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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
レンスター編 第2章 堕ちた天使たち
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最高の誕生日

 モルフォ修道院の帰り道、地平に迫るリギルの夕陽に押されるように、私とフロルは街道をレンスターに向かって進んでいる。既にウルグは地平に沈んでいるため、太陽が一つになったことで陽の陰が現れ始める。街道にのびる私たち二人の影は、遠くに見えるレンスターの城門に届くかのように細長い。


 今日も一日が終わろうとしている。地球時間の六月十七日。今日は私の誕生日だ。


 例年通りであれば、マスターとママがケーキを焼き、ハルの家で誕生日パーティーが盛り上がるはずだ。アルザルへ来てから丁度二週間が経つ。色々とあり過ぎたせいか、もっと長い時間にも感じるし、あっという間の二週間だったようにも感じる不思議な感覚だ。


「イロハ姉ちゃんどうしたの? 何だか寂しそうだぜ?」


 私の右側を歩くフロルが心配そうな顔つきで私を覗き込みながら尋ねてきた。


「あ、大丈夫よ、心配しないで。別に何でもないわ」


 私は慌ててフロルに答えた。うっかり涙が出ていなかったことが幸いだった。


「良かった。修道院で司祭様に何か説教されたのかと思って心配しちゃったよ」


「私は説教なんてされてないわよ、フロル」


「え? オレなんて毎日のように怒られたのになぁ……。でも、修道院のみんなが元気そうで、オレ安心したよ」


「うん、良かったね。フロル」


 フロルは、戦災孤児として西風亭で奉公が決まるまでの約四年間、モルフォ修道院で孤児たちと一緒に暮らしていたそうだ。行商の親に置き去りにされてしまった子供や野党に村を襲われた子供など、修道院で暮らすフロルくらいの年齢の孤児たちは想像以上に多かった。


 比較的平和な街に見えるレンスターの陰にも、辛く苦しい環境で生きる人たちがいることを私は知らされた。フロルの場合、ミハエルさんの幼馴染のエーフィさんがモルフォ修道院で働いていたため、縁があって今年の春に西風亭に奉公が決まったのだという。フロルのように働き口が見つかる子供は恵まれているのだという。


 働き口が見つからない孤児たちは、十三歳の年明けになると郊外の開拓村で兵士としての訓練を受けながら、農作業を行う自由農民となるケースが多いのだそうだ。ただ、強制的な就労ではないので、才能があればそのまま正規の軍人になることもできるそうで、自由農民という地位はそこまで不自由な暮らしではないらしい。


 逆に不遇な人たちも存在する。領民ではあるものの人として扱ってもらえない奴隷たちだ。奴隷制が存在するアルザルでは、敗戦国の領民などは、労働力として売り買いされるようになる。まだアルザルの社会制度や仕組みを満足に理解していない私が言うのもなんだけど、私は同じ人間なのに物として売買される奴隷制度に納得できない。


 現代の日本は、約六十年前に大きな大戦があったりしたけど、本当に平和と自由に溢れるいい国だったのだと、心からそう思えた。


「そう言えばさ、イロハ姉ちゃんって本当にあのバッセル卿に勝ったの?」


「竜の力を使わせてもらったからかなぁ。まともに戦っていたらどうなっていたかわからないわ」


「竜の力ってそんなにすげぇんだ?」


 フロルはドラゴニュートに興味があるのだろうか。そう言えば初めて会った時も、私を恐れているような感じがなかった。


「そっか、フロルは見たことなかったっけ」


「え? 竜の力、見せてくれるの?!」


 フロルはもうその気でいる。期待の眼差しで見つめられると断れない。見せるくらいなら問題はないだろうと思い、私は仕方なくフロルの期待に応えることにした。


「仕方がないな。一度だけだよ? でも、あまり怖がらないでね」


 仮にもここは人が通る街道なので、周囲に人がいないか確認してから私は全身を硬化させた。そして両手に刃を作り出す。せっかくなのでヴリトラに言われたように尾も刃に変わるよう念じてみると、尻尾の尖端に百二十センチメートルくらいの刃を作り出すことができた。意識すればぶんぶんと後方に振ることだってできる。


 意外に尻尾の剣て便利かも……。


 そしてその場で垂直方向に思い切りジャンプをする。四メートルくらい飛んだところで、体を捻りながらアクロバットに着地し、私は硬化と両手と尻尾の刃を解いた。


「すっげー!! 何だよ、それ! 姉ちゃんカッコ良すぎるよっ! そんなの誰も勝てないって!」


 フロルは怖がるどころか喜んでくれた。


「みんなからバケモノ扱いされるけどね……。でも、私は誰も襲ったりしないから安心してね」


「当たり前じゃん! あぁー、オレもイロハ姉ちゃんや竜帝シグルド様みたいになりてぇなぁ」


「フロル、ダメよ? ドラゴニュートになろうとしたら絶対にダメ! 竜の魂を宿すか、眷族と同化しない限りモンスターになってしまうのよ? 私は……、たまたま黒鋼の竜に命を救われた……。人としていられるのは奇跡みたいなことなの」


 私はフロルの発言にハッとして、竜の血を飲もうなどと思わないようにフロルに注意した。


「わ、わかってるよ……。でも、夢なんだ。オレ! 強くなってみんなを守るんだ」


 フロルは四歳の時に野党化した敗残兵に村を焼かれたと聞いている。そして家族を皆殺しにされたと……。きっと言葉にできないくらい辛い思いをしたのだろう。私に背を向け、肩に力を入れて俯いているフロルを、私は背後からそっと抱き寄せた。


「大丈夫、あなたには素質がある。真っすぐな剣と真っすぐな心。フロルは必ず強くなれるよ。だからドラゴニュートになんて手を出したらダメ。もし、私がレンスターを離れても、いつか旅を終えたらまたここに戻ってくるから。その時、また一緒に稽古をしようね」


「うん、絶対だからな、師匠!」


「うん、約束。だから強くなってみんなを守ってあげてね」


 フロルはまたいつものフロルの笑顔に戻っていた。いつかハルとユッキーが地球へ戻れたら……。きっと私はレンスターへ帰ると思う。私はドラゴニュート。ヴリトラの話を聞く限り、私はもう地球に帰ることも人間に戻ることもできない。私にとってここは第二の故郷なのだから。


「って、何で姉ちゃんが泣いてるのさ?」


「あれ……、ごめん。私、最近涙もろくて……。心配しなくて大丈夫だよ」


「師匠、西風亭に早く戻ろうぜ。もうじき夕食の時間だし、きっとみんなが待ってるぜ」


「そうね。戻ろう、西風亭へ」


 私はフロルに頷き、再びレンスターの西門を目指して歩き始めた。十分ほど歩いたところですぐに門まで到着する。警護の兵士たちに一礼して城門を通過すると、すでに新市街西区の大通りの街灯には、オーブの光が灯されており、晩御飯の惣菜を売る露店が賑わっていた。


「ねぇ、フロル。夕方のレンスターって昼間と違った賑わいで何だかワクワクするね」


「そうかなぁ……。オレはこれから仕事かぁってなる時間だから、あまり好きじゃないな」


「そっか。たしかに西風亭は毎晩混み合うものね」


 西風亭を目指して進むと、露店の中にロンネスさんが営むケバブ店が見える。アスリンに紹介してもらったロンネスさんが焼くケバブは本当に美味しい。最近の私の中で大ヒットの料理で、毎日でも食べたいくらい好みの味だ。今も彼が焼くケバブの香りが風に乗って流れてきて私の空腹感を促進させる。


「あー、ケバブのいい香り。お腹空いたなぁ……」


「イロハ姉ちゃん、西風亭はすぐそこだし、もうちょっと我慢な。ケバブばかり食ってると太るって言うぜ?」


「わ……、わかってるわよっ!」


 フロルに(たしな)められた。こういう突っ込みは、小さい頃のハルに良く似ている。だから私はフロルに親近感が湧くのかもしれない。ロンネスさんのケバブ屋を横目に見ながら通り過ぎると、すぐに西風亭が見えてきた。


 西風亭が混み合っている様子はないけど、アスリンが西風亭前の大通りに立っているのが見えた。アスリンと目が合うと、彼女は大きく手を振って再び西風亭の中へ戻って行く。


「アスリンさんが手を振ってるね。イロハ姉ちゃん、早く戻ってみよう!」


「うん、アスリンどうしたんだろう? あ、ちょっと待ってよ。フロル!」


 フロルは私にそう言うと、西風亭に向かって勢いよく走って行く。私がフロルを追いかけて勢いよく走ると、フードが(めく)れて周りを怖がらせてしまうので、フードを手で抑えながら小走りでフロルを追いかけた。


 第一の太陽リギルも沈んだようで、辺りはもう薄暗くなっている。街灯だけでなく、大通り沿いの店舗のオーブの明かりも灯り始めている。錬金術による魔法の明かりは、明るさや灯り方が、どことなく電気の明かりに似ているため懐かしさを感じる。


「ただいまぁー」


 私は正面入り口から西風亭へ入ると、西風亭の明かりが突然消えた。


 え? 何……?


 私は夜目が利くとはいえ、急に暗くなると最初の二,三秒は目がチカチカして良く見えない。しかし、すぐに目が慣れて、モノクロだけど辺りの様子がはっきりと見えてきた。


 テーブルの上にはいつもと違う豪華な料理が並べられており、そのテーブルを囲むようにハルやユッキー、アスリンにナターシャさん。それからミハエルさんとアーリャ、先ほどまで一緒にいたフロルまでが総出で私を見つめている。


 皆はそれぞれ両手に何かを持っており、それを一斉に放り投げた。すると、西風亭のレストラン内が幻想的な光に包まれ、花や星を模した光がクルクルと宙を舞いながら輝き始めた。私は思わず足を止めて幻想的な光のショーに見惚れてしまう。


 そして店内にいる全員が声を揃えて私に言った。


「「ハッピーバースデー、イロハ! おめでとう!」」


 私はビックリして暫く身動きがとれなかった。みんなは私に拍手を送ってくれている。ただただ、嬉しくて自然に涙が溢れ、何度拭っても涙は止まらなかった。


 私の誕生日を知っているのはハルとユッキーだけだ。きっと、二人が私のために西風亭のみんなにお願いして準備をしてくれたのだと思う。


 今思うと、モルフォ修道院にフロルと二人で出掛けることになった理由がわかった気がする。笑顔で拍手を送ってくれる二人の幼馴染を始め、アスリンや西風亭のみんなにいくら感謝しても足らない。


「みんな……。ありがとう……。本当に、……ありがとう!」


 うまく声が出せなかったけれど、私はここにいるみんなに聞こえるように精一杯の声で感謝を伝えた。


 今日は私にとって本当に最高の誕生日となった。


 さよならも言えずに遠い星に来てしまったけれど、こうして十七歳の誕生日を大勢の人に祝ってもらっていることを、故郷の家族に伝えたかった。


 きっと父さんは私を必死で探しているだろう……。


 せめて想いだけでも届いてくれたらいいのに……。

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