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親衛隊竜騎士団

「よし、最後のエミールの破壊成功です、少尉!」


「やりました! アンデルセン一等兵、本当に感謝してます!」


 私とアンデルセン一等兵は、五機全ての戦闘機の破壊に成功して歓喜した。私たちは、うつ伏せの狙撃体勢から立ち上がり、互いの拳と拳を突き合わせて讃え合った。


「各員の健闘に感謝する。我々の任務、エミールの破壊は成功した。シュトラウス少尉、それからアンデルセン。ご苦労だった。これから我々は、すでに着陸した一番機の支援に移行するため、上空から敵を掃討しつつ、七番機に続いて地上へ降下する」


『了解!』


 ヘニング大尉の労いと、今後の作戦指示に一同が返事をした。


「しかし、これだけ兵力差があるっていうのに、まだ諦めずに反撃してくるなんて……。SSの連中、思ったより根性ありますね……」


「あいつらは不利になればすぐに投降する腰抜けか、最後まで屈しない狂信者のどちらかだ。だから、油断するな。恐らくこいつらは後者だ。敵が白旗振るまで攻撃を止めるなよ」


「了解っス、伍長!」


 独り言のように呟いたリンケ二等兵に、クラッセン伍長が答えた。たしかに、明確な戦力差があるのに、着陸した一番機のギガントから降機した歩兵連隊と、基地を防衛する僅かなSS空軍の航空兵との間で、依然として激しい地上戦が繰り広げられていた。


「な、なんだ、あれ?! 滑走路に……、七番機の前に岩がっ!」


 怯えるような声で、突然ライ上等兵が叫んだ。滑走路で何か異変が起きているのだろうか?解放されたままの右翼側のハッチから滑走路を見ると、目を覆いたくなるような光景に私は言葉を失った。


 フォルダーザイテ島基地の滑走路に接地して着陸滑走中の七番機の目の前に、十メートル以上あろうかという巨大な岩壁が地中から隆起してきたのだ。あの機には父が搭乗している。


「あれは呪法?! お、お父様っ?!」


 私は思わず叫んだ。七番機は隆起した岩壁を避けるため、再度離陸を試みようと機首を上げた。しかし、巨体のギガントは、それを回避することができなかった。格納庫がある七番機の腹部が岩壁に激突し、折れた両翼が前方へと吹き飛ぶ。父を乗せた機体は一瞬で大きな炎の塊となり、爆発音と共に激しく黒煙を噴出させた。


「あ……あぁ……」


 全身の力が抜け、両手で頭を抑えながら私はその場に腰を落とした。


 嘘だ……。これは、何かの悪い夢だ……。


 衝撃的な光景を目の当たりにした隊員たちの騒ぐ声が、ヘッドセットを介して伝わってくる。ただ、頭が真っ白で、彼らの言葉は耳に入ってこなかった。解放されたままの右翼ハッチから、炎に包まれた七番機を呆然と見つめる私の脳裏に、父との思い出が蘇ってくる。


 地中海に浮かぶマリョルカ島が養父である父との出会いだった。


 赤毛の魔女と(さげす)まれ、孤児院の地下で幽閉されていた幼い私を、再び外の世界へ連れ出してくれた温かい父。些細なことでも私を褒めてくれた優しい父。親身になって何でも悩みを聞いてくれた頼れる父。様々な学問を教えてくれた博識な父。


 そんな父が、私の目の前で死んだ……。自然と涙が溢れ出し、頬を伝わり流れ落ちる。


 父も私も軍人だ。戦闘が始まれば、死と隣り合わせの状況に置かれる。命を落とす可能性があることも、十分理解していたつもりだった。けれど、素直に現実を受け入れられるほど、私はまだ軍人としての精神が完成していなかった。


「……ラウス少尉! しっかりしてください、シュトラウス少尉っ!」


 私は肩を揺すられていることに気がついた。目の前で、私の名前を呼び続けるアンデルセン一等兵が、心配そうに私を見つめていた。


「アンデルセン一等兵……。父が……」


 私は涙を拭くのも忘れ、目の前にいるアンデルセン一等兵にそう言うのがやっとだった。


「少尉、お気持ちはわかります。しかし、ここは戦場です。滑走路が使えなくなり、離着陸ができなくなったことで、事態は極めて深刻です。お気をたしかに!」


 そうだ、今はまだ戦闘中だ。こうしている間にも、師団の歩兵連隊は、銃弾が飛び交う地上戦の最中だ。私は黙ってアンデルセン一等兵に頷いた。今は泣いている時ではない。


「アンデルセン、少尉は……、無事か?」


「はい、どうにか落ち着気を取り戻……」


 私を心配するヘニング大尉に、アンデルセン一等兵が答えようとしたその時、私たちが搭乗する四番機の機体が衝撃と共に大きく揺れた。


「うわっ!」


 衝撃で転倒したリンケ二等兵が声を上げた。


「く……、三番エンジンがやられたかっ?! 今の攻撃は二時上空からだ! マズルフラッシュを確認した。総員対空戦配備!」


「上空から?! 大尉、敵機は離陸していないはずでは?!」


 ヘニング大尉の言葉にライ上等兵が驚きの声を上げた。たしかに、ライ上等兵が言うように、敵機がいないのに上空から攻撃を受けるのはおかしい。


「大尉、二時上空に敵機は見当たりません!」


「集中して眼で敵を捉えろ、ベーテル! 敵は航空機ではなさそうだ。今、四時方向へ移動した! シリウスのすぐ脇だ。あれは……、竜?! いや、違う! ドラゴニュートだ!」


 ヘニング大尉は、ベーテル一等兵に答えながら、視認した敵の名前を呼んだ。大尉が言ったシリウスの方を見ると、たしかに竜の翼を持った銃を装備した人影を捉えた。間違いなくあれはドラゴニュートだ。


 親衛隊竜騎士団(ドラッヘリッター)。天使が従える竜属と血の契約を交わし、意思を持つドラゴニュートとなったSSの精鋭部隊だ。


 生身の人間に竜の血と魂を与え、意思を持つドラゴニュートを意図的に生み出す。この非人道的な人間兵器に選ばれた者たちの多くは、私が魔導兵として訓練を受けたマーギスユーゲント時代の優秀な同僚たちだった。


 強力な呪法が使えるドラゴニュートになった彼らは、個の能力が一個中隊に匹敵すると言われている。そんな彼らが、今まさに目の前にいる……。敵として……。


 翼を持つドラゴニュートのことは、マーギスユーゲントの講義に登場したことがあった。天空竜サファトが産み出す、眷属と呼ばれる亜竜と同化することで、飛行可能なドラゴニュートになれるのだとか。更にその講義の中で、彼らの飛行能力を活かした戦術論を学んだことを思い出した。


「ヘニング大尉、私も敵を視認しました。あれはドラゴニュートで間違いありません。私がマーギスユーゲントで学んだ彼らの戦術は、カラビナー98kに擲弾(てきだん)を装填して攻撃するものです。ドラッヘリッターの多くは、私の同僚だった者たちですから、彼らの呪法にも注意してください!」


 私はヘニング大尉と隊員たちに、私がユーゲントで学んだ目の前の敵のことを簡単に説明した。


「了解だ、少尉。その様子だと、もう大丈夫か? お父上のことは……、辛いだろうが、今は目の前のことに集中して欲しい。仇を討とう、少尉!」


「はい、大尉……」


 私は再び溢れ出てきた涙を袖で拭いながら大尉に答えた。


 私はドラッヘリッターに選出されず、すぐに第二○二装甲師団に配属された。そのため、同僚の誰がドラゴニュートになったのか知らない。わかっていることは、目の前の敵はユーゲントで半年間、苦楽を共にした同僚の誰かで、恐ろしく強い怪物のような存在になっていること。


「シュトラウス少尉、立てますか?」


 アンデルセン一等兵が、私に手を差し伸べてくれた。普段無口な彼だけど、私を気遣って心配してくれていることが痛いほど伝わってくる。


「はい、アンデルセン一等兵。もう大丈夫です、心配かけてすみませんでした」


「いえ、少尉。無理はなさらないでください。少尉の右腕の照準を外したら自分も銃座につきます」


「わかりました。私も空いている銃座で応戦します」


 私は、意を決してアンデルセン一等兵の手を掴んで立ち上がった。彼の手は温かかった。そして、彼は私の右腕に取り付けた自作の照準を外し始めた。また涙が溢れそうになったけど、私はぐっと堪えた。泣くのは戦闘が終わってからだ。


 お父様、仇は必ず取ります!


 私は心の中で父に誓った。


「クソ! ジグザグに飛ぶ上に、速すぎるっての! ドラゴニュートってのはバケモノかよ! 敵はたった一人のドラゴニュートだって言うのに、何てザマだ!」


「アイツが持ってる、カラビナー98kは少尉が言う通り擲弾が装填されてやがる! 五番機に張り付きやがってここからじゃ狙えないな……」


 リンケ二等兵とクラッセン伍長。隊員たちが必死に応戦している声がヘッドホン越しに聞こえて来る。


 擲弾は、手榴弾と同じ分類の弾薬だ。手榴弾と違って投げつけるのではなく、銃口の先端から火薬を使って目標に撃ち込むものだ。軍用車両や軽戦車であれば貫通して破壊できる性能を持っている。


「何か変です、機銃が命中しているはずなのに……。まるで効いてない……! 敵は五番機の直上に急上昇しました!」


 ベーテル一等兵が叫ぶように言った。普段聞き取りやすい凛とした彼女の声が、少し上擦っているように聞こえる。上空でマズルフラッシュが見えた。五番機の左翼に擲弾が命中し、左翼の三基あるエンジンのうち、二基が爆音とともに炎を上げた。その後、すぐに左翼が折れ、五番機は回転しながらカルテノス湾に墜落してゆく。


「なんてこった!」


 リンケ二等兵が叫んだ。フォルダーザイテ島の上空を旋回する残り四機のギガントは、完全に混乱状態となった。私たちが搭乗する四番機も、密集隊形の隊列から離脱するために大きく左に旋回した。体に重力の負荷が掛かかり、体内がフワッと浮くようなエアタイムが起こる。


「基地の滑走路が使えなくなった今、我々は着陸不能。すでに降下した地上部隊と分断されてしまった。地上で指揮を摂るスレーゲル中将から伝達があった。本作戦の第一目標である敵中継基地の破壊は成功。上空を飛行する残り四機のギガントは、この空域から離脱し、ネオ・バイエルンへ帰搭せよとの撤退命令が出た。我々に張り付くドラゴニュートは一人だ。地上戦を支援する意味でも、全力でこれを排除するぞ!」


 ヘニング大尉が今後の作戦を指示しながら皆を鼓舞した。天空竜属のドラゴニュートをやらない限り、ギガントは撃墜されてしまうだろう。このままでは父の仇すら討てずにやられてしまう。たとえ相手が元同僚であってもやられる前にやるしかない。


「少尉、照準を撤去できました。お待たせしてすみません」


「いえ、ありがとうございました。アンデルセン一等兵。私たちも持ち場へ急ぎましょう!」


「了解です!」


 私が手近な銃座に向かおうとしたその時、解放された右翼側のハッチの先に、急降下してきたドラゴニュートが目の前に現れた。距離にして二十メートルほどの至近距離だ。


「奴が急降下してきた! 右翼のすぐ真横だっ! 気をつけろ!!」


 クラッセン伍長が叫ぶ。至近距離のため、ドラゴニュートの顔がはっきりと見えた。彼は、ゲオルク・トーチ魔導少佐。マーギスユーゲントの魔導兵科で、共に訓練を積んだ私の元同僚だ。面影は残っているけど、その顔には鱗があり、頭に二本の角が生えていた。彼は格闘戦や防御系の呪法の腕を高く評価され、魔導少佐という階級が与えられた凄腕の魔導師だった。


 トーチ少佐は、四番機との距離を保ったまま、背中から生えている翼を広げて数回羽ばたいた。そして、そのまま滑空するように並行飛行しながら銃口をこちらへ向けて構えた。


 当然、こんな至近距離であれば、四番機の各銃座から機銃が一斉に浴びせられる。しかし、銃弾が命中しているように見えるのに、トーチ少佐は全く怯む気配がない。その理由は、彼が使いこなす呪法にあった。彼の呪法は、自身の前に空気の壁を作り出し、物理的な攻撃を緩和してしまうものだ。


「なんだよ、こいつ! バケモノか!」


 リンケ二等兵が叫びに近い声を上げた次の瞬間、トーチ少佐が構えた銃口から擲弾が放たれた。トーチ少佐は楽しそうに笑っていた。敵が放った擲弾が回転しながら迫ってくる。一瞬のできごとのはずなのに、私の周りだけ時間の流れが遅くなったように、私にはそれがはっきりと見えた。


 やられるっ!


 私は両腕で顔を覆い、覚悟を決めて目を閉じた。そして、ドカンという激しい爆音と共に私は後方へ吹き飛ばされた。やがて、押し潰されるような重たい衝撃が全身に伝わり、それはすぐに激しい痛みへ変わっていった。

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