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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
東フェルダート戦線編 第1章 紅蓮の炎と裁きの雷
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青く光る少女の目(下)

 食事を運ぶミハエルさんに続いて、俺とアスリンはリビングへ入った。ソファに座る五人の視線が、自然と俺たちに集まる。神妙な面持ちで俺を見る彩葉と幸村。それから、緊張した表情の三人組の帝国の軍人たち。


 ミハエルさんは、バスケットに入れられたパンをソファテーブルの上に置き、木製のシチュー皿を軍人たちに配膳し始めた。


 彩葉は既にフードを外し、ドラゴニュートであることを隠していなかった。その上でリビング内の雰囲気は悪くない。つまり、俺たちの経緯は彼らに伝えられ、彼らの経緯も彩葉と幸村に伝えられているということだろう。


 日本語が話せるという、俺たちと同年代の赤髪の少女。クールなつり目の女性兵士。それから、通訳の呪法が使えるという目つきの鋭い男性。軍人たちの服装は、紛れもなくドイツ軍の軍服だ。リビングの壁に掛けてある不揃いのコートを羽織り、彼らは旅人に紛れてレンスターへ入ってきたのだろう。


 軍人たちの中で、特に俺の注意を引いているのは、右腕を負傷している赤髪の少女だ。彼女の右目は、目の奥から青白い光が立ち昇るように輝いて見える。それが魔法の仕掛けなのかわからない。俺の視線は、どうしても青く光る少女の目に釘づけになってしまう。


「シガンシナさん、我が宿自慢の特製シチューです。冷める前に召し上がるよう、お嬢さん方に伝えてください。宛がないなら、今夜はこの部屋をお使いください。この部屋はスタッフの控室なのでお代の方は結構です」


 配膳を終えたミハエルさんが、シガンシナと呼んだ目つきの鋭い男性に食事と宿を勧めた。


「食事だけでなく、屋根まで貸していただけるとは……。この恩は忘れません、ご主人」


 シガンシナさんは、一度席を立ち深々とミハエルさんに頭を下げた。意外に紳士的な人だ。


「それでは、ごゆっくり」


 ミハエルさんはシガンシナさんにそう言うと、キャスター付きのトレイを押しながらリビングを後にした。そして退室際に俺を見て小さく頷いた。上手くやれよという意味だろう。リビングのドアが閉められると、またしばらく沈黙が続く。壁掛け時計の時を刻む音が耳に伝わってくる。


「おかえり、ハル。今日は一日大変だったね。本当にお疲れ様」


 何気ない彩葉の言葉で、室内の妙な沈黙は破られた。


「ただいま……。あの騒ぎの後、城内で臨時の評定が開かれてさ。色々と話が長引いて遅くなってごめん」


()()のことは、心配いらないわ。どうにか移動用の魔具ということで誤魔化せたから安心してね」


 俺とアスリンは、軍人たちの視線に構わず、彩葉と幸村にキューベルワーゲンの顛末と城内の様子を簡単に報告した。俺の視線は、やはり赤毛の少女の右目に戻ってしまう。彼女もまた、何か言いたそうな表情で、俺をジッと見つめたまま目を逸らそうとしない。


「ううん、ハルが謝ることないよ。二人の帰りが遅かったので少し心配したけど……。それより、思わぬお客さんに驚いたでしょう?」


「そりゃ、まぁ……」


 この状況で驚かない奴なんていないだろう。


『大丈夫、この人たちは敵じゃない。彼女たちの勢力は大きく二つに分かれていて、私たちを襲った鍵十字の腕章を付けた軍隊と戦っているみたいなの』


 彩葉の言葉が俺の頭の中に直接広がって行く。彩葉は竜の力を使って、念話で彼女たちの簡単な素性を伝えてきた。彩葉が信じた人たちだ。俺も目の前の三人の軍人たちを信じることにした。俺が彩葉と目を合わせ頷くと、彼女は安心したようで俺に微笑みを返してきた。


「さっきからハルは、ジロジロと少尉さんばかり見つめてるけど、やっぱりボクと女の子の好みが合うね! さっすが相棒だぜ!」


「おい馬鹿、誤解を生むようなこと言うんじゃねぇよ! そういう意味で見てたんじゃないって」


 たしかに赤髪の少女の容姿は、清楚さが表に出た端整な顔立ちをしている。一言で言えば上品な美人さんだ。


「男子のそういうところ、本気で最低……」


 彩葉からの軽蔑するような視線が痛々しい。俺の背後にいるアスリンがクスクスと笑い始めた。俺としては全然笑える状況ではないのだけど……。


 赤髪の少尉さんは、恥ずかしそうに俯き床を見つめている。正面のソファに座るシガンシナさんも、目を閉じて含み笑いをしている。この二人には、俺たちの言葉が通じていることがわかった。


「あのなぁ……。自己紹介する前から、こんなことを言ったら失礼だけど……。俺は少尉さんの青く光る右目が気になっていたんだよ。本当にすみませんね、少尉さん」


 俺が赤髪の少尉さんに幸村の無礼を詫びると、顔を上げた彼女の表情が綻んだように見えた。


「え? 青く……光る目? うーん、少尉さんの瞳はたしかに青いけど……?」


 彩葉が不思議そうに、俺と赤髪の少尉を交互に見比べた。彩葉には彼女の右目の光が見えないのだろうか。


「それは……」


 俺たちの様子を伺っていた赤髪の少尉さんが、ソファーから立ち上がって口を開いた。凛とした彼女の声は、見た目通りの気品を持ち合わせていた。


「あ……、も、申し訳ありません! いきなり不躾(ぶしつけ)でした。私の名前はジークリンデ・キアラ・フォン・シュトラウス。ヴァイマル帝国第二○二装甲師団、第五魔導戦車部隊所属の魔導少尉です」


 名前と所属が長過ぎだろ……。


 一度で覚えるのはとてもじゃないけど無理だ。幸村と彩葉が、ただ『少尉さん』と呼んでいた理由がわかった気がする。


「俺の名前は、伊吹ハロルドと言います。母はブリテン人で父が日本人。見ての通りの混血です。そしてこちらは、俺たちが世話になっているエルフ族の風の精霊使い、アスリンです」


「はじめまして。私はアスリン・リル・アトカ。リルは風。アトカは部族の名。エルフ族の身ですが、リチャード・レンスター公王陛下の従士を勤め、『風のアトカ』という二つ名で通っています」


 俺は自分の自己紹介に合わせて、隣に立つアスリンも紹介した。俺から紹介を受けたアスリンも、軍人たちに自ら自己紹介をした。


「はじめまして、ハロルドさん。それから風のアトカ。突然の訪問で驚かせて申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします」


 赤髪の少尉さんは、深夜の突然の訪問を詫び、俺たちに丁寧にお辞儀をした。


「こちらこそよろしくお願いします。ジークリンデ・キアラ・フォン・シュトラウス少尉さん。ようこそ、レンスターへ。この国でわからないことがあれば、何でも聞いてくださいね」


「ありがとうございます、風のアトカ。あ、皆さん。私の名前は長くて呼び辛いですよね? 私のことは、軍属的な階級や敬称を省いて、簡単にキアラと名前で呼んでください。そう呼んでいただけると嬉しいです」


「わかったわ、キアラ。私のことも名前でアスリンと呼んでね」


「はい、わかりました」


 俺はキアラとアスリンが、自然に会話をしていることに驚いた。俺たちはアスリンと会話をするために、日本語をシュメル語に変換する精霊術を使ってもらっている。まだアスリンはキアラの日本語を変換する精霊術を使っていない。


「アスリン、キアラの言葉がわかるの?」


 幸村も不思議に感じたようで、アスリンに直接尋ねた。


「うん、私が今喋っている言葉は日本語よ? もう十日くらい前から、みんなと話す時に日本語を使うようにしていたのけど……。私の日本語もシュメル語に変換していたので、気がつかなかったのかもしれないわね」


 俺たちと出会ってまだ一ヵ月しか経っていないというのに、アスリンはもう日本語を習得したというのか。ミハエルさんが、アスリンは言語を覚えるのが得意だと言っていたけど、これは単に()()と呼ぶレベルではないように感じる。才能か、或いは、魔法的な何かか……。


「も、もう……、日本語を覚えちゃったの?」


 信じられないという風に、目を丸くして彩葉がアスリンに質問した。


「うん、寝る前の彩葉とするお喋りがいい勉強になっていたの。難しい言い回しやことわざはもっと勉強が必要だけどね」


 アスリンはVサインをして得意気な表情をしてみせた。そんな彼女の表情も絵になる。


「ハロルドさん、その……。話に割って入るようですみません。先ほど言いかけた、私の目のことについてですが……」


 キアラは俺を見つめながら、彼女の光る右目について語り始めた。


「私の片目が光って見えるのは、私があなたと堕ちた天使の末裔だからです」


 俺はキアラの発言には衝撃を受けた。


「堕ちた天使……。君も……、なのか?」


「私たちの青く光る目の仕組みをご存知なかったのですね。ハロルドさんは、私の右目が青く光っていると言いました。実は、私もあなたの右目が輝いて見えます」


「なんだって……?!」


 キアラの目に映る俺の姿は、俺が彼女を見るのと同じように右目が青く輝いているというのだろうか。


「もしかして!」


 彩葉は、キアラの言葉に何か思いついたのか、ケープの内側にある小物入れの紐を解いた。そして、中にあったハンカチを開いてゲールモノクルを取り出すと、彼女はレンズの縁を摘まんで俺とキアラを交互に見比べた。


「やっぱり……」


 彩葉が独り言のように呟く。


「どうした、彩葉? って、まさか! キアラも光って見えるってこと?」


「うん、ほら。ユッキーも見て」


 幸村は彩葉からゲールモノクルを受け取ると、彩葉と同じように俺とキアラを見比べた。


「本当だ……」


 レンズ越しに天使ことアヌンナキを見ると、対象の体が淡く光るというゲールモノクル。このレンズを介して見ると、キアラも俺と同じように光っているらしい。


「天使たちは、自然界に存在するマナに頼らず、自らの目でマナを生成して強力な呪法を使います。また、天使たちは生成されたマナを、セレンの光のように青い光として、視覚で捉えられて同族を見極めます。私たちのように人の血が混ざる堕ちた天使は、左右のどちらか片方の目だけがその力を持つのだとか。以前、天使ラファエルから、そう教えられました」


 キアラが言ったラファエルという天使の名は、宗教的なことに詳しくない俺でも知っている天使の名前だった。ヴリトラが言っていたように、ヴァイマル帝国の背景に天使の存在があることは間違いなさそうだ。


「キアラ、それからシガンシナさん。俺たちにあなた方の国のことを、もっと教えてくれませんか? あなたたちがアルザルへ来た理由や、今ここにいる理由を詳しく知っておきたい。俺たちも、皆さんの欲しい情報を、知り得る限り提供したいと思います」


「はい、承知しました。でも、その前にハロルドさんに言わなければならないことがあります。彩葉さんと幸村さんから、皆さんの経緯は聞きました。SSシュッツシュタッフェルの凶行とは言え、私たちの同胞が犯した過ちを詫びなければなりません! 本当に申し訳ありませんでした!」


 キアラは、俺に深々と頭を下げ、そのまま動こうとしなかった。あの日、俺たちの日常を奪った帝国のことは許せない。でも、キアラたちが悪いわけじゃない。それに、俺たちだって正当防衛とはいえ、帝国の軍人たちをたくさん殺めた。


「謝罪くらいで済まされないことは承知してますが……」


 シガンシナさんと女性兵士もソファーから立ち上がり、キアラに合わせて深々と頭を下げた。


『私とユッキーも謝罪されたけど……。彼女たちを恨んでも何もならないし、怒らないで、ハル!』


 彩葉が念話で俺に伝えてきた。俺は『大丈夫だ』と、彼女に首を縦に振って応えた。


「待って下さい、皆さん! それ以上謝られても困ります。俺たちだって、身を守るためとはいえ、あなた方の同胞を手に掛けました。謝らなければならないのは、俺たちだって同じです!」


 俺がそう言うと、キアラたち三人はやっと頭を上げてくれた。


「もう夜は遅いけど、お互いに知らなければならないことがまだまだありそうね。レンスターとエスタリアの問題もあるし、ハルと同じく私からも情報提供をお願いしたいと思います。キアラたちの望みは、レンスターとの接触よね?」


 これまで黙って様子を伺っていたアスリンが、俺の意見に便乗して情報交換を要求した。そして、彼らの要求を推測して確認する。キアラとシガンシナさんは一瞬顔を見合わせた。どうやらアスリンの推測が的中していたらしい。


「隠していても仕方ありません。お察しの通りです、アスリンさん。昨日、私たちの師団は、大規模な戦闘がありまして……。大きな戦果こそ挙げたものの、私たちの部隊に甚大な被害が出てしまいました。私たちの疲労は著しく、水と食糧も枯渇している状態なのです……」


 キアラは彼女たちが直面する問題を淡々と語った。彼女の声のトーンは低く、震えているように感じた。ひょっとしたら、泣くのを堪えているのかもしれない。


「部隊と別行動をする少人数の兵士は、敵地の偵察か外交的な交渉手段を模索しているというのが一般的だしね」


「さすがアスリン! 公王陛下直属の諜報員ってのは伊達じゃないね」


 調子に乗った幸村が、アスリンを褒め称えた。諜報員であることを暴露されたアスリンは、幸村に対してムスッとした表情をしている。怒った顔もまた可愛らしい。


「こら、ユッキー!」


 幸村はアスリンではなく彩葉に叱られた。


「さ、さーせん……」


「話をする前に、まずはキアラの怪我の手当てが優先ね。その後に私の精霊術で、あなたたちの国の言葉と日本語をシュメル語に置き換えて、言葉の壁を取り除きます。それでいいかしら?」


 アスリンがキアラとシガンシナさんを交互に見ながら質問した。キアラがアスリンの言葉をドイツ語で女性兵士にも伝えた。女性兵士もアスリンを見て頷いた。


「心遣い感謝します。アスリンさん」


 キアラたち三人は、アスリンに丁寧にお辞儀をした。


「わかったわ、任せておいて。キアラ、早速怪我の手当てからよ。それから、このシチューの味は私が保障するわ。お腹空いているでしょう? シチューの替えはまだあるから、遠慮せずに召し上がってね」


 アスリンはキアラの腕を取りながらそう言うと、左手にマナストーンを握りしめて目を閉じた。そしてゆっくりと風の精霊との契約の言葉を唱え始める。俺たちが初めて彼女と出会った時と似ている光景だ。


 アスリンの長く奇麗なシルバーブロンドの髪がゆらゆらと揺れ、辺りは優しい緑色の光に包まれていった。


 堕ちた天使の末裔という俺の秘密。ヴァイマル帝国が必ずしも敵だという訳ではないということ。今まで暗闇に包まれていた視界が、急に開き始めたように感じる。


 今夜は久しぶりに徹夜になりそうだ。そして、明日もきっと忙しくなるだろう。

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