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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
東フェルダート戦線編 第2章 ジュダの聖戦
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光の魔術師

 玉座の間の上層を一周できる回廊の狭間(さま)から銃口を出し、私はうつ伏せの状態でライフルのスコープを覗いている。そして、公王陛下に短機関銃を向ける壮年の帝国兵の額に、呼吸を整えながら照準線(レティクル)をゆっくり合わせた。


 これは()の挑発に乗っているわけではない。異国の正規の軍人が、一国の王に対して銃を向けた時点で、それは宣戦布告を意味しているのだから。


 ところが、私がライフルの引き金を引こうとした瞬間、玉座の間に凄まじい閃光が走った。


「っ……!」


 突然の眩しい閃光で視界を奪われた私は、ライフルの引き金を引くことができなかった。今の光がヴァイマル帝国の兵器なのかわからない。ただ、閃光が放たれた直後に下層の玉座の間に機関銃とライフルの凄まじい射撃音が石造りの城内に響き渡った。そして、悲痛な悲鳴と(うめ)き声が下層の玉座の間から聞こえてくる。


 マグアート伯爵は、レンスター城の構造を熟知していた。彼がエスタリアの使者としてレンスターへ来たのは誤算だった。この閃光は、玉座の間の上層の回廊に配備された()()に対する目眩しだったのだろう。


 突然の強烈な閃光の影響で、私の右目はまるで第一の太陽リギルを長時間直視した時のように、光の残像が目に焼きついてチクチクするような痛みを伴っている。ただ、スコープを覗いていた時に左目を閉じていたので、左目の視界は奪われずに済んだ。


 私の隣で機関銃の射撃準備をしていたユッキーは、両目の視界が閃光に奪われてしまったようで、右手で両目を押さえながら辛そうにしている。一方、重機関銃の弾薬を準備していたキアラは、壁の陰にいたので無事だったようだ。


「アスリンさん、幸村さん! 二人とも大丈夫ですか?!」


「えぇ、私は片目を閉じていたから、右目をやられただけで済んだわ」


 私はうつ伏せの状態から一旦体を起こし、心配して駆け付けてくれたキアラに応えた。


「くそっ……。何なんだよ、今の光はっ! ごめん……目がやられちまった……」


「幸村さん、銃座は私が交代します!」


「わかった。キアラごめん……」


「いえ、謝ることありません。回廊の対岸の六小隊も動きがないところをみると、閃光で視界が奪われてしまったのだと思います! 幸村さん、少し休んでいてください」


 キアラは銃座を交代すると、ベルト式の弾薬をユッキーの体から取り外し、改めて弾薬の準備を始めた。


 私は右目を閉じ、目眩しを回避できた左目で狭間から下層の状況を伺った。


 玉座の間には、思わず目を逸らしたくなる光景が広がっていた。


 踏段の前で警護に就いていた衛兵たちは、ヴァイマル帝国の兵士たちが突然撃った機関銃と長銃の銃弾を至近距離で浴びてしまった。大盾と鎧ごと撃ち抜かれた十名以上の衛兵たちがその場に倒れていた。玉座の間の床は、倒れた衛兵たちから流れる(おびただ)しい量の血液で赤く染まっている。


 ピクリとも動かない衛兵たちは、もう息がないだろう……。その中には、ガンジャールやバーデンスといった古参の顔見知りの衛兵もいた。踏段の中腹では頭部から血を流し、目を見開いて倒れているダスター卿の姿もあった。


 公王陛下と彩葉とロレンスは、玉座がある踏段の上から飛び降りたようで、ハルが身を隠していた玉座の踏段の裏に避難している。何とか銃弾から逃れられた前列にいた五人の衛兵たちも、陛下たちと一緒に踏段裏に退避している。陛下や彩葉たちの無事が確認できたけど、極めて危険な状態は続いたままだ。


 避難した衛兵たちに無傷の者はおらず、深手を負い立ち上がれない者もいる。また、ロレンスも銃弾を浴びてしまったようで、血で赤く染まった左腕を抑えながら壁に寄りかかっていた。無傷なのは、陛下と黒鋼の鱗を持つ彩葉、そして最初から踏段の陰にいたハルだけだ。


 一方、エスタリアとヴァイマル帝国の将兵にまだ負傷者はいない。槍を持つエスタリアの重装騎士が六名。ヴァイマル帝国の兵士は怪しいフード付きの三人を含めて十名。そして、全体の指揮を執っているのが、猛将エンドール将軍とマグアート伯爵だ。


 エンドール将軍の槍術は、バッセル卿の大剣の腕並みに名が通っている。また、マグアート伯爵も貴族でありながら、堅牢のロレンスと同格の剣技を持つ上に炎属性の呪法を操る武勇を馳せるレンスターでも指折りの戦士だ。いくらハルの呪法が強力だったり、彩葉が凄腕の剣士でも、人数に差があれば分が悪すぎる。


「キアラ、私が風の精霊術で陛下たちが隠れている踏段脇に幻影を作るから、できるだけ早く射撃をお願い!」


「了解です、アスリンさん! 三十秒程で準備できると思います!」


 キアラは私に大きく頷いて返事をした。まだ右目を開けると空気が沁みて涙が溢れてくる。先程の閃光の目晦ましは本当に厄介だ。第二弾が来るかも知れないと思うとゾッとする。


 そんなことを考えているうちに、エスタリアの騎士とヴァイマル帝国の兵士たちが、踏段の裏に避難した陛下たちを追い詰めようとしていた。踏段裏を挟撃するために左右に分かれ、ジリジリと槍や銃を構えたまま詰め寄って行く。


 公王陛下を守るために盾を構えていた若いレンスターの衛兵が、敵の圧力に耐えきれなくなったのか、大声で威嚇しながら槍を構えて飛びだした。


 しかし、乾いた銃声が一発。飛び出した衛兵は、すぐに目の前の帝国兵に撃たれ、その場に倒れてしまった。


 これ以上やらせない……!


 そもそもこの状況は、上層階にいる私たちの攻撃が遅れたというミスが招いた結果だ。後悔と自身の甘さに対する悔しさが込み上げてくる。


 私は意識を集中し、マナストーンのマナを解放して風の精霊に呼びかけた。


アトカ族の友(デュロ アトカ)風の精霊よ(リル・レーン)我が契約に従い(リザムル・ローム)我が主の周りにキムス・ラルラフォー風のまやかしを(リル・ウェルス)作りたまえ(エル デルトゥ)!』


 風の精霊との契約が成立すると、私の精霊術はすぐに発動した。陛下たちが避難している踏段裏の全体が隠れるように、周囲の城壁と見分けがつかない幻影の城壁を作り出した。目の前に突然現れた城壁の幻影に、帝国の兵士たちは動揺して数歩後退する。


 これなら少しの間時間が稼げるはず。


 機関銃の準備をするキアラは、間もなく準備が終わりそうだ。私は敵が動揺している間に、再びライフルを構えて左目でスコープを覗きながら機関銃を所持している敵を優先的に探した。利き目じゃないので違和感があるけど、右目はまだ使えそうにない。


 一人でも多く倒さないと……。


 すると、重たい機関銃の音が玉座の間に響き渡り、スコープ越しに見える敵兵が悲鳴と血飛沫(ちしぶき)を上げながら次々と倒れてゆく。機関銃の射撃は、私たちの対岸の回廊からだ。コーラー少尉たち六小隊が、目眩しで奪われていた視界が回復して反撃を始めたのだと思う。


 仲間が()()()()()()()()()と共に倒れてゆくことで、敵は大声で叫んだり身を伏せたりしてパニックに陥っている。


 マグアート伯爵と、後方にいた三人のフード付きは、玉座の間の入口付近にある柱を目掛けて散開して身を隠した。彼らと同様に柱の陰に身を隠すことができた敵は、エスタリアの騎士が一名と帝国兵が二名。それ以外の敵は、エンドール将軍を含め、六小隊からの機銃掃射によって倒れている。


 槍使いとして名立たる歴戦の猛将も、銃火器の前では全く歯が立たない。銃というものは、これまでの戦の常識を覆す恐ろしい武器だと実感した。


「さすが六小隊です! アスリンさん、私も重機の射撃準備が整いました! 少し大きい音がするので銃声音に注意してください!」


「わかったわ!」


 このまま形勢が逆転できると思った矢先、玉座の間入口の柱に身を隠していたフード付きのうち、小柄の兵士が広間に飛び出した。そして、六小隊の銃座がある上方を見つめて手元から光の塊を放った。


 放たれた光の塊は、もの凄い速さで上層の六小隊がいる場所へと飛んでゆく。


 光の塊が回廊の壁に命中すると、青白い閃光を放ち、激しい爆音と共に石造りの城壁が砕け散った。


 光の塊が命中した石造りの城壁と回廊の床に、直径十メートル程大きな穴がぽっかりと空き、六小隊の四名の隊員のうち、二名が悲鳴を上げながら機関銃ごと約十メートル下の玉座の間に落下してゆく。私は思わず目を逸らした。


「な、なんだよ……。今の……」


 視界が治りつつあるのか、ユッキーが目を擦りながら驚きの声を漏らした。


 今のは間違いなく呪法だ! しかも凄まじい破壊力……。


 ハルやキアラが使う呪法と同等と言っていい。何となく嫌な予感がしていたけど、あのフード付きたちは、キアラが言っていた親衛隊竜騎士団(ドラッヘリッター)である可能性が極めて高い。


 私たちの視界を奪った目晦ましの閃光も、このフードを深く被った小柄の兵士が放った呪法で間違いないと思う。高度な魔術師のドラゴニュート。考えるだけでも恐ろしい。


 私は改めてライフルの照準を覗き、銃口を光の魔術師に向けようとした。しかし、光の魔術師の移動速度は速く、私は動きについて行けない。


 早すぎる……。


「今のは……。リーゼルの……。まさか、そんな……」


 キアラが震える声で誰かの名前を呼び、撃とうとしていた機関銃を撃てずにいる。


 たぶんキアラは、光の魔術師のことを知っているのだと思う。動揺しているのが明らかだ。リーゼル……。光の魔術師の名前だろうか? だとしたら、目の前の敵はキアラの知り合いということになる……。けれど、ここで私が躊躇(ためら)っていたら、みんなが死んでしまう。そんな後悔はしたくない。


 目が慣れてきた私は、光の魔術師に照準を合わせることができた。私は迷わずそのままライフルの引き金を引いた。


 ごめんね、キアラ……。


 乾いた銃声と共に、弾丸が光の魔術師に当たって貫通する。


 ……はずだった……。


 光の魔術師は、私から射撃されることを予め知っていたかのように、人間離れした曲芸的な動きで、後方に回転しながら高く飛んで銃弾をかわした。回転しながらジャンプした際に、光の魔術師のフードが外れた。奇麗な長いブロンドの髪と顔の輪郭を見て、私はすぐに小柄な光の魔術師が女だとわかった。


 そして、予想していた通り彼女はドラゴニュートだった。


 頭部に角があり、その瞳は彩葉と同じ真紅に輝いているのが、少し離れた場所からでもわかった。彼女の角は彩葉の角と形状が異なり、側頭部から対象に生えているのではなく、一角獣のように額から一本だけ生えていた。また、その角の色と頬の鱗が乾いた土に似た色をしていた。


 ドラゴニュートは、それぞれ見た目が違う。彩葉が以前言っていた()()()()が違うのだと思う。そして、彩葉と同じように意思を持っている。先程使った光の属性の呪法以外に、きっと何らかの()()()を使ってくるに違いない。


 このドラゴニュートの光の魔術師がドラッヘリッターであるなら、残り二人のフード付きも恐らくドラゴニュートなのだろう。私は脅威的な敵が三人もいることに恐怖を覚えた。


 不利な状況だけど、私はこんなところでやられるわけにいかない。心から大切だと思える人たちに、やっと巡り会えたばかりなのだから……。


 私はライフルから薬莢を取り外して次弾を装填し、改めて光の魔術師に銃口を向けようと構えた。しかし、次弾を装填するために、僅かに目を離した隙に光の魔術師の姿は下層の玉座の間からいなくなっていた。


「く……、いったいどこに……」


『さて、どこだと思う? 答えは、あなたのすぐ隣……』


 私の独り言に答える()があった。声というより、脳の中に直接伝わる淡々とした言葉だ。これは彩葉が使う念話と同じものだった。


 隣と言われ、私は恐るおそるスコープから目を外し、ゆっくりと右隣を見た。そこには、回廊の石の床面から上半身だけを出した状態の光の魔術師がいた。彼女にとって、石の床は、まるで水のような感じになっているのだろうか。あまりに不自然な光景と絶望的な状況に、私の体はガクガクと震えて自由に動けなくなった。


 呪法なのか()()()なのかわからないけど、石造りの城の床に溶け込んで移動するだなんて、私には想像すらできなかった。彼女は私を見つめたまま、表情一つ変えずに手元に光の塊を作り出した。


「な、なんだよ、こいつ……! これもドラゴニュートの能力だって言うのか?!」


 ユッキーが拳銃を構え、ドラゴニュートの光の魔術師と私の間に割って入った。こんな絶望的な状況だというのに、私はユッキーのことが少し頼もしく見えた。けれど、光の塊を撃たれたら二人ともやられてしまう……。


「リーゼル! お願いだから、もうやめて! これ以上、私の大切な人たちを傷つけないで!」


 私が覚悟を決めて腰の拳銃に手を伸ばした時、キアラが立ち上がって光の魔術師の前に出た。


 光の魔術師は、私とユッキーから目を逸らし、手元の光の塊を消し去り、ジッとキアラを見つめた。そして、彼女はゆっくりと階段を上るように回廊の石の床の中から出てキアラに近づいてゆく。


“ ……Chiara……? Bist du wirklich Chiara ?! ”

(キアラ、あなたは本当にキアラなの?)


 先程まで無表情だった光の魔術師は、驚きと喜びが混ざった複雑な表情でキアラの名を確認するように、念話ではなくゆっくりと彼女自身の()()で話し始めた。


「はい、リーゼル。私はキアラです」


“ Mir wurde gesagt, dass du tot bist. Ich bin froh, dass du am Leben warst ! ”

(あなたは死んだと聞かされていた。あなたが生きていて良かった!)


「私もです、リーゼル! だからもう戦いはやめてください! 私はあなたと戦えない……」


 キアラと同じ言語でも、光の魔術師に翻訳の精霊術を使っていないので、彼女が何と言っているのかわからない。ただ、彼女から戦意がなくなっていることはすぐにわかった。


 そして、私たちの前に敵として現れたドラゴニュートの光の魔術師は、キアラに大きく頷いて、そのままキアラの胸に飛び込んで声を上げて泣き出した。


「何だかわからないけど……。悪い展開にはならないかもしれないね。ボクはそんな気がするよ」


「えぇ、私もそんな気がするわ」


 ユッキーは拳銃を下ろして、私にそう言った。私もユッキーの発言に同感だった。


「アスリン、公王陛下や彩葉たちの状況はまだ良くない。ボクが銃座で応戦するから弾薬の補填をお願い!」


「わかったわ! ユッキー、キアラがあの子を介抱している今がチャンスよ! 絶対に守り抜きましょ!」


 私はユッキーに同意して、指示通り弾薬の準備を始めた。私とユッキーは互いに顔を見合わせて頷いた。出会ったころに比べると、本当にユッキーは頼もしくなった。


「もちろんだぜ、アスリン! でも……、あのドラゴニュートの子、キアラの胸に飛び込んで少し羨ましいな……」


 前言撤回……。


 私は機関銃の弾薬を準備しながら横目でキアラたちの様子を見た。ドラゴニュートの光の魔術師リーゼルは、まだキアラの胸元で泣いていた。キアラもそんな彼女を温かく包み込んでいる。彼女たちの経緯はよく知らないけど、たぶん彩葉たち三人と同じ、特別な絆で結ばれている仲なのだと思う。


 大切な人に会えて良かったね、キアラ……。


 思い掛けない展開から一つの難が去った。


 しかし、玉座の間の戦いはこれからが正念場だ。脅威の力を持つドラゴニュートがまだ二人もいるのだから。

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