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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
東フェルダート戦線編 第2章 ジュダの聖戦
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天使シェムハザ

 双方に多数の死傷者を出した、レンスター城の戦いから約三時間。レンスターの城内は、勝利の喜びよりも悲愴感が漂っており、全体の空気が少し重苦しい。


 レンスターの勝利の代償は大きく、副騎士長のダスター卿を始めとする犠牲者の数は、非戦闘員の文官や侍女まで含めると五十七名に上る大惨事となった。


 彩葉が撃たれて死にそうになった時は別として、ボクは、身近な人の死というものを直接経験したことがなかった。だから、ダスター卿の死は、ボクなりにショックを受けていた。平和な時代の日本で生まれ育ったボクには、ダスター卿のように国のために命を賭けて、騎士としての誇りを最期まで貫く姿勢を真似できそうにない。


 死んでしまったら、それ以上何も守れないし、楽しむことだってできない。死んでしまったら全てが終わりだ。


 転生だとか極楽浄土などという、死後の世界なんて信じちゃいない。痛みや苦しさを味わうなんて冗談じゃない。自分という存在がなくなることに、ただ恐怖を感じる。


 でも、国や大義のためじゃなく、大切な人のために戦うことならボクにも理解ができる。現にボクは、大切な人を守るために銃を手に取り、その引き金を引いて七人もの人の命を奪っているのだから。


 先程の城内戦でも、ボクは機関銃を撃ち武装親衛隊の兵士を一人殺めた。その時、初めて人を撃った時の恐怖は全く感じられなかった。以前エディス城で敵兵を狙撃した時にも感じたことだけれど、徐々に銃で人を撃つということに抵抗がなくなっている。


 これはたぶん慣れなのだと思う。


 ロック鳥みたいな怪物相手ならまだしも、人を殺めることに慣れるとは思いもしなかった。ハルや彩葉も、ボクと同じ心境だったりするのだろうか。そして、戦いを繰り返しているうちに、いつか仲間の死に対しても慣れが来たりする日が来るのだろうか。


 もし、そんな日が来たりしたら、ボクは今のボクのままでいられる自信がない。





 城内戦で負傷した者たちは、レンスター城の大広間に集まり、治癒士やレンスター大聖堂から駆けつけた司祭たちから、呪法による治療を順番で受けている。ボクとハル、それからキアラの三人は、戦闘で重傷を負った彩葉と、ボクたちを守るために負傷したアイシュバッハ大尉の治療のために、五人で一緒に大広間を訪れている。


 公王陛下は、ヴァイマル帝国とエスタリアの情報提供を条件に、リーゼル・アイシュバッハ大尉の帰順を認めた。そのため、ドラゴニュートの彼女が大広間に現れても、大きな混乱に発展することはなかった。しかし、陛下が認めても、彼女に対する不満や恨みを抱く者は少なくない。それは、周囲からの視線でボクですら感じ取れる。


 アルザルでは、元々ドラゴニュートに対する強い偏見がある。先程の戦闘による犠牲者の過半数は、玉座の間から逃走したドラゴニュートの将校による仕業だ。また、玉座の間における目晦ましの閃光など、アイシュバッハ大尉の行動が、レンスター側の被害に繋がる面もあるのだから、(わだかま)りが消えるまで時間が必要だと思う。


 アイシュバッハ大尉が持つ貴重な情報と戦闘力は、レンスターにとって重要な役割を担う。彼女の身を守りつつ有効な戦力とするために、ヘニング大尉率いる主力部隊が、パッチガーデンの防衛から戻るまでの間、アイシュバッハ大尉は、ボクたち特殊魔導隊に加えられた。ボク個人の意見としては、メンバーに美人が増えることは大歓迎だ。


 彩葉とアイシュバッハ大尉の怪我の程度は、普通の人間なら死んでいてもおかしくないレベルの重傷だった。ところが、二人ともアスリンや治癒士たちの癒しの魔法を僅かな時間施されただけで、すぐに傷が治り問題なく歩けるまで回復した。ドラゴニュートの並外れた生命力と自然治癒力は、目を疑う程凄いものだった。


「ねぇ、二人とも。本当にもう大丈夫なの?」


「うん、心配してくれてありがとう、アスリン。私はもうすっかり大丈夫」


「私も大丈夫です。ここまで癒えれば、数分もすれば完治します」


 大広間の床に腰を下ろしている彩葉とアイシュバッハ大尉は、そのままの姿勢で怪我の具合を尋ねたアスリンに礼を述べた。アイシュバッハ大尉は、先程アスリンに翻訳の精霊術を掛けてもらったので、ボクたちと同じようにシュメル語を通じて直接意思疎通ができるようになっている。


「ドラゴニュートの回復力は、人の何倍も早いと彩葉から聞いていたけど……。もし、具合が悪くなったら、絶対に遠慮せずに私を呼んでね。それから、念のためしばらく安静にしていること。大広間から出たりしたらダメよ?」


「うん、わかってる」


 彩葉は笑顔でアスリンに頷いた。彩葉の笑顔を見て安心したのか、不安そうな表情だったアスリンにようやく笑顔が戻った。


「アトカ! 手が空いていたら治療の応援を頼む!」


 大広間の奥から、治癒士の一人がアスリンに応援を求めた。


「わかったわ! すぐ行く! ……それじゃ、ごめん。みんな、また後でね」


 アスリンは大きな声で治癒士に返事をすると、ボクたちに手を振りながら、早足で治癒士の元に向かって行った。一生懸命働くアスリンが眩しく映る。


 アスリンの歩調に合わせ、後ろで一つに束ねた彼女の長いシルバーブロンドの髪が軽やかに揺れる。普段と違う髪型だけど、ロングポニーテールがエルフの少女に本当によく似合っている。


 ボクは、無意識のうちにアスリンを目で追い掛けていた。


「ちょっと、ユッキー? アスリンばかり見て、疾しいこと考えてないでしょうね?」


 彩葉に指摘されて我に返るボク。綺麗とか可愛いとか。ボクは、そういう純粋な気持ちでアスリンを見ていたので、別に疾しい気持ちなんてない。しかし、彩葉のボクを見るジト目は、まるでボクを信用していない感じだ。彩葉のその目つきは、ヒヤッとしつつも、ボクの中の何かが刺激される。個人的に嫌いじゃない。


「はぁ……、信用されてないな……。ボクは、アスリンが一生懸命頑張ってる姿に感心していただけだって」


「日ごろの行いのせいだな。諦めろ、幸村」


 溜め息交じりに答えたボクに、ハルがニヤニヤしながら茶化してきた。


 こいつめ……。彩葉が元気になった途端これだ……。ぐったりした彩葉を抱えていた時は、青ざめた顔で体が震えていたくせに……。


「はいはい、何だかすっかりボクは、悪者ですね……」


 面倒臭くなったボクは、投げやりに答えた。


 キアラとアイシュバッハ大尉は、そんなボクたちのやりとりを見て、顔を見合わせながら小声でクスクスと笑っていた。あまり表情を表に出さないアイシュバッハ大尉は、ボクが予想していた通り笑うととても可愛らしかった。額の角や鱗が目立つ部分もあるけど、折角の美人が少し勿体ない気がする。


「カトリ、深手を負ったと聞いていたが、無事そうで安心したぞ。皆にも足労掛けた。この場を借りて礼を言わせてもらう」


 広間の片隅に集まるボクたちの元へ、わざわざ公王陛下から足を運んで声を掛けてきた。腰を下ろして休んでいたボクたちは、全員その場で起立して陛下に頭を下げた。


 公王陛下は、玉座の踏段から飛び降りた際に、陛下自身も足を負傷したため、治癒士から治療を受けたと聞いている。それにもかかわらず、陛下は、負傷者一人ひとりに労いの言葉を掛けて励ましていた。レンスター公王が善王と呼ばれ、民から慕われる理由が本当によくわかる。


「いえ、陛下。心配をおかけして申し訳ありませんでした。ご覧の通り、私は大丈夫ですので……」


 公王陛下は、彩葉の返事に満足そうに頷く。そして、一列に並んで(かしこ)まるボクらを見て、笑みを浮かべながら口を開いた。


「ここは負傷者の治療の場だ。皆、そう固くならず楽にせよ。しかし、凄いものだな。ドラゴニュートの生命力というものは……。ところで、アイシュバッハ大尉……」


 陛下は、少し間を置いてから、アイシュバッハ大尉に語りかけた。


「はい、公王陛下……」


 アイシュバッハ大尉は、姿勢を正したままの状態で、相変わらず表情を変えずに陛下に返事をした。


「疲れているところ早速で申し訳ないが、そなたら遊撃旅団について、いくつか質問がある。東フェルダート地方に現れた動機は、異常気象による飢饉(ききん)と、カルテノス地方及びサザーランド地方と比べ、肥沃なフェルダート地方を制圧することと聞いているが……?」


「仰る通りです、陛下」


 アイシュバッハ大尉は、即答で公王陛下に答えた。本来ならこのような質問の役目は、陛下の従士である堅牢のロレンスが行うはずだ。しかし、玉座の間の戦闘で銃弾を浴びてしまったロレンスさんは、治癒の呪法を施されても、まだ担架に寝かされたままで、とても立ち上がれない容態だった。


「よろしい。我らに加勢する訪問騎士団の話と一致した。私はそなたを信じよう。さて、私が最も知りたいことは、そなたらの兵力と、遊撃旅団の進軍経路だ」


 公王陛下は、アイシュバッハ大尉の回答に頷くと、そのまま新たに質問をした。


「承知しました。私が所属していた遊撃旅団は、本隊の武装親衛隊(SS)第九軍キルシュティ基地防衛隊を含め、大きく分けて三つの師団から結成されています。進軍を開始した師団は、第七軍と第八軍の二個師団。攻略の目標は、東フェルダート地方全土。第七軍と第八軍のSSの一師団が所持する戦車は九両。半軌装車マウルティアが四両。兵員輸送車ブリッツが十両。更に、偵察車両と側車付きモトラッドを合わせて十両。歩兵部隊の人数は、大凡(おおよそ)三百五十名前後。その内訳は、突撃兵、砲兵、工兵それから衛生兵です。ここまでよろしいでしょうか、陛下?」


 淡々と語り出したアイシュバッハ大尉。彼女の声のトーンは、一定のままで、彼女の表情と同じで表現が乏しい。しかし、彼女の声は、聞き取りやすい音質のため、声の大きさの割によく通っていた。そのため、彼女が語る遊撃旅団兵力を聞いた者たちは、驚きで言葉を失っている。ざわついていた大広間が、しんと静まり返っている。


 レンスターの騎士や衛兵は、アイシュバッハ大尉が口にした車両の名前や兵科のことは理解できていない。それでも、彼らは、キアラたちの演習を見ているため戦車の攻撃力を知っている。そして、銃火器の威力は、先程の戦闘で身を以て経験しているのだから、遊撃旅団という敵の恐ろしさを痛感したのだろう。


「つ……、続けてくれ、アイシュバッハ大尉」


 公王陛下も言葉を詰まらせながら、アイシュバッハ大尉が語る遊撃旅団の話の続きを求めた。


「はい、それでは……」


「お待ちください!」


 アイシュバッハ大尉が続きを語り始めようとした時、彼女と公王陛下の間に、ジュダ教の司祭の衣装を着た小柄な人影が割って入り一旦話の流れを止めた。この小柄でガッチリした体格の司祭は、ドワーフ族でレンスター城内の戦いで負傷者が大勢出たことを知ると、率先して治療班を集い駆けつけてくれたサガン大主教だ。


 サガン大主教は、ドワーフ族でありながら信仰に篤く、レンスター大聖堂の長を務める大主教の地位を持っている。


「いかがした、サガン大主教?」


「ここで彼の帝国の話をすれば、いたずらに混乱を招きましょう。まるで機を合わせたかのように、つい先程レンスター大聖堂に天使シェムハザ猊下(げいか)がお見えだそうです。この話の続きは、是非大聖堂でお願いしたいのですが……」


 大聖堂に天使?! ボクたちは思わず顔を見合わせた。ジュダ教徒は異界の者の存在と堕ちた天使を認めない。けれど、キアラやアイシュバッハ大尉は、堕ちた天使という扱いはされていないという。


 天使シェムハザ……。旧約聖書やオカルト雑誌では度々登場する堕天使の名前だ。このタイミングで現れたことに、きっと何か理由があるのかもしれない。


『ハル、ユッキー。アスリンとキアラも聞いて。リーゼルさんを一人でジュダ聖堂に行かせるわけにいかない。それに、たぶん……。天使は、私たちを待っている。これは直感だけど……』


 彩葉から念話がボクの脳内に届いた。皆の名前を呼んでいるということは、皆にも念話を送っているはず。ボクは彩葉の直感は当たっていると思う。賭けてもいい。ボクは、彩葉に頷いて応えた。ハルとアスリン、それからキアラも彩葉を見て頷いていた。恐らく、彩葉は公王陛下とアイシュバッハ大尉にも念話を送ったはずだ。


「サガン、大主教。その件について承知した。特殊魔導隊の五名を私とアイシュバッハ大尉の護衛として随行させたいが、良いかな?」


「もちろんです、陛下」


 こうしてボクたちは、話の流れからレンスター大聖堂へ向かうことになった。気をつけなければならないのは、ボクたちが地球から来たという素性がバレれたりすれば、異界のものを認めないというジュダ教を、敵に回してしまう可能性もあることだ。


 そして、大聖堂に本物の天使がいる。きっと、ハルやキアラたちの秘密やボクたちの目的地ヴァルハラの手掛かりも知っているはず。ボクたちにとって大切な情報が得られる、そんな気がする。


 天使シェムハザ。遥か宇宙を渡り歩く本物の宇宙人ってやつだ。ボクは死ぬまでに一度でいいから宇宙人に会ってみたいと思っていた。まるで、夢を見ているような気分だ。

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