。
◇
「結婚相手?私はたくさんいるよ!」
「そう」
転移門のメンテを兼ねて、今も火星で軟禁状態の渡辺 凛(肉体年齢アラフォー、魂年齢19歳)と面会する。なんというか、相変わらずのきゃぴきゃぴ(死語)ぶりだ。年考えろよ。今となっては、誰よりも何よりも、私が恥ずかしいんだよ、マジで!
「こっちにいるセインくんとか榊さんでしょ?あの国で待機しているミリアさんとか和樹くんとかも熱烈なメッセージ送ってくるしー。あとは、今はFWOで働いている」
ああ、もういいもういい。その人達の中に女性が何人も含まれていても、もはやどうでもいい。
おかしい、いくら記憶や知識の連続性がなくなっているとはいえ、この『娘』にとっては8歳頃から20代後半までの、約20年が文字通り失われたのだ。青春時代どころか、その前後数年分を含めてごっそりと。これが悲劇でなくてなんだというのだ。
にも関わらず、なんだろう、この幸せそうな笑顔は。しかも、地球から遠く離れた火星に島流しされたような状況なのに。
「私もねー、20代までは地味で地味で地味過ぎて、恋愛とかから縁遠かったのよー。でも!春香ちゃんに会って、私は生まれ変わった!それからというもの、経験したこともなかった、あれやこれや…うへへへ」
うがー!やっぱりレーティングは重要だ!幼少の魂をいきなり大人社会ド真ん中に放り込むとこうなってしまうという実例だ!誰にも言えないけど!本人も含めて!
「あれー?春香ちゃん、顔真っ赤!19歳とはいえ、春香ちゃんにはまだ早かったかなー?そっかー、そうだよねー、まだ御両親と一緒に暮らしていたいってくらいだしねー」
誰から聞いた!?その通りだけど!えっとえっと…ああ、結構な人が知ってるなあ、私のその辺。
しかし、なんだろう、この壮絶なほどまでの敗北感。何について負けたのかさっぱりわからないが。
「でも!春香ちゃんが世界征服したら、結婚相手なんてよりどりみどりよ!だから!」
「却下」
もういい。
誰も私に恋愛ネタを振るな。心と魂が折れまくるから。折れるから…ううう。