EX-1 AF「初めてなんじゃない?春香ちゃんが風邪なんて」
最初から申し訳ありませんが、VRMMOほとんどありません。あと、春香モノローグじゃない地の文が結構難しい…。
「そう言えばそうだ!春香、高校でも皆勤賞だったし!」
「一応卒業式で表彰されるけど、高校だとあんまり気にしないよな…」
VRMMORPG『フェルンベル・ワークス・オンライン』、通称FWO。その中にあるミッキー魚屋本店で、いつもの面々が顔を突き合わせて話をしている。刺し身や寿司をつまみながら。
今日は休日であることもあり、魚屋本店は盛況だったのだが、お昼を少し過ぎた今は、このメンバーしか店にいない。
「心配ですね…。御両親も休日で自宅にいらっしゃるとはいえ」
「一人暮らしの大学生を思えば大したことないようにも感じるけど、あの春香ちゃんだしね…」
いくら人外化著しくとも、現実の体は未だ小学生に間違えられかねない、か弱い少女。それが佐藤春香である。いろんな意味で、最近19歳になった女子大生とはとても思えない。
「医者を送りましょうかと伝えたら、両親もいるし必要ないと返信が来ましたが…」
「せめて、御見舞いに行く?あたし達4人で」
その4人とは、リアルで言うところの、鈴木美里&健人の(義理の)姉弟、FWOグループ新代表の田中実、その田中氏と近々結婚する、VR研および『コアワールド』管理組織のトップを務める高橋美樹である。
「そうね!4人なら大勢ってわけじゃないし、これ食べたらみんなで訪ねましょ!それにしても…なんか、静かね」
「姉貴が騒がしいから別に…げふっ」
「どういう意味よ!」
「ああ、そういうんじゃなくって。いつもなら、リーネとケインがいるでしょ?あと、たまに『ハルカ』も」
「ああ、そうですね。春香さんは同時接続のこともあって、こういう場でも皆勤でしたし」
当然ながらこの4人は同時接続ができないため、ここにいるアバターも、ミリー、ビリー、ミッキー、そして『上司』の4体のみ。春香がいれば6〜7体となるわけである。
「田中さん、がんばって『釣り師』アバターを同時操作してみる?」
「既にやってみましたけど、あれは訓練でどうにかなるものではなさそうです…」
「私も『ルーク』で試したけどダメだった!」
アバター同時操作は『コアワールド』創造時の成果のひとつ。超加速時間に対応できない時点で無理だろうというのが、技術スタッフの見解である。現実世界における春香の事実上のユニークスキル扱いとなっている。
なお、この能力は実のところ、『リーネ・フェルンベル』が今の春香であるがゆえのものでもあるのだが、春香が墓まで持っていく秘密としているため、こちらは誰も知らない。
「じゃあ、私が運転する車でふたりの家に行くからね!」
「あ、そっか。高橋さんと田中さん、同じ市内のマンションに住んでるんだっけ」
「VRシステムで会うことがほとんどですから意識しませんでしたが、春香さんも含めた私達5人って、みんな同じ市に住んでいるんですね」
「俺達の家は僻地にあるけどな…」
◇
鈴木家豪邸で姉弟を拾い、春香の自宅に向かうカップル2組。なお、豪邸で『ソル・インダストリーズ』会長につかまってお茶菓子と共に少し話をしていった4人なのだが、ここでは割愛する。
「そう言えば、春香の自宅って駐車場ないよね?」
「あるにはあるけど、先輩の車を置くスペースしかないよな」
「近くに空きスペースがあるといいのですが…」
春香の両親には直接何度も会っているものの、自宅を訪問するのは初めての田中 実氏。美樹もそうであるため、
「あ、あれ?ここどこ?」
「高橋さん、迷ったの?」
「う、うん。住宅地のど真ん中だからかな…?ふたりは知ってる?」
「俺達が訪ねた時は、先輩に高校から徒歩で連れてきてもらったから…」
一度高校に行き、そこからようやくアパートを見つける。敷地奥のスペースに車を停め、外に出てくる面々。
「まわりも、普通の家しかないね…」
「確かにこれは、そっとしておきたくなりますね…」
そんなことをつぶやきながら、部屋の扉のチャイムを鳴らす。
「はい…あら!」
「お母様、突然申し訳ありません。みんなで春香ちゃんの御見舞いに…」
「あ、ありがとうございま…うっ」
「え、え、どうしたんですか!?」
玄関口で、春香の母親が泣き出した。
◇
春香は、自室のベッドで静かに寝ていた。あまり苦しそうな様子はない。
「小さい頃は元気ハツラツで、ちょっとした風邪で弱った姿は見せたことがなくて…」
「大きくなるにつれて、自己管理するものだと体調にはいつも気を使っていて…」
「私達が病気などの時は、小学生の頃から春香がむしろ私達の面倒を見て…」
そう言って悲しみにくれる両親の様子を見て、更に心配になる4人であった。
「春香ちゃんが風邪をひいた理由は御存知なのですか?」
「スーパーの特売があるからと、今朝早く出かけていって…」
「服装で油断したと言っていました…。FWOで遅くまで作業して寝不足だったとも…」
「昨日私が、またあの丸焼きを食べたいなんて言わなければ…ううっ」
涙腺がすっかり弱くなった両親。ちなみに、FWOでの作業を依頼した高橋&田中ペアは内心気まずい思いをしていた。なお、鈴木姉弟の感想は『お金あるんだから別に特売の肉でなくても良かったんじゃね?』というものである。
「じゃあ、春香ちゃん、あまり消化の良いもの食べてないんだね。私がおかゆ作るよ!」
「私は、美樹さんの車で薬と果物を買ってきます」
「ありがとうございます…!」
ちょっとした罪悪感もあって、てきぱきと動き出す社会人カップル。
「さすが、一人暮らしが長い人達は違うね!」
「そうだな!俺達にはとても真似できない年季を感じるな!」
春香が聞いたら、リアル正座でVR学習システムにフルダイブさせるであろうほどの失言をかますダメ姉弟。胸にグサグサ突き刺さりつつも苦笑で済ませる高橋&田中ペアはさすが大人である。
◇
「ん…」
「あ、先輩が起きた!高橋さーん、おかゆおかゆ!」
「ちょっと!ふーふーして春香に食べさせるのは私の役目よ!」
「ふたりとも、うるさい」
寝起きでなくても機嫌が悪くなって当然だろうとばかりの言葉にウンザリする春香。
「でも、わざわざ来てくれたんだ」
「だって春香が心配だったんだもん!あー、ちょっとやつれた感じの春香もかわいい!」
「だな!寝顔もキレイで、ついスクリーンショット撮りたくなったぜ!現実だけど!」
このふたり、本当に付き合ってるのだろうかと疑問に思うような発言を垂れ流す姉弟。
「ほらほらふたりとも、春香ちゃんには私がおかゆを食べさせたげるんだから!」
「私も、リンゴを剥いて持ってきましたよ。皮を剥くのは慣れていますよ。なにしろ一人暮らしが長いですからねあははは」
春香のふーふーは渡さないとばかりにおかゆを持ってやってくる美樹に、自虐的な雰囲気を漂わせながらウサギさんリンゴを乗せたお皿を手に持つ田中氏。
「私もその、春香におかゆを食べさせたいんだが…」
「私は、お薬を飲ませたいわあ」
なぜか少しおずおずとしながら申し出てくる両親。
春香は、ベッドの上で上半身を起こしながら、そんな賑やかな面々に嬉しく感じながらも、はっきり伝えた。
「六畳間に7人は多すぎ。みんなここでフルダイブして」