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照準線の向こう側(下)

 ボクが帝国兵を狙撃した丘からエディス城がある丘まで、直線距離で四百メートル程度しか離れていない。小銃の弾丸なら一秒掛からない距離だというのに、走るとなるとそうもいかない。


 ましてや城の正面からのルートではないので道などない。低い樹木やトグロを巻いた蛇のような生き物を避けたりと、丘を登るだけでひと苦労だった。


 何とかエディス城前に到着すると、すぐに負傷者の被害状況がわかった。機関銃で撃たれたのは、予想通りバッセル卿とゴードン卿で、奇跡的に二人とも生存していた。


 しかし、見るだけで痛々しくなるような銃創により二人の状態は思わしくない。エディス城に駐屯するレンスターの衛兵たちによって応急手当てが施されているけど、本格的な治療をすぐに行わないと命に関わりそうだ。


 担架状に敷かれた毛布の上に横たわるバッセル卿は、胸部を複数撃たれており重体だ。ゴードン卿も右足と右腕を撃たれていて動けそうにない。ハイマン卿とレンダー卿、それからハルも衛兵たちに加わって負傷者の介抱をしていた。


「ハル……! ハァハァハァ……」


 久々に全力で走って息が切れたボクは、ハルの名前を呼ぶのがやっとだった。


「幸村! バッセル卿とゴードン卿が撃たれたんだ。アスリンから連絡がきたのか?」


「そ、そうなんだ……。マグアート子爵親子は……、尋問の結果、公王陛下から拘束令が……、出されました。竜の血の密輸と、エスタリアにも……内通していたそうです……」


 ボクは皆に聞こえるように報告した。先程よりマシだけど、まだ息切れが続いている。


「伝達ご苦労、ユッキー君。すまなかったな……。君たちの忠告を聞いておくべきだった。帝国兵を仕留めてくれたのは君だろう? 君の魔具の取り扱いは、実に素晴らしい……」


 ボクの報告にゴードン卿が、傷口を抑えて顔を(しか)めながらボクに言った。横たわるバッセル卿もゴードン卿の言葉に頷いてくれている。


「ボクのはそんな……、凄いもんじゃない……です。それに、三人目に気づかずに済みませんでした……」


 二人の騎士が負傷したのは完全にボクの油断だ。ボクは皆に謝罪した。


「ユッキー君のせいではない。忠告を聞かずに突っ込んだ我々の落ち度だ。君はそれ以上の働きをした。胸を張っていい!」


 ハイマン卿がボクをフォローしてくれた。


「誰だって城内にもう一人いたのは予想できないさ。それでも、幸村の射撃がなければ全滅していたかもしれない。凄かったぜ。まるで狙撃手(スナイパー)みたいだ」


 ハルもボクをフォローしてくれた。そう言われて悪い気はしなかったけど照れ臭い。でも少し誇らしい気持ちすらあった。人を殺めたというのにもかかわらず……。


 それより、ここに騎士たち全員がいるのに、マグアート子爵がいないことが気になった。


「すみません、マグアート子爵は……、どうなりました?」


「恥ずかしい話だが……、ハイマン卿とレンダー卿がエディス城に突入した時に……、子爵は小さな魔具のような物で自らの頭を射って自決してしまった。常に子爵の護衛に就ていた従士『漆黒のクロウ』の姿が、ないのが気になるが……。衛兵たちも朝から漆黒のクロウを見ていないらしい……、うっ……」


 ゴードン卿が悔しそうに、痛みに耐えて息を切らせながら答えた。小さな魔具……、もしかしたら拳銃のことかもしれない。


「喋らないでください、ゴードン卿……。傷に響きます。それより速くレンスターへ戻らないと……。衛兵! 足の速い馬車の準備はまだか?!」


 ハイマン卿がゴードン卿を支えながら、近くにいる衛兵に苛立ちながら尋ねた。


「はっ! 只今準備をしておりますので今しばらくお待ちください」


 苛立っているのはハイマン卿だけでなく、レンダー卿も同じようで、俯きながら拳を震わせている。


「ちょっと幸村」


 しばらく黙っていたハルが、手招きをしてボクを呼んだ。ボクはゴードン卿の礼に応え、ハルの元へ向かった。


「ん? どうした?」


 ボクがハルに近づくと、ハルは周りに聞こえないように、そっと小声で話し掛けてきた。


「このままじゃ二人とも出血性ショックで命が危ない。特にバッセル卿は急いだ方がいい! キューベルワーゲンを使おう」


「ボクも……、それがベストだと思うけど、あれをレンスターへ連れて行って大丈夫かな? それに嘘がバレたりしないか、それも心配だぜ?」


 ボクも小声でハルに答えた。


「この際仕方ないさ。ヴリトラと帝国兵の交戦を見たことはバッセル卿にも伝えてあるから、ちょっとその時に触ってみたってことにするよ。何度かわざと操作ミスしながら動かせそうですって演技してみる」


「無理矢理感があるけど……、わかった、ハルに任せるよ」


 ボクとハルが小声で打合せをしているうちに、ゴードン卿がハイマン卿とレンダー卿に指示をしていた。


「とりあえず、ハイマン卿とレンダー卿。鋼鉄竜が暴れ出したら危険だ。眠っている今のうちに衛兵たちと協力して始末してくれ……」


「承知しました、ゴードン卿! 我々も汚名返上しましょう、ハイマン卿」


「当然だ!」


 ゴードン卿の指示にレンダー卿が大剣を持って立ち上がり、ハイマン卿は鋭利な槍をキューベルワーゲンに向けて腰を落として身構えた。


 おいおいおい!


「待ってください、皆さん! レンスターではあいつのことを鋼鉄竜って呼んでますけど、竜のような生き物なんかじゃありません! これは生き物ではなく帝国の……台車的な乗り物です」


 ハルが立ち上がってキューベルワーゲンと二人の騎士の間に割って入った。


「何だって?! 正面から見れば目だってあるのに……。これが大型の魔具か何かだというのです?」


 レンダー卿が驚いた形相で、ボクたちを見つめながら問いただしてきた。彼が目だと言ったのは、きっとヘッドライトのことだろう。彼の言葉を借りて、ここは適当に大型の魔具で通そうと思う。ハルを見るとハルもボクを見て小さく頷いた。


 レンスター入りする時は、文明の産物である自動車を人目に晒すことを避けたけど、今は状況が切迫している。それに四人の騎士やエディス城の衛兵たちも、キューベルワーゲンや機関銃の威力を目撃している。レンスターでこのことが公開されるのは時間の問題だ。


「そうです! 魔法の力のようなもので動く乗り物です。アイツに乗れば、すぐにレンスターに到着できるはずです」


 ボクもハルと同じく二人とキューベルワーゲンの間に割って入った。大剣や槍で傷つけられたらたまったもんじゃない。これに乗せてバッセル卿をレンスターまで連れて行けばきっと助かる。


「鋼鉄竜に……、乗る……というのか?」


 ハイマン卿は不審そうな目つきでボクとキューベルワーゲンを交互に見つめた。アスリンだって最初は竜だと思って疑っていたくらいだし、頭の固そうな騎士では理解するまでに時間がかかりそうだ。


「公王陛下にも告げましたが、自分たちはレンスターに来る前に帝国と黒鋼竜ヴリトラの交戦を見ました。結局、帝国兵はヴリトラの前に全滅しましたが、鋼鉄竜のうち、一台はまだ動く状態でした。その時に少し触ってみたのですが……。ここにいる鋼鉄竜は、その時と同じタイプです。今から動くところをお見せします!」


 ハルはそう言うと、運転席へ駆けて席に座りながらボクに親指を立てた。彼の表情を見てボクも安堵した。一号や二号と同じ構造だったのだと思う。


 ボクもキューベルワーゲンに向かって後部座席を確認した。ボクが狙撃した帝国兵の血が飛び散っていたけど、拭き取れば問題なさそうだ。銃座に取り付けられていたのは、少し懐かしいMG42だ。足元には弾薬がまだ三箱あった。一度失った相棒が帰ってきた感じがする。


「なぁ、ハル。こいつ三号でいいか?」


「そうしようぜ」


 ハルはボクに返事をしながらイグニッションキーを回す。何度かセルモーターが回る音がした後に、キューベルワーゲンのエンジンは始動した。始動に合わせてハルは何度かエンジンを吹かした。


「お、おいっ! こいつ咆えたぞ?!」


 ハイマン卿とレンダー卿は、再び武器を構えながら後ずさりした。


「大丈夫です、今のは駆動部のカラクリ……だと思います」


 ハルはハイマン卿にそう言うと、何度かわざとギアを噛ませる音を立て、車両を前後に動かして見せた。


「本当に……、動かせるのというのか?! 歯軋(はぎし)りをしているように……、聞こえるのだが、怒っていないか?!」


 ゴードン卿も座ったままハルに問いただしている。


「以前自分たちが触れたものは、ヴリトラの攻撃を受けていたためか、すぐに止まってしまったのですが……。こいつはきっと大丈夫です! ゴードン卿、バッセル卿を乗せて急ぎましょう! 先程の速さで移動できれば、レンスターまで一時間掛からないはずです!」


 不安そうにハルに質問したゴードン卿に、ハルが三号を前後に動かしながら答えた。


「たしかに先程の鋼鉄竜が移動する姿を見て速さはわかりました。もし、本当に鋼鉄竜を動かせるなら、彼らに一存しても良いかもしれません。騎士長殿とゴードン卿は、一刻も早く治癒術師に診せなければなりません!」


「腑に落ちぬ点もあるが、君たち二人は、あの黒鋼のカトリの同胞であり、風のアトカに認められた公王陛下の客人だ。騎士長殿とゴードン卿を任せることに、私も賛成する」


 不満がありそうな顔つきだったけど、ハイマン卿も納得してくれたようだ。


「レンダー卿、それにハイマン卿も承知した。この鋼鉄竜を操れるというのなら……、ある意味心強いかもしれないな。騎士長、よろしいですか?」


 ゴードン卿がバッセル卿に伺うと、バッセル卿はそっと頷いた。ボクとハルは顔を合わせて互いに頷いた。これでバッセル卿を助けられる!


「ありがとうございます! ゴードン卿は、反対側から自分の隣の席へ! 幸村、ゴードン卿に肩を貸してやってくれ」


「了解!」


「衛兵! 騎士長殿を鋼鉄竜にお連れしろ!」


 ハイマン卿が衛兵たちに指示を出した。衛兵たちは、すぐにバッセル卿の下に敷かれた担架代わりの毛布を手に取り、バッセル卿を三号の後部座席へと運んだ。ゴードン卿もどうにか助手席に乗れたので、これでいつでも出発できる。バッセル卿は長身なので、ボクは二号に乗って移動していた時のように立ち乗りで乗車した。


「それではハイマン卿とレンダー卿。ボクたちは先にレンスターへ向かいます。あとはお願いします」


「承知した。二人とも、騎士長とゴードン卿を頼んだぞ」


 ボクの言葉にハイマン卿が頷いて返事をした。


「それじゃ、幸村、行くぞ。バッセル卿の介抱と見張りを頼む」


「オッケー!」


 エンジンを吹かして出発するボクたちに、ハイマン卿とレンダー卿は左胸に手を当てボクたちにレンスター式の敬礼を送ってくれた。ボクも彼らに敬礼で応えた。


「バッセル卿、ゴードン卿。揺れる際に少々痛みを伴うと思いますが少しの辛抱です」


「承知した」


 ゴードン卿が返事をし、バッセル卿も顔だけコクリと頷いた。まだ意識は保てているようだけど額の汗が凄い。本当に急いだ方が良さそうだ。ハルは一度ハンドルを切りながら三号を下げ、方向転換をしてから三号を進ませて丘を下り始めた。エディス城の正面は、そのまま街道に繋がる繋がるため道が整備されていた。


 レンスターから続く街道は、道幅が広く路面も馬車が溝に嵌って脱輪しない程度に整備されていた。ボクたちがアスリンと出会ってから、レンスターを目指していた荒野に比べると路面状況は雲泥の差だ。ハルの操縦も、久々だというのに慣れたものだった。


 街道の脇で、農民や耕作地で働く農奴が、砂煙を巻き上げながら飛ばして走る()()()驚き、その場に呆然と立ち竦む。それを横目に見ながら、ボクたちが乗る三号は、一路レンスターを目指して突き進んだ。

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